魅惑の眼差し



 ゆるやかに吹き渡っていく風に。
 ふと・・・足を止める。
 橋の上、川を望めば水遊びをしている三人の幼子。
 その姿に優男、唇を薄く歪めて微笑する。
 懐手にしていた左手を袖に貫き、
 風になびく後れ毛、彼はゆるりと指先で掻いた。
 左頬に刻まれた十字傷が陽光にさらされ、
 赤い後れ毛は容易く、指先のまま誘導されていった。
 「もう・・・そのような季節でござるか・・・」
 春だとばかり思っていたというのに、気づけばもう、
 夏。
 思えば、少し動いただけでも肌が汗ばむ。

 そう感じるのも、無理はないか・・・

 薄桃色の花が散る頃、優男は一人、踵を返して京都へ向かった。
 二度と、この地には帰ってこぬ覚悟で。
 それが・・・いつの間にか、たくさんの「仲間」とともに再び、
 この地へ・・・・この土を踏みしめてしまった。
 存在したのは、まるで長い旅路の果てに得たような、安堵感。
 それはひとえに、「仲間」が側にいてくれたから。
 唯一の人が、追いかけてきてくれたから・・・。

 幼子達は、無邪気に戯れ笑顔をほころばせている。
 優男はフッと、満面に笑みを滲ませた。

 水浴びをしたくとも・・・このような齢では、幼子のようには振る舞えぬ。

 と、不意に我に返って優男、
 「何という、他愛のないことを考えているのだ、拙者は」
 徒然に思っていたこととはいえ、脳裏を掠めたその事実に優男は小さく苦笑した。
 その時。
 「剣心」
 雑踏に煙り、人々の行き交うその中で、心地よい声音が自分を呼んだ。
 わずかに顧みれば、そこには満面、柔らかな笑みを刷いた男の姿。
 長身の、やたら妖しげな服装の短髪の好青年。
 一言で現せばこのようになるのだろうが、これだけでは全く、意味不明である。

 だが、優男にしてみればそれで十分であった。

 周りがどのように捉えていても、
 彼の胸の内を知っていればいいのは自分だけで十分だから。

 「左之か」
 呟くように唇に刻み、優男はだが、眼差しを橋の欄干、遙か下に広がる水面へと戻してしまう。
 優男よりも長身である男は微笑を浮かべたまま、そんな彼を見つめたまま。

 それを、優男は知っていて振り返ろうとはしない。

 長身の男は決して、優しげな微笑みなど浮かべぬ。
 笑みを滲ませるといえばもっぱら、不敵な笑みか自嘲、もしくは人を小馬鹿にする時だけである。
 しかし・・・。
 「どうしたんでェ? こんなところで立ち止まってよ」
 風変わりな出で立ちは、周囲の目を引きつけて止まない。だが、彼はそんなことなど気にも止めずに優男へと歩み寄っていく。
 その表情が、どんなものであるのか自覚せぬままに。
 優男には、それがいささか憎らしくもある。
 赤の他人に、しかも天下の往来のあるこのようなところで、そのような笑顔、誰にも見せたくはない・・・。
 普段は不敵な笑みしか見せずとも、自分に対しては違っている。
 それを声を張り上げて訴えたくとも、心のどこかで引き留めている。

 最後の意地なのかも知れない。
 すべてを委ねてしまったがゆえの・・・最後の砦。
 ここだけは、これだけは、ゆずれない。
 だから・・・振り返ることなど、できない。
 彼が自分の側に来ることを、心のどこかで期待して待っている。
 待っている、自分がいる。
 ・・・卑怯だろうか。
 自分の心を言葉にすることなく態度で現す・・・否、現しつつ、引き寄せることは。
 卑怯だろうか・・・?

