雨だれの向こう 



 しとしとしと、
 雨が降る。
 しとしと、しと・・・
 屋根を打ち。
 しとしと・・・しとん。
 地へ落ちて・・・
 しとしと、しとと・・・
 密やかに。
 しとしとしとと・・・
 降り続く。
 耳にそよぐ雨音を、
 行灯の明かりを手がかりに、
 繕い物をしながら聞き惚れる。

 しとしとしとと・・・
 しとしと、しと・・・

 ほつれた裾を指先で押さえ、
 瞳を傾け針を泳がせ、
 瞬く間に縫い上げていく。
 時折揺れる赤毛の前髪、
 灯りの中で黄金色。
 透けるような色合いに、
 もう一つの瞳がため息を洩らす。

 「・・・綺麗な色だ」

 畳の上にて仰向けに、
 逆さであろうその光景を、
 さも楽しそうに笑っている。

 「何が綺麗な色なのでござるか」

 瞳、半纏から動かさず。かつ、指先の動きを止めることなく。
 艶やかなる唇、ピシャリと言い放つ。

 「決まってンだろ。おめぇの髪でェ」
 「拙者の髪はもとよりこの色でござるよ。綺麗も何も、あったものではござらぬ」

 チクチク、チクチク・・・
 針は走る。

 「綺麗だって褒めてンだから、素直に礼を言えばいいだろ」
 「どうして礼を言わねばならぬ、喜んでいるとでも思っているのか?」

 ごろりと俯せになって・・・左之助は。
 むくりと上体を起こして相手を見遣る。
 ただひたすら針を走らせる、剣心を。

 「嬉しくねェのか」
 「嬉しくはござらぬ」
 「どうして」
 「女子でもあるまいに・・・言われても、何とも思わぬよ」

 クツクツと忍び笑いを洩らし・・・それでも指先、止まらない。

 「・・・それにしても、よく降るでござるなぁ・・・」

 ぽつりと言ったその言葉、流れるように左之助の瞳、合わさった障子へと寄せられる。
 風もない穏やかな夜・・・
 雨粒は、微かな音のみしか聞こえてこない。
 さりとて、夥しい湿気は確かにそこにあって、障子紙などは波打ってあられもない姿。
 左之助は小さく鼻で笑うと、

 「仕方がねぇやな。梅雨だもんよ」
 「左様でござるなぁ。しかし・・・今年はなかなか明けぬな。明けてもよい頃だが・・・」

 言いながらも、針は半纏の上を滑っていく。

 チクチク、チクク・・・
 しとしと、しとと・・・

 左之助は剣心の指先を見つめ、

 ゆるんだ障子紙を見つめ・・・やがて、

 「なぁ、剣心」

 声をかけた。

 「何でござるか」
 「・・・まだ、終わらねェのかよ」
 「この半纏はお主のものでござろう。途中でも良いのか」
 「それは困るけどよ・・・」

 ぼりぼりと頭をかいた左之助を、剣心はまた苦笑で濁す。

 「急かすな。綺麗に縫えるものも縫えぬだろう。もう少し、待て」

 そう言ったきり、剣心は黙々と針を進めていった。

 チクチクチク・・・
 チク、チクク・・・

 鮮やかな指捌きに見惚れるものの、
 正直、退屈していたのも確か。
 元来、騒ぐことの大好きな彼にとっては少々、この沈黙は耐え難い。
 心地よくないわけではないのだが・・・やはり、退屈だ。

 「なぁ、剣心」
 「何でござる?」
 「・・・いや、別に何でもねぇけどよ・・・」
 「・・・左之」
 「ん?」
 「それほど退屈ならば、先に湯浴みをしてこい。お主が出てくる頃合いには、仕上がっているでござろう」

 心中を見抜かれて、左之助は口をつぐんだ。
 つぐんで・・・再び剣心を見つめる。
 見つめるが・・・

 チクチクチク・・・
 チク、チクク・・・

 指先、滑らかに動き続け、
 瞳、半纏へと落ちたまま。

 「・・・なぁ、剣心」
 「何でござるか」
 「たまには・・・こっちも見ろよ」

 その言葉に、剣心の手がピタリと止まった。
 ふわ・・・瞳、左之助へと浮かぶ。

 「さっきからお主は何を言っているのでござるか。・・・早く、湯浴みへ行け」

 突っぱねられた途端、左之助の胸中、ツッと何かが引っ掻いた。

 「・・・おめぇと一緒に入りてェな」
 「馬鹿なことを言うな、幼子でもあるまいに」

 邪険にされればされるほど、いらぬ何かが騒ぎ立つ。
 俯せに横たわったまま、彼はジリジリと剣心のほうへとにじり寄っていった。

 「いいだろ、たまにはよ。一緒に入ろうぜ」
 「御免被る」

 左之助はムッとしながら、彼の膝へと頬を擦り寄せた。

 「・・・何をしているのでござるか」
 「別に。触りたいから触るんでェ」

 両膝を抱え込むようにして、左之助は己が頭を預けてくる。
 剣心、思わずため息を吐いた。

 「左之助、邪魔をしてくれるな。これではいつまでたっても、お主が空けた穴やらほつれた裾が、繕えぬではないか」
 「いいよ、そんなもんはあとでも」
 「馬鹿者、繕ってくれと言ってきたのはお主のほうだろう」

