[   2 ]



 この中に、剣心がいる。

 そう想うと、なかなか障子を開けることが出来ない。
 彼の部屋の前で、左之助は拳を握ってじっと立ちつくしたまま。
 中にいるであろう剣心は当然、彼の気配に気づいているはずだ。
 それでも声をかけてこないところをみると・・・
 「まだ・・・怒ってんのか? いい加減・・・機嫌、なおしてくれよ」
 障子に向かって、左之助は言う。
 が、返答はない。
 「・・・剣心・・・?」
 この障子を蹴破ってしまえばいいと、思う。だが、容易く実行することの出来ない自分が、今、ここにいる。
 ゴクリ、生唾を飲み込む音がやけに鮮明に。

 えぇぃ、なるようになれ、だ!

 左之助は意を決し、
 「剣心、入るぜ!」
 カラリっ、障子を開け放った。
 「剣・・・んッ?」
 両の瞳、今宵の月の如く真ん丸に。
 ・・・そこに。
 居るはずの想い人がいなかった。
 部屋の中はもぬけの殻。
 ただ・・・二つの布団が綺麗に並んで敷いてあった。
 「どうして・・・布団が二つも・・・?」
 と、自らの言葉に愚かさを覚えた。
 いったいこの屋敷の誰と、枕を並べようというのか。
 門下生の少年? いや、師範代の娘であろうはずもないではないか。
 ・・・他愛のない光景であったはずだ。なのに、左之助の目頭がなにゆえか熱くなる。

 「・・・おろ? どうした、左之?」

 突然、想いを馳せていた相手の声がして、左之助は柄にもなく顔面、強張らせて顧みた。
 彼の驚愕した表情とは裏腹に、状況が掴めぬといった風できょとんとしている剣心。彼は浴衣姿に徳利を一本、杯を二つ手にしてじっと、左之助を凝視している。
 「いや、あの、剣心・・・」
 狼狽えながら何か言葉を出そうする左之助。だが当の剣心はニッコリと笑って見せている。
 「お主らしくもない、遠慮しているのか? 先に入って、待っていればよいものを」
 小さく忍び笑い、剣心は左之助の傍らを摺り抜けた。
 ふわ・・・
 湯上がりの湿った香りが仄かに。
 一瞬、左之助は陶然としてしまう。
 「左之? 入らぬか?」
 「あ、あぁ・・・」
 促されるがままに。左之助はあれほど躊躇していた部屋の敷居を跨いだ。
 後ろ手に、障子を閉めようとすると剣心、小さく制してきた。
 「今宵は満月。月を肴に、な」
 微笑みながらそう言って、彼はおもむろに腰を落とした。徳利の栓を抜き放ち、杯をちらりと左之助へ見せてのち、小気味よい音とともに酒を注ぐ。
 室内、たちまち芳醇なる香りに包まれる。
 「さ・・・まずは、一献」
 なみなみと注いだ杯を差し出す剣心に、左之助は黙って従う。即ち、彼と向かい合うように腰を落とし、杯を手にした。

 微かに触れあった指先に左之助、奇妙な胸の高鳴り、覚え。

 「今宵の月は美しゅうござるな。風が吹かぬから、暑いのが少々気になるが」

 剣心の唇、差された杯をクイッと飲み干し。
 コトリと傍らへ置き様、返したその手で何気に鬢、掻き上げた。
 満月を見つめたままに、視線を逸らしたままに。

 ドクンっ。

 ・・・胸が・・・

 「静かな夜でござる・・・。お主とこうして酒を酌み交わしていると、心が安らぐでござるよ」

 ・・・瞳が。
 満月から中庭・・・縁側から障子、そして・・・

 「どうした、左之? 黙りこくって。何を考え込んでいる?」

 ドクンっ。

 瞳が、見つめている。
 あれほど自分を避けていたはずの瞳が。
 今は・・・笑いかけている、やさしく。
 まっすぐに。
 その中に、自分を映し出している・・・!

