[ 年の瀬   元日   二日   三日 ]



〜 三日 〜


 新年、明けて三日目。
 剣心が左之助とともに神谷の屋敷へ帰ってきたのは、昼もやや過ぎた頃であった。
 「お帰りなさい、剣心! 随分と遅かったじゃないッ」
 ・・・確かに。
 時間的計算をするのならば、丸一日は家を空けていたことになる。
 そんなに一緒に左之助と時を過ごしたのかと思ったら、些か恥ずかしくなってしまった。
 「いやぁ、すまぬ。ついつい・・・久しぶりでござったから」
 ポッと頬を赤らめる剣心に、薫は怪訝な顔を浮かべる。
 「何を照れるのよ、剣心っ。私は・・・ッ」
 「まあまあ、嬢ちゃん。すべては俺の責任だってことで・・・勘弁してくれねぇか」
 「当たり前でしょッ!」
 猛然、薫は反発した。
 「だいたい、あんたが剣心を連れ回すからいけないのよっ。剣心、あまり具合が良くないんでしょッ? それなのに左之助の言いなりになって・・・少しは自分の身体のこと、考えたらどうなのッ」
 「いや、それは、その〜」
 ぽりぽりと頭を掻き、剣心は言いにくそうにぼそぼそっと話した。
 「それはもう、大丈夫なのでござるよ? 昨日の昼、そのように・・・」
 「嘘ばっかり! さっきから恵さんがうちにきて、剣心を待ってくれているのよッ? もう・・・やっぱり具合が悪かったんじゃないのっ。さあ、早く上がって! 恵さん、待ちくたびれちゃうわッ」
 薫の剣幕に圧倒されて、剣心は苦笑を漏らしながらも薫の背中を追いかける。左之助もまた、やれやれと息を付いて後に従う。
 案の定、恵は居間にてやきもきしながら剣心の帰りを待っていた。
 「剣さん! 今までどこにいらしてたんですかッ? 微熱が続いているのに・・・外出なさるなんてッ」
 「あ、いや、その〜・・・申し訳ないでござるよ、恵殿」
 「もう少し、ご自分のお身体のこと自覚なさって下さいませね! ・・・て、あら? 左之助じゃないの。あんたも一緒だったの?」
 剣心の背中から現れた左之助の姿に、恵は訝しげな声を上げた。
 「何だよ、俺が一緒じゃぁ悪いのかよ」
 「別に悪くはないけど・・・じゃぁ、あれからずっと左之助と一緒だったんですか? 剣さん」
 「あれから・・・?」
 恵の思わぬ言葉につい剣心、問い返してしまった。
 そこに薫が茶の支度を整えて姿を見せ、傍らでは弥彦、ボリボリと煎餅をのんきに食べている。
 「昨日、ちらりと見たんですよ。剣さんが左之助と一緒に旅籠に入るところ。まさか・・・男がずっと二人で夜通し、あそこに?」
 「えッ? いや、あの、それは・・・」
 しどろもどろになる剣心を差し置き、左之助がにゅっと首を突っ込む。
 「何だよ。それがどうしたってェんだ。男が二人、一つの部屋ン中で何をしようが、別に勝手だろ? 俺達ぁ、酒を飲んで酔っぱらって語らって、そのまま眠っちまって・・・目が覚めたら、この刻限だったんでェ」
 ・・・ということが真っ赤な嘘であることは、無論、剣心しか知らないわけで。
 ろくろく眠らず、互いの肌を貪っていた・・・などとは口が裂けても言えない。
 「あら、そう。まぁ別にいいけど。・・・じゃあ剣さん。ちょいと診察させてもらますね」
 「あぁ、よろしく頼むで・・・」

