左之助と剣心の脚は必然、両国橋のほうへと方角を定めながら歩を進めていたのだが、頭上で繰り広げられる夜の華は、大輪を咲かせ続けている。
人々は皆、繰り出してしまって辺りは人っ子一人見当たらず、耳を澄ませても物音一つしてこない。
「今頃、橋の上であの花火を見ていただろうに・・・しくじったなぁ」
夜空を見上げて左之助は、両腕を組んでぼやく。
傍らの剣心は、苦笑しながら同様に空を仰いだ。
「仕方なかろう、お主が面白いものを見つけてしまったのだから」
「面白いって、おめェ・・・」
「違うのでござるか?」
「・・・違わねェ」
こいつには敵わねェと、左之助は笑いをこぼして頭を掻いた。
「・・・なぁ、剣心」
足を止めて花火を食い入るように見つめながら、左之助はつと声音を変えた。
「なんでござる?」
「今さら橋へ行ったところで・・・花火は終わっちまうんじゃねェかな」
「そうか?」
「またあの人込みを掻き分けて・・・さらに橋の上にいるだろう嬢ちゃんと弥彦を見つけるなァ、至難の業だと思うぜ。そうしている間に花火は終わっちまわァ」
「ふむ・・・」
赤や青の光の世界を瞳に焼き付けながら、剣心は小さく首を傾げた。
「・・・で、何が言いたいのでござるか」
「へ?」
「とぼけるな。お主の本心でござるよ」
剣心の顔が、見られない。じっと花火を見つめ続けてはいるが、もはや眼中にはない。無意識のうちに喉を鳴らし・・・胸、高鳴る。
「・・・わかってンじゃ、ねェのか」
左腕を伸ばして・・・傍ら、剣心の肩を抱く。が、剣心はその手に己が手のひらを重ねるなり、つるりと滑り落とした。
「わからぬな、一向に」
「剣心・・・」
思わず、剣心へと視線を流した。
ドクン。
心臓が、痛い。
花火を見ていたはずのその瞳が、まっすぐに自分に向けられていたからだ。
左之助は一瞬、焦りを覚えて言葉を飲んでしまう。
蒼い瞳は、今は黒く染まっている。けれど、夜空模様がはっきりと映し出されていて、十色に滲んで輝きを放つ。
「剣、心・・・」
血に湧いていた右拳がゆるりと開かれて。そっと剣心の十字傷を隠す。親指が・・・唇の輪郭をなぞった。
・・・と、
ガツ!
「ツ・・・!」
激しい痛みに、左之助は思わず右手を引っ込めた。見れば、親指にはくっきりと歯形が。剣心を見遣った左之助の瞳に、あの微笑が映った。
「ならぬよ、左之」
どおおぉん・・・!
金色に輝く火の華が、その顔を美しく浮かび上がらせた。
「剣心・・・!」
画然、左之助は剣心の両肩を握りしめるなり。
ガン!
