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行灯にようやく火が入ると、ぼんやりと室内が浮かび上がる。
畳の上には万年床。
周りを飾るように衝立だの、茶碗だの、日常的なものが乱雑に転がっていた。
左之助は剣心を褥の上に座らせると、自分もまた向かい合うようにして腰を下ろす。
その辺に転がっていた湯飲み茶碗を二つ取り出すと、着ていた半纏で軽く拭って一つ、剣心へと差し出す。
「ほら、飲めよ」
持ち帰った酒の栓を抜き、左之助は湯飲み茶碗へと注ぎ込む。
剣心は逆刃刀を傍らへ置き、正座したままに沈黙。
しばらく注がれた酒を見つめていたのだが、
「・・・頂くでござる」
ぼそりと告げ、一気に飲み干した。
左之助もまた、手酌で注ぐと一気に飲み干す。
・・・剣心は、顔を伏せたままだ。
少しもこちらを見ようとしない。
・・・恥じらっているのだ。
三十路とも思えぬ初々しさに、左之助は心ならずも浮かれてしまう。
・・・夜這いだ。
喜ばぬほうがどうかしている。
「もう一杯、飲むか?」
「・・・頼む」
トクトクトク・・・心地よい音。
剣心は、一気にあおった。
まともに左之助が見られない。
それはもちろん、恥じらいも多分に含まれていた。だが、本当は・・・
さきほど触れられた項が、夥しい熱を宿してしまっていた。
あの、熱くて・・・火傷するかと思われた左之助の指先・・・温もりが、忘れられなかった。
もう一度、触れて欲しかった。
もっと・・・触れて欲しかった。
だが、それを口にできるほど・・・剣心には勇気がない。
とてもではないが、恥ずかしくて言えぬのだ。
言えぬのだが・・・
こうして、向かい合って酒を飲んでいるだけでも・・・堪えられなかった。
見つめられるだけで・・・意識が飛んでしまいそうなほどに。
早く・・・っ
喉元までせり上がっている言葉が、引っかかって出てこない。
自分を見つめる眼差しが、あぁ・・・
「・・・剣心」
酒を傾けていた左之助が、褥の傍らへコトリ、湯飲み茶碗を置いた。
剣心、瞳孔が収縮する。
「来な・・・剣心」
褥を這うような声音に、剣心の心は震えを起こす。
が、体は動かぬ。鉛のように重みを感じる。
微動だに、できぬッ。
「剣心・・・ほら、来いよ」
「・・・・・・」
「・・・俺が・・・欲しくはねェのかィ」
そう、問われれば・・・
欲しいに、決まっているッ。
「左・・・之・・・」
「今更恥ずかしがることもあるめェ。おめェからここに来たのが、運の尽きだ」
・・・言われて。
あれほど重く感じていた身体がスックリ、立ち上がった。
立ち上がるなり、彼は袴の紐を解き始める・・・震える指先で、ゆっくりと。
彼の動きを、左之助はじっと見つめていた・・・生唾を飲み込んでしまう音を、悟られぬように気をつけながら。
瞳に喜々としたものを、陶然としたものを含んだ左之助の前で、剣心は袴を解き・・・帯を解き。単衣を脱いで襦袢一枚となった。
行灯の薄明かり、ぼんやりと暖色の肌。
左之助は、半纏を抜いだ。
筋骨の筋が、黒い影を生んで刻銘に刻まれる。
「来い・・・」
胡座をかいている左之助は、ゆるく両手を広げて見せた。
「左之・・・」
立ち竦み、じっと左之助を見つめていた剣心は、最後に髪を束ねていた紐を解いて一歩、歩み寄った。
左之助の腕の中に、剣心が立つ。
「剣心・・・」
小さく名を唇に刻んで、立ったままの剣心を抱きしめる。襦袢の帯、指先摘んでしゅるりと解けば・・・袷は左右に広がり眼前、剣心の下帯が。左之助・・・躊躇することなく顔を埋めた。
「ふっ・・・」
頤が跳ね上がる。
揺れる赤毛、肩を落ち行く襦袢・・・
剣心の両手が、左之助の髪の毛を握る。
「う・・・ぁ・・・之・・・ッ」
髪の毛を掴まれても、その痛みに一瞬、意識が奪われても左之助は、剣心の下帯から顔を剥がそうとはしなかった。
