タイトル:夢幻の狭間

 同じ時を刻み・・・
 同じ空気を吸い・・・
 同じ言葉を繰り返し・・・

 睦言を紡ぎ、
 吐息を紡ぎ、
 視線を絡ませ、
 指を絡ませ・・・

 ついには。

 「あっ、あぁ・・・」

 耐えられず、唇からあふれた艶なる声。

 宙を舞う、絹のような赤毛。
 闇にきらりと輝く、底光る瞳。
 潤みを帯びた眼差しに、肢体を弄ぶ男は息を呑む。

 「剣心・・・」

 情けないほどの、掠れた声だった。
 されど、どうすることも出来ない。
 目の前で展開される光景は、紛う事なき、現実。
 決して夢でも幻でも、ましてや悪夢であろうはずもない。
 己が指先一寸、なだらかな肌へと掠めるたびに肢体は、
 あられもない声とともに軽やかに弾む。
 うっすらと・・・汗を滲ませ。

 「剣心・・・」

 これはすべて、現実。
 何度、この身体を抱きすくめても実感が持てぬ。
 否、実感することが恐ろしくもあった。
 信じて良いのか、本当に。
 今、起こっているこの有様を。

 ・・・わかっている。
 今まで数え切れぬほど、この身体を至極あっさり、
 当然の如く抱きすくめてきた、身体を割ってきた。
 現実だと、わかっている。
 なのに・・・
 なにゆえ、いくら抱いてもこれほど、現実味が沸かないのか。

 信じることが、出来ないのか。

 それほどまでに、信じることが怖いのか?
 腕の中にいるその人が、憧れて止まぬ、求めて止まぬ、
 「人斬り抜刀斎」・・・「緋村剣心」だと。

 正確にはもう・・・抜刀斎ではない。
 が、男は認識している。
 自分が求めているのは、この男の底に潜んでいる「強さ」なのだと。
 抜刀斎であり、剣心である、この男の「強さ」なのだと。
 わかっているのに・・・

 「どうして、俺ァ・・・おめぇを抱かずにはいられなくなるんだ・・・?」

 「強さ」だけを欲するならば、何も身体まで求めなくても良いはずだ。
 それが、どうして・・・

 それまで、瞳を濡らしていた赤毛の人、その不思議な余韻にクスリ、笑った。

 「わからぬのか、左之・・・? 何度も拙者を抱くのに・・・わからぬのか・・・」

 彼の言葉に嘲笑めいたものを感じ、男は瞬く間に仏頂面になった。

 「わかってるさ、ンなこたぁ。わかっちゃいるが・・・」
 「・・・拙者に強さを見出して肌を貪るのに、なにゆえ疑問を覚える?」
 「・・・知っていた、のか・・・」

 驚きを隠せぬ男の表情を見て赤毛の人、再び忍び笑う。
 笑いつつ、上から覗き込むようにしている男へと、そっと両手を伸べる。

 「知らぬと思うてか? お主を見ていれば一目瞭然・・・所詮、こうして拙者を抱くのも一時的なものでござろ。拙者と同等の力が自分にはないことに、お主は足掻いておるのでござるよ。足掻いて・・・それでも対等にはなれぬから、こうして身体を・・・」
 「馬鹿言っちゃいけねぇ、剣心」

 不意に。
 男の瞳が鋭さを増した。
 一瞬、赤毛の人はたじろいだが、眼差しを逸らすようなことは決してしない。
 むしろ、真っ向から勝負を挑むかのように見つめる。
 ・・・この時。赤毛の人は、恐ろしいほどに心の芯を感じさせる。
 その、情事の最中でありながら凛とした姿に、男の全身、瞬く間に粟だった。

 「惚れてる、と。腐るほど、飽きるほど言ってきたはずなんだがな、剣心?」
 「あぁ、聞き飽いたな。飽くほどに、お主は拙者に囁いてくれた・・・」
 「聞き間違いでなけりゃぁ、おめぇだっていつだったか、俺に惚れてるって、言ってくれたはずだがなぁ・・・?」
 「あぁ、確かに言った」
 「それじゃぁ、どうしておめぇは、一時的なものだってェんだよ。お互いに惚れあってンのに、一時的なものなんてこたァ・・・」
 「お主と拙者では、十年の時の隔たりがある」

