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 赤毛を梳く指は、優しかった。
 頭を撫でて、指に髪を絡めて・・・左之助の指が、行ったり来たりを繰り返す。
 埋められるように、剣心の頭は左之助の胸乳の中にある。目の前にある華の蕾を見てしまうたびに、心の奥底からぽこぽこ・・・と、奇妙な気泡が浮かんでくる。剣心は吐息をついて誤魔化して、すぐに目を閉じて・・・先刻から、これらを何度も繰り返していた。
 頭上にある左之助の呼吸は、先ほどの荒々しさなど微塵も見せずにすこぶる、静かだ。荒波のようであった激しさが嘘であるように・・・彼は側にいる・・・別人のようだった。
 肌の温もりが・・・ここに訪れたときよりも熱を増していて。ふと、温まったのだろうかと剣心の心に不安がよぎった。
 「・・・左之」
 「・・・ん・・・」
 「ぬくもったか・・・?」
 逞しい胸乳に顔を伏せたまま、剣心はぽつりと問うた。
 「・・・あぁ」
 「そうか・・・」
 飽くことなく、赤毛を弄り続ける左之助に。剣心はそれ以上のことは何も言わなかった。
 「・・・何も、訊かねェのか」
 「え・・・?」
 頭を撫でている手が止まり、抑揚のない声音の響きに、剣心は顔を上げた。
 暗闇の中に、自分を見つめる黒い瞳があった。先刻のような冷たさはもはや、ない・・・
 「おめェのことだ、何か・・・感づいてやがンだろ」
 「左之・・・」
 剣心は、クスリと笑った。
 「お主がいつものお主ならば・・・落ち着きを取り戻せたならば、それで充分でござるよ」
 彼の胸乳へ再び頭を落としながら、剣心はそう言った。
 「・・・馬鹿野郎が。おめェは・・・優しすぎるンでェ・・・」
 ぎゅぅと剣心を抱きすくめて。左之助は彼の耳朶へと囁く。
 「あんな抱き方をされて・・・怒ってもいいってェのに・・・」
 「怒る? なぜだ」
 「なぜって・・・」
 素直に戸惑いを滲ませた声音に、剣心はクスクスと笑った。
 「・・・即物的に、衝動的に、抱きたくなることがある。特に今宵は・・・お主にとっては特別でござるから。どんなに年月を重ねようとも、冷静でいられるようなお主ではないでござろうから・・・」
 「剣心・・・」
 「酒の匂いをさせて、あげく、あんな眼をしていれば・・・どんなに鈍い者でもわかるというものでござるよ」
 「剣心・・・!」
 あの、普段の柔らかな笑みを浮かべる剣心を。左之助はさらに抱きすくめる。胸に沸き上がるものは罪悪感、なんてことをしてしまったのかと己を責め立てる。
 が、それすらもお見通しだと言わぬがばかりに、剣心の手のひらがポンポン・・・と、彼の背中をあやすように叩いた。
 「お主の悲しみは深い・・・酒では紛らわせないほどの・・・な」
 「違うんだ、剣心」
 小さく首を振り、左之助は否を唱える。
 「居酒屋の親父によ、俺らしくねェからそんな酒は飲むな、やめろって言われてよ・・・それでも出せって言ったら、おめェを呼ぶぞなんて言われちまって・・・」
 居酒屋の親父と言えば、ただ一人しか思い浮かばない。よく二人で飲みに行く一軒で、左之助が古くから贔屓にしているところだ。彼の素姓もすべて知っている、寡黙な店主・・・。あの店主ならば言いかねぬと、剣心は心の中で頷いた。
 「そこまで言われたら、何だか情けなくなっちまって・・・店を出たんだが・・・やっぱりどうにも、すっきりしなくて、苛々しちまって・・・気がついたら、おめェのところに・・・」
 むくりと身体を起こして。剣心は左之助を見下ろした。赤毛が肩からこぼれ落ち、左之助の頬をくすぐる。
 「・・・すまなかった、剣心」
 剣心は微笑んだまま。微笑んだまま、ゆるりと首を振る。
 「言ったはずだ・・・お主が落ち着けたなら、それで充分だと。むしろ・・・拙者は驚いているのでござるよ」