 ドキっ。

 剣心、ふと気づいた。
 考えてみれば・・・今、肌をさらすのは非常に危険なのではッ?
 確か・・・左之助、この肌の至る所に・・・

 いかんッ。

 剣心、画然立ち上がった。
 「あ、あの、恵殿ッ。拙者、もう熱は下がったゆえ診てもらわずとも・・・」
 「え?」
 「頂いたあの薬が効いたのでござるよ。だからもう、診てもらわなくても・・・」
 事実、剣心の熱はすっかり下がっていて、何の問題はなかったのだ。しかし・・・
 「駄目ですッ! 治りかけが一番危ないんですよッ? それに・・・先ほどから感じているんですけど剣さん、妙に声も掠れていらっしゃるじゃありませんか」
 「えッ?」
 「それに、何だか歩くのもお辛そうに見えます。やっぱり、まだ熱が高いんじゃありませんか? フラフラしておいでですよ?」
 「そ、そんなことはないでござるよッ?」
 思わず腰に手をやりながら剣心、ブンブンと首を激しく振る。
 「もう一つ! 酔っぱらって眠ったということは、ろくに布団も掛けずに眠ったのでしょうッ? 下がる熱も下がりませんよ! どうして下がったとおっしゃるんですかッ? お顔が真っ赤じゃありませんか!」
 「いや、それはだから、その、いろいろと思い出し・・・」
 「ともかく、ここへ座って下さいましな。失礼ですけど剣さん、私の目から見るとお身体の具合、よろしくありませんよッ?」

 ・・・ど、どうすればッ?

 ここまで言われると・・・さしもの剣心、絶句してしまって言葉が継げなくなってしまった。ついつい左之助のほうへ視線を向けるも、左之助もまた、言葉を見つけられぬまま唇を結んでいた。心なしか、額に汗すら滲んでいるような。
 ・・・よもや、「すべては左之助のせいなのだ」とも言えず。剣心、しどろもどろになりながら何とか繕おうとする。
 「し・・・しかしでござるな、恵殿っ。その、どうにも拙者、急用を思い出したゆえ・・・出かけてくるでござるよッ」
 「何をおっしゃっているんですか、剣さんッ! 急用でも何でも、とにかくお身体が先決です! お願いですから、ここに座って下さいなッ」
 「しかし・・・」
 「そうよ! 恵さん、剣心のこと心配して来て下さったのよ? それに、また具合が悪くなってもいけないじゃない? しっかり診てもらいなさいよ」
 「か、薫殿・・・」
 「そうだぜ、剣心。この際、しっかり診てもらえよ」
 「や、弥彦ッ?」
 これでは多勢に無勢、剣心、すっかり混乱してしまった。
 ここで肌をさらせば、真実は左之助が刻んでしまった痕にせよ、無用の誤解を招くというものだ。このままでは・・・
 「やはり、先に用事を済ませてくるでござるから・・・申し訳ござらぬ、恵殿っ」
 慌てて逆刃刀を握りしめて剣心、駆け出してしまった。が、妙に腰が引けていて何とも、奇妙な足運び。普段の俊敏さなどどこへやら。
 「ちょ・・・待ちなさい、剣心ッ!」
 薫、追いかけようとしたところへ、
 「待ちねぇ、嬢ちゃん。俺が行って連れ戻してくっからよ。ここで待っててくンねぇ」
 「それは駄目よっ」
 「へッ?」
 「あんな剣心、見たことないもの。きっと何か隠し事をしているわ。捕まえて、白状させなくちゃ」
 「何をそんなに息巻いて・・・」
 「私も薫さんの意見に賛成だわ。何だか剣さん、様子が変よ」
 「変て・・・なんでェ、恵まで。俺が信用できねぇのかッ?」
 『できませんッ!』
 「・・・・・・」
 女二人、同時に断言されてさしもの左之助、しばし絶句。
 薫と恵、互いに顔をつきあわせると、
 「剣心を連れ戻しましょう、恵さんっ。何か隠してるわッ」
 「えぇ、何を隠しているのか、問いたださなければね。行きましょう、薫さんっ」
 珍しく共同戦線を張った二人の姿に左之助、茫然自失。
 たちどころに外へと飛び出していった二人をそのまま、見送ってしまった。
 「・・・やれやれ・・・どうしたもんか・・・」
 「安心している場合かよ、左之助」
 成り行きを見守っていた弥彦、相変わらず煎餅をバリバリといわせながら淡々と。
 「早く剣心を見つけて連れ戻さねぇと、やばいんじゃねぇの? お前らなぁ、女といちゃつくのはいいけど、バレないようにしろよな」
 「弥彦・・・」
 お前、本当はいくつだ?という問いを心の奥にしまい込み、確かに彼の言うとおりだと左之助、踵を返した。
 「そうだな、俺が先に見つけてかくまってやらねぇとな」
 どうやら弥彦、自分と剣心が女遊びをしてきたものだと睨んだらしい。それはそれで、あながち嘘でもないだろうから便乗させてもらうことにして・・・。
 「さて、どこに行きやがったのかな、剣心は」
 一種、爽快で軽快な空気を肺一杯に吸い込み、左之助は女達の魔手から剣心を取り戻すべく、再び市井へと身を滑り込ませていった。その面差しに満面の笑みを浮かべて・・・

