突然の来訪客に、それまで夥しい熱を宿していた二つの肉体は、たちどころに氷の如く冷めていく。
声を、息すら押し殺して、二人は絡み合ったままの状態で微動だにできぬまま、硬直した。
「・・・剣心? 起きて・・・る?」
障子の向こう側で、薫が部屋の中を窺うようにそっと、声をかけてくる。
障子を、開けるか。
剣心と左之助の心は、そのことのみに集中されている。
が、薫もまた息を殺しているようで、何ら行動を起こそうとしない。
何か返事を待っているに違いないが、下手な返事をすれば中へ入ってくるだろうし、何よりこのまま、眠っているというように思わせられるのか、どうか・・・
「・・・剣心・・・?」
普段の凛とした、爽やかな声ではない。
何かを恐れるような、あるいは心に何らかのものを秘めているような・・・そんな、声。
この状況ならば、おそらく入っては来ないだろう。
左之助、冷めた頭でそう、判断する。
どのような理由があって、このような刻限に男の部屋を訪うたのか、薫の意図はわからぬ。されど、彼女とてそれは十分に承知の上のことだろう。かつ、弥彦や左之助がいる手前、声はかけても中へ入ろうとは思うまい。
だから、薫は声をかけて、起きていれば用件を告げようと・・・中へ入ろうと思っているのだ。
左之助はそう、確信した。
が、剣心を見遣れば硬直したままである。
今、声をかけるわけにはいかない。
左之助はそっと、剣心へと口づけた。
と、剣心はようやく我に返ったように無言で左之助を見上げる。
剣心の瞳に、不敵な笑みを浮かべる左之助がいた。
この笑みは、必ず何か含みがある。
剣心がそう、察知すると左之助、それがわかったのかニヤリと笑い。
彼の高ぶりを再び、己が手のひらに納めた。
慌てて左之助の動きを止めようと思ったが、今、何らかの行動を起こして小さな音でもさせたらば、薫はこの場から立ち去ることはなくなるだろう。
剣心、動くこともままならず左之助を、食い入るように、睨め付けるように強い眼差しをぶつけて儚くも、動きをやめるように訴えた。
が、左之助、
「・・・ッ」
指先を思うざま、動かし始めたのだ。
剣心、焦った。
声も立てられぬ、息もままならぬ、動くことも叶わぬとなれば、あとはもう・・・
狂うしか、ない。
「・・・っ、・・・ッ!」
声を殺し、息を殺し、動きを殺して剣心は、左之助の手のひらの中で思いの丈を、ぶちまけた。
一寸後・・・
「・・・剣心・・・? ・・・もう・・・眠っちゃった、ね・・・」
やや落胆した声音が、ぽつりと響いて。
剣心の私室の前から、薫の気配は消えた。
・・・やや、あって。
「何て・・・ことを、左之助・・・ッ」
呼吸も絶え絶えに、剣心は左之助をなじった。
だが、左之助は全く堪えていない。あまつさえ忍び笑いながら、耳朶へと唇を寄せていく。
「・・・感じてたろ」
「!」
「すっげぇ緊張して・・・滅茶苦茶、感じてたじゃねぇか。すぐに、イっちまったもんな」
「左之・・・ッ」
たまらず、剣心は嫌々と激しく首を振った。
「拙者・・・拙者、薫殿だけには知られとうないッ。知られたくはないのでござるよ・・・っ」
「あぁ・・・知ってるぜ」
「ならばどうして、」
「今は、俺のモンだからよ」
あっさりと、左之助はそう言い捨てた。
剣心、両目を見開いて左之助を見た。
「今、こうしているおめぇは俺のモンだろう? だったら、俺がどうしたっていいじゃねぇか」
「そんな問題では・・・」
「どうして、嬢ちゃんには知られたくねぇんだよ」
「え?」
左之助にそう問いかけられ、剣心は絶句した。
そう、絶句したのだ。
言葉が・・・出ぬ・・・ッ?