 「左之? ・・・どうした?」

 昼間の、淋しげな表情。
 一転、
 今宵の、やさしげな微笑み。

 どちらが真実で・・・虚実なのか・・・?

 「左之? ・・・おかしな男でござるな」

 しなやかに、忍び笑う声音が。
 揺れる前髪を掻いた指先が。
 ゆるやかにほころんでいる懐、垣間見える蒼い肌が。

 途端、

 ドッ!

 胸の弾み、脳髄へ達した。

 ・・・気がつけば。
 左之助は、剣心へと膝を進めていた。

 「・・・左之?」
 「剣心・・・」

 左之助の顔つきから、剣心は容易く察する。
 が。
 微笑みを絶やすことなく、彼は男へ杯を。
 「酒はまだたっぷりとある。もう少し飲まぬか」
 「・・・だったら・・・」
 左之助は剣心と、目と鼻の先。
 吐息のように声を落としながらなおも、己が身体を寄せていく・・・

 「だったら、おめぇが飲ませてくれよ、剣心。その・・・唇で」

 瞳が、揺らいだのを左之助は見逃さない・・・なにゆえの揺らぎであるのか定かではないが。
 けれども、剣心はそれらを包み隠さずに真正面、左之助を見据え続けている。
 左之助もまた、視線を逸らさない。

 無言の・・・
 ・・・無言の、

 末に。

 剣心は、手にしていた杯へと酒を注ぐなり、クッ・・・と。
 ・・・その。
 唇が、近づく。
 ゆうるり、ゆるり・・・
 「剣、心・・・」
 無意識のうちに生唾、何度も飲み込んでいた。しかし喉は日照り、湿りを忘れて久しい。

