[   2 ]



 「左之・・・っ」
 既に、寝間着を卑猥なまでに乱されながらも懸命に返答しようと必死だ。
 「拙者が、拙者でなくなる・・・自制心が、きかなくなるッ・・・」
 「へぇ・・・?」
 優男の言葉に、だが背後の男は存外、冷静な反応だ。
 少しく不安に思えて優男、微妙に首をひねって顧みれば、
 「そりゃぁ好都合ってモンよ。ぜひ、拝ませてもらいてぇなァ・・・剣心?」

 しまった、と思った時にはもう、遅い。
 鮮やかな手つきで、優男の下帯は解かれてしまった。

 あぐらを組んだ、下腹部のさらに下・・・正直すぎるほどの反応を見せている優男の身体に、長身の男は夥しい劣情をみなぎらせた。
 嘲笑が、男の唇に訪れる。
 「へっ、もう・・・こんなにしてたのか。気がつかなくて、悪かったなぁ」
 「何をっ・・・」
 「おっと。何を言っても虚しいだけだぜ? おめぇの身体のほうがよっぽど正直みたいだ」
 信じがたいと目を剥いた彼に、長身の男は冷笑で熟視する。
 と。
 花を弄んでいた右手がふいに、優男の頤を捉えた。
 「それにしても・・・」
 「左之・・・?」
 「おめぇの唇もたいがい・・・俺を惑わす・・・」
 肌の散策に飽きてしまったのか。
 薄くも熟れた唇の中へと、指先は入ってしまった。
 あまりに深く侵入してきたために、優男はわずかばかり嘔吐を覚えたがそれも束の間、気がつけば自ら彼の指へと舌を絡ませていた。

 瞳が、とろける。

 「ほぉら・・・嫌がるわりには積極的じゃねぇか。たっぷり濡らしとけよぉ? この指は今度・・・」
 言葉を止め、長身の男は口中にて忍び笑った。
 喉の奥で笑うような声音に、意識朦朧としつつあった優男、ふいに恐怖をよぎらせたが・・・その恐怖が男に対してではないことを、彼は心のどこかで認識してしまっていた。

 恐ろしいのは・・・これから起こること、身の上に降りかかること。
 何度となく同じことを繰り返してきたが、この瞬間だけはいまだに慣れない。
 いまだに・・・全身が粟立つ。
 粟立つほどの・・・

 「あったけぇなぁ、剣心。おめぇの身体どんどん、あったかくなっていく・・・」
 彼の口の中へ指を押し込みながら、男は囁き続ける。
 「白かった肌が、こんなに赤くなっちまって・・・」

 下帯を解いた左手が、それまでなぞっていた内股から画然、優男の高ぶりへと触れた。

 「んっ! ふぅ、ッ」
 わずかに身体を硬直させた優男を、長身の男は喉の奥で笑う。
 「イイだろう? 同じ、男同士だもんなぁ。どこをどう触れれば、どうなるのか・・・手に取るようにわかるぜぇ?」
 優男の瞳を覗き込みながら、彼は唇を犯し続けていた指を引き抜いた。
 てらてらと、透明な液が男の手指を濡らしている。
 「はぁぁ・・・左之ぉ」  か細くも。確実に陶然とした、男に陶酔してしまった表情がそこにある。
 眼前でそんな顔を見せられて男は一寸、意識を途絶えさせた。
 その隙に、優男はくるりと体の向きを変えて長身の男と向き合うと、両腕を肩へと絡めるなり唇を重ねてしまった。

 優男からの、口づけ。
 突然のことに驚きを隠しきれず、ただただ呆然と、長身の男は唇を委ねてしまった。

 彼の反応など気にもとめず、優男は積極的な動きを見せた。
 口腔内で繰り広げられる密着したやりとりに、今度は男のほうが陶然となった。
 理性の箍が外れかけた瞬間、男の右手・・・指先は、優男の身体の入り口へと触れていた。
 優男の身体は小さく震えたが、拒む様子はない。むしろ、心待ちにしているかのように腰を浮かせてみせる。
 男は、誘われるがままに蜜を求めて指先を埋めていった。