「どうしてって・・・それは、薫殿が、大切だから・・・」
「・・・傷つけたくねぇってか」
「・・・」
「だったら、今のこの俺達は何でェ? これだけでもう、おめぇは嬢ちゃんを傷つけていることになりゃしねぇか」
「・・・ッ」
・・・言葉が見つからぬ訳だ。
本能でそのことに気づいているからこそ、左之助の問いに答えられなかったのだ・・・
剣心は、軽く目を閉じた。
「だったら、俺との仲をやめるかい? このままただの『仲間』に戻るか」
「それは・・・」
「・・・嫌なのか」
「・・・」
「・・・おめぇは・・・嬢ちゃんも大切にしてェし、俺との仲も終わらせたくねェ・・・。それをな、『一兎を追う者は二兎を得ず』ってェんだぜ。・・・剣心、おめェちっと、虫が良すぎやしねぇか」
「・・・」
左之助に何を言われても、返すべき言葉はない。いや、見つかろうはずもなかった。
彼の言っていることはすべて的確で、また剣心の深淵に突き刺さるものであったから。
「結局おめぇは・・・どっちも欲しいんだよな。俺も、嬢ちゃんも。それは・・・大切にしたい、というよりはよ、おめぇが傷つきたくないからだろ。自分から離れていくことが、自分が傷つくことが怖いから、居心地のいい俺や嬢ちゃんを欲しがるんだろ?」
「左之・・・」
「・・・そんな顔をしなくていい。ただ俺ァ、おめぇの本心が聞きてェだけよ」
左之助は、表情を曇らせた剣心をそっと、抱き上げた。
背中へ両手を潜らせて、ふわりと上体を抱き上げて。
そのまま己はあぐらをかき、中央へと剣心を据え置いて。
うなだれてしまった剣心を、己が肩へと抱きすくめた。
「剣心・・・俺に構うな。本心、聞かせろ・・・」
左之助の両腕が、力を増して剣心を抱く。
剣心は全身を、素肌という素肌に左之助を感じて、その温もりの中で心が・・・溶解していくのを感じた。
不思議なほどに・・・安堵が漂う・・・
「・・・拙者は・・・どっちも大切でござるよ・・・どっちも大切で・・・無くしたくなくて。それはきっと・・・左之の言うとおり、自分が傷つきたくないから・・・もう、人が離れていく悲しみを・・・失う悲しみを感じたくないから・・・だから、どちらも手にしようとする・・・」
剣心は唇を噛んだ。
わかっている、甘えていることは。
わかっている、不甲斐ないこの心のことなどは。
わがままで貪欲なこの心のことなどは!
けれど・・・けれど、欲する気持ちをどうすることもできない・・・!
「左之・・・拙者には二つの心がある。左之への想いと、薫殿への想いと・・・どちらも大切で、どちらも手放したくはなくて・・・でも、でもわかっているのだ! このようなこと、世間では許されぬことを。拙者のような人間は、都合の良い、卑怯者であると! どちらにも良い顔をして、甘い汁だけ吸おうなどと・・・でも・・・でも拙者は、拙者は・・・!」
「いい・・・もういいよ、剣心」
いつしか縋り付いていた剣心を、左之助は少しだけ引き剥がした。彼の額へ唇を落とし、ほんの少し、剣心の心の高ぶりを鎮める。
「いいんじゃねぇか、それで? どっちも大事なら、大事にすりゃぁいい」
「左之・・・」
思わぬ返答に、剣心は鳩が豆鉄砲を食らったような顔をした。
左之助、思わず吹き出しながらも言葉を続ける。
「まぁ、確かに今の世間じゃぁ、間違いなく非難の的だろうぜ。どちらを悩むかなんて、ましてそれが男か女かとなりゃぁな。けどよ・・・それは今の政府が作った常識ってヤツだぜ? 常識なんざ、いつだってひっくり返るもんよ」
「・・・」
「・・・剣心。おめぇ、俺と嬢ちゃん、自分にとってどっちが重いかって、考えてンだろ」
「え・・・?」
「どっちが大事かって、考えてねぇか?」
剣心はまじまじと左之助を見上げた。
彼が、何を言いたいのかがよく、わからない。
