[  2 ]

 「!」
 俄然、そうか、と。左之助の意識はざぁっと冴えた。
 剣心は今、男になっている。一人の「男」として抱こうと・・・自分のものにしようとしている。
 自らの手で、自分のものにするべく牙を、向いている・・・!
 瞬間、左之助の中で何かが弾けた。
 肌の強ばりは解け、深く口づけてきた剣心を、彼は力強く抱きすくめて応えた、その下で。左之助はすぅと己が足を少しばかり開いて見せた。
 彼に応えるように、剣心の腰がさらに、奥へと入り込んだ。左之助はその瞬間が来ることを覚悟して、彼の唇を味わい続けた。
 ・・・しかし、剣心は。
 左之助の唇に夢中になりつつも、少し脚を開いた左之助に気づいて我に返った。
 意識が急激に鮮明さを取り戻し、たちまち眼下の状況に愕然とした。

 抱く・・・これから、左之助を・・・抱く。
 左之助の身体をこの・・・この己自身で・・・!
 あぁ、でも・・・そうか、抱くということは即ち・・・
 抱くという行為はつまり、拙者にとって・・・
 「抱く」とは・・・それは・・・それは・・・!

 「剣心」

 微量に生気を得た左之助の声音に、剣心は瞳に光を戻した。
 いつのまにか剣心の腰部は凍てつき、動かなくなっていた。
 「剣心?」
 再度呼びかけられて、剣心はぎゅっと目を閉じるなりわずかばかり、顔をそらした。眉間にしわを深く刻んだ苦渋の色。今、こうして肉欲に溺れている者の顔とは思えない・・・いや、似つかわしくない面差しであった。
 「・・・・・・できぬ・・・」
 絞り出すような声音に思わず、チラリと左之助は腰部へと視線を走らせたが、やれやれと息を吐いた。
 「なんだ、萎えたのかと思ったらすげェ元気じゃねェか」
 「左之ッ」
 左之助は愉快そうに笑って見せた。が、瞳は真剣だ。
 「どうした、やれよ。俺が欲しいンだろ」
 「・・・」
 「俺をくれてやるってェんだ、文句はねェだろが」
 ニヤリと笑った左之助だったが、剣心の表情は晴れない。そればかりかますます、暗く翳ってしまった。苦渋の表情を浮かべたまま、黙して語らず。きつく唇をかみしめたまま、何かをじっと堪えているような風情だ。
 「ここだ。簡単だろ? 突っ込めばそれですむ」
 おもむろに剣心の高ぶりを手にとって、左之助は己が入り口へと誘った。剣心は両眼を見開いて左之助を見遣ったが、またしてもすぐに目を閉じてしまった。
 何かをひたすら堪えるような、あるいは苦しんでいるような。そんな剣心を見ているうちに、左之助はふと察して、唇に冷たい笑みを浮かべた。
 「怖いか」
 「!」
 ハッとして剣心は目を開いた。眼下で薄く笑みを浮かべている左之助に気づいて、剣心は息を呑んだ。
 「見ろ、剣心」
 左之助は自らの右肩を、鎖骨あたりを指し示した。剣心は無言で視線を向ける。
 「この傷、覚えているか」
 「それは、斎藤の・・・」
 「そうだ。俺が初めてヤツと出逢って、この道場で手酷くやられちまった時の傷だ」
 今でも忘れはしない、左之助が血みどろになって道場に倒れていた、あの惨状を。昏倒して出血がひどく、こちらの呼びかけにも一向、目を覚まさない。心の蔵が凍り付いたあの感覚、鮮明に覚えていた。
