[ 表紙  2 ]



 「何をしてるんだ、逆刃刀なんぞ抜きやがって。しかもこんなに寒いってェのに素足でよ」

 低い声が、音がやけに響く。きゅうきゅうと足元から音をさせつつ、左之助は剣心へと歩み寄っていく。

 「・・・何を斬ろうとしていた?」
 「左・・・!」
 「ま、別になんでもいいけどよ」

 剣心との距離を縮めると、左之助はおもむろに逆刃刀を拾い上げた。そしてしげしげと刀身を見つめる。

 「なァ・・・剣心」

 グッと鞘を握って刀を納めて・・・左之助は剣心へと逆刃刀を押し出す。

 「こいつは・・・おめェの何だ?」
 「何・・・とは・・・」
 「こいつを握ったら離さねェおめェが、抜き身のまんま雪の中へ落としてやがった。それほどこいつは重いか」

 何が言いたいのだろう。
 剣心には彼が言いたいことがさっぱりわからない。
 けれど、まっすぐにこちらを向いてくる左之助の眼差しに応えねばならぬ、と思った。
 いささか・・・いつもの彼とは様子が違うと感じながら。

 「重い・・・重いとも。拙者にはこの逆刃刀は、重すぎるほどに重い。斬ってきた以上の命をこの刃で支え、守らねばならん・・・」
 「・・・・・・」
 「拙者は・・・どう足掻いても、どう考えあぐねて答えを見出そうとも・・・口を開けて待っているのは闇だ、地獄でござるよ。己がどれほど汚れていようと、ずるくなろうとも・・・これが拙者だ、浅ましくもふるわねばならん・・・それが拙者の償いであり、なすべきこと。そのために逆刃刀は・・・」
 「俺には! そんなモンもねェんだよ!」

 雪が、怯えて離れたように剣心には見えた。
 左之助の身体から、ただならぬ覇気が漂う。

 「やりかけたものが、夢が、理不尽な力で踏みにじられて前へ進むことすら許されず! 俺は道をふさがれて・・・行く宛のねェ犬っころみてェになっちまってよォ!」

 身体を戦慄かせる左之助を、剣心はじっと見つめ続ける、見つめ続けるしかなかった。言葉の奔流は止まらない。

 「償いでもなんでも、まだ目的がある奴はいいさ。だがよ・・・だが、俺は前にも後ろにも行けなくて、どうにもやりきれねぇモンがこみあがってェきやがる!」

 言葉尻に怒気が孕んだ。左之助は剣心が握りしめたままでいる逆刃刀へと手を伸ばすなり、握り込んだ。握力が高いのだろう、鞘がギュイっと鳴る。

 「そりゃぁ重いだろうよ! こいつには抱えきれねェ情念がこもってやがる! 何か支えがなけりゃぁ、目的がなけりゃぁ潰されちまうだろうよ!」
 「左、」
 「俺は・・・俺はなァ、剣心・・・雪が、でェ嫌ェなんだよォ・・・」

 身体の内側からどす黒く濁った何かが出てくる、滲み出てくる。塞ごうとしてもそれは絶え間なく、かつ隙間がどこにあるのか見出せない。
 全身を巡る高ぶりをどうすることもできない。抑えることも放つこともできず、左之助の肉体は急激な熱を帯びた。
 そんな時・・・
 剣心の言葉が思わぬ冷気を宿したのだ。

 「何をそんなに思い悩んでいるのか知らぬが・・・無様だな」

 カッと、左之助の目が開いた。

 「な・・・に?」
 「目的がある奴はいいだと? ただ単に羨んでいるだけではないか」
 「てめ・・・!」
 「前にも後ろにも進めぬのなら、自分でその目的とやらを探してみろ。八つ当たりなどと情けない。それでも二つ名を流した男のすることか?」
 「剣・・・!」

 ぐぁ、左之助の面差しが鬼の如く変貌した。両腕がにゅっと走って剣心の胸倉を掴もうとする。
 剣心は咄嗟に飛びすさっていた、目の前で左之助の両手が交差する。その光景を見届けながらトントントン・・・間合いを取った。
 この瞬間、左之助の中で何かが弾けた。

 「おおおおぉぉ!」

 怒号が虚空を裂いた、爪先が雪を蹴る。
 半纏が風を孕んで紅いはちまき背へ靡き、
 右拳が咆吼した。

 ガシィ・・・!