 瞳、虚ろい。己が唇、桜色の・・・

 と。
 重なるか否やというその寸前。
 剣心の桜色はふいっ・・・逸れた。

 思わず瞳を見開いた左之助が見た光景は、無造作に束ねられた緋色の髪、一房。
 そして・・・
 トクリ。
 酒を飲み干す喉の音。

 「左之・・・」

 耳朶に、吐息。
 囁くは想い人の声音。
 近くでもたらされたそれは、左之助の意識をあえなく失墜させる。

 「お主の酒は・・・如何なる味でござろうな・・・」
 「!」

 にわかに彼の言葉の真実を悟った時には。
 剣心の両手は懐へ滑り込み、スルっ・・・左右へと引き落としていた。
 月光の中。
 隆たる肉体、うっそりと。

 「けッ、んし、ん・・・ッ?」

 言葉がうまく出てこない。
 彼の姿に剣心は忍び笑うと。
 吐息のみを残し、桜色は不意に落ちた。

 「これほど汗を掻いて・・・この酒も美味そうでござる・・・」

 二枚の桜色、薄く開いて男の首筋、舐めあげた。
 「あっ・・・」
 ついぞ、洩らしたことのないような声が。
 「け、剣心・・・っ」
 苦痛とも、快楽とも似つかぬ色合いが表情を満たした。
 そんな彼に、剣心は無言で微笑む。
 微笑んで・・・唇は、舌は。左之助の肌をなぞり始めた。
 「はぁ、あっ」
 洩らすまいとするのに、声は隙間を知っているようにこぼれ出る。
 くすぐったいような、じれったいような・・・
 奇妙な感覚。
 されど・・・
 不思議なほどの、妖しげな愉悦。
 「左之・・・あぁ・・・」
 肩を。腕を。背を。鎖骨を・・・胸乳を・・・隈無く。
 小さな侵略者は縦横無尽に這いずり回る。
 ・・・だが。桜色は下腹部へは降りてこない。
 どれだけ、待とうとも。
 次第に、左之助の表情が苦悶で歪み始めた。
 「け、剣心・・・っ」
 「・・・何でござる? 左之・・・」
 面差しをあげた剣心の頤を捉え、左之助はたまらず、唇を寄せようとした。
 「待つでござる、左之」
 ピタリ。素早くも剣心の指先、左之助の唇を押し返した。
 「左之の酒を飲んでから・・・と、言ったはずでござる」
 「そ、そんなの我慢できっか! 目の前におめぇがいるってぇのに、まだ唇も吸ってないってぇのはどうかしてるぜッ。俺ぁ・・・!」
 「当然でござろう?」
 冷酷に。
 一言、ぞんざいに放たれて左之助、微妙に戸惑った。
 剣心は微笑みながら、ゆっくりと膝立ちになる。必然、彼が左之助を見下ろすような形となった。
 「お主は、拙者を放っておいたのでござるから」
 「そ、それは・・・!」
 左之助は、昼間の剣心の姿を思い出した。
 そうだ・・・彼はまだ怒っているのだ。約束を破ったことを許してはいないのだ。だから、こうして意地悪を・・・!
 ならば。
 左之助は表情を改めた。
 「約束を破ったことは謝る。だから、剣心・・・ッ」
 「違う・・・違うのでござるよ、左之・・・」
 見上げる目の前で。剣心は首を振ってみせる。
 左之助には何が何やらわからない。約束のことでなければいったい、何だというのか。なにゆえ、ここまで頑なに自分の行為を拒むのか。
 否、拒みながら誘うようなことをするのか。
 ・・・剣心は。微笑みを絶やさずに彼の頬へと両手を寄せた。
 肌と肌の間、たちまち汗ばみ。
 剣心、片手だけを離すと手のひら、唇を寄せて舌先を踊らせた。
 艶めきもの、青白く。
 吐息が、指に絡んだ。
 「左之・・・三日も、どうして姿を見せなかった?」
 「!」
 「・・・拙者がお主に執着しすぎているだけかも知れぬ。だがたとえそうであっても・・・三日の間、姿が一度も見えないと・・・」
 「け・・・剣心・・・」
 左之助は、この時ようやく過ちに気づいた。
 剣心が怒りを覚えていたのは約束のことではない。三日もの間、全く会いに来なかったことを責めているのだ。
 「剣心・・・」
 胸に、得も言われぬ感慨が押し寄せてきた。
 左之助は、腕を伸ばした。
 目の前に広がる、胸元をくつろげながら頬を寄せ・・・
 「すまなかった、剣心・・・」
 嬉しさを多分に秘め、彼は思いを噛み締めるようにしてそう言った。
 ・・・剣心は。彼の言葉を聞き終えると、
 傍らへ置いたままであった徳利に手を伸ばして少しく、口へ含んだ。
 「剣心・・・?」
 ついぞ、見たことのないような光景。
 驚きを感じる前に・・・
 左之助の唇に・・・剣心の唇が重なった。
 「ん・・・」
 開かれた唇へ、剣心の奥から雫が流れ込んでくる。
 甘美なる・・・酒。
 さしたる高値な酒でもないのに、この一口はかつてなく味わい深いものとなった。
 喉を鳴らして飲み干し、左之助は続けざまに舌を絡ませていく。
 「んぁ・・・左之・・・っ」
 ほんの。
 あふれ出た剣心の、湿りある声音が。
 もはや・・・。

 左之助から忍耐という言葉は消失した。

 理性の存在を無視して、左之助の底に燻っていた野獣が、呼び覚まされる。
 野獣は、研ぎ澄まされた牙を容赦なく向け、躍り上がった。
 「剣心ッ」
 「あぁ、ん・・・っ」
 唇を強く吸い上げた最奥、舌先で蹂躙しながら左之助の指先、緋色の髪を束ねている紐を解き。
 荒々しく右手、白磁に透く懐を割り開く。
 胸元、容易く開花されて月光の下、密やかに。
 素早く腰部へ絡めると左之助、力任せに彼を抱き寄せた。