 現在、警官として在籍している藤田五郎。だが本当の姿は、新選組三番隊隊長を務めていた斎藤一、その人である。彼の襲撃を受けてなお、生還した左之助はまさしく、奇跡的と言ってもよかった。
 「そしてこの頭は、志々雄に一度割られたっけかな」
 京都での志々雄戦はまさしく、「死闘」と呼ぶべき激闘の応酬だった。
 剣心が倒れ、継いで斎藤が倒れた瞬間、左之助は果敢にも拳を振り上げていったが、逆に殴り倒されて壁へ激突。全身を殴打したばかりか額が割れて、夥しく出血をしてしまった。
 それだけではない。左之助の身体には至る所、剣心と共に闘ってきた傷痕がいくつも残されていた。左之助はそれらを誇らしげに剣心へと見せつける。
 「剣心、よく見ろ。おめェと闘ってきたこの俺は、今、ここにいる。何よりいつだって俺は、ここにいる」
 とん、と剣心の胸板を指先で押した。そしてじろり、彼を見遣る。
 「・・・俺は、そんなに柔いか」
 「!」
 「俺を見くびるンじゃねェ!」
 左之助はひょいっと剣心の腰を抱え上げると自らも上体を起こし、ぐるりと身体を入れ替えた。
 だんっ、と剣心の身体は褥へ打ち付けられ、左之助の隆起した肉体が上空を支配した。
 「大事なモンを失うのがそんなに怖ェか」
 「左之!」
 やおら、剣心の白い大腿を抱え上げると左之助は、自らの高ぶりを剣心の腰部へ添えるなり一気に、貫いた。
 「あぁ・・・!」
 白磁の肌は硬直したが、左之助が律動を始めるとゆるゆるとほどけた。左之助は調子を刻みながら唇を開いた。
 「俺がどんな想いでおめェを抱いてンのか、考えたことがあるか」
 「あ、左・・・」
 「俺がどんな覚悟で、男であるおめェを抱いてンのか、考えたことがあるか」
 「左之・・・」
 「俺は、相楽左之助だぜ、剣心。他の誰でもねェ、相楽左之助ってェ男だ!」
 途端、左之助は剣心から身体を離した。離すなり、褥へゴロリと横になると剣心へ背を向けてしまった。
 「今のおめェとなんざ、やりたくねェや。やられたくもねェ。自分でしたほうがまだマシだぜ」
 「!」
 剣心の胸が激しい痛みを覚えた。見上げる天井が不意に、ぐらりと霞む。
 熱く火照った肉体と、激しい動悸とは裏腹に、肝が冷える思いに脳裏は冴えわたっていた。
 「左・・・之、拙者は・・・」
 何か、言葉を出そうと思うのに何も言い出せない。きゅぅと唇を噛んでしまった。
 「俺は、おめェと一緒に死線をくぐり抜けてきたってェ自負がある」
 「左之・・・」
 「そんな俺を、背中を預けあって闘ってきた俺が信じられねェのかよ」
 左之助はもう一度、剣心へと向き直ると少しく、脚を開いた。彼の腰を捉え、逃がさぬように大腿で固定してしまう。
 「来い、剣心」
 剣心は瞬きもせず、じっと左之助を見つめていた。
 彼を見下ろしているのに、まるで正面から相対しているかのような感覚。剣心は微かに肌を震わせながら一呼吸ついて。ゆっくりと、口を開いた。
 「・・・左之の言うとおり、怖いのでござる」
 「何が怖い」
 「お主を・・・お主を手に入れて、失うのが怖い・・・」
 「だから言ったろう、俺は柔じゃねェ。今も、今までも耳にたこがつくほど言ってきただろうが!」
 「そんなことはわかっている、わかっているんだ! ただ、ただ拙者はもう、これ以上・・・」
