[ 表紙      3 ]



 「左・・・!」
 どこへ行く、と声をかける暇すらない。勝手口を抜け、通りを抜けて脇道を抜け、どんどんどんどん駆け抜けていく。剣心はひたすら左之助の「惡」一文字ばかりを見つめ、腕を引っ張られるままに付いて走るしかない。
 懐が緩みきっていることに気がついて、慌てて片腕で直しながらも脚の動きが止まることはない。
 ただ、広い背中の後に従って駆け抜けていく。
 もう、どこをどのように突き抜けてきたのかがわからなくなった頃、左之助はようやく走ることをやめた。やめて、荒い息を吐く。
 「はぁ、はぁ、はぁ・・・!」
 それは剣心とて例外ではなく、膝に手を置いて土を見つめなければ、まともに呼吸ができない有様だった
 かつて・・・であれば、これくらい走っても平気だった。全力疾走をしたのはいつぶりだろう。剣心は妙なことに思いを馳せながら、乱れてしまった呼吸を整えようと躍起になった。
 そして、そこで気がつくのだ。未だに自分の腕が・・・手が、左之助に握られたままであることを。
 このままの状態で疾走してきたのかと思うと、些か面映ゆい。無我夢中であったとはいえ、男二人が手を繋いで市中を疾駆したのだ、見る者が見れば奇異に映り、あるいは滑稽じみてしまう。
 どうして気づかなかったのか・・・
 胸の内で自嘲し、やや頬を赤らめて左之助を見上げると、意外にも彼もまた視線を送っていた。
 心のどこかでそれは予想外だったのだろう、正面から視線が合ったことに容易く狼狽えてしまい、剣心は目を伏せてしまった。
 この時になってようやく、剣心は四方へ目を向ける余裕ができた。あ、と見渡すと樹々が生い茂り。傍らには池があり、樹々の合間に隠れるようにしてひっそりと、神社がぼんやりと浮かんでいた。
 日が沈みかけているが、この刻限ではまだ明るいはずだった。だが、厚く垂れ込み始めた黒雲に、辺りは既に闇の夜となりかけている。
 「ここは・・・?」
 見たことのない場所だった。
 東京に流れ着いたものの、さほど出歩いているわけでもなく、なおかつ遠出もするほうではない。出かける用件がなければ、ぶらぶらと歩くことがあまりないのだ。
 それでも最近は、左之助に連れられて様々な場所を見て回ることができていたが、やはりまだ知らない土地があるらしい。
 一口に東京と言えども広いものだと感じていた矢先、剣心の手を握る左之助の手が、グッと力を増した。
 「左之・・・?」
 声をかけるが、何も言わない。言わぬどころか、剣心の手を引っ張ってズンズンと歩き出した・・・あの神社に向かって。
 ドキリとした。
 まさか・・・
 予感は確信へと変わる。
 左之助は神社の扉を開くと、剣心を中へと押し込み。
 自らも扉の中へと身を滑り込ませると、足元に転がっていた木ぎれを拾い、扉の隙間にうまく詰めて外からは開けないように細工をした。
 その光景を認めた剣心の瞳孔が、一瞬、収縮した。
 「左・・・」
 声をかけようとするが、声が出ない。潰れてしまったように、出なくなっていた。それなのに胸の動悸は待つことなど知らずに速度を増していく。
 ドクン、ドクンと己が耳朶でも聞こえるくらいの音の中で、左之助は薄闇の中で半纏を脱ぎ捨てた。驚きで見開かれた剣心の瞳は、下袴をも脱ぎ捨ててしまった彼の姿を刻銘に捉えている。
 剣心は思わず、たじろいだ。
 「剣心・・・」
 下帯一つになった彼に、剣心はこっそりと吐息をついた。隆々たる肉体が、明らかに熱を孕んで盛り上がっているのがわかる。闇を背景に、汗が蒸気となって立ち上っていくのが見えるかのような、そんな気さえしてくる。
 「左・・・」
 動けなくなっていた。
 左之助の黒い瞳に見据えられ、指先一寸、動かすことができない。
 じり、じりりと近寄ってくる左之助を、剣心は高鳴る胸の音とともに見守ることしかできなかった。
 だんだんと狭まる距離に息苦しさを覚えた、呼吸をすることを忘れてしまいそうなくらいに。ついに目と鼻の先に左之助が来たときには、剣心は直立不動のままに顔を伏せていた。
 「剣心」
 再び呼ばれて、剣心はゆるりと面差しを上げた。
 「左、之・・・」
 左之助の黒い瞳はまっすぐに、剣心を熟視しつつ。その下では、彼の指先がするりと剣心の袴を解いていた。
 ゴトン・・・と、逆刃刀が床へと落ち、袴がストンと足元へわだかまる。
 シュルリと帯を解かれて、単衣はハラリと左右へ広がる。
 外気の冷たさが、剣心の胸乳を這う。そして気づく、自分の身体が火照っていることに。
 「左之・・・」
 「・・・俺が欲しいか、剣心?」
 「!」
 思わぬ言葉に、剣心は絶句した。
 「いつも欲しがるのは俺ばかりだよな。おめェはどうなんだよ。おめェ、俺が欲しくはねェのか」
 「そ、れは・・・」
 「俺が欲しいならくれてやる。俺がおめェを奪ったように、この左之助を、おめェのモノにしねェ」
 静かに、けれども奥深い声音で言い渡された彼の言葉に、剣心は・・・ゴクッとのど仏を動かした。