 肌と肌が、触れ。

 「剣心、あぁ・・・ッ。やっぱ、おめぇの唇、たまらねぇなぁ・・・」
 存分に味わい尽くした後。未練がましく唇を離さない剣心を少しく遠ざけ、左之助は下卑た笑みを浮かべてうっとり、彼を見遣る。
 そんな剣心の唇には、いつの間にか左之助の指。微かな音を響かせて妖しげな光沢を放っている。ぺたりと座り込み、彼は夢中になって頬張った。
 「俺の指・・・そんなにうめぇか?」
 左之助の手が。剣心の雫でしとどに濡れそぼった。左之助は己が指へと唇を寄せるなり、滴り始めていた雫を舐め取った。
 「へへ・・・おめぇの酒も格別じゃねぇか。こっちの酒のほうは・・・どうだろな?」
 乱れていた、裾が。
 見え隠れしていた膝頭が。
 不意に左之助の膝で引き裂かれた。
 深淵で眠っていたもう一つの剣心が、左之助の膝頭に触れて小刻みに震える。
 「やッ、左之・・・!」
 肩へ顔を埋めるようにして剣心、たまらずにしがみついた。
 視界に降りてきた細い項に視線を絡め、左之助の唇は紡ぐ。
 「なんでぇ。まだ何も・・・してねぇだろ?」
 言葉を耳朶へ溶かし込み、そのまま項をくわえ込む。
 裾の下、さらなる奥を求める左之助の膝・・・
 「はぁっ、駄目・・・左之ぉ・・・ッ」
 肌という肌をわななかせつつも、剣心はしがみついて離れようとしない。むしろ、いっそうの力で左之助を捕らえようとする。
 「駄目なもンかい・・・おめぇだって、こんなに俺を求めてんじゃねぇか・・・っ」
 胸乳を苛んでいた手が画然、剣心の裾を割った。
 鮮やかに反応している、下帯の中。左之助はややぞんざいに手のひらへ収めた。

 腕の中、剣心は儚く震え。

 「もうこんなになってやがる・・・コレのどこが、駄目なんでぇ」
 「さ、左之・・・」
 「そんな顔をしたって無駄だ。おめぇはもう・・・逃げられねぇ」
 そのまま。
 左之助は控えていた褥の上へと剣心を押し倒した。
 自らも覆い被さりながら彼の下帯、慌ただしく取り払う。
 浴衣も乱れたままに剣心の下肢、あらわ。
 「さ、左之・・・っ」
 荒れる呼吸をどうすることも出来ずに、剣心は喘ぎながら彼を呼ぶ。

 が、返答する暇すら惜しむほどにこの時、左之助には余裕がなかった。

 彼もまた浴衣を着たままであったが、もどかしげに己が下帯を取り払うと、剣心の首筋へ噛み付くように面差しを落とした。
 「あ、左之、待て・・・! しょ、障子が・・・っ」
 「障子だぁ・・・ッ?」
 忌々しげに顔を上げて外を見遣る。・・・なるほど、素晴らしいほどに障子は開け放たれたままだ。
 放たれたままだ、が。
 「だったらなんでェ。別にかまわねぇだろ」
 「し、しかし、誰かに見られたら・・・」
 「見せつけてやりゃぁいいさ。嬢ちゃんにも、弥彦にも・・・お空のお月さんにも、よ」
 「さ、左之・・・ッ」
 「これ以上、焦らすんじゃねぇよ。俺ぁもう、おめぇのことしか頭にねぇッ。まだぐだぐだ言うなら、どうなっても知らねぇぜ」
 「さ・・・」
 何かを言いかけた剣心の唇、容赦なく左之助の唇が覆い包んだ。
 言葉すら飲み込まれてしまい、剣心は抵抗を試みるも呆気なく・・・
 力が、抜け落ちていく・・・
 「ん・・・あぁっ、左之・・・ッ」

 畳の上に転がった二つの杯、残った徳利。
 月光を浴びながら、刻まれ始めたぬるい言霊を受け止めつつ、成り行きを静かに見守る。






 息が、熱い。
 焔の塊のように、火傷をしてしまいそうなほどに。
 肌の至る所に吹きかけられ、そのたびに肌は捩れる。
 灼熱の悲鳴を上げる。
 「剣心・・・っ」
 毛の先一寸、剣心の見せる痴態に反応を示す己が肉体。