 言葉を詰まらせた剣心に、左之助は上体を起こすなり彼の両肩を掴んだ。
 「馬鹿なことをほざくな! だったらなぁ、最初から俺を受け入れるんじゃねェよ! 拒絶すりゃぁよかっただろうが!」
 「それは・・・!」
 「だいたい、おめェは人の好意に甘えすぎなんだよ。自分に向けられる想いは全部、受け止めちまう。だが応えはしねェ。そうやっておめェは逃げ続けて、結果的に相手を傷つけちまうんだよ、それがわからねェのか!」
 「!」
 「いい加減に逃げるんじゃねェ! 十年前のその日から、おめェは逃げ続けてるんだよ! 未だに最愛の人の死を受け入れてねェんだ、俺とその女を一緒にすンな!」
 「違う! そうではなく・・・!」
 「否定をするなら逃げるな。乗り越えて見せろよ」
 「・・・」
 「自分が傷つくのが怖いなら、最初から想いなんざ受け止めなきゃいいんだ。嬢ちゃんのもとへ居着かず、旅に出りゃぁよかったんだ」
 左之助の言葉に、剣心は面差しを伏せた。が、左之助の追求は止まらない。
 「今までそうやって流浪してきておきながら、どうしてここへ居着いた。今まで逃げてきておきながら、どうして俺を受け入れた! 卑怯なのもいい加減にしろよ、自分の態度に白黒つけやがれ!」
 「左・・・!」
 「いいか剣心、よく聞けよ」
 ガシッと剣心の顎を右手で掴み、左之助は瞳を炯々と光らせて言った。
 「俺はよォ、おめェが恐れていることをひっくるめて全部、承知の上でおめェを抱いてるんだ」
 「・・・!」
 「おめェはいったい、今までどんな覚悟で俺に身体をあずけてやがった。どんな想いで男に抱かれてやがった!」
 「左之・・・」
 「俺を抱け、剣心。俺に男を見せてみやがれ!」
 左之助は横になるとグッ、自ら腰を進めた。あてがわれていた剣心の高ぶりが、わずかに左之助の中へとめり込む。
 「あ、左・・・!」
 剣心の面差しに怯えがわずかに駆け抜けた。左之助はすかさず声を投げる。
 「来い、剣心! 恐れるな、乗り越えてこい!」
 「左之・・・!」
 「俺は、ここにいる。感じろ、俺を!」
 剣心は左之助の声に誘導されるように、ゆっくり・・・じりじりと。腰を推し進めていった。
 「左・・・之・・・!」
 凄まじい威力を放つ、剣戟で踏み込むそのつま先が、今は褥を強く踏み込んで。彫り物のように鍛え抜かれた肉体を、己自身で剣心は初めて貫き通した。
 「は・・・ぁ・・・!」
 全身を抜けていく衝撃に、左之助は大きく息を吐き出してそれらをやり過ごした。剣心の面差しを引き寄せて、左之助は彼の体温を感じ取る。
 「・・・ぁ、はぁ、はぁ・・・」
 深々と左之助を刺し貫いたまま、剣心は力なくくずおれた。彼の、熱く、汗の雫を滲ませているたくましい胸乳に、剣心の乱れた呼吸が降りかかる。
 「ど・・・した、剣心・・・何して、やがんだ・・・」
 息も切れ切れにそう言った左之助を、剣心はゆるゆると上体を起こして見下ろした。
 眉間のしわが深い。おそらく夥しい激痛が、この鋼の肉体を苛ましているに違いない。かつての自分がそうであったように・・・
 剣心はそっと、彼の頬へ手を寄せた。
 「大丈夫でござるか、左之・・・痛いのでは・・・」