家を取り囲んでいる板塀へと彼を押しつけた。
「左・・・!」
声を出す暇はなかった、左之助の唇は剣心の花びらを奪い取り、強く吸い上げていた。
「ン・・・! ん、んん・・・!」
薄い両手が、全力でもって大きな体を突っぱねようとする。肩を押し、胸乳を押し、背中をドンドンと叩いて・・・けれどもびくともしない。
「ン、ン・・・!」
抜け出そうとするが、身動きがとれない。そのうち巧みに唇は開かれてしまって、左之助の意志を抱いた舌先が、容赦なく滑り込んできた。
「ふぅ・・・!」
・・・翻弄される・・・
「・・・ン、ぅ」
ここではいけない、いけないと念じながら堪えず、背中を叩き続けていたその手のひらは、しかし・・・
「・・・ぁ・・・」
目に見えて力を失い、やがて・・・手のひらを擦りつけるようにして撫で始めた。
こぼされる吐息が、甘い。
「は・・・ぅ・・・ん・・・ぁ・・・」
左之助が唇を離す頃には、剣心は目を潤ませて恨めしげに彼を見つめていた。
「・・・雨は・・・降ってきてはおらぬぞ・・・」
「わかってらァ、けど・・・挑発したおめェが悪い」
赤毛に隠れる耳朶へ唇を寄せて・・・
「もう今宵は、離さねェよ。離したくねェ・・・」
ギュッと抱きすくめてきた彼に、剣心にはもはや、かけるべき言葉は見つからず・・・
ただただ、夜空を彩り続けている花火を、ぼんやりと見つめるしかなかった。
案の定、旅籠はどこもいっぱいだった。
部屋でのんびりしながら、うまい料理と酒を片手に花火見物・・・そういった客で溢れていたのだ。
しかしながら、日頃の行いがよいと見えて、訪ねたその一軒目になんと、空き室があったのである。なんでも先ほどまでいた二人の客が、物別れがあったらしく飛び出したとのこと。
そう・・・ちょうど、空いたところに左之助と剣心がひょっこり現れたのだった。
部屋はすぐに片づけられて、二人を通してくれた。酒の支度も整っていたとみえて、すぐさま持ってきてくれた。
「お、見ろよ剣心。花火が見えるぜ」
障子を開けて腰を下ろすなり、左之助は剣心を手招いた。
屈託のない笑顔でそう言われると、わずかに躊躇ったことが少しく、苦かった。
剣心は仄かに自嘲すると黙って側へ寄り。逆刃刀を外して腰を下ろすと・・・闇に染まった町並みを一望した。上空での大輪の華が、華麗に咲いては消えていく。
・・・一夜限りの美しさに、左之助も剣心も、しばし心を奪われた。
「いいなぁ、花火は・・・こう、きれいででっかくてよ・・・夏が来たって感じがするもんなぁ」
「・・・左様でござるな」
剣心はぼそりと言った。
「あれだけ美しいのに・・・ほんのごくわずかしか生きられぬ花火は・・・華々しく生きて、あっという間に命を燃え尽きさせて・・・何のために、と思ってしまう。あまりに儚い・・・」
「馬鹿だな」
す・・・と抱き寄せて。左之助は彼の髪を梳く。
「上等じゃねぇか、それでよ。その一瞬のために一生懸命生きてンだ。短い時間でも精一杯生きるのと、だらだら生きるのでは、意味が全然違うじゃねぇか」
「左之・・・」
「儚いってことはねェよ。誰だって精一杯生きてンだ。おめェも、俺も・・・」
「左・・・!」
気づいたときには、袴の紐が解かれていた。思わず息を飲んだ剣心を、左之助は抱きしめ続けている。
「ま・・・待て、左之、花火が・・・」
「もう見飽きた」
「ならば酒を・・・」
「いらねェ」
「左之、」
「俺は、おめェのほうがいい」
「!」
剣心の息が、止まった。グッと言葉を飲み込んで、左之助の、黒曜石のような双眸を見つめる。
空に上がる花火の光りが、左之助の瞳へ刻銘に映し出されている。
キラキラと輝く瞳の奥で、妖しく揺らめく仄かな炎を、剣心は確かに見出した。
・・・あぁ、もう・・・
ゆるく瞼を閉じて、少しくこれからのことを思うと。我知らず身体に震えが走り、ゆるやかで甘い匂いが心を満たした。
・・・す・・・と、左之助の指先が剣心の頤を捉え。
「剣心・・・」
唇がゆるりと開かれ、白い歯がこぼれたのを見たのが・・・最後だった。
「ン・・・」
合わさった唇から、吐息が洩れた。伝わってくる温もりに、剣心の意識が再び濁りをみせ始める。
少しく冷めていたはずの身体が・・・先ほど灯されてしまった火種が、新たに燻り始める。
「左、ぁ・・・」
心は・・・もはや花火ではなく、左之助のみを映し出していく・・・。
「は・・・ぅん・・・」