 手を、伸ばさずにはいられない。
 唇を、寄せずにはいられない。
 言葉を、吐かずにはいられない。

 果てなき、欲望。

 「もっと・・・鳴きねぇ・・・」
 「左之・・・いやぁ・・・っ」
 首を振りながらも眼差し、陶然としながら左之助を見つめて。
 背中を捕らえて。
 肌をすがらせて。
 吐息を振りまいて・・・
 離れない、決して。
 「はぁ、ん・・・左之ぉ」
 絶え間なくこぼれる喘ぎに、左之助は何度、唾液を飲み込めばよいのだろう。
 何度、蹂躙すれば・・・
 何度・・・
 ・・・何度目だ?

 今宵でもう、何度目だ?
 今、何刻時だ?

 時の流れなど、追いかけていけるほどの感覚は既にない。
 追いかけてやまないものは、ひとえに・・・

 「ハっ・・・ハハ・・・止まらねェ・・・止まらねェよぉ、剣心ッ」

 剣心の体内へ深く、深く楔を埋めて。
 「もっとだ・・・もっと、おめェを食わせろ・・・っ」
 なおも激しく、穿つ。
 「ああ、剣心・・・! 足りねェ・・・足りねェぜ・・・ッ」
 穿って穿って、それでも欠けている何かを埋めるように、
 「ハッ、あぁッ」
 割り入っていく。
 「・・・熱ィ・・・ッ」
 天を仰いだ頤より、汗が散る。

 左之助の刻む律動に、剣心の肢体は容易く波打つ。褥の海を爪先で突っ撥ね、
 「あっ、あっ、左ぁ・・・ッ」
 波打ちながらも面差し、快楽の水底で溺れている。
 「ふぅ・・・ンっ」
 息が出来ぬともがき、腕を差し伸べて左之助を捕らえ、
 「左之ぉ・・・左之・・・っ」
 空気をくれと言わぬばかりに唇を重ね。
 「ン・・・」

 舌が。
 糸を引く。

 「んっ、むぅ、はぁ・・・む」

 獰猛に左之助は、剣心を貪る、蝕む。
 肉、そのものを食い破るのではないかと思えるほどに顎を裂き、
 獲物を前に欲情した獣のように、唾液が水のように滴る。
 白磁を濡らす汗と混ざり、陶然とそれらを眺めてベロリ、と舐め。
 「こりゃぁ・・・格別な酒だぜ・・・」
 なおも舌なめずりをして肌を吸う。

 滲む汗、ますます酷く。
 均整の取れた肉体、艶やかに舞って。
 月明かりに包まれて十色に染まりゆく・・・

 意識が、霞む。

 「剣心・・・剣心、剣心ッ。ああぁ・・・っ」

 譫言のように繰り返し、憑かれたように猛然と剣心を凌辱し続ける。

 いつもなら。
 嬲って、苛んで、追い詰めて、剣心のすべてを征服し尽くしていく。
 だが。
 この夜は・・・違った。
 真実、余裕がない。
 否、どんなに剣心を征服しても足らない、満たされないッ。
 身体の奥から刻々と激しくなっていく、己が情念。
 ・・・逆らえない。

 欲しいッ!
 欲しくて、欲しくて、欲しくて・・・ッ!
 止まらない、止められない!
 それがどんなに、激烈であっても!

 どうして、止まらない・・・ッ?
 このままでは、剣心が壊れてしまう・・・!

