絡み合うは・・・ 



 「う・・・ん・・・」
 微かなる寝息、わずかなる寝返り。
 ・・・ゆっくりと、
 横臥していたその面差しが。
 あえやかなる吐息とともに仰向く。
 顔(かんばせ)、恐ろしいほどに青白くも唇、熟れたさくらんぼのように禍々しく、紅い。
 睫など、まるで作り物であるかのように長く、
 今は閉ざされてしまっている瞳すら、人形のように丸く大きく、澄んでいる。
 なのに・・・
 その両眼が、未だかつてないほどの凄惨な地獄絵図と、自らの手で屠ってきた輩の、阿鼻叫喚入り交じった形相と断末魔を見届けてきた。
 澄んだ瞳で。
 否、過酷な道を歩んできたはずなのに彼の眼差しは決して濁らず、まして人道を逸れることもなく、ただまっすぐに前だけを見据え・・・

 ・・・闇夜の降りた、ある一室。
 一つの褥、二つの身体。
 ぞんざいとも、だが愛しくも扱ってきた身体が今、傍らに。
 男は。
 じっ・・・と熟視して思う。

 「いや・・・違う。そうじゃねぇ・・・」

 傍らにある寝顔を見つめながら、男は独りごちる。
 前だけを見据えているのではない、見据えようとしているだけだ。
 当の本人は、無意識のうちに背中ばかりを振り返っている。
 自ら犯してきた過ちを、自ら行ってきたその行為を、
 見事なまでに憎みきっている。
 それゆえに、「流浪人」「逆刃刀」などと、けったいな言葉を並べ立てる・・・
 偏に、自らの存在を誇示するかの如く。

 「だが・・・そんな生き方をやめろって言ったところで、おめぇはやめねぇんだろうな。俺と似ていて・・・不器用だからな・・・」

 唇に薄く微笑を浮かべて、男はそっと彼の頬、十字傷へ手を寄せた。
 指先でつぅるり、掠め取り。
 と、肌が感じ取るは微々たる汗。
 汗のゆえんは、先ほどまでの褥での一幕・・・。
 途端に脳裏に広がるは、傍らにて眠る人の艶やかなる姿・・・。

 「剣心・・・」

 自分はどれほど、この男のことを理解しているのだろう。
 理解できているのだろう。
 知り得ているのだろう。
 「過去」というわけではなく。
 「現在」というわけではない。
 「緋村剣心」という名の男の、心の闇をどれだけ知り、受け止められているのか・・・
 そう思うと些か、男には自信がない。
 齢も離れている。
 戦歴も違う。
 同じ時を生きてきたわけではない。
 自分の修羅場の数など、この男に比べればほんの、指折り数えるほどのことだろう。
 ・・・華奢な身体の内側に、いったいどれだけの闇を抱えているのだろう。
 もしや、既に破裂寸前まで陥っているのではないか?
 最悪の状況であるにもかかわらず、この男は強靱な精神力で制しているだけなのではないか?
 もし、そうなのだとしたら・・・

 「俺はまだ・・・おめぇの相棒などと言える器じゃねぇ、な」

 出来ることならば、この男の支えになりたい。
 何ら不安を感じさせることなく、迷いを生じさせることなく、
 自らの存在のみで、この男の支えになりたい。
 が・・・
 そんな、自らの欲望とは裏腹に、彼との距離が縮んでいるようには到底、思えない。

 ・・・口許に。
 寂しげな笑みが広がった。

 「・・・そんなことは・・・ござらんよ・・・左之」

 眼下からの突然の声に、男は思わず目を向いた。
 褥の中に。
 パッチリと瞳を見開いている赤毛の男。
 青みがかった瞳が、明かりなきゆえに漆黒に見える。
 男は柄にもなく、狼狽した。

 「なっ、何でェ・・・起きてやがったのかよ」

 「あぁ。しっかりとな」

 自分の問いににっこりと微笑んだ赤毛の人を、この時ばかりは心の底から憎んでしまった。
 今の呟きを聞かれた・・・それだけで、男の鼓動は早鐘を打ち鳴らしている。

 「お主は・・・相棒以上の存在でござるよ。いや、むしろ相棒と呼んで・・・片腕と呼んでもいいのか憚ってしまう・・・」
 「・・・なぜだ?」
 「もったいないのだ、拙者には。『相楽左之助』という男がな。拙者の側などと、何とおこがましい、と・・・」
 「おめぇは・・・いつもそんなことを考えているのか?」
 「ああ、いつもだ。いつも、お主のことを考えている。いろいろと悩む割にはお主を手放そうとせぬ拙者の、臆病で卑怯な自分を責め立ててな」
 「・・・馬鹿が・・・」