左之助の胸へ縋りながら、剣心はいつしか膝立ちになり。無意識にさらに深く唇を求めた。その間にすかさず左之助の両手がストン、袴を落とし。腰ひもをシュルリと引き抜いた。
パラ・・・と、袷が左右へと広がり、隠れていた襦袢が顔を見せる。襦袢の腰ひもすら解かれて・・・
「左、之・・・」
唇、離せば。
花火の微かな灯りを背に。襦袢の奥、ゆらりと匂い立つような闇の最奥で、肌が息づいているのを左之助は感じた。
「剣心・・・」
左手を伸ばして、袷の奥へと差し伸べて。ツツ・・・と滑って腰骨へ。なめらかな肌に微睡みながら、指先に引っかかる唯一の布を、さらに下へと落とそうとする。
「だ、駄目だ・・・左之」
ぽ、と細い右手が動きを押さえた。
「それだけは、駄目でござる・・・」
「なぜ?」
「なぜって・・・」
「・・・見てェ、剣心・・・」
うなだれた剣心の首筋へ、右手が這い。するる・・・と、束ねていた髪紐を解いた。赤毛がサラサラと流れ落ちていく・・・
「駄目なものは、駄目でござるよ」
「だったら、いつになったら見せてくれる?」
「いつ、て・・・」
もごもごと言葉を濁らせて、剣心はふるりと首を振る。
「いつまででも、駄目でござる」
「おいおい・・・」
クスクスと笑いながら、左之助は剣心を押し倒した。畳の上へと組み敷くと、赤毛と着物が左右へと広がった。
「可愛いこと言ってンじゃねぇ、馬鹿野郎が」
「左、ぁ!」
ビクリと肌を震わせてしまったのは、剣心の首筋に左之助の唇が落ちてきたから。舌先でなぞられて、剣心は小さくもあられのない声をこぼす。
「は、あぁ・・・左、左之・・・ぉ・・・」
鼻から息を抜くような声音が、左之助の耳朶に直接吹き込まれる。左之助は自らも腰ひもを解きながら、着物を広げながら肌に悪寒を走らせる。快い、甘美な悪寒を・・・
「剣心、剣心・・・あぁ・・・」
夢中になる、暴走する・・・
左之助は、自分の中でどんどん熱い塊が蒸気を噴きだし、爆発してしまいそうな感覚に捕らわれた。
いつだってそうだ。この肌に触れた途端、自分が自分ではなくなってしまうような・・・!
何もかもをぶっ壊して、
すべてを俺のものにして、
この男を、食らい尽くしたくなる・・・!
蹂躙したくなる!
「左之・・・左ぁ之・・・はぁ・・・ん、ぅ・・・」
白い肌が、目に見えてしっとりと柔らかくなってくる。
赤みを差して、薄く汗ばんでくる。
微かなうねりを見せて、この肌に張り付いてくる・・・吸い付いてくる。
全身で俺を・・・欲しがってくる。
「剣心・・・剣心・・・!」
胸乳の蕾を吸い上げて、手のひらで肌をなで回し。
唇で輪郭をなぞっては、指先で肌を掠めては。
思うがままに、嬲る。
「左、ん! やぁ・・・」
「もっと・・・声が聞きてェ、剣心・・・」
大きく息を繰り返しつつ、剣心は寝乱れつつある着物の袂を握りしめる。
ぞりぞりという舌の感触、手のひらが張り付く感覚、一つ一つに肌は絶え間なく反応を示し、うねる。
「左之・・・左之、ぁ・・・」
自分の名を呼び続ける剣心に、ふと愛しさを覚えた左之助は。おもむろに上体をわずかに起こして唇を、重ねようとした・・・
「ひゃ、ぁ・・・!」
少しく甲高い声に、左之助はつと目を上げた。
「あ、あぁ・・・左、左之・・・」
剣心は両目を閉じたまま、少し上体を上げて眉間に皺を寄せていた。
「剣心・・・?」
呼ぶが、答えない。何だろうと身じろぎすると、
「や・・・! う、動く、な・・・!」
この時、ようやく左之助は感じ取ったのだ。
「そうか・・・こいつか・・・」
見れば、互いの下帯と下帯が、うまい具合に擦れ合っている。互いに大きく、はち切れんばかりに成長してしまっていて・・・
左之助の唇に思わず、笑みが。
「剣、心・・・」
ズリリ・・・左之助はわざと、己が下帯を彼の下帯へと擦り付けた。
「ひ、ぁ! い、や・・・左之・・・左之ぉ・・・!」
「嫌じゃ・・・ねェだろ・・・お互い、こんなに熱いのに・・・イイんだろぉ・・・」
声音が掠れる。思わぬ快楽の波に、たちまち左之助の意識が揺らぐ。息が乱れ、快さに喘ぎ・・・
剣心は、よがった。
「はぁ・・・ぁ、ンぅ・・・左之、左之ぉ・・・」
「これ、なんだか・・・たまらねェ・・・なぁ、もうちょい・・・いいよ、な・・・?」
さらに高ぶりを押しつけられ、擦られ・・・剣心は気が狂いそうになった。
「あ、あぁ・・・!」
「剣、心・・・剣心・・・! もっと・・・」
「あ! ンぁ・・・!」
もどかしい・・・!