 「壊したくねぇ・・・壊したくねェよ、剣心! けど・・・けど、もぉ、止まらねぇッ」
 「あぁ、左之、左之・・・!」

 小さな身体を揺さぶられ。
 剣心は彼を呼び続ける、唱え続ける。
 制御できぬものに満たされて、瞳からはいつしか、絶え間ない涙。

 「左之・・・あぁ、さぁの・・・ッ」

 翻弄され、悦たる水面に揺れる剣心。
 左之助、満足そうに笑みながら正気はないだろうと思ったその、刹那。
 剣心、左之助を見つめて婉然と・・・

 嗤った。

 「剣・・・てめぇッ」

 漫然と吐息、不敵な・・・笑み。

 「・・・上等だぜッ」

 剣心の・・・
 張り付く前髪。
 赤毛が・・・背に、肩にまとわりついて。

 一瞬。
 左之助はその光景に見惚れた。

 「はぁ・・・左之ッ! また・・・また、来・・・るッ」

 訴えた、朱に染まった唇が。
 不意に。
 唇を舐めた。

 ゾクリっ。

 男の背筋、粟立った瞬間に白く・・・

 「剣心・・・ッ!」
 「左之・・・ぉ!」

 剣心の一声は。
 薄く消えかけた左之助の意識に、沁みた。
 彼の中に情念のすべてを、放ちつつ。

 ・・・剣心の見せる、ほんの些細な仕種で・・・このザマだ。
 左之助は、辛うじて保つことの出来た意識の中でぼんやり、思う。
 自分は・・・殺されている。
 何度も、何度も、何度も。
 だから・・・止まらない。
 情念が止めどもなく沸き上がる。
 欲しくてたまらなくなる。
 これでは、まるで・・・

 「俺は、弄ばれてんのか・・・?」

 呟きは、意識を消失した剣心には届いていない。
 多分に汗を吸い込んだ褥に横たわり、左之助は彼を見つめる。
 汗と、唾液と、体液にまみれた肌を。
 閉じ合わさった睫を。

 「剣心・・・」

 くったりと横たわる剣心の髪、指に絡めながら。
 ぼそり。

 「おめぇになら・・・弄ばれたっていい。何度だって、おめぇを抱きてェ・・・」

 ・・・と、左之助は知った。
 何が一番、至福なのかを。
 剣心を抱くことではない。
 剣心を喜ばせることではない。
 否、その中で生み出されるものこそ・・・
 互いに求め、肌を重ね、
 情を交わし合う、その中で。
 剣心の垣間見せる表情が、仕種が。
 言葉が、吐息が、心が。
 自らのこの手によって溶けて、さらけ出せたその一瞬が、

 何よりの至福。

 誰もが見られるものではないから。
 誰もが聞けるものではないから。
 誰もが触れられるものではないから。
 自分一人が・・・この世でたった一人、自分だけがこの「剣心」を知っている。
 それが何よりの、至福・・・!

 「ん・・・ぁ、左之・・・?」
 「目ェ・・・覚めたか、剣心」

 瞳の口付けに気づいて、剣心は顔だけを動かし彼を見遣った。
 「大丈夫か? 随分と・・・その、無茶をさせちまった」
 「無茶・・・? そんなことはござらぬよ」
 クスリと笑って、剣心は汗ばんだままの手のひら、左之助の頬へ寄せた。
 「これほど求められて・・・無茶という言葉、口にするはずがない。むしろ・・・嬉しいぐらいだ・・・」
 「剣心・・・」
 「それだけ、お主に必要とされているのだ・・・これほど、幸福なことはあるまい・・・?」
 左之助の唇を、剣心の親指が撫で。
 「熱い、な・・・お主の唇、これほど熱を宿すとは・・・」
 「剣心・・・?」
 「まだ・・・残り火が燻っているでござるよ、左之。拙者の・・・奥で・・・」
 「剣、心・・・っ」

 グラリと。
 左之助の中で何かが傾いた。
 ・・・気づけば。
 左之助は剣心の唇を貪っていた。

 「ん・・・左之ぉ、もっと・・・ゆっくり・・・」
 「馬鹿言え。おめぇが悪いんだぜ。俺を・・・誘ったりするから・・・」
 「誘ってなど・・・あっ」
 「言い訳はきかねぇ。俺の中で・・・飽きるほど、踊らせてやる」
 「飽きることは・・・ないでござるよ、左之」