 「あっ、ああはぁぁ・・・っ」

 長い嬌声を迸らせ、優男は腰をくねらせた。
 柳眉な眉を寄せ、瞳を閉じ。
 長い睫の下で何を思うのか。
 唇を小さく、きつく噛み締めるその仕種。
 気づかぬうちに解かれている赤毛。
 肩を、背中を覆う姿は美しくも儚く・・・

 「左之、左之っ」

 悶える優男、揺れる肢体。
 動きに合わせるように、男の指は的確に。

 「熱いなぁ、剣心・・・おめぇの中、すげぇ熱ィ・・・!」
 額から、全身からあふれる汗など眼中になく。
 己が肉体が、次第に隆起し始めてきた。
 それは、優男とて同じことだったらしい。
 「左之ぉ、左之、駄、目・・・ッ!」
 「どうした、まだ指だけだぜ・・・? 楽土を見るにゃ、ちっと早い・・・」
 「違う、左之っ・・・」
 彼の胸乳へ己が胸乳を擦り寄せながら、優男は訴える。
 「お主が、来い・・・お主が、欲しい・・・!」
 「・・・!」
 さしもの男も、
 ここまで言われてしまえばそれまで耐えてきたものなど瞬時のうちに崩れ去る。
 男は口づけを交わしながら、己が下帯を慌ただしく解いた。
 見なくともわかる、どれだけ自分が、この男を欲しているか。
 折れてしまいそうな腰へと手を絡め、長身の男、
 細く白い肢体をわずかばかり持ち上げた。

 ・・・赤毛の向こうに見える、雪景色。
 肌、見事な紅色に染まり。
 互いに異なる存在でありながら、両者の存在はまるで一つの絵のように。
 それはあたかも・・・

 「・・・寒椿みてぇだぜ・・・」

 彼は、恍惚とした表情で自分を待ちわびている優男へと、情事の最中とは思えぬ優しい面差しを宿した。
 「きれぇだぜ、剣心。今宵の雪景色よりも、何よりも、今のおめぇのほうが絶品だぜ。どこもかしこも、すべて食らいつくしてやりてぇ・・・おめぇのすべてを壊して、俺のものにしてやる・・・!」
 彼の言葉に赤面しながらも、優男の理性の箍は既に外れてしまっている。切なげに鼻を鳴らしながら、男の到来をじっと待っている。
 「いいかィ? くれぐれも、大きな声を出すんじゃねぇぜ。嬢ちゃん達が起きてきちゃ、困るだろぉ・・・?」
 素直に、優男は頷いた。
 男は、笑んだ。

 「行ってやるよ、おめぇの中に・・・!」

 画然、
 男の腕の中で彼の、身体が天へ向かって宙に浮いた。
 優男は彼の肩へとしがみつき、顔を天へと仰がせた。
 必死に唇を噛み締め。

 ・・・その、後は。

 乱調に揺れる、隆起した二つの肉体が闇夜の中に、忽然と。

 「はぁぁ、左之、左之! んっ、あッ」
 纏っているはずの寝間着など、ほんの気休め程度にしかすぎず。
 うっとりと眇めた眼差しで男を見つめ、
 時折、彼の頬に、首筋に、耳朶に・・・唇に、
 口づけを無数に舞い落とした。
 両肩を露わに痴れる姿。
 唇より洩らされるあえやかなる声。
 ・・・それは、
 衆道に興味がなくとも欲情せずにはいられぬほど扇情的・・・蠱惑的・・・

