二人は無言だった。
ただ、左之助はごんごんと深川界隈をまっすぐに歩いていく。
彼を知っている者はこの辺りでもいるから、あちらこちらから艶美な声が降りかかってくる。が、返事をすることはなく、ひたすら前方へ視線をおいていた。
剣心は先ほどから、視界に「惡」一文字しか写していない。
左之助に声をかけようと思うのだが、何をどう、言葉をかければよいのだろう。
料亭「彩乃」を出てからというもの、左之助は一言も剣心へ声をかけようとはしなかった。
振り向きもしない。
あたかも、彼が着いてくることが至極当然であるかのように、どんどこどんどこ、突き進んでいく。
普段の彼にしては早足だった、剣心も負けずと追いついていく。
・・・怒っているのだろうか。
左之助の気配を感じながら剣心はそう思った。
何に対して怒っているのか、と言えば・・・思い当たるところが多すぎて、どれが起因しているのか全くわからない。
ともかく、今の彼がひどく不機嫌で、今にも怒りを爆発させようとしている、それだけは確信が持てた。
さきほどの、怒髪天を衝くような怒り。初めて見た。よくあれで収まったものだとつくづく思ってしまう。
あのやり方は尋常ではなかった。本気で殺す気だったのだ、左之助は。
剣心の心の蔵が、冷えるような思いだった。
「剣心」
突然、左之助の歩みが止まり。
「来い」
手を握られたかと思うと、ある店の中へと引き込まれた。
「左・・・!」
そこが出逢い茶屋であることを知って思わず声を上げたが、
「黙れ」
低い声音の一言に、剣心は言葉をつぐんだ。
剣心は半ば、引きずられるようにして左之助に伴われ。
通された部屋へと荒々しく押し込まれ。
パシンと後ろ手に障子を閉めた左之助の動きに、剣心は改めて、彼の深い怒りを感じ取った。
「左・・・」
普段と違う左之助の雰囲気に、剣心は何かを話さなければと口を開きかけた。だが剣心が見たものは、左之助の激情、炎に燃えるような瞳だった。
「左・・・ン!」
あっと思った瞬間、剣心の唇は熱く塞がれていた。まだ熱の冷めぬ右腕に絡め取られ、剣心の華奢な身体は鋼の肉体へと落ちる。
握っていた逆刃刀が、ゴトリと畳へ落ちた。力がたちどころに消えていく、膝ががっくりと折れた。
吸い込まれるように力を失っていく我が身に焦りを覚え、剣心は左之助の唇を外そうと首を振る。
「待て、左之・・・少し・・・」
「黙れ、と言っただろ」
「左、之・・・」
瞳にある怒りの炎が燃え盛っているように見えた。剣心はおそるおそる、口を開いた。
「怒って・・・いるのか」
「あぁ」
「何に・・・対してだ」
「何に対してだと? そんなこともわからねェのか」
左之助は、立っているだけでやっとの剣心を引きずるなりもう一つの部屋へと襖を開けて、剣心を中へと押し飛ばした。
剣心は崩れ込むようにして倒れ、左之助を見上げた。自分のいるところが褥の上であると知りながら。
「おめェは、俺に何の相談もしなかった」
ス、と。半纏を脱ぎ捨てて左之助は、鍛え抜かれた肉体をさらす。
「全部背負い込んで、自分の問題として片づけようとしやがった。だが極めつけは!」
シュ、と。下袴の紐をほどいて足元へとストンと落とし。
「岡崎がおめェを犯そうとしやがったことだ」
「!」
ぎゅっと、剣心は褥を握りしめた。その様を左之助は凝視しながら襖を閉め、褥へと歩み寄る。行燈の明かりで生まれた左之助の影が、剣心の上へと落ちる。
「気づかなかったのかよ、あいつがそんな眼で見ているってことによ」
彼の言葉に、剣心は目をそらした。何も言わない剣心に、左之助は拳を握りしめる。
「だからおめェは甘ェんだよ!」
「すまない。てっきり・・・拙者に絡んでくるのは、左之助のことに探りを入れているからだと思ったものだから・・・」
顔を伏せながら、小さな声でそう答えた剣心に、左之助は苛立ったように声を荒げる。
「だったらなぜ、俺に話さなかった!」
「・・・すまん」