 「え・・・?」
 「正直、今宵だけはここに来ないだろうと思っていた。拙者はお主達にとっては、仇敵でござるから・・・今はどのような関係であろうと、顔も見たくないだろうと・・・」
 「剣・・・!」
 「否定しても駄目でござるよ、事実は事実でござるから」
 左之助の額へ指先を滑らせると。ツツ・・・はちまきを押しやって外してしまった。汗を含んでにわかに湿ったそれを、剣心はじっと見つめる。
 「だから・・・こうしてお主が来てくれたことが本当に不思議で・・・驚きで。もったいないくらいに、嬉しくて・・・」
 「嬉しい?」
 「あぁ・・・」
 左之助の額を愛しげに撫でながら・・・剣心は頷く。
 「女のところではなく、拙者のところに来てくれたことが・・・罰当たりでござるけれど、もったいないくらいに嬉しいのでござるよ」
 「女、だァ?」
 頓狂な声をあげる左之助を、剣心は笑いながら頷いた。
 「衝動的に抱くときには、誰でもいい、などという投げやりなものがある。憂さを晴らすにはちょうど良いでござるからな・・・」
 左之助の指が伸ばされて。己が頬をくすぐり続けている赤毛に絡めた。さらりとこぼれる感触に、左之助の意識が柔らかく揺らぐ。
 「そんなときであっても、お主が・・・拙者を必要としてくれたことが・・・嬉しかった・・・」
 「剣心・・・」
 「もっとも・・・それは拙者の買いかぶりで、実は志士である拙者にすべてをぶつけるべく、抱いたのかもしれぬが・・・」
 「馬鹿を言うな」
 手のひらを寄せ、左頬を撫でる。十字傷が痛々しい・・・隠すようにして撫でながら、左之助は言った。
 「おめェは志士かもしれねェが、俺にとっちゃァ、剣心てェ男、それだけだ。おめェなら俺の痛みも苦しみもわかる・・・いや、わかるだろうとは言わねェ、おめェなら・・・感じられる・・・」
 頬を撫でてくれる手のひらに、己が手のひらを重ねて。剣心は目を閉じる・・・
 「結局、俺ァ・・・おめェのそういうところに甘えていたのよ。おめェなら、すべてを受け止めてくれる・・・無茶をしても構わねェ・・・心のどこかでそう、思ってやがったンだろうなァ・・・俺もまだまだ、だな」
 そっと、花びらが落ちてきた。左之助は薄く唇を開いて花びらを啄み・・・やがて強く吸い上げる。流れ落ちてきた髪の毛が、サラサラと小川のせせらぎの如く音をたてる。
 「・・・剣心、もっとだ・・・」
 ふと離された唇をせがむように、左之助は反射的に求めた。剣心は黙って、微笑んだまま再び唇を落としていく・・・
 いつだって黙って、自分を見つめてくれていた。間違った道へ歩み出しそうになれば、躊躇わずに諭してくれ、導いてくれ・・・見守ってくれていた。何より、どんなことがあっても受け止めてくれる、懐の深さが・・・とても心地が良くて・・・
 「・・・左、之・・・」
 はぁ、と、あまやかな息をこぼした剣心に。左之助は一言、告げた。
 「ありがとよ・・・剣心」
 剣心は黙って、微笑んだ。
 「ところで・・・剣心、身体・・・大丈夫か・・・?」
 「え・・・?」
 「いや、その・・・無茶、させちまったから、その・・・」
 ごにょごにょと言葉を濁す左之助に、妙な愛しさを感じて・・・剣心はわざと口調を変えてみせる。
 「痛いでござるなぁ、あちこちが。まったく、どうしてくれよう、左之?」
 「う・・・すまねェ・・・」
 気まずげな顔をする左之助を、剣心は忍び笑う。彼の鎖骨の奥へと顔を落とすと、左之助の無骨な手のひらが頭部を包んだ。
 「だったら・・・しばらくはおめェ、養生ができるかもな」
 「養生だと?」
 「・・・下諏訪へ行って来るよ」
 「下諏訪へ?」
 「あぁ」
 そろそろと剣心の背中を手のひらが、伝い降りていく。背筋に快い悪寒を走らせつつ、剣心は密やかに唇を噛んだ。