 それは充分わかっていると、左之助は剣心の眼差しを直視した。
 剣心も、彼の瞳を直視する。
 互いの動きが、わずかに止まった。

 「・・・この屋敷ン中で、二人きりになることなんざ滅多とねぇんだ・・・いいだろ」

 左之助の瞳に妖しげな炎。だが剣心、平然を装ってわからぬフリ。

 「何がいいのでござるか」
 「わかってンだろ。なぁ・・・」

 ぐっと伸ばした手のひらで、剣心の十字傷を覆うとする。
 が、その一歩手前で剣心、何を思ったか左之助の手のひらを受け止めて。
 す・・・、唇を寄せた。

 「剣・・・」

 皮の厚い手のひらへそっと・・・口づけて。人差し指、先のほうを唇の奥へ誘う。
 指先が、熱さと湿り気を覚えて硬直する。
 思わぬ展開に、左之助はしばし呆然。食い入るように見つめてしまった。
 柔らかな唇に人差し指の・・・ほんの、先のほうが出入りを繰り返す。
 奥に潜む生き物が、巧みに嬲ってしとどに濡らし・・・
 あまつさえ、吐息を絡ませたりみせた。
 左之助の、胸底がぐわりと炎を猛らせた。

 「剣心・・・!」

 華奢な身体へ貪りつこうとした瞬間、

 「はい、ここまで」

 あっけなくも剣心、彼の手を開放するなりついでとばかりにトン・・・身体を突き放した。
 左之助、面食らう。

 「剣心ッ?」
 「続きがしたいか?」

 表情がない・・・いや、唇のみが笑みを浮かべているのか。
 静かな瞳で自分を見つめる剣心に、左之助は吠えた。

 「当たり前だろ!」
 「ならば、湯浴みへ行ってこい。続きはそれからだ」
 「な・・・」
 「聞き入れなければ、拙者は許さぬぞ」

 にっこりと笑ったその顔が、左之助にはとてつもなく非情に思え・・・
 ギリッと歯ぎしりをして起きあがった。

 「汚ねェぞ、剣心!」
 「何がでござる?」
 「この・・・!」
 「ほらほら、しっかり身体を洗ってこい。その間に繕い物を済ませて床の用意をしておくゆえ。・・・何か文句があるか?」

 グッと何かを堪え、剣心を睨み据える左之助。
 しかし、剣心には彼の視線など全く通用しない。再び半纏へと向き直り・・・

 チクチク、チクク・・・

 針を走らせた。
 左之助は強く奥歯を噛みしめ剣心を見遣っていたのだが、とうとう、

 「あとで吠え面かくンじゃねェぞ。許してくれって言っても許さねェ! 思いっきり鳴かせてやるから、覚悟しときぁがれ!」

 苦々しく捨て台詞、

 パシンっ。

 障子を閉じてその向こう、姿を消した。
 ・・・トトト・・・と、足音が小さくなった頃・・・

 「やれやれ・・・これで静かに繕い物ができる。あれにも困ったものだ・・・」

 ふぅと小さくため息。
 けれど・・・言葉とは裏腹、その表情は微笑んでいて・・・

 ・・・しとしとしと、
 雨が降る。
 しとしと、しと・・・
 屋根を打ち。
 しとしと・・・しとん。
 地へ落ちて・・・
 しとしと、しとと・・・
 密やかに。
 しとしとしとと・・・
 降り続く。
 耳にそよぐ雨音を、
 行灯の明かりを手がかりに、
 繕い物をしながら聞き惚れる。

 その胸裡、あまやかな想いに溺れながら・・・
 針、一針に心を込める。

 しとしとしと・・・
 雨が降る。
 しとしと、しと・・・
 屋根を打ち。
 しとしと・・・しとん。
 地へ落ちて・・・
 しとしと、しとと・・・

 雨が、降る。




     了


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「漆黒の刃」http://www3.to/yaiba

背景画像提供:「Studio Blue Moon」さま http://www.blue-moon.jp/index.html





m(_ _)m

拝啓

 ベッドにゴロリと横になり、本などに目を走らせていると、傍らの窓から聞こえてきたのは雨音でござりました。
 それに何気なく耳を傾けていると・・・冒頭部分の「しとしとしと・・・」が脳裏に流れてきたのでござります。
 すぐに紙と鉛筆を持って走らせたのが・・・今回の一編(笑)。手直しを加えたものの、さほど変化はござりませぬ(^^;)
 個人的には、こういった「詩的」なものは大好きでござります。・・・いざ、書こうとすると書けないのでござるが(-_-;)
 徒然に書いてしまったこの一編・・・う〜ん、意味もなくばヤマもなし、ヤマもなくばオチもなし・・・(^▽^;)♪
 ・・・何だかなぁ(^^;)
 お目汚し、まことにありがとうでござりましたっ m(_ _)m

かしこ♪

03.07.23