吐息に熱をこもらせ、大きく唇を開いて下帯に息づく代物を、左之助は丹念にねぶる・・・。
目に見えて。
剣心の両手がガクガクと震え始めた。
「だ・・・駄目、だ・・・左之・・・ッ」
膝から力が抜けた。
ストン、と。剣心の身体が左之助の腕へと落ち・・・
呼吸を荒くしながら、そのまま左之助へと身を縋らせた。
「左之・・・左之ぉ・・・ッ」
「何でェ・・・やけに積極的じゃねぇか・・・」
剣心は嫌々と頭を振るが、そんな言い訳は通用しない。まして、そのような仕草は左之助にとっては愛らしいものとしか映らない。
「そんなに欲しいなら・・・おめェから求めてみろよ」
胸元で蹲る剣心に、左之助は劣情みなぎる眼差しでそう言った。
胡座をかいたままの彼を・・・剣心は、無言で見上げた。
一寸、戸惑いの光が瞳に走る。が・・・。
「ふ・・・っ」
左之助の首へと両手を絡めるなり剣心、己が唇を貪欲に重ねた。
自ら唇を開き、左之助の舌を誘う・・・
「左之・・・左之、左之・・・ッ」
何度も何度も彼の名を呼びながら、剣心は飽くことなく唇を食い散らすと、そのまま左之助の肌を下降していった。頤に口づけ、首筋を舐め・・・鎖骨のくぼみに、右の胸乳・・・。
左之助は、徐々に息を乱しながらも彼の行為から決して、目を離そうとはしなかった。
時折薄ら笑いを浮かべながら、剣心の動きを観察し続ける。
やがて・・・剣心の指先が、躊躇いも見せずに下袴の帯を解き。
下帯のほころびを見つけて解いてしまい。
薄明かりの中に・・・左之助の息づく高ぶりをさらけ出した。
「あぁ・・・」
自ら掘り出した宝物のように、剣心はしばし見とれ・・・
どうするのかと左之助、黙ったまま見つめていたならば、
「ン・・・っ」
柔らかくも小さな唇が惜しげもなく開かれ、左之助の高ぶりはそのまま、奥へと導かれてしまった。
「ク・・・ッ」
左之助、唇を噛んだ。
噛んで咄嗟、剣心の頭を掴んで引き剥がそうとする。
しかし、彼はどうしたことか離れない。
強くしがみついてしまって、離そうとはしなかった。
「けっ、剣心・・・ッ」
額を掴んで、赤い前髪を掻き上げてみる。
・・・夢を見ているように・・・微睡んでいる剣心の面差しが、そこにはあって。
その唇に、自らの高ぶりが収められている場面をしっかりと見てしまって。
「なっ、何てェ・・・」
淫靡さなのか。
時に笑い、時に怒り、時に自分を叱り飛ばすあの唇が・・・自分の高ぶりで汚されている。
よもやあの剣心が・・・こんな、こんなことを・・・ッ
「剣心・・・ッ」
画然、左之助の身体が一気に火照り上がった。
この衝動、嫌というほど体験してきている。
左之助、即座に剣心から離れようとしたが既に、遅かった。
「ク・・・ッ」
無意識のうちに、赤毛を押さえこんでいて。
唇の奥へと、それは弾けてしまう。
腹の底から吐息を吐き出しながら、快なる波の余韻に浸り・・・
左之助、すべてを放ってしまった後で恐る恐る見遣れば・・・
「ふ・・・くぅ・・・」
喉を鳴らし、飲み下している優男の姿。
襦袢がはだけて肩から落ち、口元を手で拭う様は・・・
「剣心・・・っ」
左之助、胡座の上へ剣心を抱き上げた。
やや乱暴に、彼の下帯を外してしまう。
「あ・・・」
突然触れた外気の温度に、剣心はわずかばかり正気を戻らせた。
が、左之助はそんなこと、気づいておらぬ。
下帯の中から現れた存在を見て、左之助は剣心に言ったのだ。
「いいな、剣心・・・ッ」
問うているのか、もしくは合図だったのか。
もう、そんなことはどうでも良かった。
一度放ったにもかかわらず、未だ余力を残してしまっている左之助の高ぶりは、彼の腰部を的確に捉えてそのまま、下へと落としてしまった。
剣心の身体を、左之助の想いが天辺まで貫いた。
「あっ、ああぁ・・・ッ」
「剣心、剣心・・・ッ」