 ・・・晴れやかに澄み渡った空。
 陽光眩く、
 どこかしら早春の気配が漂う。
 この年が良き一年となることを、心から願いつつ・・・
 風、

 一陣舞い上がった。




     了


「漆黒の刃」http://www3.to/yaiba

(タイトル画像:きよらん殿♪)





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拝啓   〜 「微熱」編(改訂 03/4.12)

 これはお正月企画として、オールさんに差し上げたシロモノでござります♪ いや〜、しかし・・・手直ししてわかったことは、誤字脱字が多すぎる(涙)! ・・・まさかここまでのものとは・・・情けない(涙)。時間に押されて、チェックが甘かったのでござるかな、アハハハ・・・(汗)。
 今回の物語、最初の設定では、左之助が借金取りに追われるという位置づけでござった。常にツケだの何だのでどうやら生計を立てているらしいこの男、借金取りに追われても何ら不思議はない、と思ったのでござるが・・・。
 どうにも、それだけでは面白くない(笑)。そうだ、喧嘩屋で名が通っているのなら巷でもそれなりに有名人のはず、この力を逆に利用しようとする輩もいるはずだ・・・という発想から、左之助=用心棒という設定に(笑)。これはこれで、面白かったかな?と思っているでござる。
 もう一つ、面白かったのは。
 頂ける感想の中で、「左之助は確信犯だ!」というお言葉が多かったこと(笑)。
 そんなつもりで書いていたわけではなかったのでござるが・・・なるほど、見返してみるとそのように捉えれぬこともない。なぜか・・・と考えたときに・・・。
 主軸を置いたのは、剣心からの視点でござった。
 今回は、左之助の視点をできる限りすっぱ抜いた。
 互いの思惑を絡み合わせた方が面白いのかも知れぬが、今回はそれをしてしまうとどうにも、物語がわかりにくくなってしまうように思え・・・あえて、剣心からの視点のみで物語を展開させたのでござる。
 結果、左之助の思いがほとんど挿入されなかったがために、「左之助確信犯説」が(笑)。
 これはこれで、なかなか面白い流れになったかなぁと思っていたりもするのでござった(笑)♪
 ・・・それにしても〜・・・。剣心・・・あの場面は・・・寸止めしておく予定でござったのになぁ・・・(笑)。堪えきれなかったのでござるね(^▽^;)♪
 左之助もなぁ・・・あんなにはっきり、剣心に尋ねなくったって・・・(////)。書いているこっちが恥ずかしかったでござるよ(////)
 最後に。
 この作品は自分の中では「実験」的なモノに当たる。最後の・・・いわゆる「三日目」の件でござる。
 珍しくも少し、コミカルに物語を進めてみた。みんなでワイワイさせてみたかったことが大きな要因でもあるのでござるが・・・少し、コミカルすぎたか?と考えることもしばしば(笑)。おかげで、やはり全体的なバランスを考えると崩れてしまったようにも思える。
 とはいえ、この拙作も楽しみながら書いていたことに変わりはなく・・・かつ、面白かったのでござった(笑)♪

かしこ♪