悦に入った左之助の面差しが、目の前にあった。
こちらを見つめ続けながらも、その腰の動きは止まることはない。
そう・・・黒い瞳が瞬きもせず、じっと・・・この様を・・・あられもないこの様を・・・!
「あぁ、左之、左之ぉ・・・!」
剣心の身体の中で、高められた熱が逃げ場を求めてもんどり打った。
「あぁ・・・イイぜ・・・ハハ、ものすごく・・・ぁ、剣・・・」
「左之、左之・・・! もう・・・もう、拙者ぁ・・・あ・・・」
左之助の唇を一瞬、奪っておいて。首へと両腕を絡ませながら、彼は身を縋らせて口走った。
「早く・・・来、い・・・!」
「剣心・・・!」
左之助は、もどかしげに己が下帯をふり解いて。剣心の下帯をも焦るように、慌ただしく取り払うなり、ぐっ・・・と、腰を潜り込ませた。彼の高ぶりが、眼下で妖しげに揺れている。
左之助は、吐息をこぼした。
「剣・・・心・・・!」
狙いを定めるなり力を込め、ず、ずずぅ・・・腰部を前進させた。
「は・・・ぁ・・・ン・・・!」
背中が弓なりに反り上がる。赤毛、畳の上を舞って・・・
唇から・・・吐息が洩れた。
「はぁ・・・左之ぉ・・・」
四肢を絡ませて、身を縋らせる。湿った息が辺りに漂い、左之助の肌は粟立つ。
「煽るな、よ・・・この野郎・・・」
貪るような口づけを交わして、左之助は小さく笑う。
「ンぁ・・・左・・・」
「へへ・・・そんなことされちゃ・・・そんな顔されちゃ・・・俺、もたねェよ・・・」
本当に、左之助の意識はどこかへ飛んでいきそうで。そうとも・・・今宵の花火のように、弾け飛んだが最後、あっけなく消えてしまいそうで・・・。
・・・いつまでも、こうしていたい・・・
剣心の体温を・・・内部の熱を感じながら、左之助は息を乱しながら心底、そう願った。一つになったままでいたい、身も心も重なっている・・・この時間を大事にしたい・・・。
だが、肉体のほうは限界を迎えつつあった。蠢き始めた己が腰、意思の力ではもはや歯止めが利かなくなっていたのだ。
「剣心、剣心・・・」
額に手を当てて、前髪を梳きながら・・・眉間に皺を刻みつつも唇、笑みを浮かべ。
「もう、俺・・・止まらねェ・・・!」
陶然として告げた左之助に、剣心もまた、濡れた瞳で彼を見つめる。
「左之、左之、左之、あ、あぁ・・・ぁ・・・」
いつの間にか、剣心の細腰も左之助の動きに合われて乱調に揺れていた。しわくちゃになった着物の上で爪先がぴぃと引っ張り、踵が浮いて、突っぱねた。
「ふン、あ、あぁ、左之ぉ、左・・・! ン!」
「いいぜェ・・・剣心、もっと・・・もっとだ。もっと深く、俺を・・・! もっと、乱れ・・・!」
・・・稽古では。汗一つ滲ませなかった剣心が今、肌という肌から玉の汗を噴き出し、滴らせている。時折唇を噛み、声を殺し・・・堪えかねて嬌声を洩らさば、肌が小刻みに震え。
瞳が、艶めいて左之助を見遣る。
「左・・・之・・・左ぁ之・・・はぁ、ン・・・」
赤い唇はますます赤く、
蒼い瞳はますます蒼く、
白い肌は仄かに朱色、
細い指が鍛え抜かれた背中を捕らえて離さず、爪を立てる。
ちろちろと白い歯の隙間から覗く舌先が、左之助を煽っているように見えた。
「熱ィ・・・キツ、剣・・・上せ、る・・・!」
熱い・・・熱かった。ひたすら熱く、どこまでも熱く・・・果てがない・・・!