 「いつ、だ・・・」
 「夜が明けたら、行くよ」
 「それはまた、性急な・・・」
 「明日は命日だからな。動かねェと気がすまねェ」
 「そう、か・・・明日は雛祭りだ、きっと・・・うまいものがたくさん、あるだろうに・・・」
 「残念だが、味わうことはできねェみてェだな」
 次第、次第に・・・剣心の息づかいが妖しく変貌を遂げていく。鎖骨の奥へ顔を落としたままの剣心は、淫らに移り変わっていく様を刻銘に、左之助の耳朶へと告げていた。
 「ふ、ぁ・・・ン・・・」
 皮膚の厚い、ガサガサの手のひらが。無遠慮に大腿を割り開く。それでいて繊細な動きをみせるのだから、剣心にとっては堪らなく快い。形を成していた理性が、音もなく崩れていく・・・
 「い、つ・・・戻、る・・・」
 「すぐに、と言いたいところだが・・・隊長の経路を辿って、俺の中に刻みこんでくらァ。ちょうど彼岸も近いことだしな・・・」
 「はぁ、ン・・・」
 己が身体の上で身悶えて。
 己が目の前で喘がれて。
 左之助の情欲はだんだんと高ぶっていく・・・
 息づかいがにわかに、熱を増した。
 「俺ァ・・・桜がほころぶ前に帰ェってくるぜ・・・おめェと花見に行って、酒が飲みてェからな・・・」
 「わ、かった・・・ならば、酒の用意をして、おかねば、な・・・」
 「おぅ、頼んだぜィ」
 「はぁ・・・左之、左・・・」
 左之助の耳朶に囁きながら、華奢な両腕を絡ませ、首筋に舌を這わせてくる。左之助はくすぐったさに声音を忍ばせつつも、己が手のひらは淫らな動きを繰り返して・・・やめない。
 剣心の身体が、潤みを帯び始めた。
 「左之、左ァ之・・・ふぅ・・・ン・・・」
 左之助の唇が、下卑たように歪んだ。
 「剣心・・・敏感だな、もう・・・固ェぜ・・・?」
 「馬、鹿・・・! 言うな、そんなこと・・・!」
 「・・・しばしのお別れだ、剣心。それに・・・さっきのこともある、うんと・・・可愛がってやっからな」
 「左・・・!」
 「痛くねェように、優しくすンぜ・・・」
 「馬鹿、馬、鹿・・・」
 非難を浴びせようとした唇は、しかしすぐに吐息へと変わってしまう。左之助はクツクツと笑うと、ゆるやかに身体を入れ替えて剣心を組み敷いて・・・
 ・・・いつしか、甘い揺らめきが辺りに漂った。それが空気に滲む想いの現れだと知ることは・・・ない。
 知る前に、肌と肌で感じ合っていたから。
 心と心で、触れあっていたから・・・

 二人の想いは、これからほころぶだろう桜へと飛翔していった・・・




     了


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m(_ _)m

拝啓

 気がつけば、春のお彼岸でござりました。
 その時にポッと思い浮かんだのが今回の話でござって・・・よくよく考えてみれば、 今月の三日は、相楽隊長の命日ではないか!てなもンで・・・書き上げたものでござります(^^;)
 思い浮かぶときには浮かんでくるものでござるよね〜(笑)。書けぬ時には書けぬが(-_-;)
 ・・・ともあれ。
 今回はちょっと「イタイ」ような(^^;) そう思うのは気のせいでござろうか。
 ただ、剣心の懐の広さと二人の絆が書きたかっただけ・・・なのでござるが・・・ 表現し切れていないような・・・(-_-;)
 こういった話は、難しゅうござります(^^;)
 ・・・というか、お祝いに差し上げるような品ではござらぬね、トホホ・・・
 ゴメンでござる、Tsuki殿(-_-;)
 お目汚し、まことにありがとうでござりましたっ m(_ _)m

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かしこ♪

04.03.28