「俺が乗り込んでいかなくても、おめぇのこった、うまく乗り切れてはいただろうがよ。だがもし、あの野郎におめェが犯されるなんてことがあったら、俺ァ・・・!」
左之助は剣心を抱きすくめた。ぎゅぅと、きついくらいの抱きしめ方に、けれど剣心は苦痛をにじませない。むしろその抱擁に喜びを得るように、瞳を閉じて小さく息を吐いた。
「まさか、おめぇ・・・俺を見逃す代わりに身体を許そうなんてこたァ・・・!」
「見くびるな!」
思いがけぬ彼の言葉に、剣心は思わず強く言い放っていた。
「そんなことをしても、お主の怒りを買うだけだ。奴の狙いは・・・拙者だった。この身体だったのでござる。ただ、それだけなのでござる・・・」
「・・・すまねぇ、言い過ぎた」
「いや。謝るのは拙者のほうだ。すまなかった、左之・・・」
「剣心」
左之助の唇が、ふわりと重なったかと思うと猛然、強く吸い上げてきた。
「ん・・・」
唇の感触に、剣心の心がぐずぐずと瓦解する。それまで張りつめていた何かが、ぷつりと切れて。
ぎゅ、と・・・左之助の肩を、掴んでいた。
「は、んぅ・・・」
微かな吐息をこぼしながら、いつしか口づけは熱を帯びていく。左之助へとすがりながら、剣心を抱きすくめながら、互いの感触を確かめ合うように息が絡んでいく。
「・・・この唇で・・・」
ゆるりと唇を外して頬擦りをしながら。左之助は剣心の耳朶へと囁きかける。
「あいつの唇を噛みきったのか・・・」
剣心は彼から逃れるように顔を背ける。左之助は剣心の面差しを、頤を掴んで元に戻させる。
「あの野郎、よくも剣心を汚しやがって!」
「左之・・・」
「おめェも悪いんだぜ! あんなヤツに唇をやっちまいやがって!」
「すまん・・・」
剣心の目元が少し、和らいだ。左之助の頬へ手のひらを寄せて、温もりを感じる。
「畜生、俺はあいつを・・・!」
「左之、もういい・・・」
「けどよ、」
「もういいんだ・・・」
「剣心?」
「本当に・・・お主という男は・・・」
自分のために、真剣に怒ってくれて。
自分のために、身体と命を張ってくれて。
何も言わなくてもわかってくれて・・・
ほんの些細なことで、ほんの小さな一言で。
この男はすべてを理解してくれる・・・
かつての仲間でも、
ここまで・・・理解してくれた男は、理解しようとした男はいなかった。
この相楽左之助が初めてだった・・・
「まだ焦らすつもりか? らしくないぞ、左之・・・」
「剣心・・・」
大きな手のひらがもぞりと、剣心の懐へと差し込まれ。鼓動が速くなりつつある胸乳を撫でた。
「ぁ・・・」
声が濡れた。
その声に、左之助はゾクリと悪寒を走らせて。指先を沿わせて撫で続け。胸の華へ微かに触れながら、彼は耳朶をねとりとねぶる。
剣心の肩がすくんだ。左之助は肩を押し戻すようにすると、なおも耳朶へと愛撫する。
「左、之・・・」
吐息が甘く絡む。蒼い瞳が潤む。
左之助は剣心へ深く口づけると、彼の袴へ・・・紐へ手をかけた。
しゅる・・・と微かな衣擦れの音とともに。鮮やかな手つきで剣心の肌は、橙の明かりにさらされていく。
外気に触れていく肌・・・そうされることで密着していく左之助の肌が、温もりが。剣心の胸の内でくすぶっていた雄を一気に、開花させていく。
「左之、左之・・・」
単衣が襦袢が、左右へとはだけられ。袴などすっかり脱がされて。剣心は左之助へとすがりついていく。
わずかに開かれた身体に容赦なく、左之助は己が身体を入れ込んで。いまだ下帯に包まれたままの高ぶりを押しつけた・・・同じく、高ぶりを見せている剣心の下帯へと。
火傷をするような熱の塊に、互いに情が激しく燃え上がった。
「・・・剣心・・・」
首筋に唇を這わせると、左之助の中で雄が暴走を始める。呼吸も荒く口を開き、まるで獲物を食らうような彼に、剣心の理性はどろどろに溶かされていく・・・
自分が求めてやまないものは、この腕だけだ。
この温もりがあれば・・・十分。
大事にしたい、大切にしたい、今の時の流れを。
もっともっと・・・この男の中で乱れていたい、乱されたい・・・
左之助にならば・・・!