「剣心、剣心・・・ぁあ・・・!」
頤からぽとりと落ちた汗が、剣心の額を濡らした。混ざり合った雫を見て、左之助はゆらりと笑い・・・唇を寄せてそっと、吸い上げる。
格別の、味だった。
今、俺達は・・・一つになっている・・・!
「ひ、あ、あ、あ、左・・・!」
「剣心、剣心、剣・・・!」
どおおぉぉん・・・!
夜空の大輪の音がその一瞬、二人の声を掻き消した。
儚くも幻想的な光の中で、二つの肌は音もなくわななき。
再び闇に帰る頃・・・同じ着物の上に転がっていた。
「はぁ、はぁ・・・ぁ・・・」
だらりと身体を横たえて、左之助は剣心に覆い被さっていた。
重いといえば重いのだが・・・それが今は、心地よい。
そっと彼の背に手を回して、剣心はいつの間にか、無意識に撫でさすっていた。
「・・・剣心・・・」
「・・・ん・・・?」
いくばかりか呼吸が整ってきたのだろう、ふと、左之助が声をかけた。
「そんなにされたら・・・俺、ガキみてェじゃねェか」
「あ・・・すまぬ」
「いいんでェ・・・続けてくれよ・・・」
「・・・え?」
「俺の背中は・・・おめェのモンだから、よ・・・」
微笑みを浮かべ、ゆるく唇を奪った。
あの時・・・銃口が自分を狙ったとき。
正直、避けきる自信はなかった。
だが、怖くはなかった。
死というものへの恐怖もなければ、拳銃に対する恐怖もなかった。
なぜ・・・?
それはきっと・・・この男がいたからだ。剣心という男がいたから・・・。
余計な手出しだったなと剣心は言ったが。頼りにしているのも事実。
この男は、どんな時に手を出してはいけないのか、どんな時ならば自分が出張らねばならないのかをよく心得ている・・・
だからこそ、背中を預けて闘えるのだ。
互いに、背中を預けあって闘えるのだ。
こんな男・・・この先、探そうとしたって見つけられるものではない。
否、見つからないだろう。
命を預けられる男など!
この男は・・・剣心は・・・!