わからないけれど、左之助の瞳は驚くほどに穏やかに、剣心を見つめている。
心の奥を覗かれているような心持ちだったが、それがなにゆえか、嫌悪に思わぬ。
きっと・・・相手が左之助であるから・・・何も、感じないのかも知れない・・・
そう、思った時。
剣心はコクリとうなずいていた。
「・・・考えていた。お主と、薫殿と。どちらも大切で、愛おしい・・・。けれど・・・どちらかを、などと選べなくて・・・」
「・・・選ぼうとするから、比べようとするから、おめぇは苦しむんだよ。どうして、平行線で片づけねぇ?」
「・・・え?」
「どっちか、と考えるからいけねぇのよ。同じ位置に、その想いを並べりゃいい」
「そんなこと・・・」
できない。
剣心は悲しみの色を瞳に落として、ゆるりと首を振った。
「できねぇ・・・て、言うのか」
「・・・あぁ・・・。できるわけが、ないだろう。お主も言ったではないか。虫が良すぎる、と・・・」
「俺が、別にそれでもいいって言ってンのにか?」
あ、と。剣心は目を上げた。
確かに、この男は先ほどそのようなことを言った。
剣心は首を傾げる。
「どうして・・・そのようなことが言える、考えられる。人の情として、己が一番でなくば・・・まして、左之。お主であれば一番でなくば気がすまぬだろう?」
「そりゃそうさ。俺だって欲がある。何が何でもおめェを独り占めしてェし、四六時中、こうやっていたいって思うこともある。嬢ちゃんのことを・・・忘れてもらいてェって思うことだって、ある」
闇の中。肩からこぼれているであろう赤毛を指に絡め、左之助は唇へ寄せた。
にわかに、湯の匂い。
「でもよ・・・男と女、どうして比べられるよ。どちらを取れってェんだ。比べようがないだろ? 同じ人間と言ったってよぉ、男と女だぜ? 天と地が交わるわけがねぇのと一緒でよ、もともと何もかもから違ってるってェのに、どうして選ばなけりゃならねェんだ。選べるわけがねぇ」
「左之・・・」
「何も・・・俺を選べって言ってンじゃねぇんだよ。むしろ、そんなことしなくたっていい、考えなくてもいい。おめぇが嬢ちゃんを大切にして、それが結果的に夫婦になったとしても、それでいいんだよ。それでおめぇが幸せってやつになれるんなら、それでいい」
「あ・・・」
剣心の瞳が、収縮した。
左之助の瞳が、優しく微笑む。
「嬢ちゃんと暮らしていて、居心地がいいから、ここにいるんだろう? 俺といて、一緒に闘って、居心地がいいからすべてを許してくれンだろう? だったら、俺はそれだけで満足だ。何がどう転んだって男と男じゃ、夫婦にゃなれねぇ。・・・俺ァよ、剣心」
頤を捻りあげ。
左之助は剣心の唇をねだる。
「俺ァ、天も地も、ひっくるめて丸ごと好きなんだよ・・・」
唇と唇が触れ合うほどの、軽い口づけに。
剣心は、いたたまれず唇を噛みしめた。
その・・・広い心根に。
その・・・穏やかな胸板に。
その・・・すべてを受け止めようとする眼差しに。
「左之・・・左之は、拙者のすべてを・・・薫殿への想いも、この邪な心も含めてすべて、好いていると言うてくれるのか・・・?」
「おう」
「それは・・・それは、お人好しが過ぎる、というものでござるよ、左・・・」
「やかましい」
両手のひらが、気配もなく剣心の臀部をぎっちり握りしめた。
そのまま己へと引き寄せれば必然、左之助の高ぶりが剣心の下腹部をつつく。
剣心、赤面した。
「今更何を言いやがる。言っているだろう、おめぇのすべてに惚れてるってよ。わかってんのか? すべて、だぞ? ・・・おめぇの嬢ちゃんへの想いなんざ、先刻承知済みよ。だから・・・嬢ちゃんの想いを、応援してやってんじゃねぇか」
「あ・・・」
「そりゃァ、できれば男女、云々なしで俺を選んでもらいてェ・・・一番になりてェさ。だがよ、嬢ちゃんの幸せには、おめぇの幸せもくっついてる。俺はそう、睨んでンだ。わかったか? わかったらもう、早くおめぇの中へ入れさせろっ」