 「左、之・・・」

 ふらり、と・・・足が前へ出て。
 指先がゆらり・・・宙を浮いた。

 まるで何かに吸い寄せられるように。
 引き寄せられるようにして剣心はトン・・・額を左之助の胸乳へ押し当てた。

 「左之・・・!」

 己が両腕を背中へ絡ませ、力の限りに抱きすくめ。
 熱を帯び始めた唇でたまらず、薄く汗ばんだ浅黒い肌を這い、舐めて。
 愛おしげに頬を擦り寄せた。

 「・・・左之・・・」

 頭上で、はぁ・・・と、息が洩れた。
 左之助の両手が、剣心の細い肩を抱く。
 「剣、心・・・」
 「左之、左之・・・」
 譫言のように繰り返しながら、剣心は唇と舌を肌に這わせていく。左之助は、次第に闇が濃くなっていく空間の中で、彼の表情を如実に捉えながら、赤髪を束ねている紐をそっと振り解いた。
 さらと流れ落ちた髪へ、指を梳かせる。柔らかく艶めいた髪の毛は、優しく左之助に絡んでくる。
 「剣心・・・」
 つと、呼んだその声に反応を示して、剣心がにわかに面差しを上げた。
 陶然と溶けた瞳が、左之助を射抜いた。
 「剣心・・・!」
 荒れ狂った嵐は左之助を飲み込み、崩れ落ちていくかのように・・・剣心を床へと張り付けていった。






