[  2 ]

 「はぁ・・・」
 ため息に意識をゆだね、剣心はトン、と壁へと背中を預けた。
 やっとあの眼差しから解放されたのは、湯殿へ入ってからのことだった。扉を閉めて脱衣所へ上がり込んだ瞬間、全身から力が抜けてしまった。ため息がこぼれたのも仕方がないような気がする。
 湯浴みは自分が最後。もう誰も入ってこない。
 そう思えばさらに、心は開放感に包まれた。
 「なんだか・・・疲れた・・・」
 ゆるゆると壁から背を離し、剣心は帯をほどき始めた。
 何という一日だったのだろう。
 普段通りの時間が過ぎていくのだと思っていたら・・・左之助の、思わぬ行動。己が身体を諫めるのに精一杯で、悪戯な笑みを浮かべた左之助に文句の一つ、言うことすらできなかった。
 この疲労感は、精神的なものだ。
 一日中、あの熱い眼差しにさらされてしまっていては、無理もないかもしれない・・・
 殺気や敵意の眼差しなら馴れている。
 けれど・・・けれどこの類の眼差しには馴れていない。
 とりわけ、左之助の・・・

 「左之・・・」

 瞼の裏に、左之助の黒い瞳が浮かぶ。
 艶やかに濡れた・・・奥が見えない漆黒の黒曜石。
 一見、冷たさを覚える色合いなのにどうしてあれほど・・・

 「左之・・・」

 はぁ、と息を吐いて。剣心は再び脱ぎ始める。本人がいないところで口にしようとも、湯から上げれば否が応にも、この名を連呼せざるを得なくなる。鍛え上げられた腕の中で翻弄され、厚い胸板から逃げることも叶わぬ・・・
 夜になれば、喧嘩の勝ち負けなどどうでもいいと思っていた。ともかく昼間、彼を阻止できればそれでいいと。
 もう・・・意地を張り通すのも限界だ。
 脳裏を駆け巡る左之助の姿や声に、剣心の身体はどんどん上気していく。それまで、かろうじて留めおいてきた理性が、誰もいないこの空間で箍がゆるんできていた。
 剣心は慌てて頭を振って左之助の幻影を追い払う。気持ちをしっかり入れ替えて、手早く湯浴みを済ませてしまおうと単衣に指をかけた。