 男はそっと、赤毛へと覆い被さっていく。

 赤毛は見る、空が落ちてくるように押し迫る男の胸乳を。
 穏やかさが潜んでいる・・・広い胸乳を。
 頭上から吹いてくる、柔らかな吐息を・・・

 「俺は・・・側にいたいから、いるんだよ。どうして、そんなことを思うんだ」
 「・・・お主はいずれ、この東京から出ていくでござろう。更なる高みを目指して。その時は拙者、笑って見送ろう・・・」

 今や、目の前すれすれにまで迫っていた胸乳へと赤毛の人、
 うっとりとまどろむように両手を差し伸べる。

 「お主と拙者は所詮、どこまでいっても男だ。長大な人生の中でほんの一瞬、同じ時が交わったに過ぎぬ。されど・・・拙者はそんな運命に感謝しているのでござるよ。擦れ違っていたかもしれぬお主との時間を、わずかでも交わらせてくれた時の輪の神に。こうして、心を寄せ合えたことを・・・」
 「お、俺が東京を飛び出すなんてことは・・・っ」
 「ありえぬ、と・・・断言できるか?」

 途端、男は絶句してしまった。
 彼の言葉を拒絶したいと思った。が、そうさせない何かが、男の胸の内に燻っている。
 ハッとして、赤毛の人を見遣った。
 赤毛の人は・・・薄く、笑んでいた。
 柔らかく、やさしく・・・寂しげに。

 「良い・・・それで良いのでござる、左之。さもなくば、左之ではござらぬ・・・」
 「剣心・・・」
 「お主はまだ若い。まだまだこれからでござるよ。お主の目は、既に東京など見てはおらぬ・・・」
 「それは・・・」
 「明治政府の打倒を諦めているわけではなく、いや・・・壊すためにはどうすればよいのか・・・それ以上に、今、自分のなすべきコトは何なのか・・・自らを見つめ直し、さらに強くなりたいと願う・・・」

 すべてを、見透かされていた。
 すべてを、感じ取っていた。
 自分は赤毛の人を理解しようと躍起になっているのに、
 この男は自分の全てを見抜いてしまっている・・・

 敵うわけが、ない。
 いや、だからこそ惚れたのだ。

 男はふっと、笑った。

 「あぁ・・・いずれは出ていくかもしれねぇ。だが・・・」
 「心と心はつながっている・・・でござろう?」

 言うべき言葉に先手を打たれ、男はまたしても面食らってしまった。
 その表情を楽しむように、赤毛の人はしきりに忍び笑いを洩らしている。

 「まったく、おめぇって奴ぁ・・・」

 苦笑しつつ、苦笑しつつ。
 男は赤毛へと落ちていく。
 一面に敷き詰められた紅葉の上へ身を埋めるように、
 身も心も、溶け込ませるように・・・吸い込ませるように、男は身を投げていった。

 「だったら・・・東京から出ていくときゃぁ、おめぇに必ず会っていくぜ。おめぇの笑顔で、見送られてぇからな・・・」

 まどろみと・・・温もりと・・・吐息と・・・
 一つの時空の狭間、二人は紡ぎ合う。
 言葉を・・・肌を・・・想いを・・・
 終わることなく、延々と。

 心を絡ませて・・・




     了





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m(_ _)m

拝啓

 この「絡み合うは・・・」は、陽の目を見るはずのない拙作でござりました(笑)
 なにしろ、これは我が親友へ送りし代物。完成日も「01.8/16」と些か古い(^^;)
 お初である「魅惑の眼差し」を書いてから、一年経とうか・・・という頃合いのものでござる。
 実は、これを書く前までにちょうど、左之剣小説が十を数えてしまうという出来事に直面! いろいろとお世話になってしまった親友へと、お礼にもならぬお礼として書きあげた短編でござりました(笑)
 それが、とうとうサイトを起ち上げてしまった・・・という出来事に、親友の「何か忘れてない?」の一言で、この拙作は陽の目を見ることになったのでござりまする(////)
 ・・・あまりに古く、かつ、自分自身すら忘れていた代物、今更さらすなどとかなり恥ずかしいものがござったが・・・(というか、本当にすっかり忘れていた・汗)
 これも親友への感謝の思いとして、アップすることにしたのでござります(^^;)
 わが親友よ、いつも応援してくれてありがとう!! とうとうアップしてしまったでござるよ(笑)!! 快く承諾してくれて、本当にありがと〜(涙)!!
 あぁ・・・でも本当に恥ずかしい・・・(////)
 これを書きあげようとしていた時には・・・あまり覚えてはおらぬが・・・確か、少し先を見据えたものを書いてみよう、と思ったことが始まりであったような。
 それが成功しているか否かは・・・はてさて(-_-;)
 しかし・・・
 ハハハ、文章が思いっきり硬いでござるねぇ(^▽^;)!? いや・・・それは今でもさほど変わりはないか(涙)
 う〜む・・・何だかなぁ(-_-;)
 お目汚し、ありがとうでござりました! m(_ _)m

かしこ♪