「・・・左之・・・?」
自分を抱きすくめたまま、言葉を続けなくなった左之助に、剣心は訝るように声をかけた。左之助は小さく、笑う。
「いや・・・何でもねェよ・・・」
この男を独占してしまっていることが、夢のようにすら思える。彼は花火は儚いと言ったが、それはいわば、左之助の・・・剣心への本心でもあった。
華々しく自分の前に現れておきながら、いつしか、ス・・・と音もなく気配もなく消え去ってしまうのではないか・・・そんな気がする。
・・・でも、と思い直す。
この男の中から、自分が消えることはない。忘れられることはないだろう・・・否、
忘れさせない自信がある。
そして自分もまた、この男のことを忘れることなど生涯、できないだろう。
心底惚れ抜いてしまった、緋村剣心という男を・・・。
「・・・罪な野郎だよなァ、本当」
「何がでござる?」
「・・・そういうところがだよ、剣心」
言われ、しばし考えてみるが・・・よくわからない。彼に明確な返答を求めるべく眼差しを向けた時、左之助は苦笑いを浮かべていた。
「だからよ、そういうところだって、剣心」
「わからぬよ、左之」
「わからなくたっていいさ」
唇を軽く重ね、左之助はニッコリと笑った。
「さて・・・閨に行こうか、剣心」
「えぇ?」
小さく驚きの声をあげる剣心を、左之助はまたしても笑う。
「どうしてそんなにびっくりしやがる」
「どうしてって・・・その、まだ・・・」
「・・・俺は、我慢はできねェぜ」
「左・・・」
「さっきから欲しくってたまらなくなってンだが、畳の上じゃァ、おめェも身体が痛ェだろ? 無茶もできねェしよ」
「左・・・!」
赤面する剣心を、左之助は笑いながら立ち上がった。
「ほら、来いよ。おめェだって・・・俺が欲しいだろ」
「・・・!」
「あれだけ乱れておいて照れなくてもいいだろ、今さら。俺とおめェの二人きりなんだからよ」
だから照れるのだ、だから恥ずかしいのだ。剣心は胸の中で声を大きくして言っていたのだが、公言することはなかった。
言ってしまえば肯定しているようなもの、それではあまりにも悔しい。
けれど、彼の言葉を拒むことはできなかった。剣心は上体を起こして立ち上がろうとした矢先・・・
「あ・・・」
何ということだろう、力が入らない。これはもしかして・・・
「おめェ、ひょっとして・・・」
「・・・!」
「へェ・・・そうなんだ。腰・・・抜けちまったのかァ」
嬉しそうに満面、笑みを浮かべた左之助を、剣心はますます直視できなくなって目を伏せた。左之助はしばし見入っていたのだが、やがて無言のままに抱き上げて。
声をかけることもなく、そのまま褥の中へと裸体を転がせた。
「ここなら・・・いくらでも腰、抜かしちまっても大丈夫だからな。朝までゆっくりしていこうぜ」
ゆるやかな温もりに包まれながら、再び組み敷かれつつ・・・剣心は熱を宿し始めた肌を持て余しながら、
「馬・・・馬鹿者・・・」
一言、こぼすに留まった。
いつしか花火も打ち上げ終わり、道という道には帰り道を急ぐ人々で溢れ返った。
だがそんな雑踏も、喧噪も、二人のところまでは届かない。
聞こえてくるのは、互いの息づかい、互いの鼓動・・・
感じるのは、互いの温もり、互いの想い・・・
夏への境目、熱に彩られた夜は刻々と更けていった。
了
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〜 10,000hit キリ番リクエスト:さな殿へ捧ぐ 〜
拝啓
拙宅が 10,000hit を迎えて早・・・幾月(^^;)
キリ番リクエストなるものを初めて引き受け、試みたものの・・・これが想像以上に困難で(^▽^;)!
改めて、己が力量不足を痛感致したのでござりました〜(-_-;)
もたもたしているうちに、別の物語が浮かんでしまって書きあげる始末(^^;)
さな殿にはすっかり、お待たせしてしまったのでござりました(涙)。本当にお待たせしてしまって、
申し訳なかったでござるよ、さな殿〜(涙)。
しかも、詳細な基本コンセプトを頂いていたにも関わらず活かしきれずにこの有様(涙)。
重ね重ね、申し訳ないでござりまする、さな殿〜(涙)。
もうもう、これがぢぇっとの限界でござりました(^▽^;)♪
どうにかこうにか、お気に召して下さると嬉しいのでござるが(^^;)
とにもかくにも、10,000hit、改めましておめでとうでござりました〜(*^^*)!
いろいろと難関はござったが、楽しんで書けたことは事実。乱闘の場面などはまだまだ
修行不足であり・・・なおかつ「お約束」的なモノもござりまするが(^^;)、
とても楽しゅうござりました♪
長々とお目汚し、まことにありがとうでござりました! m(_ _)m
かしこ♪
04.04.28