 ガラッ。

 引き戸が開く音に、剣心はパッと面差しを上げた。
 にゅっと顔を覗かせたのは、今の今まで脳裏を席巻し続けていたあの男・・・左之助ではないか。
 「さ、左之!」
 反射的に袷を握って胸元を隠した。剣心の仕草に、左之助が不敵に笑った。
 「なんだ、もうとっくに湯に浸かってるもんだと思っていたら。こんなところで何をぐずぐずしてやがんでェ」
 「ぐずぐずなどしておらん。お主こそ、何の用だ。とっくに湯浴みはすんだだろう」
 「あぁ、いい湯加減だったぜ」
 「だったら・・・」
 「わかってンだろ、剣心。決着、つけようぜ」
 ギシ。板の間が軋んだ。歩み寄ろうとしてくる左之助を、剣心は胸元を隠したままにジロリと睨み据えた。
 「帰れ、左之。ここまで押しかけてこずとも、湯から上がればすぐに・・・」
 「だからよ。帰りが遅いから迎えに来てやったんだろ? 待ってたんだぜ、ずっと・・・おめェの布団の中でよ」
 もう、声を憚らなくてもいい。左之助は普通の声音ではっきりと剣心へ告げた。剣心は一瞬、言葉を飲んだが眼差しの強さは未だに健在だ。
 「迎えに来ずともいい。だから先に部屋で・・・」
 「待てねェ」
 「左之!」
 「もう待てねェんだよ、剣心・・・!」
 スラリと長い腕が伸びた。狭い脱衣所の中、いくら小柄な剣心でも逃れる場所はない。大きな身体の中へ包み込まれるように、剣心はあっという間に左之助の胸の中に頽れていた。
 「ん・・・!」
 荒々しく合わされた唇に、剣心は声を上げた。が、その声を飲み込むようにして猛然と、左之助は唇を押し込んでくる。強く、小柄な身体を抱きすくめて床へ座り込んでしまうのも構わずに、柔らかな花弁をもぎ取るように割り開き、味わう。
 「ん・・・んぅ・・・!」
 剣心の鼻腔が左之助の匂いを捉えた。わずかに汗ばんだ、それでいて陽に焼けたような匂い・・・。まるで、植物が水を吸い上げるときのように、血管の隅々まで染みこんでいった。そして、唇の奥深くにまで入り込んできた左之助の情熱を得た時、剣心の理性はあっさりと崩れた。
 「は・・・ん、ぅ・・・」
 洩れ始めた淡い声に、左之助の血が泡立つ。彼は唇を重ねたままに、剣心の単衣を、襦袢を脱がせてしまうと一端、唇を離した。
 「なんだ・・・おめェだってもう、待てねェじゃねぇか。へへ・・・この喧嘩、おめェの負け、な」
 「!」
 カッと頬が上気した。剣心はさっと顔を背ける。赤毛がはらりとこぼれて頬を隠した。
 「声・・・もっと聞かせろ・・・」
 「駄目だ左之、やめ・・・!」
 「もう入りてェんだよ、おめェん中へ・・・!」
 半ば息を切らせるようにして言い放った左之助の面差しは、眉根を寄せた・・・どこか切なげで、切羽詰まったやりきれなさを漂わせていた。
 「男」としての、辛さだ。
 極限にまで高められた身体の辛さは、男同士にしかわからない・・・
 ・・・そうとも。
 それは、自分とて同じだ。
 この心の高ぶり、身の熱さ。
 相手の身も心も欲しくて欲しくて、たまらない。
 おそらく、この状態でまだ理性を保てている左之助のほうが奇跡だろう。剣心から考えれば哀れなほどだ。
 そう、考えたとき。
 剣心の唇には薄く、微笑が浮かんでいた。
 「剣心・・・!」
 彼の微笑ですべてを悟った左之助は、そのまま剣心の肩へと・・・首筋へと鼻先を埋めた。肩の稜線に、左之助のなまめいた舌先が張り付く。
 「ん・・・!」
 ほぼ全裸になっている剣心は、そのまま左之助の肩へと腕を回した。左之助も顔を埋めたまま、もどかしげに己が半纏を脱ぎ捨てる。
 獰猛な獣となった左之助は、文字通り鼻息も荒く剣心の白い肌を食い散らかす。四肢を絡め取るようにして抱きすくめているその姿は、まさしく狼と兎だ。
