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「仕掛け」


 「・・・之、左之」
 ゆるやかに耳朶をかすめていくような・・・風のような声音にふと、左之助は目を覚ました。
 「ン・・・?」
 目を開くと、眩しい陽光を背中に受けた、黒い人影が。誰だろうと目をこすると、ぼやけていた視界がたちどころに鮮明になった。
 「なんだ、剣心か」
 蒼い瞳を見つけてぼそりとそう言った左之助は、縁側で大きく伸びをした。
 夏の余韻も薄らぎ土手や草の合間から、赤い天の花が見え隠れし始めた昨今。
 陽を浴びての昼寝ほど心地よいものはなく、この数日間、左之助は神谷道場の縁側で昼寝をするようになっていた。
 暑くもなければ寒くもない・・・半纏一枚が快く、ついつい深く眠ってしまう。
 その寝顔を確認してから洗濯物を取り込むのが、ここ最近、剣心の日課となっていた。
 大きな伸びはしたものの、そこから動く気配の全くない彼に、剣心は苦笑した。
 「なんだではござらん。そこをどいてくれ、洗濯物が置けぬよ」
 左之助の黒い瞳が開いて、剣心の腕へと注がれる。彼の両腕には乾いた洗濯物が、お日様の匂いを漂わせながら落ち着く先を求めていた。剣心はさらに腕を揺さぶって洗濯物の山を見せつける。
 「ほら、早く奥へ行かせろ。なんともならんだろう」
 苦笑を浮かべたままに催促をしてきたその声に、左之助はゆっくりと身を起こした。だが、少し位置をずらすとゴロリ、再び横になってしまう。
 あくまでも昼寝を決め込むらしい彼に、剣心はやれやれと小さく息を吐いた。が、笑みをこぼしながら縁側へトン・・・と上がる。
 「もうすぐ一段落つく。そうしたら、お茶でも煎れるでござるよ、左之」
 「あぁ。茶菓子も頼むぜ」
 お主は食い気しか頭にないのかと、半ばあきれ顔で言った剣心の面差しは、だがどこか楽しげで。そのまま、仰向けに転がっている左之助の頭上を横切っていった。
 あふれるようにして抱えていた洗濯物を、畳の上へ解放して。剣心はくるりと踵を返すと再び、縁側から降りようとする。
 その時、だった。
 ひらり・・・
 眼前で袴を翻させる。

 お?

 どくん、と左之助の胸が奇妙に高鳴る。

 これは・・・

 そうこうしているうちに、剣心が膨大な量の洗濯物を腕に取り込んでトン、縁側へと上がってきた。微かにギシッと音がして、左之助の頭上を・・・見上げたその視界の中でひらり。袴の裾が翻る。

 おぉ。

 一瞬ではあったが、わずかに。袴のその奥が垣間見えた・・・ような気がした。
 左之助の胸がさらに高鳴る。剣心が部屋へと洗濯物を置いて・・・その一挙手一投足を目で追いかけながら、左之助は平然を装って話しかけた。
 「大変だな。結構な量じゃねぇか」
 「左様でござろ?」
 言いざま、ひらりと裾が翻って庭へ降りていく。
 「何しろ、元気な門下生もいるでござるからなぁ。いくらでも洗濯物が増えるし、よく汚すのでござるよ」
 洗濯は結構な重労働で、思っている以上の力作業だ。苦になるといえばその通りだろうが、彼の口調にはそんな気配は微塵も感じられない。むしろ、汚してくれることに、洗濯物を増やしてくれることが嬉しそうな口ぶりでもある。おそらく、門下生の成長ぶりが楽しくて仕方がないのだろう。
 だが、左之助の意識は別に向いている。彼の視線は袴の奥へと釘付けになっていた、その一瞬の光景のために。
 そうとは知らず、剣心は自分の役目を黙々とこなしていく。
 「ふー」
と、息をつきながら洗濯物を置き。
 「さぁ、あと一回でござるな」
ほっとしたように微笑を浮かべ、庭へと降りていく・・・