二種類の獣の瞳がキラリ、欲の色で輝いた。
深く、深く、奥深く。左之助の存在を認知して、剣心は我が身を震わせる。
揺さぶられるたびに声が洩れ、跳ね上がる身体をどうすることもできない。
だらしなく流れた唾液は薄く乾き、潤んだ瞳は絶えず、涙を流す。
腹部や胸乳に至るまで、白濁とした体液で汚され、行燈の中でてらてらと光っている。
そんな状態だというのに。
もはや、四肢に思うように力が入らないというのに。
それでも両腕を左之助の首元へと絡め、なおも求め、すがってしまう。
左之助もまた、そんな彼に応えるように・・・底なしの愛情を剣心へ注いでいく。
腰を抱えこんで解放せずに、もう・・・どれくらいの時が経ったのか。
互いに、離れることがなかった。
褥の中でずっと・・・一つになったまま。
何かを得るように、何かを掴もうとするように。
肌を貪り、あるいは触れて。
絶えずどこかで一つになって、
絶えずどこかで視線を絡ませ。
延々と求め合った。
「あ・・・はぁ・・・左、之・・・」
「剣心、剣心・・・」
言葉は数少ない。
流れていくのは、見つめ合う眼差しと吐息の数だけ。
交しあうのは、温もりと情熱・・・
「ぁ、左之・・・」
絶えず洩れる吐息の中には、もはや凛とした剣心の面影はない。
手のひらで左之助の頬を、耳朶をそっと撫でたり・・・隆起する彼の腕に指先を走らせたり。背中に這わせたり・・・そのどれもが彼を確かめるように、存在を認識するように。やさしくやわらかく・・・陶然としたものだった。
「剣心・・・」
肌に薄く汗をにじませて、左之助は剣心から身体を離そうとしない。つい先刻までの、あの野獣のような猛りが、今では抜け落ちたように。瞳にあった怒りはどこかへ消え失せ、穏やかな温もりを灯して剣心を捉えている。
唇も手のひらも、剣心を愛おしむかのように・・・触れてくる。
「左之、左・・・」
「剣心・・・」
唇を重ねながら左之助は剣心を抱きすくめ。剣心も細い腕を彼へとまわし、抱きしめる。
そしてまた、わずかに肌を離しては互いに触れ合い、唇を寄せた。
「左之、左之・・・っ」
何度目の時だろう、剣心が。深々と左之助に差し貫かれながら、彼の首へすがりながらふと、こう言った。
「一人いれば十分・・・十分なんだ・・・」
「剣心・・・?」
うわ言のように、呟くように。
剣心は左之助の耳元で何度かそう言った。
「何を言ってンだ・・・剣心・・・?」
「左之、左之・・・」
黒髪を指で梳きながら、剣心は少し笑った。
「お主が悔しがることも、悲しむ必要もない・・・拙者にとっては唯一の男がいれば、それで、十分・・・」
「剣心・・・」
色に濡れている眼ではあったが・・・左之助の心情を見透かしている。
左之助はつい、苦笑をこぼした。
悔しかった、ただ偏に。
今の時代を築いた、礎となった一人の男を。
あの男は軽んじていた、力量を認めていなかった。
何も、「剣心」という男を見ていなかった。
・・・命の境目をくぐり抜けてきたはずの、仲間だというのに。
一番、わかっていなければならない男が、
一番、わかっていなかった。
一番、剣心の近いところにいた男が・・・!
それが悔しくて情けなくて悲しくて、
怒りとなって頂点を極めてしまった。
剣心は、それを見抜いていた。
「・・・馬鹿野郎が」
左之助は一言だけそう言った。
互いの唇に笑みが浮かぶ。
「お互いが・・・馬鹿野郎なのかもしれぬな、左、之・・・」
口づけてきたその唇を、今度は剣心が強く吸い上げて。
たちまち二つの肉体は新たに熱を帯び始める・・・火照り上がっていく。
彼らの夜は、まだ終わりそうにない。
互いの想いを、目に見えぬ何かを確かめ合うように・・・
熱く深く激しく・・・肌を重ねていく。
幾重にも、幾重にも。
絡める吐息とともに、視線をも絡めて。
何もかもを一つに・・・溶かして・・・
夜は、更けていく。
二人の間に確かに息づいている、何かを感じながら・・・
了
背景画像提供:「篝火幻燈」さま
http://ryusyou.fc2web.com/
〜 30,000hit キリ番リクエスト: 彩さんへ捧ぐ 〜
ブラウザを閉じてお戻りください
m(_ _)m
拝啓
めでたく 30,000 hit を迎えたのが6月末。キリ番をゲット!してくださった
彩さんのリクエストを頂いてから・・・もうどれくらいの月日が・・・(-_-;)
すっかりお待たせしてしまって、本当に申し訳ありません(><)!
私としては、もうできあがっていて、アップしているくらいの腹づもりで
ございましたのにィ〜・・・(-_-;) あとはもう、本編がお気に召してくださるかどうか、
偏にそれだけが気がかりです(^^;)
リクエスト内容としては、「剣心と左之助の痴話喧嘩」
「昼ドラのような愛憎劇」「アニメ版:左之助と錦絵のその後の話」というものだった・・・
のですが。あんまり・・・クリアできてないような気がする・・・(-_-;)
「その後」ぐらいじゃないでしょうか、お応えできているのは(;;)
本当に申し訳ありませんでした、彩さん〜(><)!
拙きものではありますが・・・受け取って頂きますと幸いです(;;)
ちなみに。
個人的には、料亭「彩乃」での場面が一番書いていて楽しかったです(^▽^;)♪
それから。
料亭「彩乃」の名前は彩さんのお名前を拝借致しました(^^;) ・・・ささやかな
ゲスト出演ということで(笑)。
彩さん! キリ番リクエスト、ありがとうございました〜(*^^*)!
m(_ _)m
かしこ♪
06.01.01