 「・・・剣心?」

 彼の声に、優男は考えを振り払い慌てて苦笑を滲ませた。
 「あ、いや・・・童が水浴びをしておるから、もうそのような季節になったのかと思って、驚いていたでござるよ」
 優男の言葉に、長身の男は初めて川へと目を向けた。
 額の真っ赤なはちまきが、風に揺らめき身を委ねる。
 「ああ、ホントだな。ありゃぁ、気持ち良さそうだぜ」
 「左様でござろう? それゆえ、しばし見とれてしまったでござる」
 優男の傍らへと身を寄せつつ、長身の男は眩い水面から、欄干に身を持たせている赤毛へと視線を移す。

 目に染みるほどの、緋色。
 大きく、何者をも見据えてしまう・・・見抜いてしまう瞳。
 柔らかく、時として厳しさすら滲ませる薄い唇。
 胸の内を決して悟らせない、韜晦させた表情。
 それから・・・

 視線が、自分でも信じられぬほどに泳いだ。
 どこを見つめていいのか、わからなくなる。
 いや、わからないのではない。
 どこもかしこも見つめたくて仕方がないのだが、
 まずどこから見つめて良いのか、わからないのだ。
 すべてを、見つめたくて。
 一度に・・・けれどもゆっくりと見つめたくて。
 あらゆる欲が沸き起こってきて長身の男、思わず欄干を握りしめてしまう。
 「・・・左之?」
 「あ、あぁ?」
 「どうしたでござる、ぼうっとして」
 画然、想いを馳せていた相手の、両の瞳が自らを捉えた事実に長身の男、容易く狼狽した。

 しかもこんな、目と鼻の先で。

 一瞬、心を読まれたのではないかと悪寒を走らせた。
 ・・・だが。
 視線を逸らすことなく、それでもやや頬を朱に染まらせはしたが・・・
 彼は、赤毛の耳朶へ素早く唇を寄せ、囁いた。

 「おめぇに欲情した、つったら・・・どうする?」

 大きな瞳が、信じ難き事実に直面したように小刻みに震えた。
 その眼差しを、長身の男は真っ向から受け止める。
 人々の行き交う往来の中、一寸、

 静寂。

 二つの視線が、何もないはずの空間で絡み合った。
 瞬きすることすら、忘れて。
 やがて・・・
 「・・・どうする? 剣心」
 彼の声に、優男はハッと我に返った。
 慌てて顔をうつむかせ水面を睨めば必然、後れ毛が落ちてきて眼差しを押し隠す。

 長身の男は、彼の横顔を凝視しながら返答を待った。

 熱い。
 焦げ付くほどに、熱い眼差し。
 優男は、全身に彼の視線を浴びながら絞り出すように、返答した。

 「・・・今は・・・まだ、日も高うござる・・・」

 ・・・刀を握れば、鬼神の如く豹変するこの男が。
 わずかな恥じらいを滲ませ言葉を濁らせた、
 ぼそりと、呟くように。
 それはしばし、沈黙の後の短い返答。
 だが長身の男は、なおも耳朶へ唇を寄せる。
 「俺は今、おめぇが欲しいんだよ」
 「な、何を言って・・・っ」
 「俺はな、剣心」
 やや声を荒げた優男を、長身の男は眼光を鋭く一閃、一言解き放った。
 わずかな、威圧。
 優男は我知らず、圧倒されて言葉の流れを止めてしまった。
 「ここで、おめぇの唇、奪ったっていいんだぜ」
 「さ、左之・・・」
 「本気だ」
 少しく見上げるようにして長身の男を見ていた優男だったが、彼の最後の言葉はまさに止めであった。
 それ以上見つめることなど叶わず、優男は顔面、きれいな朱色に染まらせてますます、顔をうつむけた。
 「・・・どうする? 剣心」
 追い打ちをかけるような、二度目の台詞。
 明らかに、そこには傲然たる自信があふれていた。
 「俺の言葉を拒めるわけがない」、と。
 この事実を他の誰より知っているのは優男だった。
 身に染みて、知っている。
 こうして側に立っているだけでも、心安らかに・・・そして、血が熱くなっていくのを感じるというのに。
 すべてを見抜いた上で言っていることなのだと思うと、ますます憎らしい。
 何より。