「左之・・・」
「さっきから辛くって仕方がねぇんだよ。もう・・・いいだろ、剣心っ」
この男は・・・この男は、何ということを・・・言ってくれるのだろう・・・
「左之・・・左之・・・っ」
剣心は。
溢れる想いを止めることができなかった。
左之助への、言葉などでは形容しがたい熱い奔流が身体中を暴走する。
どうして・・・どうして、この男はこれほどまでに・・・
「馬鹿者・・・大馬鹿者でござるよ、左之助・・・どうして・・・どうして、そんなに拙者を・・・」
「大馬鹿野郎はお前だっ。どうしてそんなにしつこいんだよッ。言ってンだろがッ、惚れてんだって!」
さすがの左之助も、やや苛立ったように剣心の耳朶へと強く言い放つ。
口調の強さは吐息の強さ、剣心は少しく肩をすくめたが、それが今は、存外心地よくて・・・
「俺は、おめぇが同じ男として俺を頼ってくれりゃ、それでいい。相棒には役不足かもしれねぇが、おめぇを支える何かになってりゃ、それでいい。肝心な時に俺を思い出してくれて、肝心な時に俺を呼んでくれりゃ、それでいい。後は、何も望まねぇ・・・。どんな形でも、おめぇの側にいられりゃ・・・それでいいのよ・・・」
「あぁ、左之・・・ッ」
これ以上の睦言は、剣心にとって媚薬以外の何者にもならない。
剣心は、左之助の首元へと腕を絡め、身を縋らせ。
彼の耳朶へと湿っぽく囁いた。
「左之・・・拙者を、壊して・・・」
左之助は。
返答する代わりに彼の身体を、己の楔にて貫き通した。
「くうぅ・・・ッ」
引き締まった筋肉の中で、白い身体は一瞬硬直する。
「・・・剣心・・・」
「あぁ・・・」
左之助の声に、剣心は小さく声をこぼす。
全身から徐々に力が抜けていくことが、剣心はまるで、左之助へと吸収されているかのように思えて、心をわななかせた。
「左之・・・左之・・・っ」
自ら、左之助の唇を求めた。
割り開いて、舌先を絡めて。
左之助は、生温かな感触に我を忘れながらも、ゆうるりと腰を、捻った。
「ンン・・・っ」
呻くように悶えた声が、唇を通して左之助に伝わる。
乱れた呼吸が頬にふりかかる様は、左之助をさらに煽り立てる。
意識が次第に己が腰へと集中しつつも、彼は剣心の唇にのめり込む。
どれほど吸い付こうが舐め上げようが、衰えぬ弾力ととろけるような舌触りに、左之助は吐息をもらし、腰を動かし。
剣心は、突き上がってくる衝動に身も心も委ねようとしていた。
四肢をしっかりと、左之助の身体に絡ませ。
「ふぅ、んっ、んぁ」
身体を容赦なく揺さぶられながら、剣心は閉じこめられた欲のはけ口を何とかして、解放しようとする。
だが、左之助はもがく剣心を許さず、唇を離そうとはしない。
とうとう、剣心は実力行使に出た。
背中へ絡めていた両腕を解き、彼の両頬を挟んで唇を離したのだ。
互いの間に、見えぬ糸が尾を引いた。
「あっ、もぉ、左之・・・ッ こ、んな・・・あぁ・・・壊れ、る・・・ッ」
のけぞり、剣心はすっかり赤くなった身体を剥がそうとする。
が、それは恐らく本能的な動き。
左之助がそう、確信したのは確たる証拠があるから。
「壊せ、と言ったのはおめぇじゃねぇか・・・」
「あぁ、しかしっ」
「しかしもへちまもねぇよ。・・・おめぇ、自分の腰が動いてンの、わかって言ってんのかよ?」
言われて初めて、気がついた。
己が腰、卑猥な音を響かせながら左之助に擦りつけているではないか。
卒倒、するかと思った。
「あぁ、左之、左之・・・ッ」
「ハハ、馬鹿だねェ・・・今頃気づくなんてよ・・・最高だぜ、剣心・・・っ」
闇夜に赤毛、乱れ咲く。
行灯の明かりがあれば、さぞかし艶美に見えたことだろう。
けれど、唯一の灯りが、今はなく。
それでも左之助の瞳には鮮明に、剣心の艶姿が見えていた。
