嵐の足音

 ガタガタと鳴るのは、風の力に圧倒される、雨戸の音。
 ヒュゥという叫び声、隙間をかいくぐってきた風の言葉。
 ザワザワという騒がしさ、中庭に茂る木々達の荒立てる話し声。

 時が満ちていくことに焦りを覚えるかのように、
 それらは声を上げることを決して、やめぬ。
 己が不安を掻き消すかのように絶えず、言葉を交わす。

 「・・・風が強くなってきたなぁ」

 傍ら、仰向けで転がっている長身の男はあくびを一つ、薄く涙を滲ませてぼやく。

 「あぁ・・・左様でござるな」

 片膝を立て、愛刀である逆刃刀を胸に抱きながら赤毛の優男、ゆるりと面差しを上げて雨戸を見遣る。
 先刻より、風の強さは激しくなりつつあった。
 嵐の気配に雨戸を閉めたのは、つい先ほど。
 長身の男も手伝ってくれたおかげで、屋敷は手っ取り早く対策を講じることができた。
 刻限は未だ、九ツ半(午後一時)。
 御天道様が顔を出していても何ら不思議のない刻限、それが、空は暗雲たれこみ、雨の気配が多分に漂っていた。
 しかも、雨戸を閉めてしまったことで屋敷内、夜と何ら変わらぬ闇の中。
 行灯がなくば、心細い限り。

 「嬢ちゃん達は、どうしてる?」

 長身の男は寝返りを打ち、さらに優男へと接近する。
 優男、雨戸より視線を外し、再び瞳を閉じて顔を伏せる。

 「部屋にいるでござるよ。弥彦は昼寝をしていた」
 「へぇ、そうかい。ま・・・嵐が来るんじゃ、することなんざ何もねぇからなぁ。退屈だぜ」
 「退屈、か・・・。そうしてあくびをするわりには、お主の表情は喜々としているようでござるが?」

 伏せようとしていた目を上げて優男、大腿のすぐ側まで身体を寄せてきた長身の男を見遣る。
 彼はニッコリと笑い、優男へと右腕を伸ばした。

 「あぁ。嵐は嫌いじゃねぇからな。何もかも、綺麗さっぱり吹き飛ばしてくれるような気がして、俺ァ、好きだねぇ」
 「お主らしいでござるな」

 右手が、優男の左頬の十字傷へ寄せられて。
 そっと掠めたその瞬間、行灯の蝋、ジリリと焼ける音がした。
 にわかに炎揺らめき、二人の影も微かに揺れる。

 「それにしても、嵐の前にここへ来るとは・・・まるで、お主が嵐を連れてきたようでござるな」
 「そうかい? 嵐に好かれてンのかもしれねぇな」
 「それは困る。ならば、これからは道場へは立ち入り禁止でござるな」
 「別にかまわねぇぜ? おめぇンとこへ、忍んで行くからよ」

 何ら悪びれた様子もなく。
 長身の男は満面の笑みを浮かべ、屈託無く言ってのけた。
 そのあまりにあっけらかんとした物言いに、さしもの優男、二の句が継げずに苦笑してしまった。

 「男は諦めが肝心でござるよ? 左之」
 「諦めも良い時と悪い時があらぁ。相手がおめぇなんだ、俺ァ諦めるつもりなんざ、さらさらねぇぜ」
 「全く・・・お主という男は・・・」
 「それによ、好かれるンなら嵐じゃなくて、おめぇに好かれてぇもんだぜ」

 長身の男、満面の笑みのままゆるりと上体を持ち上げて。
 優男の唇を薄く、かすめ取った。

 突然、といえば突然。
 が、これくらいの行動は察しがついていたのだろう、優男は別段、慌てもせずに苦笑であしらった。

 「屋敷内は夜やも知れぬが、刻限はいまだ九ツ半。わかっているのでござろうな、左之?」
 「あぁ、わかってるぜ? おめぇがこれぐらいだったら許してくれるだろうってこともよ、剣心」

 何もかも、すべてお見通しだ・・・
 長身の男の瞳も、
 赤毛の優男の瞳も、
 互いにそれらを宿らせて・・・

 長身の男は再び、その場へと横たわり。
 優男は再び、片膝を立てたその姿で目を閉じ、顔を伏せて愛刀を抱く。

 ガタガタと鳴るのは、風の力に圧倒される、雨戸の音。
 ヒュゥという叫び声、隙間をかいくぐってきた風の言葉。
 ザワザワという騒がしさ、中庭に茂る木々達の荒立てる話し声。

 ジリリ。
 行灯の蝋、焼ける音がした。
 にわかに炎揺らめき、二人の影も微かに揺れ。

 嵐の到来を、静寂にて待つ・・・




     了


背景画像提供:「Queen's FREE World」さま http://www.alles.or.jp/~queen/index.html

〜 HP「フル・スロットル」さまへ捧ぐ 〜





m(_ _)m

 拝啓 〜 「嵐の足音」編(改訂 02/3.30)

 これは、サイト「フル・スロットル」さま内にて設けられていた新掲示板へ、即興で書き上げてしまった代物でござる。ちょうど折良く台風が到来していた頃合いで、すぐ側でガタガタと震える窓を感じながら書いた記憶がござる。
 時節は夏、八月・・・。そりゃ台風の一つも来るでござるが、何もそんな日にネットを開かずとも・・・と、思いつつもネットの住人となり果てていたでござるなぁ(笑)

 改めて読み返してみたのでござるが・・・ん〜、言葉の調子がイマイチ(涙)。あの時には良かったと思っていた代物ではござったが、今ひとつでござるなぁ。まぁ・・・即興にしてはまあまあの出来具合ではござろうが(汗)。
 ・・・ただ、二人の会話が書いてみたかっただけでござるな、アハハハ・・・(汗)。