 「こんなもん、痛いうちに入るかよ。それよりも・・・どうした、動けよ」
 左之助、己が腰を不意に突き上げた。途端、差し貫いているはずの剣心が、
 「あぁっ」
と、声を上げてしまった。
 「おめェが啼いてどうする、啼くのは俺じゃねェのかよ」
 揶揄するように笑った左之助を、剣心は正面から見ることができない。
 「馬、鹿・・・不意に動く奴があるか、じっとしていろ・・・」
 「動けねェのかよ」
 「そういう、わ、けでは・・・」
 剣心もまた、時折唇を噛んでは何かをやり過ごしていることが見て取れた。左之助は必死に精神を集中しながら言葉を続ける。
 「その様子じゃ・・・気持ちよくてたまらねェって感じ、だな」
 「左、之・・・」
 「どう、なんだよ・・・俺ン中は・・・」
 少しずつ、意識が甘美な波に浸食され始めている。左之助は、激痛の中に潜む快楽の存在に気づいて、胸を妖しく疼かせていた。痛いとわかっていてもつい、腰を動かしたいという衝動に駆られてしまう。
 「おい・・・聞かせろよ・・・俺ン中はどうなんだよ・・・」
 やや鼻にかかったような掠れた声に、剣心もまた、次第に妖しく胸を疼かせ始めていた。
 「左之、の中が・・・こんなに熱くて・・・あぁ、飲み込まれるように、快いものだとは・・・」
 「剣心・・・」
 「熱い・・・左之、熱くてたまらぬよ・・・こんな熱を、お主は・・・」
 「う・・・ぁ・・・!」
 剣心の腰部が蠢いた。たまらず左之助は声を洩らしたが、乱調な律動を繰り返し始めた剣心に合わせるように、己もまた腰部を蠢かせた。
 言葉もない、ただ闇に這うような二色に染まった吐息は、低くも高くも流れていき、互いの心を撫で上げていく。飽くことなく、また離れることもなく、密着し合って繋がったままの腰部は右へ・・・左へ、上へ・・・下へと揺れ動く。
 炎のように揺らめき、あるいは雷の如く凄まじく。
 重なり合えるところはすべて重ね合って、触れあえるところはすべて触れあって。
 二人は、離れようとしなかった。
 「あ、あぁ、左之、左之・・・!」
 「剣心・・・剣心! はぁ・・・」
 何度も唇を求め、瞳を絡ませ、髪を掻き上げ・・・二つの肉体は同じ音色を奏でていく・・・
 ・・・けれども。
 始まりがあれば必ず、終わりがあるように。
 一瞬、一瞬へと。二つの心は一つに混ざり合って、高みを目指して上り詰めていく・・・
 「左之、左之・・・!」
 剣心の腰部がまるで別の生き物であるように、見たことのない激しい動きを繰り返していた。赤毛を振り乱し、天井へ向かって舞わせながら、剣心は蒼い瞳を潤ませて左之助を見つめ続けている。
 白い肌が、障子の向こう、透けて入ってくる月明かりに照らされて蒼く浮かんでいる。汗を迸らせながら無我の境地で腰を打ち付けてくる剣心は、麗しさに潜む艶美な獣であった。
 赤い舌先がちろりと覗き、思い出したように唇を舐める。そのたびに、左之助は背筋を凍らせてゴクリと喉を鳴らし、貪欲に快楽にふける彼を追うように自分もまた、腰を振った。
 今、支配しているのは剣心だが、左之助はだんだんと、貫かれているようには思えなくなってきていた。自分のほうが剣心を貫いていて、支配下に置いている・・・そんな錯覚に囚われ始めた。