 拒否できぬ我が身も。

 「・・・剣心?」
 耳朶に響く、低い声。
 左頬に、かすかな吐息を感じた。
 ゾクリっ。
 背筋に走る、冷たいもの。
 この感覚は・・・忘れもしない・・・
 「あくまでも・・・ここから動かねぇつもりかよ?」
 優男は押し黙ったまま、返答もせぬばかりか頷こうともしない。
 長身の男は、ニヤリと微笑んだ。
 「いいぜ? おめぇがそのつもりなら、よ」
 語尾に、ただならぬ劣情がみなぎったことを優男、敏感に察知した。
 思わず身を引こうとしたが、
 長身の男のほうが一寸、動きが早かった。
 左頬へ寄せられた唇がにわかに開き、
 赤くぬめった舌先がぺろり、傷を舐め上げた。
 「・・・!」
 得も言われぬ感覚に、優男の全身は震え上がった。両肩を竦ませ、心ならずも欄干へと身をすがらせてしまう。
 長身の男は、何食わぬ顔で水面を見つめている。
 ちらりと、傍らを見遣りつつ。
 ニヤリ・・・笑いつつ。
 優男は突然、乱れてしまった呼吸を整えることで精一杯だった。
 もはや、見つめているはずの水面など、視界の片隅にすらも映っていない。
 そこにあるのは・・・
 「どうした? ・・・腰でも抜けちまったかィ?」
 嘲る余韻を残した彼の言葉に、優男はキッと睨み据える。
 彼の、優男の表情にだが、長身の男はクツクツと忍び笑いを洩らすのみ。
 「左之、お主・・・」
 「なんでぇ? 言いたいことがあるなら、言ってみろよ」
 「こ、こんなところで・・・」
 「だから言ったろ、俺は本気だってよ」
 「クッ・・・」
 「それでもまだ、強情を張るってんなら・・・それでも、いいけどな」
 再びクツクツと忍び笑うと長身の男、欄干から離れられないでいる優男の背中へ何気なく、手を伸ばし。
 スッと・・・下から上へと撫で上げた。
 「・・・っ」
 唇を噛み締める、優男。
 が、
 長身の男の指が衣紋を掠めて項を撫でた。
 「あッ・・・」
 固く閉じられていたはずの唇から、濡れた声。
 微かに小さなものであったが、雑踏に掻き消されるその中で、二人の耳朶はしっかり、聞き取っていた。

 優男はしまったと唇を押さえ、
 長身の男は不敵な笑みを浮かべた。

 柔らかな、あの優しげな微笑は既にない。

 「イイ声出すなぁ・・・たまらねぇ・・・」
 囁かれたその言葉が、妙に熱っぽく感じたのは、おそらく気のせいではないだろう。
 「その声、ここで聞かせるつもりかよ?」
 優男の脳裏、奥深く、忍び笑う声が響いている。
 「俺は・・・おめぇのその姿、他の誰にも見せたくはねぇが今すぐ、おめぇが欲しくてたまらねぇ。いつまで・・・我慢できるか・・・自信、ねぇなぁ・・・」
 「な、に・・・下らぬ、ことをっ・・・」
 「ン? やけに言葉がたどたどしいじゃねぇか。ひょっとして、おめぇ・・・」
 「な、何でもないでござるっ」
 「強がっているわりにゃぁ、顔が赤いぜ、剣心」
 「!」
 もはや反論することもできなくなり、優男はうつむきながら両足を必死になって突っぱねていた。
 立っているだけで、必死だったのだ。
 言葉を、交わしているだけだというのに・・・!
 「見てぇなぁ、おめぇのあの顔。・・・そりゃぁキレイで、たまらなく色っぽくて・・・」
 「さ、左之・・・や、め・・・」
 「おめぇの知らねぇところまで知ってるんだぜ? 俺は」
 「・・・左之・・・っ」
 「どこがどんなふうに色づいて、どこを触れば・・・イイ声が出るのか・・・」
 「ふっ・・・」
 次第に、優男の全身が上気し始めた。
 着物を纏っているがゆえにわかりにくいが、外気にさらされている肌の部分が、既に常軌を逸している。
 ・・・紅い。
 彼の反応に、長身の男もやがて陶然とした面もちとなる。
 それがわかっていて、されど言葉は止まらない。唇は紡ぎ続ける。
 己の意志に忠実に従い。
 「柔らかい唇を吸って・・・舌を絡めて・・・」
 「・・・ンっ・・・」
 きつく唇を噛み締め。
 赤毛が風に揺れ。
 「懐を割って・・・胸の、赤い実をついばんで・・・」
 「左之っ・・・」
 「肩から、はだけさせてよ・・・背中に唇を寄せて・・・」
 「左之・・・左之っ」
 「なんでぇ?」
 優男、堰を切ったかのように男の名を連呼した。
 彼はふと唇を閉ざし、優男を見る。
 優男は、欄干にしがみついたまま恨めしそうに見上げた。