 雪の合間、得も言われぬ不協和音が響いた。

 「・・・ハァ、ハァ、ハァ」

 それまで呼吸することを忘れていたかのように、左之助は肩で大きく息を繰り返した。右拳を突き込んだまま、剣心を見つめたままの姿で。
 だがその面差しからは憤怒がすっかり落ちていた。瞳が、驚愕に見開かれている。
 剣心は左之助を凝視しながら仁王立ちでそこにいた。両脚でしっかりと全身を支え、抜くことなく鞘を握り前へ突き出して。足が踝あたりまで雪に埋まっていた・・・冷たい。

 「剣心、俺・・・」

 我に返ったように、左之助の声があか抜けた。

 「落ち着いたか・・・左之」

 剣心の、冷涼な瞳がにわかに揺らぎ・・・頬が緩やかに和らいだ。微動だにできないでいる左之助に薄く微笑し、鍔もとに埋まっている彼の右拳に手を当てるとふわり・・・逆刃刀を離した。
 左之助の手の甲。節々から赤いものが滲んでいた。

 「・・・俺、」
 「いい。いいんだ・・・何も言うな、左之」

 手のひらに包まれた右拳はじんわり、温かくなった。剣心の手は冷たかったがそれでも、仄かな温もりが左之助の心に炎を宿す。

 「時代は流れても・・・自分の時間が止まることはある」

 小さく笑った顔が、妙な寂寥感を漂わせる。

 「そして・・・知りたくもないことを知り、気づきたくないものに気づかされたりもする・・・」
 「剣・・・」
 「それらを、飲み込まねばならぬのだ・・・どんな苦痛が伴おうとも、理不尽さがつきまとおうとも。・・・一口に十年と言うが・・・長いでござるよ、人が腐ってしまうには充分すぎるほどに。拙者とて・・・」

 沈黙が、落ちた。
 何かを噛みしめるように、桜色の唇は小さく震えていたがやがて・・・

 「拙者も・・・拙者も雪は嫌いでござるよ、左之」

 にっこりと微笑んだ。

 「剣心・・・」

 左之助は胸がつまされた。この笑顔にすべてが詰まっているように思えた。
 思わず、小柄な身体を抱きすくめる。

 「剣心、すま・・・」
 「謝ってはならぬよ、左之」

 やんわりと、だがはっきりと告げられて、左之助は口を閉じてしまう。

 「謝ったところで・・・今さらでござろう」
 「剣心・・・」
 「もういい・・・もう、いいんだ・・・」

 剣心は呟くようにそう言うと、左之助の胸乳へと自ら頬を埋めた。

 「拙者もお主も・・・闇色の袋小路を飼っているようだ・・・これは、どんなに考えてもどうにもならぬもの・・・答えなどない、繰り返すだけ・・・だから飲み込むしかない、受け止めるしかない・・・」

 剣心は左之助の襟をグッと握りしめた。
 左之助もそれ以上・・・何も言わなかった。強く抱きすくめながら・・・降りゆく雪をしばし、呆然と見つめた。






 互いの身体は冷え切っていた。
 もう一式の布団を用意する暇すら惜しんで、左之助は剣心の身体を褥へと押し込み、自らも身を滑り込ませた。
 氷のように冷たくなってしまった二つの肌を、これでもかと言わぬがばかりにひっつける。
 じわじわと温もりが伝わり始まる・・・その微細な感覚が、いつしか二人の心を安堵させた。

 ・・・温かい・・・

 言葉を交わすことはなかったが、どちらともなく肌を寄せ合い、さらなる温もりを求めるように絡み合った。

 温かい・・・

 ほうと息を吐いて・・・左之助は瞼を閉じた。
 剣心の頭上へ唇を寄せて・・・髪の感触を覚える。
 鎖骨辺りに吹きかけられる呼吸が、愛おしく感じた。
 この感触が、この温もりがすべてのように思えた。
 唯一、確かなものであるかのように思えた。
 真っ暗闇のこの世界で・・・真実、信じられるもの・・・頼れるものだと、すがれるものだと思えた。

