黎明、想いの一端

 障子越しの、月明かり。
 漆黒の升目、褥に横たわる男へ落ちている。
 すらりと伸びた鼻先を天に向け、薄く開かれた唇、正しき呼吸。
 均整整った胸乳をさらけ出し、深い陰影を刻みつつ。
 隆たる両腕、大らかに左右へと伸ばしている。
 布団を剥がしてしまえば大の字で、しかも全裸で横たわる姿が拝めるだろう。

 「左之助らしい・・・な」

 傍らに寝そべり、寝顔をまじまじと見つめながら、笑みをこぼしてその人は呟く。
 月明かりはその人をも飲み込んでいた。
 陽の光のもとならば、心奪わるるほどの鮮やかな赤毛が今は、
 艶やかに麗しい、深淵たる蒼。闇が混ざり、不思議な色合いを醸し出している。
 ・・・と。

 「ン〜・・・剣心・・・」

 頭を掻きむしりつつ、眼下の男は言葉をもらした。
 思わず、名を呼ばれた主は微笑を刻む。

 「拙者の夢を見ているのか? ・・・目の前に本物がいるというのに・・・」

 忍び笑いを洩らし、剣心はそっと、彼の額へと手を伸ばす。
 自分よりも少々、体温が高いと見ゆる。剣心の手のひらに、彼の温もりは一等、心地良かった。つい、何度も撫でてしまいながら指先、前髪をそっと絡ませる。
 刻限は一体、何時なのだろうか。
 ふと、剣心はそんなことを思った。だが・・・すぐに、どうでも良いと考えを失せる。
 ただ、自分が半刻ほど眠ったことは確かだった。
 目も眩むような激しい灼熱の中へと放り込まれて、身も心も、意識すらもかっさらわれたのち・・・気づけば、自分を極楽へと送った張本人は高いびき。
 さしもの剣心も、この姿には少々、呆れた。
 けれど・・・

 「お主の今の顔を見られるのは・・・拙者だけでござるよなァ・・・」

 剣心は小さく、独りごちた。
 何度、こうしてこの顔を見てきたことだろう。もはや、数えることは拷問にも等しい。それだけ、この男とは・・・左之助とは枕を交わしてきた。
 左之助には随分と可愛がってもらい・・・そして、随分と甘いと思う。
 求められればついつい、叱責しながらも許してしまう。左之助もまた、それを知っているから諦めずにやや強引に迫ってくる。
 その時の、瞳の輝きときたら・・・
 思い出すだけで、胸の奥が疼いてくる。
 今は瞼の下に閉ざされているが、ひとたびこの瞳に見つめられてしまったら、身体は意思とは裏腹な暴走を始める・・・
 止めようが、ないのだ。

 「いつから、このような身体になってしまったのでござるかなぁ?」

 自分がこれほど淫を含んだ肉体であることを、剣心はついぞ、知らなかった。むしろ興味がなく、どちらかと言えば周りから色のある目で見られること、しばしば。
 剣心とて、自らの容姿は十分承知していたから、そのような輩を振り払う術は心得ている。
 なのに・・・
 一人の、たった一人の男の前ではそれらがすべて、脆くも崩れ去る・・・

 「どうしてなのでござろうな・・・? お主にだけは、拙者は骨抜きになる・・・」

 左之助にだけは・・・左之にだけは、拙者は「流浪人」ではいられなくなる・・・
 どうして、なにゆえ左之助なのだ?

 同じ考えにたどりつくとわかっていても、確認せねばならぬかのように、繰り返し、繰り返し考えてしまう・・・

 左之助はいつも、自分を求めてくれる・・・慕ってくれる。
 いや、ならば薫殿でも・・・恵殿でも良いのではないか? むしろ女性なのだから、そちらのほうがごく自然・・・

 けれど、と。
 すぐさま疑問符が付く。

 二人が拙者に特別な想いを抱いてくれているのは、以前から知っていたこと・・・知っていながら、拙者の選んだ腕は・・・左之助・・・
 なぜ・・・左之助でなくばならぬ? 左之を選んだ理由は・・・?
 女ではなく、男だというのに・・・
 男を選ばなければならぬ理由は何だ?
 いや・・・違う。「男」ということではなくて・・・
 「左之助」でなくばならなかったのだ。
 どうして、左之助でなくばならぬ・・・?