 剣心が突き上げてくれば、左之助も突き上げて。
 左之助が突き上げてくれば、剣心も突き上げて。

 やられているのか、やっているのか。
 抱いているのか、抱かれているのか。

 二人が紡いでいく時の色は、甘美なものへと染まっていく・・・

 「あぁ、左之、左之・・・もう・・・!」
 「剣心・・・ぁ、剣、し・・・!」

 互いの意識が白く瞬いた、その後に・・・
 左之助は、自分の中に熱い迸りが流れ込んでくるのを感じ取っていた・・・






 「・・・はぁ、はぁ、はぁ・・・」
 どちらのものとも思えない、激しい息づかい。
 しばらく、互いに言葉を発することができないでいた。
 剣心は欲望のすべてを左之助の内側へ吐き出した後、厚い胸板の上で呼吸を整えていたが、やがて身体を離すと褥へ仰向けに転がった。
 左之助は肩で大きく息を続けている剣心を無言で抱き寄せると、火照りあがった彼の体温をしばし、味わった。
 「・・・之、左之・・・」
 胸の中から自分を呼ぶ声に、左之助は少し腕の力を緩めた。剣心は少し疲れたような表情だったが、瞳には落ち着きを取り戻していた。
 「すまん、その・・・中へ・・・」
 「俺も、いつもやってることじゃねェか。気にすんな」
 「しかし・・・」
 「よかったか」
 「え?」
 「よかったかって聞いてんだよ」
 剣心はたちまち赤面して目を伏せたが、口をもごもごさせながらこう言った。
 「あ、あぁ、その・・・そうだな」
 「なんだ、はっきりしねェなぁ。よかったならよかったと、そう言えばすむだろ」
 ニヤニヤと笑う左之助を、剣心は直視できない。頬を赤らめたままの彼を、左之助は見つめ続けている。
 「で、どうよ」
 「な・・・何がだ」
 「俺を手に入れた気分はどうだってェんだよ」
 「そ、そんなこと・・・」
 身体を強く引き上げられて、左之助の黒い瞳とぶつかった。剣心は少しくムっとしたように顔をしかめたが、やはり直視できずに目をそらしてしまう。
 「答えずとも、左之のほうがよくわかっているのでござろう」
 「わからねェから、聞いてんだろ」
 時として、この男が憎らしく思えてくることがある。どうしてこのような、まるで子供じみた意地悪をしてくるのだろう。ここはちょっとやり過ごしたほうがよいと判断して、剣心は別の話題へすり替えた。
 「それよりも左之、身体・・・大丈夫でござるか?」
 彼の意図を察してか、知らずか。左之助の唇から笑みが消えることなく、じっと剣心を見つめたままにこう、言った。
 「誰かさんが想像以上に腰を振ってくれたもんだから、俺ァ、尻が痛くてたまらねェよ」
 「う・・・」
 やぶ蛇だった・・・言葉を失って黙り込んだ剣心に、左之助はいつもの忍び笑いをこぼした。
 「恥ずかしがるこたァねぇだろ。おめェの男ぶり、しっかり見せてもらったぜ」
 「左之!」
 クックックッと喉の奥で笑いながら、左之助はますます剣心を抱きすくめる。何事かわからないが、今宵の左之助はしきりと、剣心をしまい込むかのように腕に抱く。別段、それが不快に思わないのだから厄介なものだなと自らを思いつつ、剣心は彼の胸乳へ頬を寄せた。
 「あぁ・・・やっとだ。やっと、ここまで来たなぁ・・・」
 「?」
 独り言のような左之助の言葉に、剣心はつと、頤をあげた。
 「左之?」
 「俺を、抱いてくれたな、剣心」
 一言一句、念を押すようにしてそう言った左之助を、剣心は黙ったまま見つめている。
 「どんなに俺が、おめェの側にいる、消えてなくなることはない、俺を信じろ、俺をみくびるな・・・剣心。今までどんだけ俺が、どんだけそういうことを言ってきたっけかなぁ・・・その度におめェは応えてくれたし、そうやって俺は、おめェに近づいてきた、近づいてこれたんだと思う」
 思いがけない胸裏の吐露に、剣心は沈黙した。ただ、先ほどまでの恥じらいはない。じっと左之助を直視して彼の言葉に耳を傾けている。
 左之助もまた、傍らの愛しい人の頬や、髪を撫でながら言葉を続けた。
 「でも、あと一歩・・・あと一歩が歩み寄れなかった。いや・・・距離があった。今やっと、俺はおめェの側にこれたような気がするぜ」
 「左之・・・」
 「男として、おめェは俺を欲してくれた、抱いてくれた。それだけでもう、十分だ。本当に俺はおめェのもんになったし、おめェは俺のもんになったんだ」
 今まで数限りなく枕を交わしては、「俺のものだ」「俺はおめェのものだ」と言い続けてきた。しかしそれはいつだって左之助の一方的な思いの形であって決して、剣心が求めてきたものではなかった。剣心は受け止めて応えてくれることはあっても、自ら欲して自分のものにしようとはしなかった。
 それが・・・
 「これで・・・やっと対等になれたな」
 「え?」
 「やっと、おめェと肩を並べて闘える・・・生きていける。おめェとともに・・・」
 「左之・・・」
 この時。
 剣心の、胸に空いていた穴が塞がったような気がした。
 今初めて、欠けていた・・・求めていたものを得られたような心持ちになって、身体の芯に一本の筋が通ったような気がした。

 黒い瞳で見つめる左之助が、いつにもまして凛々しく見えた、頼もしく見えた。
 どこか、彼の情念で流されてきたような部分があった、彼の想いに甘えている部分があった。
 けれど自分から彼を求めたことで、その存在の重要さを改めて認識してしまった。