 「剣心」と名を連ねることも惜しいのか、左之助は彼の肌から唇を、舌先を離さない。胸乳を、腹部の割れ目を味わいながら巧みに指先を滑らせ、たちまちにして身体を開かせていく。
 「あぁ・・・ぁ」
 隆起する背中へ手のひらを這わせながら、剣心はぼんやりと天井を見上げていた。
 脱衣所の天井は、やや灰色に染まっていた。長年、湿気を吸い込んできた証拠だろう。母屋や離れとはまた違った趣をなしている。
 まさか、こんな形でここの天井を見上げることになろうとは思いもよらなかった。と、脳裏のどこかで思いながらも、唇からは少しずつ、嬌声が艶を増していく。
 「ん、ぁ・・・は・・・左、之・・・」
 薄く汗ばんだ左之助の肌。しっとりと濡れて、熱を帯びている。この肌はまだまだ熱く熱く、火照り上がっていくだろう・・・。そして、喧嘩をするとき同様、隆々と盛り上がっていくだろう・・・。
 「ふぅん、あ・・・あぁ・・・」
 左之助の眼差しが、前髪の奥からギラリと輝く。
 「左之・・・左・・・」
 「はぁ・・・」
 身を起こした左之助が、大きく息を吐き出した。唾液でべたついてしまった己が唇を、右手でグイと拭う。
 「もういけねェ・・・剣心」
 剣心に言ったというよりは、呟くように。左之助は唇にそう紡がせながら、シュルリと己が帯をほどいた。ストンと下袴を脱ぎ捨てると、下帯もさらりと解放する。
 「左、之・・・」
 仄かな蝋の明かりに浮かび上がる左之助の、すっかり隆起してしまった肉体を見上げた剣心は、胸の内でこっそり息を吐いた。
 「剣・・・!」
 ガタン、両手を剣心の肩越しへついて、左之助は覆い被さった。間近に迫ってきた黒い瞳を凝視できなくて、剣心は思わず目を閉じる。
 左之助は手早く剣心の下帯をほどくなり、既に反応を示している下腹部を見ると艶笑した。
 「俺と一緒だな、剣心・・・」
 耳朶へ囁かれて、剣心は肩を竦めた。誰の耳にも消えるくらいの大きな音で、左之助がゴクリと唾を飲み込んだのが聞こえた。
 目を閉じたままだった剣心、この瞬間にパッと開いてしまう。
 「剣心・・・俺を見ろ、剣心・・・」
 剣心の大腿を左右へと押し開き、左之助は呼吸を乱しながら囁く。昼間、大腿に咲かせた赤い華を指先でなぞると、白い裸体は大きく震えた。
 「ほら、剣心・・・俺を見ろ・・・見るんだ・・・」
 「あぁ・・・」
 蒼と黒が、一本の糸となって絡み合い・・・
 「剣心・・・!」
 左之助の欲の塊が、剣心の身体へ押し入った。
 「あ、あぁ・・・っ」
 掠れたように、堪えるように。剣心は左之助にしがみつきながら息を洩らす。仰け反る喉仏に食らいつきながら、左之助は深く・・・より深くへと腰を押し込む。
 快い波に震える己が腰に自嘲しながら、左之助は息を細かく吐きつつ剣心を浸食していった。
 ついに、最深まで潜り込んだ時。左之助はたまらずに猛然と、剣心を責め立てた。
 「あっ、あぁ、剣・・・心・・・!」
 歓喜を滲ませながら、左之助は剣心を抱きすくめる。強く唇を吸い上げならも腰部の律動は止まることを知らず、さらなる何かを求めて躍動を続けた。
 剣心の全身を夥しい快楽と振動が包む。今にも意識が切れてしまいそうなのをかろうじてつなぎ止めていたが、もう、そのことだけで精一杯。洩れゆく声音を制限することができなくなっていた。左之助にしがみつきながら、唇は彼のためだけに開かれる。
 「ふぅぁ、は、あぁ、左之、左・・・之・・・!」
 全身にみなぎってくる、この血潮はなんだろう。
 今まで感じたことがない・・・いや、左之助にしか感じない、この身体中の躍動感はなんだろう。
 気怠いまでの脱力感が襲ってくることはわかっているのに、流れ込んでくるものはいつだって、彼の激しい血の高ぶりと、純粋なまでの心根だった。
 まっすぐに入ってくる、真正面からぶつかってくる、左之助の想い。