苦悶に喘ぐその表情も、吐息を紡ぐその唇すらも。
左之助には、手に取るように見えている。
「左之・・・左ぁ・・・之っ、もう、もう・・・イっ・・・」
言葉にならぬ言葉が、左之助にすべてを物語り、すべてを告げる。
左之助もまた、息も絶え絶えに返答する。
「あぁ、剣心・・・っ、俺も・・・も、保たな・・・ッ」
肌と肌の合間に剣心の、情熱の飛沫が噴き上がった。
左之助もまた、同様な情熱を彼の身の内へ叩き込む。
「は・・・ぁ・・・」
刹那に身を強張らせていた剣心、小さな吐息を洩らして左之助の肩へ、頭を落とした。
「剣・・・心・・・」
クタリと身を預けてくる剣心を、左之助は感無量の思いで抱きすくめる。
このまま・・・離したく、ねぇ・・・
「・・・左・・・之・・・」
肩へ額を預けて、剣心は掠れた声で彼を呼ぶ。
左之助は黙って、彼へと頬を擦り寄せた。
「お主は・・・拙者にとって、破壊者かと思っていた・・・拙者の中にある・・・理不尽なものをすべて、叩き壊してくれる、者だ、と・・・でも・・・違っていた・・・違って、いたのだな・・・」
「どう・・・違ってたってェんだ」
「破壊ではなく・・・すべてを包み込む・・・包容者だった・・・のだな・・・」
「包容・・・?」
左之助、剣心へと視線を向ける。
剣心は彼の気配に気づいて、気怠げに面差しを上げた。
「拙者を否定するでもなく、肯定するでもなく・・・すべてを・・・受け入れてくれる・・・」
「否定? 肯定?」
剣心の言葉に左之助は鼻で笑う。
彼にとって、そんなことをいう剣心がおかしかった。
「そんなことしてどうするよ。だってよぉ、俺が惚れたのはおめぇだぜ? おめぇそのものに惚れてンのに、どうして否定するんでェ。肯定する必要もねェだろっ」
「左之・・・」
「・・・惚れてるってことは、そういうことじゃねぇのかよ・・・」
・・・この男の前では、何もかもが吹き飛んでしまう。
自分が頑なに抱いていた常識がすべて、覆されてしまう。
これは・・・
「・・・包容者であり、革命者でもあり、か・・・」
「・・・それを言うなら、俺のほうだぜ」
「え・・・?」
「俺にとっちゃ、おめぇのほうが包容者であり・・・革命者だ。おめぇに出逢ってから、俺は変わった。俺は・・・」
言葉が、うまく出てこない。
左之助は、自嘲した。
「ハッ、俺は学問がねぇからな。言いたいことはあるのに、うまく言えねぇ・・・」
「左之・・・」
微笑を湛えて、剣心は左之助へと再び、腕を絡ませる。
絡ませて、わずかに身体を持ち上げて。
「・・・ありがとう、左之・・・ありがとう・・・」
「・・・馬鹿野郎。そういう時は、『惚れている』だろうが」
やれやれと苦笑しながら、視線を合わせてきた剣心へと口づけていく。
唇は、先刻の熱を未だ宿しており、艶やかに光りながら湿り気を帯びていた。
左之助の身体が、再び燃焼を始める。
「・・・左之?」
「何でェ」
「その・・・まさか、また・・・」
剣心も、彼の異変に気づいていた。
何しろ、左之助がまだ内在しているのだ。
その一部分が、あらぬ熱量を帯び始めたことに、剣心は眉を顰めた。
「また・・・何だよ」
「何だよって・・・まだ、足りぬの、か・・・?」
「誰に言ってんだよ。・・・それとも、わかっていながら言ってンのか」
ニヤリと笑った左之助に、剣心は確信を持った。
慌てて彼から離れようとするが、もはや遅い。
左之助、剣心の腰をしっかりと捉えていた。
「は、離せ左之助っ。拙者、これ以上は身が・・・」
「本当か? 保たないってか? その割りには・・・反応してるみたいだぜェ」
左之助の視線が、剣心の下腹部へと流れた。
剣心も思わず流されて視線を落とせば、あぁ・・・何たること。
年甲斐もなく、如実な反応を示している我が分身に、剣心は呆れてため息をもらした。