 かつて、同じような存在を得たことがある。

 あの時には守ろうとすることで精一杯だった。けれど結果的には自らの失態で失うことになり、夥しい喪失感と罪の重さが彼にもたらされた。
 だから誓ったのだ。二度と、こういう存在を得ることだけはやめようと。
 自分のために人を不幸にさせるのは、もう二度とごめんだと。
 ・・・だが。
 今、目の前にいるこの男は違う。
 もはや、魂の一部となったかのように融合してしまった感がある。
 けれど、守らなければならない、という感慨は一片もない。
 むしろ、共に闘い、共に生きるという先に伸びているであろう道が見えた瞬間、胸は躍動感で包まれた。
 それは今までに感じたことのない、これからの「生きる」ことに対しての糧だと知ったとき、剣心は左之助に抱きついていた。
 「剣心?」
 深く口づけてきた彼を、左之助は無言で受け止めて。抱きすくめながら褥へと組み敷いていく。
 「ようやく・・・覚悟が出来たでござるよ、左之」
 「剣心・・・」
 「だからもう一度・・・」
 「・・・ん?」
 剣心は薄く笑みを浮かべていた。
 「もう一度、今から抱きたい」
 「おっと、そいつはごめんだぜ。尻を貸すのは金輪際、お断りだ」
 「なぜ? 今、抱かれて嬉しいと言ったではないか」
 「あぁ、嬉しかったぜ。だが、これからもずっととは言ってないだろ」
 剣心の身体をにわかに開かせて、己が身体を滑り込ませる。笑みを浮かべた左之助に、剣心は苦笑を滲ませる。
 「拙者も男だから、抱いて当然なのだろう? なのにこれは、不公平ではないのか」
 「この野郎、俺の味を知った途端、高飛車になりやがった」
 唇を舌先でぺろりと舐めて、左之助は嫣然と笑った。
 「確かにやらせてはやったが、俺はまだおめェをやってねェ。今度は俺の番だ」
 「馬鹿、身が持たぬ」
 「構わねェよ。俺の腕の中にいるだけでいいんだ、じっとしてろ」
 「この、大馬鹿、も・・・の・・・ぁ」
 噛み殺すような声に、左之助の胸は震える。
 剣心もまた、彼に求められることへの嬉しさに、心を震わせていて・・・
 ・・・もはや、胸を苛んでいた恐れはなくなっていた。
 今、あるのは・・・

 「剣心・・・」

 静かに剣心の唇を塞ぎ・・・
 左之助の唇に塞がれながら・・・
 二人の心は満足感に包まれていた。
 これ以上ない、快さとともに・・・
 まだまだ、夜は深く溶けていく・・・長く・・・深く・・・
 ・・・心を絡めながら・・・




     了

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拝啓

剣心、誕生日おめでとー(笑)!
左之助のお味はいかが・・・(やめィ・汗)
辛うじて言うなれば、「俺をくれてやるってェんだ、文句はねェだろが」、
この台詞が誕生日にふさわしい彼の台詞なのかもですね(笑)。
恐ろしいことに、今年に入ってからの新作で・・・おまけに、前作から約1年も経過している上に、
なんとこれが、ネタが下克上モノとは・・・楽しみにしてくださっていた方々に申し訳ないような気がします(^^;)
事の発端は、
「剣心も男なんだから、やりたいと思うことだってあるはずだ」
この一言から始まりました(笑)。うん、剣心も男なんだし・・・何より巴という存在がいて、
原作でもしっかり彼女との間を描いてくれている(笑)。ならば彼もまた、男としての情があってしかるべき!
それなら!? それなら剣心は左之助に対してどのように情が働き、またどのようにして・・・!
・・・と、妄想がもくもくと、まぁ沸くこと沸くこと(笑)。
しかしながら・・・着手したのは年明け早々だったと思うのだが、蓋を開けてみればこの有り様。
忙しさもさることながら、剣心が思いの外動いてくれなくて困ってしまった、
その点、左之助は変わらずやる気満々で(笑)! 書きやすかったけれども・・・
・・・やられちゃうからなぁ、今回は(笑)。
でも書いてみて良かった。
途中、左之助も剣心に言っているが、「やっとここまできた」という感慨がある。
ようやく、二人が同等に肩を並べるところまできたなぁ、と。
いつも必ずと言っていいほど、剣心は左之助の想いに引きずられる部分があった。
けれど今回はそれらを乗り越えてくれたので、ぢぇっと版剣心も成長したなぁ!?
などと思ってみたり・・・え、考えすぎ(笑)?
とはいえ。
一つだけ、突っ込んでおこう。
「お前ら! 剣心の私室でやってんだろうが! そんな大きな声で喧嘩したら起きるぞ、薫と弥彦が!」
・・・以上です(笑)。
最後までご覧くださって、まことにありがとうございました〜(*^^*)!

 m(_ _)m

かしこ♪

BY. ぢぇっと   「漆黒の刃」 http://www3.to/yaiba/

07.06.26