 「左之・・・あぁ、もっと・・・奥・・・ッ」
 「こうか・・・?」
 「あぁぁ・・・左之・・・!」

 今まで見たことのない、優男の姿。

 ・・・自制心がきかなくなる。
 そう言ったのは確かに、優男自身。それがこの姿だとすれば・・・

 なかなかお目にかかれるもんじゃねぇ。

 そう思えば思うほど、長身の男もまた、狂ったように優男を求め欲する。

 「剣心・・・剣心! もっと乱れろ・・・もっと、俺を欲しがってみろ!」
 「左之、左之! はぁあ、うッ・・・左之ぉ」

 雪景色など到底、敵わなかった。
 滅多と見られない景色であったとしても、
 長身の男にとっては優男の、今の姿のほうがたまらなく尊く・・・愛しい。
 だからなおさらに・・・!
 外気は寒々としているというのに、
 室内もまた寒々としているというのに、
 二人の空気だけは溶岩のような凄まじい熱さだった。
 玉のような汗を噴き出し、
 一つに混じり合わせ、
 また新たな汗を噴き出させては混じり合わせる。
 未来永劫、繰り返される・・・

 「あっ、左之ッ、ん・・・!」
 「剣心、剣心・・・ッ」

 そろそろ、近づきつつある。

 おぼろながらに直感した長身の男は、改めて腕の中の優男を見た。
 全身を赤く、朱に染め上げ。
 淫蕩に快楽をむさぼり食っている優男。
 肢体を跳ね、忘我の極致に達している優男。
 これほど自分を求めてきたことが、かつてあっただろうか?
 赤毛を振り乱し、
 雪など溶かしてしまうほど身体を火照らせて、
 腰を蠢かす、優男。

 目の前にいる男は、本当に最強の男なのだろうか?
 ふと、そんな疑念が沸き起こる。
 だが確かに、自分はこの男と何度も肩を並べて死地を潜り抜けてきた。
 幕末の動乱に比べればそんなもの、砂粒に等しい数かも知れない。
 それでも自分達は、同じ時を生きてきた。

 それが・・・俺だけにしか、この顔を見せない。
 剣を握る時の顔でもなく、飄々と歩む顔でもなく。
 ここにあるのは・・・自分しか知らない、顔。
 自分だけが見ることを許される顔・・・!

 長身の男は乱調に自らの腰を刻み込みながら、傍らにあった銚子を手に取った。
 軽く酒を口に含むと、
 赤毛を振り乱し、苦悶しつつ悶える優男へと口づけた。
 酒が。
 口から口へと・・・
 「んっ・・・む、ぅ・・・」
 一瞬。
 優男の動きが止まった。
 華奢な両手が男の頬を捉え、執拗に唇を重ねていく。
 眉間に眉を寄せて唇を欲する、優男。
 わずかに冷静さを宿らせた眼差しで、長身の男はじっと見つめていたが・・・
 一つ、高く腰を揺さぶってやると容易く、優男は再び赤毛を振り乱した。
 「剣心・・・剣心・・・」
 譫言のように彼の名を唇に登らせ、
 「まだ、酒は・・・あるんだぜ・・・?」
 銚子を手にする。
 酒を一口、含むと・・・
 ブッ!
 優男の胸乳に向かって吹き付けた。
 飛沫となったそれは、容赦なく優男の肌を濡らした。
 朱に染まる肌に、滴る酒。
 酒を吹き付けられたというのに委細構わず、腰を蠢かせる優男。
 乱たる動きに雫となった酒は惑わされ、
 方向を定められることなく肌を伝う。

 「・・・何てぇ・・・淫らな・・・」

 赤く染まった肌は、吹き付けられた酒を飲んでいるのかますます赤みを帯びていく。
 「す、げぇ・・・ッ」
 滴る酒を飲み干すように、男は下腹部から胸乳へ向かって一気に、舐めあげた。
 ざらついた舌の感触が、蕩々としていた優男の意識に混入する。
 「あっ、やっ、左之・・・!」
 酒の雫を舐め取りながら、男の動きもまた、いっそう加速した。
 優男と長身の男の動きが、同調する。
 「左之、左之、左之・・・!」
 「剣心・・・・・・!」

 男が酒を舐め取り、その花を口に含んだと・・・ひときわ高く、腰を突き上げたと同時。

 「はっ、あああぁぁ・・・ッ!」

 男の頭上で、可憐な嬌声が開花した。






 「いわゆる聖なる夜ってぇのに・・・ヘヘ、ものの見事に・・・」
 「・・・何が言いたいのでござるか、左之」
 へそを曲げたような声音に、だが長身の男はうれしそうに笑みをこぼす。