 たまらねェな・・・

 ドキドキと胸を鳴らし、最後の洗濯物を取り込んでこちらへ歩み寄ってくる剣心を、左之助は熱っぽく見つめた。

 もっと・・・あの奥、拝みてェな。

 そう思った矢先、剣心がトンと縁側へ上がった。
 目の前を・・・頭上を、ひらりと袴が翻って・・・
 「!」
 不意に、前に進めなくなって剣心の歩みが止まった。誰かが何かを引っ張っている。何だろうと足元を見遣れば・・・
 「左之?」
 左之助が仰向けのまま、剣心の袴の裾を強く握っていた。しかも、こともあろうかその奥へと視線を向けているではないか。
 ざざっと、剣心の顔から血の気が引いた。同時に、沸々と心の中に熱いものが吹き上げてくる。
 眼差しが、すぅと眇められた。
 「・・・何をしているのでござるか、左之助」
 口調が先ほどと打って変わって、底冷えするように冷たい。が、左之助はそのことに気づいているのか、いないのか。
 「いい眺めだなぁと思ってよ」
 けろりとして答えた。剣心の声音がさらに、鋭さを帯びる。
 「やめぬか、左之」
 「嫌だね」
 「踏まれたいのでござるか?」
 「お、そいつもいいかもしれねェな」
 途端、袴の裾を引っ張っていた左足が大きく振りかぶるなり、グンッと落ちてきた。
 「うぉ!」
 左之助、咄嗟にその足を受け止めてがっちりと捕らえこむ。一瞬のことではあったが、ぶわりと全身から汗が噴いた。
 「てめェ、本当に踏もうとしやがったな!」
 「当然でござろう、なんとはしたない・・・!」
 「はしたないだァ?」
 肝を冷やされた上にこの台詞。左之助の中で何かがもぞりと寝返りを打った。唇が奇妙に歪む。
 彼の面差しに剣心が不安をよぎらせた時、左之助は無言で、捕らえている左足の足袋をスルリと剥ぎ取った。何をするのかと見ていたら、左之助のつややかな唇が大きく開かれるではないか。
 「左、左之!」
 予見した剣心は驚いて、慌てて左足を激しく振った。が、左之助の手は剥がれない。むしろ力強さが増している。
 「何もしてねェぜ、剣心」
 「今、しようとしたでござろう!」
 「それがどうした」
 左之助は左足を捕らえたままにパッと身を起こした。起きるなり、小さくも力強さを潜ませた足を・・・くるぶしを、そろりと撫で上げる。
 「左・・・」
 何事か声をかけようとするが、それらはたちどころに消えてしまう。否、飲み込まされた。左之助の指先が、するするするり・・・くるぶしからふくらはぎへ、そしてさらに上へと這い上がってきたのだ。袴はめくられてまくられて、中でたくしあげられていた着物すらまくられて、左之助の眼前には陽光に浮かぶ、白い肌がさらされた。
 「く・・・」
 声を噛み殺す気配に、左之助は喉の奥で笑いを洩らした。
