[   2 ]

 行灯にようやく火が入ると、ぼんやりと室内が浮かび上がる。
 畳の上には万年床。
 周りを飾るように衝立だの、茶碗だの、日常的なものが乱雑に転がっていた。
 左之助は剣心を褥の上に座らせると、自分もまた向かい合うようにして腰を下ろす。
 その辺に転がっていた湯飲み茶碗を二つ取り出すと、着ていた半纏で軽く拭って一つ、剣心へと差し出す。
 「ほら、飲めよ」
 持ち帰った酒の栓を抜き、左之助は湯飲み茶碗へと注ぎ込む。
 剣心は逆刃刀を傍らへ置き、正座したままに沈黙。
 しばらく注がれた酒を見つめていたのだが、
 「・・・頂くでござる」
 ぼそりと告げ、一気に飲み干した。
 左之助もまた、手酌で注ぐと一気に飲み干す。
 ・・・剣心は、顔を伏せたままだ。
 少しもこちらを見ようとしない。
 ・・・恥じらっているのだ。
 三十路とも思えぬ初々しさに、左之助は心ならずも浮かれてしまう。
 ・・・夜這いだ。
 喜ばぬほうがどうかしている。
 「もう一杯、飲むか?」
 「・・・頼む」
 トクトクトク・・・心地よい音。
 剣心は、一気にあおった。
 まともに左之助が見られない。
 それはもちろん、恥じらいも多分に含まれていた。だが、本当は・・・

 さきほど触れられた項が、夥しい熱を宿してしまっていた。
 あの、熱くて・・・火傷するかと思われた左之助の指先・・・温もりが、忘れられなかった。
 もう一度、触れて欲しかった。
 もっと・・・触れて欲しかった。
 だが、それを口にできるほど・・・剣心には勇気がない。
 とてもではないが、恥ずかしくて言えぬのだ。
 言えぬのだが・・・

 こうして、向かい合って酒を飲んでいるだけでも・・・堪えられなかった。
 見つめられるだけで・・・意識が飛んでしまいそうなほどに。

 早く・・・っ

 喉元までせり上がっている言葉が、引っかかって出てこない。
 自分を見つめる眼差しが、あぁ・・・

 「・・・剣心」

 酒を傾けていた左之助が、褥の傍らへコトリ、湯飲み茶碗を置いた。
 剣心、瞳孔が収縮する。

 「来な・・・剣心」

 褥を這うような声音に、剣心の心は震えを起こす。
 が、体は動かぬ。鉛のように重みを感じる。
 微動だに、できぬッ。

 「剣心・・・ほら、来いよ」
 「・・・・・・」
 「・・・俺が・・・欲しくはねェのかィ」

 そう、問われれば・・・

 欲しいに、決まっているッ。

 「左・・・之・・・」
 「今更恥ずかしがることもあるめェ。おめェからここに来たのが、運の尽きだ」

 ・・・言われて。
 あれほど重く感じていた身体がスックリ、立ち上がった。
 立ち上がるなり、彼は袴の紐を解き始める・・・震える指先で、ゆっくりと。
 彼の動きを、左之助はじっと見つめていた・・・生唾を飲み込んでしまう音を、悟られぬように気をつけながら。
 瞳に喜々としたものを、陶然としたものを含んだ左之助の前で、剣心は袴を解き・・・帯を解き。単衣を脱いで襦袢一枚となった。
 行灯の薄明かり、ぼんやりと暖色の肌。
 左之助は、半纏を抜いだ。
 筋骨の筋が、黒い影を生んで刻銘に刻まれる。

 「来い・・・」

 胡座をかいている左之助は、ゆるく両手を広げて見せた。

 「左之・・・」

 立ち竦み、じっと左之助を見つめていた剣心は、最後に髪を束ねていた紐を解いて一歩、歩み寄った。
 左之助の腕の中に、剣心が立つ。

 「剣心・・・」

 小さく名を唇に刻んで、立ったままの剣心を抱きしめる。襦袢の帯、指先摘んでしゅるりと解けば・・・袷は左右に広がり眼前、剣心の下帯が。左之助・・・躊躇することなく顔を埋めた。

 「ふっ・・・」

 頤が跳ね上がる。
 揺れる赤毛、肩を落ち行く襦袢・・・
 剣心の両手が、左之助の髪の毛を握る。

 「う・・・ぁ・・・之・・・ッ」

 髪の毛を掴まれても、その痛みに一瞬、意識が奪われても左之助は、剣心の下帯から顔を剥がそうとはしなかった。
 吐息に熱をこもらせ、大きく唇を開いて下帯に息づく代物を、左之助は丹念にねぶる・・・。
 目に見えて。
 剣心の両手がガクガクと震え始めた。