 一つの褥の中で。
 二つの裸体。
 互いに寒さをかばうように肌を擦り寄せている。

 さすがにもう、障子は開け放されていなかったがつい先刻まで、二人の目の前に雪景色は存在していた。
 「願いを込めて祈っている奴もいるってのによ、俺等は全く別なことをしてるんだもんなぁ」
 「ならば、お主もクリスマスとやらに行けば良かったのでござる。拙者とこのようなことをせずに」
 「なーに、拗ねてンだよ」
 「別に、拗ねてなどおらぬ」
 くるりと背中を向けてしまった優男。先刻まで晒していた痴態に、さすがに気恥ずかしさと後悔を覚えているのだ。それを知っていながら・・・
 「今宵のおめぇ・・・最高だったぜ。あんなに感じてくれると、俺もうれしいねぇ」
 「な、何を言って・・・!」
 「俺だけしか知らねぇんだぜ。これ以上最高なことって、あるかよ」
 「・・・」
 「おめぇだって俺のこんな姿、おめぇしか知らねぇんだぜ?」
 「・・・そうでござるな」
 「もっと独占してくれよ。俺はおめぇのモンなんだ。好きなようにしてくれて、いいんだぜ? いつでも欲しくなってかまわねぇんだ」
 彼の言葉に、優男は小さな笑いをこぼしてしまった。彼の笑いに、長身の男は仏頂面をしてみせる。
 優男は再び彼に向き直ると、その仏頂面に微笑みかけた。
 「いつでもお主を欲していては、幼子と同じでござるよ」
 「だから、例えってやつだよ。なんか・・・俺ばっかりお前を求めるみてぇでよ・・・」
 「そんなことはござらぬ。拙者とて・・・左之が欲しくてたまらないことがある・・・」
 そこまで言って優男、思わず手で口もとを押さえた。
 が。
 長身の男の眼は爛々とした輝きを放ち始めていた。
 ・・・遅かったか。
 優男、内心で苦笑する。
 「おめぇからそんな言葉が聞けるとは思わなかったぜ。それじゃぁ、もう一回しようぜッ」
 「な、何をくだらぬことを・・・っ」
 「くだらねぇことはねぇ! 俺はおめぇが欲しいんだ。それでいいだろッ?」
 「さ、左之〜っ」
 「そんな顔をしても無駄だぜ。夜はまだ、始まったばかりだからな」
 ニヤリと笑ったかと思うと、男の腕が再び優男へと伸ばされてきた。
 その間の、伸ばされてくる間のごくわずかな時間が。
 極上の至福な時であったことを、長身の男は知る由もない。


 閉ざされた障子の向こう側。
 ひらり、ひらり、ひらり。
 再び雪は舞い始めた。
 夜が更けていく事に深まりゆく二人の絆を、
 誰にも悟らされぬように、
 静かに、静かに・・・
 雪は、舞い落ちる。




     了


背景画像提供:「Kigen」さま http://www.sobunet.co.jp/index.html

〜 HP「花は爛漫」さま内・「聖夜月」部屋へ捧ぐ 〜





m(_ _)m

 拝啓 〜 「聖なる夜、甘き睦言」編(改訂 01/7.18)

 こいつには・・・本当に泣かされたでござるなぁ(涙)。
 既に、前回の「魅惑の眼差し」を書き上げたことで自分の中で終わっていた「左之剣」、なかなか、難産でござった(涙)。
 「魅惑の〜」のように、詩的な淡々とした文体で進めていたのでござるが、それでは今回うまくコトが運ばないことが判明。何度か書き直したことを覚えているでござるよ。(涙)
 おまけに、今回の手直しでとんでもないことが判明! 文中、左之助のことを「江戸っ子」と明記してしまっていたのでござる。何ということでござろう! 左之助は信州の生まれであるというのに・・・(涙)。
 まだまだ、私も甘い甘い・・・(涙)。
 そしてこいつもまた・・・「濃い」・・・でござるなぁ・・・なんてこったい(笑)。