 熱い・・・ッ。

 唇は、小さくも切迫した声音で吐いた。
 「せ、拙者、もぉ・・・っ」
 「もう・・・何だ?」
 「何だ、って・・・」
 視線を逸らし、赤毛を揺らしながら言葉を濁す優男。
 長身の男は微笑ましげにその様子を見つめていたのだが、
 「もぉ、拙者・・・!」
 「ダメだ」
 「・・・ッ?」
 長身の男は、あっさり拒否。
 優男は容易く、絶句してしまった。
 自分の言葉を、しかも空気中に放ってもいない言葉を一蹴してしまった長身の男を、彼は満面、苦渋の波紋で刻み込んだ面差しを上げた。
 長身の男は、満足そうにほくそ笑む。
 「俺の言葉に拒否を示したんだ。これぐらいで許されるたぁ・・・まさか、思ってねぇよな、剣心?」
 唇を歪めて笑ったその表情に、優男は心の奥底から憎悪をたぎらせて睨み据えた。
 だが、そんな表情すら長身の男を挑発してしまうのだということを彼は認識していない。
 長身の男は、恨みがましそうなその眼差しの中に、血に飢えた餓鬼が巣くっているのを目ざとく見抜いた。

 血に飢えた・・・というよりも。
 こいつぁ・・・

 その正体を見破った刹那、全身の血が逆流するのを、血がいつになくざわめいたことを男、感じ取った。
 ざわめくどころの話ではない、暴走を始めた、と言っても過言ではないだろう。
 長身の男は、無意識のうちに自らの唇を舐めていた。
 「・・・いいねぇ、その表情・・・」
 往来で、公衆の面前で見せる顔つきではない。
 もはや、周りのことなど状況など、視界に入っていない。
 箍が外れつつあった。
 理性を、失いかけている。
 「そんな顔、されるとなぁ・・・」
 彼の豹変に優男、少しく恐怖を感じはしたが決して、怯もうとはしない。
 まるで剣を握ったときのように、この時の彼の瞳は殺意がこめられていた。
 それは、一人の剣客。
 が。
 決定的に違っているのは。
 指揮権を長身の男が握っている、ということだった。
 「おめぇの肌・・・女よりもきれいだぜ。確かに、傷は多いがそんなこと、問題じゃねぇ。おめぇほどのなめらかな肌、逢ったことがねぇ・・・」
 指先で、背筋を撫で上げる仕種をして見せる、男。
 優男は思わず、自らを抱きすくめてしまう。
 なのに。
 眼が、そらせない。
 「思う存分、舐め回してよぉ・・・それから、袴の帯を解いて・・・下帯も全部、取っ払って・・・」
 「さ、左之・・・っ」

 息が、荒い。

 背後で行き交う人々に悟られないかと、そればかりが気がかりで優男、呼吸を収めようと躍起になっている。
 それを知っていて、長身の男は続ける。
 どれほど彼が苦しんでいるのか、耐えているのかをまざまざと見せつけられているというのに、むしろ楽しむかのように微笑が浮かんだまま。
 「そんな色っぽい顔してよぉ・・・結構、いいモン持ってるんだよなぁ・・・。なぁ、剣心?」
 必然、その眼差しが下腹部よりさらに下へと・・・。
 「や、めろ・・・左之、頼むっ・・・」
 「やめるだって? こんなに・・・今、イイ感じなのに?」
 「さ、のッ・・・!」
 「どうしてもらいてぇ? おめぇのことだからもぉ・・・手がつけられねぇことになっているだろうなぁ。そうさ、俺のこの手で・・・」
 長身の男は、それまで握っていた欄干からやおら、手を離し。
 優男に向かって意味ありげに己が指先、動かして見せた。
 撫でるように、
 触れるように、
 掠めるように・・・
 つまむように・・・
 指は、蠢く。
 その意味が、わからぬ優男ではない。
 全身を上気させ、両眼をわずかに潤ませた。
 「ダ、メだ・・・左・・・之ッ!」
 もう、形振り構っていられなくなった。
 画然、優男は長身の男にしがみつくなり彼に一言だけ耳打ちしたのだ。
 その言葉に、長身の男の全身が、粟立った。
 途端、
 「来い、剣心ッ」
 伸ばされた彼の腕は、優男の腕を引っ張ってぐいぐいと歩み、突き進んでいく。
 「あ、ちょ、左之ッ?」
 もはや、聞く耳持たず。
 長身の男は顧みることなく優男を引っ張っていき人混みの中へと、消えた。