 微睡むような、甘美な空気が漂っていたのが画然、この一言で男の心は冷たく凍てついた。
 表情が強ばったことで、彼の内部的な変化を感じ取り、赤毛の人は言葉を続ける。

 「いずれは必ず、お主は拙者を越えていくだろう。その時にはもう・・・お主にとって、拙者という男は無のように、何でもない存在となってしまう・・・拙者よりも強くなったお主が、どうして拙者を顧みると断言できる?」
 「・・・あのなぁ。いい加減、その暗い考え方はやめろよ」
 「おろ? 拙者にとっては重要な問題なのでござるがなぁ」

 ゆるく小首を傾げ、さも不思議そうな面差しをしてみせる、赤毛の人。
 その仕草が故意なものなのか、あるいは無意識によるものなのか。今の男には思い図ることなど出来ない。

 「確かによ、俺ァ、おめぇの強さが欲しいさ。欲しくて欲しくて、どうすりゃいいのかわかんなくて、気がついたらこうして、おめぇを抱いてる・・・。だがな、それだけじゃねぇ。たったそれだけで男が抱けるわけがねぇだろ?」

 赤毛の人は答えない。じっと男を見据えるばかり。
 まだ、言葉が足らないのか。
 男は再び言葉を紡ぐ。

 「強さなんてものは、欲しがったところで手に入るわけじゃねぇ。自分でどうにかしなきゃなんねぇ。それがわかってんのにおめぇを抱かずにはいられねぇ。どうしてかわかるか? おめぇに惚れてるからさ、おめぇの心が欲しいと思うからよ」

 褥の中からじっと見つめてくる、蒼を含んだ瞳。
 瞬きすることなく、あるいは淀みなく見据えてくる瞳に左之助、だが決して怯まない。

 「確かに最初は、おめぇを見る俺の眼は『強さ』を求める眼だった。だが、今は違う。今は、確実におめぇのすべてが欲しい」

 ・・・何度となく、
 飽くことなく、
 同じ言葉を聞いてきたはずだった。
 ・・・それが、
 何度も、
 飽くことなく、
 同じ言葉を聞いても・・・
 鮮やかな衝撃を伴って赤毛の人の胸に、痛く染みる。
 どうしてこれほど・・・響くのか・・・

 「・・・俺が疑問を覚えるのは、どうしておめぇでなけりゃ駄目なのかってことよ。『強さ』を求めるなら、別に抱かなくったっていい。だが『惚れて』ンなら、抱けばいい。それがたとえ男でも、な。・・・そうさ。俺ァ、馬鹿だから考えることなんざ得意じゃねぇ。けどよ、おめぇが欲しいって思うことは確かなんだ。こんなに男なのに、欲しくて欲しくてたまらねぇ。自分でもどうしてこんなにおめぇが欲しいのかわからねぇが・・・この気持ちは、嘘でも冗談でもねぇ、本物だ。・・・・・・満足したかよ、剣心?」

 ずっと沈黙を保ったままの赤毛の人に、男はにわかな不安を覚えて問いかける。

 この男は根が素直だ。すぐに表情に出る。
 凛々しい眉を限りなく眉間に寄せ、黒曜石の瞳が微かに揺れて・・・
 いったい自分は、この男から何を引き出そうというのか。
 たとえ違う引き出しであっても、
 出てくる言葉は恐らく一両立、何ら変化のない、されど・・・
 甘美な匂いにあふれているだろう。
 ・・・そんなことは、端からわかっている。
 ではなぜ、同じ問いかけをしてしまうのだ?
 決まり切った言葉が返ってくることなど、先刻承知済みのはずではないか。
 ・・・いや、それでも・・・

 「・・・剣心?」

 問いかけても応答のない情人に、男は少々しびれを切らし、あるいは不安と苛立ちを覚えて名を呼んだ。

 「・・・左之・・・もっと・・・言ってくれ」
 「え?」
 「拙者に、惚れていると・・・欲しいのだと・・・」

 華奢な両腕、が。
 男の、盛り上がった・・・頼もしげな肩口へと触れ、ややきつめな力加減でそれは絡まり・・・

 「足らぬ・・・足らぬ、左之。何度告げられようとも、何度囁かれようとも・・・足らぬよ、左之・・・」

 そう言って、にわかに身を縋らせていく剣心の身体は、微々たる震えに襲われていた。

 これはすべて、現実。
 何度、この身体に抱きすくめられても実感が持てぬ。
 否、実感することが恐ろしくもあった。
 信じて良いのか、本当に。
 今、起こっているこの有様を。