 彼の首筋へ唇を寄せ、剣心は言った。

 「願わくば、拙者・・・永劫、お主の腕の中に・・・」

 「ほぉら・・・言っている側から誘ってやがる。いいさ・・・お望み通り、俺の中で踊らせてやる、永劫にな。・・・覚悟しろよ」

 にわかに歪んだ唇が、薄明かりの部屋の中へと溶け込んだ。






 漂うは、闇。
 静謐なる、闇。
 刻まれるは甘い戯れ言。
 真実とも、虚実ともわからぬ戯れ言。
 されど・・・
 二人にとってはそれが真実。
 肌を重ねるごとに生まれるものが、「真実」・・・

 二人は舞う、闇の中で。
 心のおもむくままに・・・
 求め・・・求められるがままに。
 言葉では伝わらぬ「想い」を、肌と瞳に宿し・・・
 欲せよ。
 本能のままに。
 逆らうことなかれ。
 欲せよ、
 「真実」を得るために・・・




     了


背景画像提供:「Katzen auge」さま http://katzen.cool.ne.jp/

〜 HP「宵野華」さま・のの殿へ捧ぐ 〜





m(_ _)m

 拝啓 〜 「TACTICS」編(改訂 01/7.18)

 この代物を書こうと思ったきっかけは、私がウイルス騒動を引き起こした本人だったからでござる(涙)。
 あの時は本当に申し訳なくて、ドタバタしてしまって・・・迷惑をかけてしまったのの殿に、何らかの形でお礼がしたいなと思ったところから始まったのでござる。
 ちょうど、レンタルにて「るろうに」を見始めた時期でもあり、EDに使用されていたイエローモンキーの曲「TACTICS」にハマっていた頃でもござった(笑)。
 ただただ聴くだけではわからなかったのでござるが、よくよく歌詞などを読んでみると、これは「左之剣の世界」に匹敵する妖しげな世界であると直感(笑)。いずれはこの曲を下敷きに書いてみたい!と思っていた矢先、このような状況が転がってきたのでござった。
 「あぁ、言われてみれば・・・」と思われるかも知れぬ。それだけ、歌詞に忠実で発想力がない、ということになるのでござるが(涙)。
 なりゆきはともかく、それなりに楽しみながら書き上げたような気がする。今回は下敷きがあったため、さほどの苦難を覚えた記憶はない。

 一つ言えることは、この代物から明確に「剣心」「左之助」と名前を使ったことでござるな。
 一度、完成稿をのの殿に差し上げたのでござるが、この時にはまだ、「優男」だの「赤毛の男」、あるいは「長身の男」「男」だの、剣心と左之助をもう一つの呼び名にて表現していた。
 が、それはそれで良いのだが、少々わかりにくいという指摘をのの殿より頂戴いたしたのでござる。
 なるほど、言われてみればその通りでござるし、何より自分自身もこの表現力に限界を感じていた時期でもござった。
 元はとは言えば、「魅惑の〜」の時に生まれた表現方法で、別にこだわっているつもりはなかったのでござるが、いつの間にか自然と、「優男」だのと表現していた。
 こだわりがないのならば、この際、しっかりと名前で表現しよう・・・と、改めて手直しをしてのの殿に差し上げたのでござる(笑)
 それが、今でもしっかりと息づいている。
 無論、場合によっては「優男」「長身の男」と表現を変えるのでござるが(笑)

 様々な意味で、この代物には思い出が深く、かつ、楽しくもあったのでござった♪


 ・・・というのが、上記に記している日付での思いだったのでござるが。
 今、改めて振り返ってみると・・・確かに楽しかった記憶はござるが、内容的に関しては・・・ そう、絶対にあり得ない(笑)! 剣心がこんなことをするハズがないでござるから(笑)!!
 たった三日間、左之助が顔を出さなかっただけで、こんなことをしでかすはずがござらん! いや、 そもそも何日経ってもこういった行為には及ばないような・・・(笑)。
 ぢぇっと版左之剣小説を書き始めて第6番目に当たる本作。キャラクターを深く掘り下げることもなく、 ただ闇雲に書いていたことがバレバレでござるなぁ(涙)。
 し、しかも・・・またしても濃いでござるし・・・(////)
 あぁ、かつての自分が恥ずかしい・・・そして、無謀極まりない自分が恐ろしい・・・(^▽^;)

04.04.17