「何日ぶりだと思ってやがる。年末からこっち、おめぇの肌に七日くれぇ触れてねぇんだぜ?」
「馬鹿者、たかだか七日くらいで・・・」
「俺にとっちゃ長いのよ。おめぇが欲しくて欲しくて、狂いそうだったぜェ? そういうおめぇも・・・俺が欲しかったんだろ・・・」
繋がったままに。左之助は褥へと剣心を横たわらせる。
胸乳と胸乳が、腹部と腹部が重なり。
肌を汚していた剣心の情熱が、二人を密着させた。
その感触に・・・
「あ・・・」
思わず、剣心は声を洩らした。
「このまま・・・俺の身体におめぇの酒を擦り込ませねぇとなぁ・・・」
「あ、嫌・・・」
耳朶に声音を注ぎながら、左之助は剣心の片膝へ腕を潜り込ませ。
グッと上へ引き上げながら己が腰、深々と貫いた。
「あぁ・・・っ」
白い喉が天を向き、剣心はたまらず喘ぐ。
冷えかかっていた汗が、熱を孕んだ。
「夜は長い・・・そうだよな、剣心?」
「う・・・あぁ・・・左之ぉ・・・っ」
「それに・・・俺もまだ、おめぇにねぶられてねぇしな」
「左っ、左之・・・ッ」
「今宵は思う存分、抱くからなァ剣心っ。・・・恥ずかしさなんざ、忘れるぐれェにな」
傲慢な物言いが、これほど似合う男はいない。
剣心は朧に思いながらもう、返答することなどできなかった。
間断なくもたらされる快い波にあっけなく、さらわれていく。
「左之ぉ・・・んぅ・・・はあぁ・・・」
「たまらねぇなぁ・・・いつになく、いい声で啼きやがる・・・」
「左之、左之・・・っ」
「このまま・・・溶けちまいてェよ・・・剣心・・・」
・・・何も・・・聞こえなかった・・・
遠のく意識。
けれど・・・鮮明に感じる己が肌。
甘えて、いいのか・・・このまま、この男に・・・
・・・甘えて・・・
「・・・左之・・・甘えて・・・甘えて、いいのか・・・お主に・・・甘えて、も・・・」
「甘えろ、存分に。俺ァ・・・どこにも行かねぇよ・・・」
剣心は我を忘れた。
忘れて、業火の中へと飛び込んでいく。
左之助の胸の中へ。
もう決して、見つからぬであろう心地よい海原の広がる、左之助の胸の中へ。
剣心は・・・
かけがえのないものを、見つけた。
相楽左之助という、居場所を。
己が・・・桃源郷を・・・
了
背景画像提供:「Studio Blue Moon」さま http://www.blue-moon.jp/
〜 正月企画部屋「姫始」さまへ捧ぐ 〜
ブラウザを閉じてお戻りください
m(_ _)m
拝啓 〜 「天と、地と」編(改訂 02/04・21)
お正月用に仕上げた一本。お題が「姫始め」ということで、それにちなんで
書き上げたものです(笑)。
しかし、一言で姫始めといえども、本当のところ、はっきりした意味を
知っているわけではなく・・・。当時はその情報収集にネット上を奔走した
ものでした(笑)。というのも、検索をかければ出てくるものはほとんどが
アダルト系ばかりで、まじめにそのことについて教えてくれるとことが
本当に少なくて・・・いやぁ、苦労したなぁ(笑)。
ついでに、初詣やお正月での習慣などを調べ上げて・・・それはそれで、
おもしろかった思い出があります。
そういえば、この頃・・・私の中で「薫」という存在と格闘しておりました。
彼女をこのぢぇっと版左之剣でどう位置づければよいのか・・・そういった
ことに悩む時期に達していました。この一編で、薫の存在を位置づけた・・・
そういう意味では、忘れられない一編ではあります。
それにしても、これは・・・恥ずかしいくらいに濃いなぁ・・・(////)。
よくもまぁ、こんなものを書いたものだと我ながら呆れております(^^;)
この時は・・・きっと若かったんだなぁ・・・(て、コラコラ・笑)
でも時々は、こういうシロモノもいいかもしれませんね(!?)♪
お目汚し、ありがとうございました!
かしこ♪