 「よぉ、踏まなくていいのか? もっとも、もう踏めねェだろうが」
 大腿へ唇を寄せて、肌に触れ。きゅぅとそっと、赤い華を咲かせる。剣心は唇を噛み、恨めしそうに左之助を睨んだ。
 「ほら、何とか言ってみな。いや・・・言えねェか? 口を開いちゃぁ、イイ声しか出てこねェもんな」
 「左・・・!」
 「俺ァ、その声が聞きてェんだよ。今、すぐに」
 「ば・・・馬鹿者・・・!」
 少しずつ打ち寄せてくる快楽の波を振り払って、剣心は失いかけていた理性を掻き集め、強い意志を眼差しに宿らせた。
 甘えさせてはならない、いや、流されてはならない。いつもこんな調子で左之助に捕らわれて・・・それから・・・
 こんなことでは駄目だ。まがりなりにも今は昼間、お天道様も高いのだ。こんな、こんなことが・・・!
 剣心、洗濯物を抱えたまま厳しく言い放った。
 「やめろ、こんな昼間っから。欲情するな、左之」
 「関係ねェ。そんなこたァとっくにわかってんだろうが、剣心」
 確かに、これまでのことを振り返れば左之助の性質上、時と場所を選んだことがなかった。だからといって、それを受け止めて許して良いかといえば、そうではないだろう。
 剣心は揺れる心を払い、毅然として言った。
 「子供ではないんだ、けじめをつけろ」
 「なんだとぉ・・・?」
 左之助の眼差しにつと、険しい翳りが降りた。
 「こうしてもう、俺の前に脚をさらしてるってェのに、まだそんな強がりを言うのかィ」
 「強がりではない。本当のことだ」
 「たとえ本当のことであったにしろ、だ。いまさら、やめられるかよ!」
 「!」
 縁側から奥の部屋へ押し倒し、左之助は剣心の身体を畳へと縫いつけた。室内に、抱えていた洗濯物が散らばる。
 左之助は爪先で器用に障子を閉めると、笑みを滲ませて剣心を見下ろした。
 一方、仰向けに縫い止められた剣心は、ジロリと左之助を見上げていた。
 「離せ、左之」
 「離さねェ」
 「拙者には、まだやらねばならんことが山ほど・・・」
 「御託を並べるのもいい加減にしやがれ。俺ァ我慢がきかねェんだよ」
 「本当に子供だな」
 「うるせェ!」
 左之助は剣心の唇を塞いだ。奪うように、吸い付くように、荒々しく唇を割り開いて剣心の内部へと侵入していく。両眼をカッと見開いて、惑う剣心の面差しを見つめていた。
 「ン・・・!」
 剣心は彼の唇から逃れようと頭を振るが、左之助の熱が口腔内を満たし、たちまち力を吸い取られていく。
 「ん、ン!」
 それでもなんとか、彼を剥がそうと躍起になる。膝を立て、蹴りを入れようと身構えた、その時。先手を打たれ、両脚は左之助の脚でしっかりと固定されてしまった。
 両手もまた、左之助の手と強く繋がれてしまいどうすることもできない。