 ・・・た、ぽたた・・・
 雫が滴る。
 天井から・・・頤から。
 雨粒が、汗の粒が。
 ぽたた、た・・・
 滴りゆく。
 外は雨、ざあざあと。降りしきって白く煙る。
 されど今は闇夜、すべてが漆黒に塗られて雨粒の姿は見えない。
 内は汗、ぽた、ぽたり。時折滴っては、床を湿らす。
 湿らせるものは何も床ばかりではなく、その空気さえも湿度を増している。
 「は、あぁ・・・」
 唇から洩らされる声は、湿り気と艶を帯びていて。間断なくこぼれては、空気に熱を孕ませる。
 「ひ、ぁ・・・左之・・・」
 床へ広がった単衣に襦袢。無数のしわを刻み続け、両手が握ったり開いたりを繰り返している。
 赤毛をも散らせて悶える、剣心。
 仰向けになって大きく身体を開く姿は、とても最強の剣豪とは思えぬ淫らさだった。
 灯りがあれば見えただろう、胸乳に散らされた無数の華を。それらを誇らしげに胸を反っては嬌声を洩らす。
 しなやかな両脚は男の・・・左之助の腰部にしっかり絡んで離さない。己が腰を深く抱え込まれているというのに、その先を欲するようにして臀部が蠢いた。
 上体を起こして彼の様を眺めている左之助は、愉悦に浸って笑みを滲ませている。
 「剣心・・・」
 腰を進めれば、さらに深く剣心の身体に潜り込む。剣心は一瞬身を強張らせはするが、濡れた声をこぼす。
 「はぁ・・・んぅ・・・左之・・・」
 左之助の中のけだものが、そんな声を聞くたびに身悶えし、彼を猛らせていく。
 「剣心、剣心・・・! あぁ・・・」
 白い大腿に手を這わせながら、左之助は剣心と一つになっている腰へ目を凝らす。闇の中では刻銘に見定めることはできないが、それでも彼の心は満たされていた。
 剣心と一つになっていることが・・・身も心も一つになっていると実感できていることが、言いしれぬ喜びとなって沸き上がっている。
 お互いに求め合って、欲しがってここにいるのだと。
 「うん、ぁ、左之、左之・・・!」
 「剣心・・・剣心! もっと、だ・・・もっと、奥までいきてェ・・・!」
 左之助の、獰猛さが露わになっていく。深く腰を押し込む動きが速くなっていく・・・
 「ふん、あ、ぁ、ぁ、左之・・・!」
 鼻にかかったあまやかな声が、余すことなくあふれ出る。
 「あぁ、ま、た・・・また、く、る・・・!」
 「剣・・・だ・・・まだ・・・!」
 「左之、左之・・・!」
 重なり合う腰部が、動きを増した。けれどぴたりとくっついて離れない。
 二つの心が、二つの想いが、急激に加速していく。
 「あ、あ、あぁぁ・・・!」
 「剣、心・・・!」
 意識が一瞬、弾け飛んだその瞬間・・・
 ・・・がっくりと、うなだれて・・・左之助は、ドサリと剣心の身体へと落ちた。
 「・・・はっ、はあ、はぁ・・・」
 思い出したように、剣心が乱れた呼吸を始めた。左之助もまた、同様に荒い息づかいをする。
 汗ばんだ背中へと手を回し・・・剣心は無意識に、左之助を抱きしめていた。
 力が抜けてはいたが、その感触が快くて・・・左之助はしばし、温もりと感触に心を委ねた。
 ・・・雨音が聞こえる。
 雨が、降っている。
 ぽた、ぽたた・・・雫が落ちる音に、どこかで雨漏りがしていることがわかる。
 意識がゆっくりと鮮明になっていく中で、剣心はそっと、左之助の髪を撫でていた。
 「・・・左之・・・」
 「・・・ん・・・?」
 胸乳へ顔を伏せたまま、左之助が応じる。しっかりと両腕は剣心を抱きすくめていて、こちらは離しそうにない。
 「・・・本当に・・・拙者で・・・」
 「くどいこと言ってやがると、ここから帰さねェぜ」
 「う・・・」
 たちどころに言葉に詰まった剣心を、左之助は微笑ましく思った。上体を起こすと軽く唇を重ね、その耳朶へと滑り寄せて囁いた。
 「・・・おめェでなきゃ、起たなくなっちまったしな」
 「!」
 剣心の身体が赤らんだ。彼の反応が如実に左之助へも伝わったらしい、切なげにため息を洩らした。
 「ほら・・・またおめェを欲しがってるぜ・・・」
 「左、左之・・・!」
 「止めるなよ」
 首筋へ唇を落として、左之助は忍び笑う。密やかな笑い声は剣心の喉へと伝わって、身体の芯に新たな熱を宿してしまう。冷めかかっていたはずのものが熱を帯びて、剣心はたまらず喘いだ。
 「どンだけお預けを食らったと思ってやがんだ、今日の俺ァ、止まらねェぜ」
 「そ、そんな・・・」
 否を唱えるまでもなく、左之助の手のひらが侵食を開始する。もう幾度、左之助の手管に飲まれてきたのかわからなくなっていた。この神社へ飛び込んでからどれくらい時が過ぎたのかさえ、わからない。
 収まりかけていた情熱が何度目かの熱を帯び始める、剣心は濁りを見せてくる意識の中で、つらつらとふと思いつく。