 「・・・剣心・・・」
 「・・・ん?」
 「おめぇ・・・ここにいるよな」
 「え?」
 「消えてなくなったり、しねェよな」

 まるで幼子のような台詞と不安そうな声音に、剣心は思わず笑ってしまった。

 「こらこら、左之。お主は何を言っているのだ」
 「う・・・うるせぇ」

 ふいっと、左之助はばつが悪くなったようにそっぽを向いてしまった。そんな彼を見て、剣心はまたしても忍び笑いを洩らす。

 「何を拗ねる、左之助」
 「ば、馬鹿野郎が、いったい誰が拗ねて・・・だいたいだな、おめェが妙なことを言うから・・・」
 「妙なことを言ったのは、お主のほうでござろ」
 「そ、それが妙なことだってェんだよ!」

 灯りがあれば、きっと真っ赤になった左之助を拝むことができただろう・・・そんな彼の面差しを思い浮かべてしまって、剣心はついつい笑ってしまう。

 「だから、笑うなって言ってンだろ!」
 「あぁ、すまぬ。つい・・・」

 どうにかこうにか、声を押し殺して・・・剣心はふと、声を澄ませた。

 「左之」
 「な、なんでェ」
 「拙者は消えたりせぬよ」
 「な・・・」
 「今、ここにいるでござろ。お主の側に・・・」
 「剣心・・・」
 「お主も・・・消えたりはせぬだろう?」
 「そ、そりゃぁおめェ・・・!」
 「だったら、それで充分・・・」

 剣心はクタリと身体を弛緩させて。左之助の温もりのみを貪るように、肌を擦り寄せた。

 「・・・お主が・・・いてくれて、良かった・・・」
 「・・・俺だって・・・」

 胸乳に這わされる剣心の、冷たい指先に快さを覚えつつ・・・左之助は、彼の身体をきつく抱きすくめた。

 「・・・おめェがいてくれりゃぁ・・・充分だ・・・」

 ゆるゆる、ゆるゆる・・・
 じわじわ、じんわり・・・
 温もりが訪れる、温度が高まる・・・

 うとうと、うとと・・・うつら、つら・・・
 穏やかに降りてきた睡魔は、二人の意識をさらっていく。
 このまま・・・眠りの腕に抱かれれば・・・

 ・・・コトン。

 意識は落ちた。


 降りゆく雪の足音は、変わらず音もなく。
 すべてを隠すように白く染め抜く。
 何もかもが純白に変わるようにと・・・
 密やかなる願いをこめながら。

 雪は降る、雪は降る・・・
 ただただ静かに、見守りながら・・・
 雪は降る・・・雪は降る。
 想いの色を、そのままに。




     了


「漆黒の刃」http://www3.to/yaiba

背景画像提供:「 Little Eden 」さま http://park1.wakwak.com/~eden/





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m(_ _)m

 拝啓

 いままで難産であった拙作がいくつかありまするが・・・今回の作も、その一つに確実に入りましょう(涙)。
 最初の構想として、実は左之助の赤報隊での思い出を一つばかり披露するつもりでござりました。 そのため、赤報隊について調べてみたのでござるけれど・・・。
 ネットで調べるのでござるが、情報が少ないのでござる〜(涙)  中には、「るろうに剣心という漫画で赤報隊は有名になった」という一文を見つけてしまう 始末で、なんとも・・・(笑)。
 そんなわけで、さらりっと掠める程度となってしまったのでござった(涙)。結果的に、それが 良かったように思うのでござるがね(笑)。
 もう一つは・・・二人の雪に対しての思いでござろうか。雪を通して故人をしのび、自分を見つめて いくわけでござるが・・・ハッハッハッ、答えを出すことができなくて(^▽^;)♪
 ・・・そうこうしているうちに制作時間がかなりかかってしまったのでござりました(涙)。
 改めて、剣心と左之助の深さを痛感させられたのでござりました(笑)。
 お目汚し、まことにありがとうでござりました! m(_ _)m

〜 「左之剣deオールナイトさま」、04年新年企画部屋へ捧ぐ 〜

 かしこ♪

 04.01.02