 行き着くところはいつも、そこ。

 「左之・・・」

 ・・・素直な気持ちになれば。
 剣心は左之助に惚れている。
 同じ男として・・・情人として。
 今はこうして眠っていても、あと数刻も経てば眠りから覚め、一度あの長屋へ戻るだろう。そして何食わぬ顔をして再び、姿を見せるのだ。
 その時の、意味ありげな微笑は剣心を、瞬く間に赤面させる。
 ・・・何気に囁いていく台詞の一言・・・「夕べァ、良かったぜェ」
 背筋に走る快の波を、抑えることなど到底、できぬ。
 ・・・何気に走らせる視線の意味合い・・・「・・・いいか?」
 つい目を伏せ、無言で戸惑う自分に左之助は嬉しそうに、はにかんだ笑みを浮かべる。
 そうかと思えば、
 「馬鹿野郎ッ!」
 凄まじい形相で、全力でぶつけてくる熱い拳。
 誰に遠慮することなく、自分にも正直で、まっすぐな心で喜び、笑い、悲しみ、怒る・・・そうだ・・・
 隠さぬ心で自分のすべてを受け止め、かつ、本気で怒り、律してくれる・・・
 「心配」はする。が、そこで終わるのは女性・・・薫や恵だ。
 が、左之助は違う。
 「心配」をすることがすぐ、行動となって現れる。感情となって現れる。
 自らの判断で、必要とあらば拳を振るう・・・それは即ち、

 「そうだ・・・遠慮なく、自らの心をそのままぶつけてくれるお主が嬉しくて・・・だから拙者は、お主でなくば・・・お主を、選んでしまうのだな。しかし・・・何と、罰当たりな・・・」

 眩い魂であることはわかっている。自分が手にして良いものだとは思っていない。
 だが・・・一度味わってしまえばもう、離せない。

 いつ、如何なる時もこの男は拙者を受け止めてくれた・・・「流浪人」であっても、「剣心」であっても、そして・・・「抜刀斎」であっても・・・

 「拙者はきっと・・・欲しかったのだ。自分のすべてを受け止めてくれる存在が・・・男女など関係なく・・・受け止め、認めてくれる存在が・・・」

 左之助は、今までの自分の生き方に肯定も、否定もしなかった。ただただ、認めてくれた。黙って・・・認めてくれた・・・
 この心根の何と広く、強いことだろう。
 一回り年下などとは思えない。
 むしろ自分の方が、年下のように感じてしまうことすらある。

 「・・・馬鹿でござるな。それが、溺れているということでござろうになァ」

 自らの答えに恥ずかしさを覚え、剣心はつい、笑ってしまった。

 「まぁ・・・しばし、溺れてみるのも良かろうか。それで罰が当たっても、拙者は喜んで受け入れよう。今は・・・この男を離したくはない・・・」

 求めてくれる限り、時間の許す限り。この男とともに・・・
 これが、我が身にとって恨まれるほどの幸福であることは百も承知。
 恨まれてもおかしくはない。
 それ以上に、自分はその幸福を奪ってきたのだ。
 何を言われようとも、反論は出来ぬ。
 が・・・
 愛しさを止められぬ、欲する思いを止められぬ。
 たとえ罵られようとも・・・
 この男にだけは・・・左之助にだけは、貪欲でいたいと思う。

 「左之・・・拙者の業は怖いぞ。覚悟しておかねば、身を滅ぼすやも知れぬぞ・・・」

 にわかに悲しみの韻を含んでいたのは、果たして気のせいか。
 剣心は、自らの底に眠る狂気に気づきつつも、素知らぬ振りをした。
 いや、たとえその狂気が表に出ても、その時はきっと、左之助が成敗してくれる。
 相楽左之助はそういう男だ。だからこそ、

 「お主に惚れているのでござるよ、左之・・・」

 剣心はそっと・・・口づけた。

 普段、何度言ってくれと懇願しても決して言わぬその台詞を、剣心はためらいもなく紡いでいた。その事実を知れば、きっとこの男は地団駄を踏んで悔しがるに違いない。

 夜は刻々と更けていく。
 月明かり、ゆるりゆるりと遠ざかり・・・
 やがて、眩い陽の光、障子を射た。




     了


背景画像提供:「十五夜」さま http://ju-goya.com/

〜 HP「フル・スロットル」さまへ捧ぐ 〜





ブラウザを閉じてお戻りください

m(_ _)m


 拝啓 〜 「黎明、想いの一端」編(改訂 02/04・12)

 パソコンがクラッシュした折り、何かとお世話になった・・・いやいや、気が動転してしまって縋り付いてしまったみづきさんへ、感謝の気持ちを込めて差し上げた代物です(^^;)
 一度手直しを入れたのは、上記の通り、02年4月ではありますが・・・
 改めて、数年ぶりに読み返してみると・・・
 文章、カタイな〜(^▽^;)♪
 堅すぎて理解しにくいし・・・いろいろな意味でコテコテですね(-_-;)
 おまけに、自分の左之剣観がまだしっかりしていないものだから、どうにもこう、不明瞭だし(;;)
 こんなものを差し上げてしまった私は・・・当時は若かった(笑)、そしてこれが精一杯だったんですね(^^;)
 少しは成長して・・・うまくなってきているのか、どうか。
 甚だ疑問ではありますが・・・書き続けていくしか、ないですね(^^;)
 アラがたくさん見えてしまったけれども、何かと思い出深い一作でもあります。
 お目汚し、ありがとうございました!

 かしこ♪