 「そういえば・・・左之、どうして・・・ここに・・・?」
 これまでにはないことだった。肌を合わせるといえば、神谷の屋敷に左之助が忍んでくるか、あるいは剣心が左之助の長屋へ行ってしまった時か、そして旅籠や茶屋に駆け込むか・・・そのいずれか。
 それが少し不思議ではあったのだけれど、左之助はこともなげに言ってのけた。
 「遠慮なくおめェを抱きたかった。それだけだ」
 「・・・・・・!」
 驚いた拍子に、左之助に唇を重ねられた。やさしくも濃密な絡み合いに、剣心の意識はさらに沈む。
 「誰にもおめェの声を聞かせたくはなかった。思う存分、啼かせたかった。咄嗟に浮かんだのがここだった・・・」
 「左、左之・・・」
 脇腹をふわりと撫で上げられて、剣心はクッと息を飲んだ。瞳を潤ませ、じっと左之助を見遣る。
 「ここは古びた、忘れられた神社だ・・・偶然とはいえ、俺達にはお似合いだな」
 「え・・・?」
 それはどういう意味だ、と・・・そう、問いただそうとした時、左之助に先手を打たれてしまった。
 「神さんの前で堂々とおめェを抱いた。おめェ以外には、心は動かねェよ」
 「・・・!」
 言葉の奥に秘められた強い想いと決意に、剣心は容易く絶句してしまった。闇の中で息を詰めていると、左之助が小さく笑う。
 「まぁ、ここまでしなくても俺の気持ちは以前と変わらねェが。でもこうでもしねェと、おめェは心底信じねェだろ、わからねェだろ。言ってもわからねェ野郎には、実行あるのみだ」
 「左之助・・・」
 「これで俺は、晴れておめェのモンになったってェわけだ」
 見えなかったが、ニヤリと笑ったのが気配でわかった。
 剣心は唖然とし・・・呆然とし、やがて苦笑を滲ませた。
 「本当に・・・強引で、大馬鹿野郎だな、お主は」
 「うるせェ、おめェのほうが大馬鹿野郎だろうが。いつも他人のことばっかり考えやがって・・・」
 「ひぁ・・・!」
 臀部を撫でられて、剣心は身体を折り曲げる。左之助の胸乳へ潜り込むようにして、短くも小さく、喘ぐ。
 「左之・・・」
 唇を胸板へ押し当て、うっとりと目を閉じる。左之助はゾクリと毛を逆立たせた。
 「こんなに俺のことを欲しがってンのに・・・大馬鹿野郎」
 「あ、んぁ・・・左・・・」
 左之助の指が塗り込むようにして肌を擦り、巧みに剣心を悶えさせた。唇はもう、言葉を紡ぐことはない。
 「おめェの頭ン中はいつだって、他人のことばっかりだ・・・自分のことなんざ、これっぽっちも考えちゃいねェ・・・」
 華奢な身体を、左之助は掻き抱く。自分の一部にしてしまうかのように・・・
 「もっと自分に正直に・・・自分のことを考えたって構わねェのによ・・・」
 剣心を抱きすくめたまま、左之助は身体を起こした。
 「俺を見ろ、剣心」
 「・・・左、之・・・?」
 微睡むような眼差しを闇の中で捉えて、左之助はじっと剣心を見つめた。
 「俺はおめェのモノだからな、忘れるなよ」
 「左・・・」
 「それから、おめェは俺のモノ、これも忘れるな」
 「ン・・・!」
 合わさった唇からはもう、言葉が溢れることはなかった。
 互いの腕と腕が絡み合い、
 互いの肌を貪り合った。
 指先から放たれる熱を、
 唇から洩れる吐息を、
 鋭敏に感じ取りながら・・・
 雨の夜は、更けていく。
 濡れた空気はさらなる湿度を含ませ、
 しっとりと潤んで二人の肉体に張り付いていく。
 熱い肌は再び炎を宿らせて燃えさかっていく。
 二つの想いが燃えさかっていく・・・

 もはや・・・離れることは、ない。

 眩い陽光が差し込む頃、
 二人は見るに違いない、その蒼天の空を。
 新たなる、強い想いを胸に秘めて・・・。




     了


「漆黒の刃」 http://www3.to/yaiba





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m(_ _)m


 拝啓

 かなり遅れ馳せながら・・・で申し訳ないのですけれど(涙)。
 剣心、誕生日おめでとう!というわけで、こんなモノができてしまいました(^^;)
 左之助の強い想いに剣心が引きずられていく・・・そんな感が拭えませんが(-_-;)
 ・・・こういったネタは、苦手ですね〜(笑)。
 かなりアラも目立つし、よい出来とは言えませんが、お気に召して頂ければ幸いです(^^;)
 これで少しは・・・剣心も幸せを味わってくれたかな(笑)!?
 お目汚し、まことにありがとうございました! m(_ _)m

〜 「左之剣deオールナイトさま」
     緋村剣心生誕祭 2004 部屋へ捧ぐ 〜

 かしこ♪

 04.07.10
 04.09.29 改訂