 ・・・わかっている。
 今まで数え切れぬほど、この身体は至極あっさり、
 当然の如く抱かれてきた、身体を割られてきた。
 現実だと、わかっている。
 なのに・・・
 なにゆえ、いくら抱かれてもこれほど、現実味が沸かないのか。

 信じることが、出来ないのか。

 それほどまでに、信じることが怖いのか・・・?
 この男の言葉が虚言とは思わない。思わないが・・・
 この先、どうなってしまうのか見えなくて・・・
 何より、自分の中に宿る、この男に対する想いが信じられない・・・ッ
 これは夢だ・・・幻だ・・・!
 そう・・・思っているのか・・・?

 「・・・怖い・・・怖いのだ、左之。拙者、闇雲に怖くて・・・」

 ・・・時折。
 赤毛の人はそう言って、この腕の中で怯える。凄腕の剣客などと微塵もなく、ひたすら腕の中で震えている・・・
 自分も現実味を持てぬことに不安を覚えているように、
 赤毛の人もまた、何かしらの不安を感じているのか・・・
 必死に縋り付いてくる赤毛の人。
 こんな時の彼は、信じられぬほど儚い。
 男は微笑し、そっと彼を抱きすくめる。

 「・・・足らないなら、何度だって言ってやらぁ。おめぇの気がすむまで、満足するまで。俺の言葉は・・・嘘じゃねぇから、何度だって言える、だから・・・」

 己が両腕、わずかに膂力を強めつつ男、赤毛の人へと唇を寄せていく・・・

 「もっと、俺にしがみついてくれよ・・・おめぇを、感じてェ・・・っ」

 感触が欲しかった。
 現実味が欲しかった。
 流水が笊の目を梳いていくかの如く、
 あまりに頼りなくて、あまりに虚ろで・・・
 すべてが夢幻として終わってしまいそうで・・・

 それは絶対に、嫌だ。
 何としてでも、現実として引き留めておきたい・・・
 これが夢などと・・・幻などと、信じたくはないッ

 「左之・・・っ」
 「惚れてる。おめぇに惚れてる。どうしようもねぇほどに。だからもっと、感じさせろ、剣心・・・ッ」

 唇と唇が折り重なったとき。
 互いの瞳は、閉じられた。
 「夢」を「現実」とするべく・・・

 ・・・ここは夢幻、夢幻の狭間・・・
 「夢」であり、「幻」であり、「現実」である空間・・・

 どの空間に迷い込むかは、知るのは本人ばかりなり。

     了


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〜 HP「フル・スロットル」さまへ捧ぐ 〜





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 拝啓 〜 「夢幻の狭間」編(改訂 02/03・30)

 拙作番号からすると、これは13番目に当たる。
 このあたりになると、もう書きたくて書きたくて仕方がなくて、 どんどこ思いつくがままに書きつづっていた・・・そんな印象がある。
 そのためか・・・どういった内容のものを書いたのかよく忘れる・・・というか、 今でも忘れ去ってしまっている(笑)。  この頃はおそらく、「剣心」というキャラクターを深く掘り下げつつ あった時期ではなかっただろうか。
 「剣心」というキャラクターが見えなくて、わからなくて、 それでも書きたいものがたくさんあって、無我夢中で、 とにかくどんどこ書いてしまっていた。
 だから・・・今読み返すと、どうしてこんなものを書いたのだろう、 と思うこともしばしばだ(笑)。
 今回の拙作もその類から漏れず、どうしてこういったものが 生み出されたのか、よくわからない(笑)。けれど、 剣心が知りたくて仕方がなかった・・・という気配が十分に嗅ぎ取れるものだった。
 「ある部分は剣心だが、ある部分はありえない剣心」。
 これが、読み返してみて今感じている印象だ。
 今のぢぇっとを形成している中で、大事な要素の一つであることに変わりはない(笑)。
 ・・・かなり、恥ずかしいんですけれどね〜(^▽^;)♪

 かしこ♪