 この、左之・・・!

 彼の思う通りになっていく事の展開が、剣心には忌々しくてたまらない。

 どうしてこんなにも抗えないのか。
 どうしてこんなにも流されてしまうのか。
 結局・・・結局、左之助に拙者は・・・

 唇から伝わってくる、ぬくもりが。息遣いが、舌先が、如実に左之助の高ぶりを知らせてくる。情熱の炎のありかを見せつけてくる。
 いつしか、剣心の開かれていた瞳にゆっくりと瞼が下りてきて・・・身体からは緊張がほどけていき、
 「く・・・こ、の・・・左・・・ぁ」
鼻先からは切なげな呼吸が洩れ始めた。
 それを見て、左之助の瞳が獲物を捕らえた獣の、誇らしげな光を宿した。

 「・・・んぁ・・・」

 剣心の唇から艶めいた声がこぼれたとき。左之助はようやく、唇を離した。
 「すっかり、いい感じになってきたじゃねェか、剣心・・・」
 ニヤリと笑った左之助を、剣心は毒々しげに睨んだ。だが、障子から差し込まれてくる柔らかな陽差しに浮かぶ面差しは、凛とした中に色香が漂っていて・・・思わず、左之助の喉仏が上下に動いた。
 「わかってねェな、剣心・・・そういう面ァするから、余計に挑みたくなっちまうんだぜ」
 「そ、んなこと・・・拙者が知る、範疇ではない・・・」
 微かに息を乱しつつも、瞳に強い光を満たした剣心を、左之助はニヤニヤと笑いながら見ている。
 「まだ減らず口が叩けるみてェだな。それとも・・・俺に喧嘩を売ってンのか? それで完膚無きまでに負かされて、啼かされてェのか?」
 「!」
 両眼が見開かれた。唇を噛んだ剣心を見て、左之助はクツクツと笑いをこぼす。
 「へェ、そんな面もできるのか。面白ェ・・・」
 と。左之助、何を思ったのかス・・・と身体を離した。自由を奪っていた彼の両手を解放し、膝をほどき、すっくりと立ち上がる。
 何が起きたのかと見上げた剣心に、左之助は襟を正しながらこう言った。
 「いいよ。その喧嘩、買ってやらァ」
 要領を得ぬというように呆然と見上げる剣心に、左之助はあっさりと背を向けた。
 「おめェの言うことをきいてやる。だが、俺はどんどんおめェに仕掛けていくぜ。その身体、どこまで保つかな?」
 シュッと障子を開けざまに。左之助は捨て台詞を吐いた。
 「この喧嘩、結果が楽しみだぜ」
 そう言った左之助の横顔が。陽光の中で凄絶な笑みを浮かべていたのを剣心は見た。
 その時になってようやく、彼の意図に気づいたがもう、遅く。
 剣心は、己が身体の異常な熱を知って、愕然としたのだった。






 包丁を握る手が、わずかに震えている。
 いや・・・時として止まってしまう。
 「・・・イカン、集中しろ」
 呟くように言い聞かせ、剣心はまな板に寝そべる葱を切る。
 トントントン・・・
 軽やかに刻み始めたものの、その瞳には葱など映していなかった。
 見えているものは、見ているものは・・・
 ・・・聞こえてくるものは・・・

  − 剣心、もっと・・・はぁ・・・いいぜェ・・・

 「くっ・・・」

 奥歯を噛んで、体内で熾ろうとする火を殺す。
 額に滲んだ汗を、無意識に手の甲で拭っていた。

 あれから・・・どのくらいの時が流れたのか。
 左之助は未だ、この道場にいる。
 近くへ寄ることもなく、が、遠くへ離れることもなく。
 一定の間隔を保ちながら、剣心へ視線を注いでいた。
 時折視線が合うと、唇の端が奇妙に歪んだ。
 そのたびに剣心は面差しをそらす。
 左之助の顔が、まともに見られない。
 そんな仕草がまた楽しいのか愉快なのか、背後で忍び笑いをこぼす左之助の気配が、剣心には腹立たしかった。
 一回り近い年下に、ここまで翻弄されるとは・・・と、内心苦々しく思うその傍らで、そんな左之助へ寄せる想いが強くなっていくことも感じてしまう。そう・・・心のどこかで、身も心も振り回してくれる左之助が、愛しくてたまらないと感じている自分がいるのだ。
 今だって・・・こうして包丁を握っていても。
 背後に左之助の気配を感じている。
 熱い眼差しが背中を焼き尽くそうとしている。
 きっと左之助は、腕を組んで壁にもたれて、ただ黙ってこちらを見ているに違いない。
 そう・・・思うだけで。
 剣心の胸は高鳴ってしまう。

 畜生・・・拙者はどうして、こんなにも・・・

 いつからこれほどまでに、身を焦がすようになった?
 いつからこんなに、左之助のぬくもりを思うようになった?
 あの瞳を、あの腕を、あの胸を・・・

 こんなことを考えてしまうことさえ、左之助の思惑に嵌っているのだとわかっているのだが・・・思考は止まらない。腹立たしいのに、止まらない。

 駄目だ、集中しろ。今は早く、夕餉を仕上げねば・・・

 道場主であり、居候を許してくれている薫や、元気いっぱいの門下生・弥彦が腹を空かせて待っている・・・。剣心は、小さく頭を振って脳内から左之助を追い出すが、そんなことは無駄だった。それでも何度も頭を振りながら夕餉の支度へ集中しようとする。