激しく律動を繰り返しながら、左之助は剣心を羽交い締めにし。
下から上へと華奢な身体を翻弄せしめた。
跳ねる赤毛など視界に映さず、剣心のとろけたような、視点の定まらぬ表情ばかりを見据えていた。
剣心は身体を弾ませながら、天井を突き破るのではないかと思えるほどの激しさに、もはや意識を消失させようとしていた。
それでもなお、快楽を求める自分がいて・・・
いつしか、己が腰部が淫らに蠢いていることに気づいた。
・・・自分から、動いている・・・
「あぁ、左之・・・左之ッ、熱い・・・熱いィ・・・ッ」
「剣心・・・剣・・・ッ」
剣心の内部に、想いの奔流が流れこむ・・・
「はっ・・・あぁ・・・ッ」
同様に・・・剣心も、肌と肌の狭間へ想いの奔流を流れ込ませ・・・
二人は同時に、褥へと転がった。
「左之・・・んっ、左之・・・っ」
彼の温もりを求めて、剣心は肌を寄せていく。汗ばみ、肌の至る所に赤毛を張り付かせて・・・左之助を求める。
左之助は、嬉しそうに笑みを浮かべて彼を抱きしめた。
「何だよ、まだ足りねぇのか・・・?」
「寒い・・・寒いでござるよ、左之・・・。温めてもらっても、すぐに冷えてしまう・・・こんなのは、嫌だ・・・」
「仕方がねぇなぁ・・・」
剣心の身体はさらに、左之助へとくるまれた、隙間もないほどに。
彼の、汗の匂いが鼻腔を突く・・・
「左之・・・左之・・・」
「・・・珍しいこともあるもんだな、おめぇからこんなに求めてくるなんてよ」
「・・・今宵は、拙者が欲しくはないのか・・・?」
「そんなことあるわきゃねぇ。いつだって、欲しくてたまらねぇさ。おめぇが欲しくて・・・自分を慰めたことだってある」
「左、左之・・・ッ」
「・・・帰さねぇよ」
「・・・!」
あぁ・・・この言葉だ・・・。
そうとも、この言葉が欲しかったのだ。
剣心は自らの本心に気づいた。
自分は・・・誰かに、求めてもらいたかったのだ。
「自分を求める誰か」が欲しかったのだ。
自分はここにいても良いのだ・・・と、感じたかったのだ・・・
「・・・左之助っ」
何かが胸の奥から沸き上がった。
自らのものにするように、左之助の肉体をひしと抱きすくめ。
よりいっそう、身を縋らせて・・・剣心は、言葉もなく左之助の唇を奪った。
側にいたい、側に・・・叶うものならば、このまま・・・
己が心に巣くう飽くなき欲求が、左之助を求めていた。
自分を求めてくれる存在・・・左之助を。
「左之・・・っ」
喘ぎ始めた白い裸体を、左之助は無言のままに嬲り始める。
冷めかけていた身体は再び火を灯し、烈火となって燃ゆる。
いつしか行灯の油も潰え、辺りは漆黒の闇に沈み・・・
洩れ聞こえてくるものは、ささやかなる睦言、熱き吐息のみ。
それらをすべてかっさらい、夜の木枯らしは空へと舞い上がっていった。
了
背景画像提供:「 Studio Blue Moon 」さま http://www.blue-moon.jp/
〜 HP「フル・スロットル」さまへ捧ぐ 〜
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m(_ _)m
拝啓 〜 「甘える心」編
HP「フル・スロットル」さまへ差し上げた一編です。
これを書いていた頃は、もうノリノリで(笑)。書いて書いて、
書きまくっていた時代でした。時間もいっぱい、あったしなぁ!
そんな中で生まれたこの剣心と左之助は・・・
・・・もう、妄想の塊から生まれたようなヤツらですね(^^;)
読み返してみて赤面する思いです・・・(^▽^;)
剣心が・・・剣心がァ〜(笑)! 暴走しちゃってますね、ハイ・・・。
いや〜、はっはっ、参ったなぁ!
・・・恥ずかしい限りです、ハイ(^^;)
でも所詮、どれもが妄想の塊・・・ふふふ、この一編も、
その象徴に過ぎないのです・・・(笑)。
02.11.19 寄稿
06.07.02 UP