 心地よくて、それが欲しくて・・・たまらなくなる。
 自分のすべてを変えてくれるようで、壊してくれるようで、欲しくなる。
 彼の腕が、左之助の熱が、欲しくて欲しくて、たまらない・・・!
 「左之、左之・・・!」
 我を忘れてしまえば、もはや剣心とてただの「男」。両足を左之助の腰部へ絡ませて、自ら唇を求めて悶えた。あまつさえ腰が蠢くそのさまに、さすがの左之助も一瞬、理性をよみがえらせて苦笑をこぼした。
 「へ・・・淫らだなぁ・・・剣心」
 「ぁ、あぁ、馬鹿、言うな・・・!」
 もう自分でもどうにもならないのだと言うように、剣心は激しく首を振った。そんな彼をうっとりと眺めながら、左之助はニヤリと笑う。
 「おめェのためなら馬鹿にもなるさ・・・こんなふうになっちまうおめェが見られるならな・・・」
 「左、之・・・!」
 刹那、キラリと。剣心の両眼に殺気がこもった。
 ゾクリ、左之助の背筋に悪寒が走る。
 「いいね、その眼・・・たまらねェや」
 ぶるりと身体を震わせ、左之助は呟いた。
 「おめェになら斬られてもいい・・・俺ァ、そう思ったことが何度でもある」
 クツクツと笑う左之助の面差しは、だが言葉通り「斬られてもいい」とは言っていない。
 「この、拙者の身体が目当てのくせに・・・!」
 「あたぼうよ」
 剣心の腰を抱え込みながら、左之助はさらりと言いのけた。
 「言ったろ、斬られてやってもいいが、おめェを抱くってな。いや・・・斬られようがどんなになろうが、おめェを抱くのは俺だけだ。俺だけがおめェを抱ける」
 「傲慢、だな・・・」
 「なんとでも言え。俺はもう、おめェにしか勃たねェんだからよ」
 「!」
 「何より、おめェは俺にしかやらせねェ。そうだろ?」
 その自信はどこからくるんだ・・・。剣心は少し呆れたように息を吐いた。
 「まったく・・・どうしてそんなに、自信過剰なんだ・・・」
 「自信過剰じゃねェ、その通りなんだよ」
 「何を根拠にそんなこと・・・」
 「根拠? 論より証拠だろ。現に今だって、おめェは俺の下。そして俺は、おめェの中にしっくり、入ってらァな・・・」
 うっとりとそう言うと、左之助は剣心の臀部を撫でた。彼の手のひらの感触に、剣心の肌が少しばかり強張った。
 「ほぅら・・・良い具合に締まる・・・俺だけが知ってる味だ、たまんねェぜ・・・」
 恍惚として呟いた左之助の面差しを、その時、剣心は直視できなかった。
 顔を背けた剣心に、左之助は囁く。
 「そろそろ・・・一緒に行くか、極楽へよ」
 「左・・・」
 「身も心も俺のモンだぜ、剣心・・・!」
 「あ・・・!」
 いつしか止まっていた腰を、左之助は緩やかに蠢かせた。剣心はびくっと身体をわななかせて鋼の肉体へしがみつく。
 左之助は嬉しそうに笑みを浮かべると、彼の耳朶をぺろりと舐め上げて。
 「たまらねェ・・・あぁ、剣心・・・」
 「あ、あ、左之・・・左・・・」
 「ここだろ・・・ここがいいんだろ・・・もっと、もっと奥へ行かせろ・・・!」
 「左之・・・あ、ぃ、左・・・!」
 「あぁ、いいぜ・・・たまらねェ・・・剣・・・剣心・・・!」
 譫言のように囁かれたその声音はどこか、白昼夢でも見ているような。剣心は、意識が霞んでいく中で絶えず、左之助の熱っぽい声音を聞き・・・そして自分もまた、湿った声音をこぼし続けた。
 「はっ、はぁ、あぁ、左之・・・左・・・ぁ!」
 「剣・・・!」
 互いに一瞬、クッと息を呑み・・・止めた。
 定まらぬ視線は何かを見据えていたが、まどろむように濡れていて・・・
 「あ・・・あぁ・・・」
 どちらがこぼしたかわからないその吐息を聞いたとき・・・
 剣心は自分の中を巡る激しい迸りを覚えた。
 そして、ぷっつり。
 意識は途切れた。