 「だ・・・駄目、だ・・・左之・・・ッ」

 膝から力が抜けた。
 ストン、と。剣心の身体が左之助の腕へと落ち・・・
 呼吸を荒くしながら、そのまま左之助へと身を縋らせた。

 「左之・・・左之ぉ・・・ッ」
 「何でェ・・・やけに積極的じゃねぇか・・・」

 剣心は嫌々と頭を振るが、そんな言い訳は通用しない。まして、そのような仕草は左之助にとっては愛らしいものとしか映らない。

 「そんなに欲しいなら・・・おめェから求めてみろよ」

 胸元で蹲る剣心に、左之助は劣情みなぎる眼差しでそう言った。
 胡座をかいたままの彼を・・・剣心は、無言で見上げた。
 一寸、戸惑いの光が瞳に走る。が・・・。

 「ふ・・・っ」

 左之助の首へと両手を絡めるなり剣心、己が唇を貪欲に重ねた。
 自ら唇を開き、左之助の舌を誘う・・・

 「左之・・・左之、左之・・・ッ」

 何度も何度も彼の名を呼びながら、剣心は飽くことなく唇を食い散らすと、そのまま左之助の肌を下降していった。頤に口づけ、首筋を舐め・・・鎖骨のくぼみに、右の胸乳・・・。
 左之助は、徐々に息を乱しながらも彼の行為から決して、目を離そうとはしなかった。
 時折薄ら笑いを浮かべながら、剣心の動きを観察し続ける。
 やがて・・・剣心の指先が、躊躇いも見せずに下袴の帯を解き。
 下帯のほころびを見つけて解いてしまい。
 薄明かりの中に・・・左之助の息づく高ぶりをさらけ出した。

 「あぁ・・・」

 自ら掘り出した宝物のように、剣心はしばし見とれ・・・
 どうするのかと左之助、黙ったまま見つめていたならば、

 「ン・・・っ」

 柔らかくも小さな唇が惜しげもなく開かれ、左之助の高ぶりはそのまま、奥へと導かれてしまった。

 「ク・・・ッ」

 左之助、唇を噛んだ。
 噛んで咄嗟、剣心の頭を掴んで引き剥がそうとする。
 しかし、彼はどうしたことか離れない。
 強くしがみついてしまって、離そうとはしなかった。

 「けっ、剣心・・・ッ」

 額を掴んで、赤い前髪を掻き上げてみる。
 ・・・夢を見ているように・・・微睡んでいる剣心の面差しが、そこにはあって。
 その唇に、自らの高ぶりが収められている場面をしっかりと見てしまって。

 「なっ、何てェ・・・」

 淫靡さなのか。
 時に笑い、時に怒り、時に自分を叱り飛ばすあの唇が・・・自分の高ぶりで汚されている。
 よもやあの剣心が・・・こんな、こんなことを・・・ッ

 「剣心・・・ッ」

 画然、左之助の身体が一気に火照り上がった。
 この衝動、嫌というほど体験してきている。
 左之助、即座に剣心から離れようとしたが既に、遅かった。

 「ク・・・ッ」

 無意識のうちに、赤毛を押さえこんでいて。
 唇の奥へと、それは弾けてしまう。
 腹の底から吐息を吐き出しながら、快なる波の余韻に浸り・・・
 左之助、すべてを放ってしまった後で恐る恐る見遣れば・・・

 「ふ・・・くぅ・・・」

 喉を鳴らし、飲み下している優男の姿。
 襦袢がはだけて肩から落ち、口元を手で拭う様は・・・

 「剣心・・・っ」

 左之助、胡座の上へ剣心を抱き上げた。
 やや乱暴に、彼の下帯を外してしまう。

 「あ・・・」

 突然触れた外気の温度に、剣心はわずかばかり正気を戻らせた。
 が、左之助はそんなこと、気づいておらぬ。
 下帯の中から現れた存在を見て、左之助は剣心に言ったのだ。

 「いいな、剣心・・・ッ」

 問うているのか、もしくは合図だったのか。
 もう、そんなことはどうでも良かった。
 一度放ったにもかかわらず、未だ余力を残してしまっている左之助の高ぶりは、彼の腰部を的確に捉えてそのまま、下へと落としてしまった。
 剣心の身体を、左之助の想いが天辺まで貫いた。