 「剣心っ」
 長身の男がようやく、言葉を放ったのは神社の社から外れた森の中。
 いわゆる神聖なる場所なのであるがもはや、そういう認識はどこかへ消え去っている。
 彼は、優男を樹の幹へと押しつけるなり荒々しく、袴の帯を解いてしまった。
 成すがままにされている、優男。眼差しは確実に潤み陶然と、余裕の無くなった男を見つめ・・・やがて、閉じた。
 「何でぇ・・・やっぱりおめえ、感じてやがったな?」
 大きな手のひらがそれに触れた瞬間、優男は身体を跳ねて吐息をこぼした。

 既に。
 着物の襟はくつろげられ、淡い紅色の花が二つ、小さく咲いているのが見えた。
 白磁の肌、木洩れ日に輝き。
 赤毛、光に透く。
 わななく唇、白い歯を少しく垣間見せ、
 震える肢体、背を樹皮に押しつけるが一向、収まる気配はなし。
 瞳は、固く閉ざされている。

 「眼ェ・・・開けよ、剣心」
 掠れるような、低い声。
 耳朶に響かせたその声音に、優男は抗う術など知らぬ。
 言われるがままに目を開くと、目の前にいる・・・存外、近くにあった彼の面差しに、優男は我知らず、喉を鳴らせて息を吐いた。
 「言葉で嬲られてこんなになるなんざ・・・ヘヘ、卑猥なこと、想像してやがったか」
 優男から目を離すことなく。
 長身の男は、彼の下帯を解きにかかった。
 もはや・・・
 「あ、左之っ・・・」
 気づけば。
 優男は、自らその華奢な両腕を彼の肩口へと絡めていた。
 閉じられる瞳、開かれる唇。
 長身の男は。
 その一部始終を、しっかり見開いて見届けていた。
 柔らかな唇が重なった後も。

 瞼が閉じられていても、下にある瞳は俺しか見ていない、
 見えていない。
 周りが見たくとも、他の何かが見たくとも、
 そんな欲望など凌いで、
 この男は・・・
 俺だけしか、見ていない。
 俺だけを、見つめている。
 身も心も、そのすべてが・・・
 すべてが・・・!

 瞬間、

 全身を抱えるように膝下、両腕を潜り込ませると。
 優男の身体、樹皮を削り取るようにこすり上げられた。

 身体を割られ、優男の中で何かが決壊する。

 「んっ、あぁ・・・!」
 感極まって、優男の唇から歓喜の声が放たれた。
 肌の至る所から汗が噴き出し。
 グッと。
 力を込めて彼の頭を抱え込む。真っ赤なはちまきを指に絡ませ。
 「は、あぁぁっ、左之、左之・・・!」
 長身の男は、薄く汗ばんだ肢体を抱きすくめながら、
 耳朶に彼の、艶を含んだ悶えを響かせ、
 肺いっぱいに匂いを取り込みながら、
 左頬へ唇を寄せ、乱調に身体を刻み込んでいく。

 肌を、合わせていく。

 「ん、ふぅ、あっ、左之、左之ぉ・・・っ」
 「いいぜぇ剣心っ。熱くて、狭くて・・・たまらねぇッ」
 彼の言葉の意味を、理解する余裕は皆無だ。
 優男は与えられる快感の波に翻弄され、ただひたすら、逞しい肉体へすがりつくのみ。
 時に、
 唇を交わし、言葉を交わし。
 肌をすり切れるほどに重ね合わせ、
 ともに滲ませた汗を惜しげもなく一つにさせる。
 ・・・そんな、
 時と場所を選ばぬこの男に、だが、
 優男はうれしさすら感じる。
 なぜなら彼の本当の想いは。

 強さを求めるのではなく、身体を求めるのではなく。
 この行為の奥底で、我が心を欲しているのだとわかっているから。
 蔑まされるような行為であっても、この心を奪うためなら手段は選ばぬ、
 いや、この行為でしか奪えないと感じてしまうのだろう。
 ・・・手段は、他にもいろいろあったのかも知れない。
 それがただ結果的に、この手段を選んだにすぎない。
 ・・・否、心の赴くままに突き進んでみたら、こうなってしまっただけのこと・・・。
 初めての時。
 どちらから求めてきたのかもう、覚えていない。
 誘ったのかも知れず、誘われたのかも知れず。
 あるいは、お互いに・・・