 「・・・ん・・・」
 全身を隈なく包み込むぬくもりを覚えて、剣心はゆぅるりと意識を上らせた。瞼を開けば、そこには見慣れた光景がある。木枠に囲まれて、湯に浸って・・・あぁ、自分は湯に浸かっていたんだ・・・きっと、湯船の中でうたたねをしたに違いない・・・そう思って、また瞼を閉じようとした、その時。
 「ん?」
 何かが違うような気がした。
 そもそも、自分はいつ風呂に入ったのだろう。いや、それ以前に確か・・・
 纏まらない考えと、思い出せない何かを思い出そうとしていると、ふと頭上から声が降りてきた。
 「目ェ覚めたか、剣心」
 「・・・左之・・・?」
 どうして左之助がいるのだろう。首を少しひねって背後を見やれば、微笑をたたえて自分を見つめる左之助の面差しがあった。
 「もう少し、眠っていてもよかったのに。気持ちがよかったんだろ」
 「あぁ・・・とても心が安らいで・・・気持ちがよか・・・」
 突然、剣心の頭の中ですべての出来事が沸いて出て、一瞬でパチンとつながった。
 「拙者、確かお主に・・・!」
 慌てて身を起こそうとする剣心を、背後から抱きしめている左之助の腕が阻んだ。湯の中でも左之助に捕らわれていることを知って、剣心は少しばかり気恥ずかしさを覚えた。
 「気をやっちまってから、どうやら失神しちまったみてェでさ。起こしても起きねェから、ならばいっそ、一緒に風呂にでも入っちまえ!と思ってよ。身体ァ・・・綺麗にもなるしよ」
 含みを持たせてそう言った左之助が、半ば恨めしい。剣心は口中で舌打ちをした。
 「いやぁ、こうしておめェと湯に浸かるってェのもいいもんだな」
 「何をのんきな。そもそもお主があんなところであんなことをするから・・・」
 「あんなことって、どんなことでェ」
 「それは、その・・・」
 少し口ごもった剣心を見て、左之助は楽しそうに笑いをこぼした。
 「ハハ、おめェいくつだよ! 恥らう歳でもあるめェに」
 「誰が恥らうか! ただ、下品なことは言いたくないだけでござる」
 「へェ、下品ね。じゃぁおめェ、上品な育ち方をしてきたってェのかィ」
 「左之!」
 剣心の反応が楽しくて、左之助はまたしても笑いをこぼしてしまう。そのときになってやっと、自分がからかわれていることを知った剣心は、
 先に湯から出てやる!
ザザッと湯船から立ち上がった。
 が。
 「!」
 立ち上がった瞬間、カクンと力が抜けた。否、力が入らずにバシャンと湯の中へ尻餅をついてしまった。もっとも、その下には左之助が控えていたからしっかり、受け止めはされたが。
 再び左之助の腕の中へ戻されて、剣心は口を結んでしまった。
 左之助といえば、おかしくてたまらないというように、必死で笑いをこらえている。
 「なんだよ・・・ひょっとしておめェ、腰に力が入らないんじゃ・・・」
 「・・・・・・」
 「図星かィ? まぁ、あんだけよがって腰を振ってりゃぁ、腰も砕けちまわァな」
 すっかり閉口してしまった剣心を、左之助はぎゅうと抱きすくめた。ちゃぷん、と水面がわずかに揺れる。
 「心配するな。部屋まで、俺が担いでってやるから」
 「お主の世話にはならん。それくらい・・・自分で帰れる」
 「強情だな・・・」
 「強情だろうがなんだろうが、よいだろう」
 「あぁ、構わねェぜ。そんなところもひっくるめて全部、惚れてっからよ」
 「・・・馬鹿者」
 左之助の唇が、剣心のうなじへ・・・その髪の生え際へと寄せられた。息遣いを感じて、剣心は少しばかり肩をすくめる。
 「左之・・・まさか、また・・・」
 「駄目かィ?」
 不安そうな剣心の声音をよそに、左之助はさらりと答えた。
 「駄目だ。ここは・・・湯殿ではござらぬか」
 「あぁ、そうだぜ。だからどうなんでェ」
 さわさわと、左之助の無骨な手のひらが胸乳を這い回る。湯の中で蠢くそのさまを、剣心は見まいとしてわずかに、顔を仰向ける。
 「ここでは・・・駄目だというのだ」
 「『ここでは』、なんだな?」
 「・・・そうだ」
 観念したように、ため息混じりに答えた剣心に、左之助は嬉しそうにこう言った。
 「素直だな・・・俺が欲しくなったか」
 剣心は思わずムッとしたが反論できない。
 「喧嘩は俺の勝ちだな」
 「ば、馬鹿を言うな、我慢できずに手を出してきたのはお主でござろう。お主の負けでござる」
 「おめェ、あんなによがって腰が砕けて俺に首ったけじゃねェか。おめェの負けだろうがよ?」
 「もう、勝ち負けなどどうでもいいから、早くあがろう。いい加減、のぼせる」
 「じゃぁ、おめェの負けな? 認めるんだな?」
 「勝手にしろ、出る!」
 「ハイハイ、出してやるから」
 苛立たしげに言った剣心を愛しく思いながら。左之助は剣心を抱きかかえるなりザバァと湯船から立ち上がった。
 「こら、左之! 一人で歩けるから下ろせ!」
 「嫌だね」
 「左之!」
 「なんなら、俺が寝巻も着せてやるぜ? 何しろ今のおめェは腰が砕けてっからな」
 「な・・・!」
 「あ、それともこのまんま寝床へ行くか! どうせまた、裸にされるんだしなぁ」
 嬉しそうに、楽しそうにそう言う左之助に、剣心は何かを言い返してやろうと言葉を巡らせるのだが・・・