 「あっ、ああぁ・・・ッ」
 「剣心、剣心・・・ッ」

 激しく律動を繰り返しながら、左之助は剣心を羽交い締めにし。
 下から上へと華奢な身体を翻弄せしめた。
 跳ねる赤毛など視界に映さず、剣心のとろけたような、視点の定まらぬ表情ばかりを見据えていた。
 剣心は身体を弾ませながら、天井を突き破るのではないかと思えるほどの激しさに、もはや意識を消失させようとしていた。
 それでもなお、快楽を求める自分がいて・・・
 いつしか、己が腰部が淫らに蠢いていることに気づいた。
 ・・・自分から、動いている・・・

 「あぁ、左之・・・左之ッ、熱い・・・熱いィ・・・ッ」
 「剣心・・・剣・・・ッ」

 剣心の内部に、想いの奔流が流れこむ・・・

 「はっ・・・あぁ・・・ッ」

 同様に・・・剣心も、肌と肌の狭間へ想いの奔流を流れ込ませ・・・
 二人は同時に、褥へと転がった。

 「左之・・・んっ、左之・・・っ」

 彼の温もりを求めて、剣心は肌を寄せていく。汗ばみ、肌の至る所に赤毛を張り付かせて・・・左之助を求める。
 左之助は、嬉しそうに笑みを浮かべて彼を抱きしめた。

 「何だよ、まだ足りねぇのか・・・?」
 「寒い・・・寒いでござるよ、左之・・・。温めてもらっても、すぐに冷えてしまう・・・こんなのは、嫌だ・・・」
 「仕方がねぇなぁ・・・」

 剣心の身体はさらに、左之助へとくるまれた、隙間もないほどに。
 彼の、汗の匂いが鼻腔を突く・・・

 「左之・・・左之・・・」
 「・・・珍しいこともあるもんだな、おめぇからこんなに求めてくるなんてよ」
 「・・・今宵は、拙者が欲しくはないのか・・・?」
 「そんなことあるわきゃねぇ。いつだって、欲しくてたまらねぇさ。おめぇが欲しくて・・・自分を慰めたことだってある」
 「左、左之・・・ッ」
 「・・・帰さねぇよ」
 「・・・!」

 あぁ・・・この言葉だ・・・。
 そうとも、この言葉が欲しかったのだ。
 剣心は自らの本心に気づいた。
 自分は・・・誰かに、求めてもらいたかったのだ。
 「自分を求める誰か」が欲しかったのだ。
 自分はここにいても良いのだ・・・と、感じたかったのだ・・・

 「・・・左之助っ」

 何かが胸の奥から沸き上がった。
 自らのものにするように、左之助の肉体をひしと抱きすくめ。
 よりいっそう、身を縋らせて・・・剣心は、言葉もなく左之助の唇を奪った。

 側にいたい、側に・・・叶うものならば、このまま・・・

 己が心に巣くう飽くなき欲求が、左之助を求めていた。
 自分を求めてくれる存在・・・左之助を。

 「左之・・・っ」

 喘ぎ始めた白い裸体を、左之助は無言のままに嬲り始める。
 冷めかけていた身体は再び火を灯し、烈火となって燃ゆる。

 いつしか行灯の油も潰え、辺りは漆黒の闇に沈み・・・
 洩れ聞こえてくるものは、ささやかなる睦言、熱き吐息のみ。
 それらをすべてかっさらい、夜の木枯らしは空へと舞い上がっていった。




     了


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 拝啓 〜 「甘える心」編

 HP「フル・スロットル」さまへ差し上げた一編です。
 これを書いていた頃は、もうノリノリで(笑)。書いて書いて、 書きまくっていた時代でした。時間もいっぱい、あったしなぁ!
 そんな中で生まれたこの剣心と左之助は・・・
 ・・・もう、妄想の塊から生まれたようなヤツらですね(^^;)
 読み返してみて赤面する思いです・・・(^▽^;)
 剣心が・・・剣心がァ〜(笑)! 暴走しちゃってますね、ハイ・・・。
 いや〜、はっはっ、参ったなぁ!
 ・・・恥ずかしい限りです、ハイ(^^;)
 でも所詮、どれもが妄想の塊・・・ふふふ、この一編も、 その象徴に過ぎないのです・・・(笑)。

02.11.19 寄稿
06.07.02 UP