 痴れる肢体。
 何度、この瞳に焼きつけてきたことだろう。
 もう、思い出すことすら・・・数えることすら、遠い。
 いつからだ?
 これほど・・・溺れ始めたのは。
 気がつけば、ずっとこの男ばかりを眼で追いかけて。
 自分でも信じられないほど、肌を貪っていた。
 男だと、いうのに。
 何が、自分をここまでさせるのか。
 何が、自分を駆りたたせているのか。
 この・・・男に。
 「緋村剣心」に。

 「はぁ、左之っ、ん・・・!」
 「剣心・・・剣心! 畜生・・・ッ」

 乱雑に扱いたくはない。
 だが、身体がそうはさせてくれない。
 一度つながりを持ってしまえば長身の男の肉体は、
 意志とは裏腹に否が応にも反応を示す。
 辛くなるほどに。
 喘ぎを、悶えを、嬌声を。
 全身を使って吸い上げながら男、たまらずに叫ぶ。

 「どうして俺ぁ、こんなにおめぇのことが・・・!」
 「あ、あっ・・・左之ぉ・・・ッ!」
 「剣心・・・!」

 木洩れ日の降り注ぐ、その下で。
 二つの肉体が絡み合ったまま、小刻みに震えやがて・・・弛緩して崩れ落つ。
 二つの眼差しは離れることなく。互いを見つめたままに・・・。

 「もう少し、このまま・・・」

 どちらの台詞であったのか。
 二人は互いに抱きあい、しばしの余韻を森の風へと紛らせた。

 心の壁。
 過去であり、
 強さであり、
 絆であり、
 友情であり、
 そして・・・。
 これほど求めあっていながら、その存在は痛切に感じていた。
 取り払える日が、いつしか来るのだろうか。
 否、消える日が来るのだろうか。
 時間が・・・それを許してくれるのだろうか・・・。
 優男は、厚い胸板へと顔を埋めながらぼんやりと、そんなことを思った。

 風が吹く、ゆるやかに。
 微々たる心の波を取り払うかの如く。




     了


背景画像提供:「千代紙つづり」さま
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〜 HP「宵野華」さま・のの殿へ捧ぐ 〜





m(_ _)m

 拝啓 〜 「魅惑の眼差し」編(改訂 01/7.18)

 嬉し恥ずかし、記念すべき第一号でござる。
 他人様のキャラクターを用いての、しかもこともあろうか「やほひ」・・・。
 ・・・あってはならぬ、代物やもしれぬ(涙)。

 徒然に・・・そして「やほひのお初」、久方ぶりの文章書きということもあり・・・今更に読み返してみると、「何が言いたいのかわからぬぞ!」といった代物と成り果てているでござる(涙)。
 文体的なこだわりは既に始まっていたものの、わかりづらい上に表現が回りくどい(涙)。返って混乱を招くような表現すら・・・。
 お初とはいえ、情けない限りでござる(涙)。
 ただ書きたかったと言えば、「視線ほど妖しげなものはない」ということ(笑)。
 この代物で終わるつもりでござったから、この際そのことを具現化させてやろうと画策したのでござるが・・・あえなく撃沈。言葉もござらぬ(涙)。
 文章的なこだわりといえば、
 できるだけ、淡々と。
 できるだけ、言葉の調子を崩さずに。
 「濡れ場」ではあるが、「透明感」を持たせられるように(笑)。
 しかし・・・これもまた、思うようには・・・(涙)。

 「やほひ」処女作は(笑)、私の中にいた朧な存在であった「剣心」と「左之助」を具現化するに至った。つまりは、「こいつらはこんな男だ!」ということをほぼ、形づけてしまった(笑)。
 よもや、湧き出る泉の如く、どんどん「駄作」を書き上げてしまうことになろうとは・・・
 この時はまだ、予想すらしていなかったのでござる(笑)。
 ともかく。
 この「魅惑の眼差し」は、私にとっても思い入れの強い、衝撃的な「やほひデビュー作」となってしまったのでござる(笑)。