 ・・・おのれ、何も思い浮かばん。

 結局、自分はこの男に弱いのか。あるいは、語学が足りないだけなのか・・・。
 剣心は深々とため息をついた。
 そして、一言だけぽつん。

 「好きにしろ」

 左之助はにっこりと笑った。
 「言われるまでもねェ。寝かさねェから覚悟しろよ、剣心」
 この瞬間、剣心は思わず天を仰いだ。
 夜はまだまだこれから・・・左之助の情熱が、朝まで続かないようにと願ってしまう。
 けれども・・・。
 この願いが虚しく崩れていくことを、いや、崩れていったことをもう、どれくらい経験させられてきただろう。そう思うと・・・
 「・・・願うだけ、無駄か」
 「あ? なんか言ったか?」
 「何でもない! そんなことよりも早く降ろせ、寝巻くらい自分で着る!」
 「まぁまぁ、そう遠慮することねェって! 俺にやらせろよ、剣心」
 あくまでも無邪気に、満面の笑みを浮かべた左之助を見上げて・・・剣心は、あぁ・・・こいつは駄目だと心の底から思ってしまった。
 もはや逃げられない・・・この男には到底、敵わないのだと。

 ・・・本当に、奴の好きにさせられてしまうな、これは。

 今の剣心には腹を括ることしかできることはなく・・・
 ・・・あとは。
 左之助のなすがままに身をゆだねたのだった。

 夜の気配はまだまだこれから、闇の色も濃くなるばかり。
 二人が紡ぐ想いの糸は、無限に長く長く、織りなしていくのだった・・・。




     了

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〜 祝! 10,000 hit !! 「宵暁之声」さまへ捧ぐ♪ 〜





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拝啓 草野 庵さん♪

 草野さん! 10,000 hit 、まことにおめでとうございます〜(^▽^)!
 でもちょっとタイムリーではなくなってしまった・・・遅くなって申し訳ないです(^^;)
 私自身も、この二人に対しては欲求不満だったのか(笑)、こんな内容のものになってしまいました;;
 ん〜、こんな妄想の塊のようなものを差し上げて、よいものかどうか・・・悩んでしまったんですが・・・ 少しでも、お気に召して頂ければ幸いです(^^;)
 もっと左之助も格好良くて、剣心も凛々しければいいんですが・・・本当、ごめんなさいです;;
 心より、「宵暁之声」さまのますますのご発展をお祈り申し上げます(><)!
 これからもガンガン、左之剣道を爆走していってくださいませ! 応援してます、草野さん〜(*^^*)!

追伸:ちなみに、袴の下は膝上までたくし上げられた着物が見えます(笑)。
    左之助が実際、しっかり拝めた光景は、ふくらはぎくらいまでかな〜(^▽^;)♪
    ・・・ま、チラリズムがちょうどいいよってことで(笑)。

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かしこ♪

BY. ぢぇっと   「漆黒の刃」 http://www3.to/yaiba/

06.09.27