 「なかなか進まねェみてェだなぁ、剣心」

 いつ、歩み寄ってきたのだろうか、左之助の声がすぐ傍で聞こえ、剣心は胸の内で心の蔵を跳ねさせた。その気配に気づかなかった自分に少しばかり狼狽したが、剣心はおくびにも出さない。
 「そうでござるか? 何、すぐに仕上がるよ」
 平静さを装ってそう答えたが、一向に左之助のほうを見ようともしない。
 「そうか・・・?」
 背後から左之助の吐息が剣心の右頬へ、触れた。同時に、左之助はぼそぼそと耳打ちをしてきた。
 「いろんなところが熱くて、集中できねェんじゃねェか」
 「!」
 手が止まる。肌を強ばらせた彼に、左之助はほくそ笑んだ。
 「俺が欲しくてたまらねェんだろ・・・」
 耳朶の奥へと吹き込まれていく言葉とほのかなぬくもりに、一瞬、剣心の全身から力が抜けかけた。

 駄目だ、しっかりしろ! ここで負けては・・・!

 左之助の思う壺だと、剣心は理性を強く奮い立たせた。
 しかし、左之助の言葉は止めどなく紡がれていく・・・
 「俺だって離れねェぜ・・・昼間の、おめェの唇の感触。もっぺん・・・いや、もっともっと、吸い付きてェ・・・」
 低い声音が、ゆっくりと剣心の脳髄へ浸透していく・・・。触れられてもいないのに、頬が上気してくるのがわかる。
 「今すぐに帯をほどいて着物を脱がせて、その身体に食らいつきてェぜ」
 「左・・・」
 「白い肌がぱぁっと朱に染まってよ・・・啼いてよがるおめェときたら、ゾクゾクするぜェ・・・」
 剣心はわずかに頭を振って、淘汰されようとする意識を何とか保とうとする。だが、左之助の言葉は止まらない。
 「爪先を突っ張らせて、その手で俺にしがみついて・・・濡れた声で俺を呼んで・・・」
 「言うな、左之・・・!」
 濁ってくる意識、熱を熾していく己が肉体・・・もう、このままでは・・・!

 これは喧嘩、仕掛けてきているのだ。身も心も落としてしまおうと、左之助が仕掛けている。
 ここで屈してしまっては、負けてしまっては、ますます左之助を・・・!
 堪えろ、今は・・・!

 剣心は思わず、ぎゅっと右手を握りしめた。
 「?」
 と、違和感を覚えて手元を見れば、葱を刻んでいた包丁が。そう、右手は包丁を握ったままだったのだ。
 瞬間、
 「おっと!」
 左之助の声が飛んだ。
 ハッと剣心が気付くと、その右手は左之助の右手にしっかりと握り込まれていた。振りかざす前に、先を読んで左之助が押さえ込んだのだ。まな板の上で、右手が包丁を握ったまま小刻みに震えていた。
 「何をしようとしやがった、剣心。それがおめェの仕掛けか? 反撃か?」
 そう言う左之助の口調はしかし、どこか飄々としていて楽しげでもある。剣心は無言のまま、背後の左之助へ鋭い眼光を送る。
 「・・・斬るか、俺を」
 「・・・・・・」
 「斬りたきゃ斬れよ。俺は構わねェぜ。だが・・・」
 左之助の口元に笑みが乗る。
 「どんなに刻まれようともなぁ、俺はおめェを抱くぜ。何があっても、な」
 自信と確信にあふれた彼の言葉に、剣心は身動きできなくなった。
 ・・・コトン。
 包丁がまな板に横たわる。
 それを見て、左之助はスッと身を離すと、踵を返した。
 「この後が楽しみだなぁ、剣心」
 彼の喜々とした声音が、剣心の鈍く痺れつつあった意識に深く沈んでいく。
 そんな中で、自分がすっかり左之助の意図に絡め取られてしまったことを・・・もう、どれほど抗おうともどうすることもできないのだと、頭のどこかで理解した。
 コトコトと蓋を鳴らす鍋の音が、虚しく厨に響いていた。


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