行燈が。
ぼんやりと室内を照らし出している。
温かみのある色合いは、微々たる揺らめきを宿しながら室内の存在を知らしめる。
敷き詰められた畳の上。
中央にはトン・・・一つの火鉢。
その傍ら、二つの人影がひっそりと。
火鉢に背を向け、己が二の腕を枕に眠る男。
硬質の髪、まるで彼の性格そのものを指し示しているようにまっすぐ、四方に向かって短く伸び。
浮かび上がる背中には惡、一文字。
長身の、屈強であるであろう身体を半纏に押し込め今、彼は安らかな寝息を立てている。
・・・どのような夢を、貪っているのだろうか。
物言わぬ背中を見据えるもう一つの瞳は。
あぐらを掻き、懐に一振りの太刀を抱いて杯を手にしている。
薄明かりの中。
赤毛、不思議な透明感を放ちそっと、面差しを押し隠している。
左頬に走る、十字傷ですら。
細身の身体に纏う着物、年の瀬という頃合いであるというのにその胸元、ゆるやかだ。寒さの一片も感じ得ぬと言わぬばかりに鳥肌一つ、浮かばせてなどいない。
なめらかな肌、惜しげもなく行燈の中へと晒されて。
赤毛の優男は、幾度目かの杯を重ねた。
無論、手酌で。
ほんの数刻前までは、惡一文字を背負う長身の男が銚子を握って離さなかった。
それが。
気がつけば、長身の男のほうが酔いつぶれてしまって怠惰に眠りを貪っている。
「・・・これでは・・・」
せっかくの大晦日も台無しだ。
優男、ほっと息を吐いてしまう。
・・・開け放してある障子の向こう。
見れば、雪が舞い始めている。
冷えてきたと思ったら・・・
景色を見遣ったままにつと、銚子を手にすると。
「・・・おろ。空・・・でござるか・・・」
どうやら、酒にまで見放されてしまったらしい。優男、ますます苦笑を禁じ得ない。
長身の男の、このような有様に家の主である剣術小町は、すっかりへそを曲げてしまった。何しろ、皆で一緒に初詣に行こうと約束をしていたのだ。それが、酒盛りであろうことか、酔いつぶれてしまうなどと・・・
おまけに、優男は一人にしておくわけにもいかないと、留守番として残ったのである。
剣術小町は、放っておいても大丈夫だとしきりに訴えていたが、優男はやんわりと断った。・・・彼の言葉に剣術小町は弱い。しぶしぶ、門下生である少年と一緒に出かけたのである。
「やれやれ・・・とんだ貧乏くじでござる。それにしても・・・あとどれぐらいで、除夜の鐘は鳴るのでござろう・・・?」
返事があるわけでもなく。優男は呟きざまにスックリ、立ち上がった。
やおら押入を開け放ち、手慣れた動きで布団を敷いた。
その足で、畳に寝そべる男へ身を寄せる。
「左之・・・左之、起きるでござる」
膝を落とし、優男は軽く身体を揺さぶった。
「ん・・・」
小さく呻いて反応を示すが、だが一向、意識を浮上させる気配はない。
「左之。風邪を引いてしまう。布団を敷いたから、横になれ」
「あー・・・んー・・・」
判然とせぬ返事。生返事。
動く気配は、ない。
だからといって、
よもやこのような巨体を動かそうなどとは優男、微塵たりとて思わない。これでも一級の刺客、膂力に自信がないといえば嘘になる。しかしこのようなことで使うような膂力でもなし・・・。
優男。ため息混じりに立ち上がった。
「酒でも、沸かしてくるとしよう」
空になった銚子を数本手にすると、優男は腰を上げて厨へと向かった。
部屋へ戻ってみると、長身の男は褥の上、大の字になって眠っていた。
意識は寝ていたはずなのに、自分の言葉は理解できたらしいと知って優男、思わず忍び笑いを洩らした。
・・・雪が。本格的に降り始めている。
おそらく、この空の下、どこもかしこも大晦日の・・・近づく正月のにぎわいに人々がひしめていることだろう。
それがどうだ、ここの静けさときたら。
まるで空間を切り離されてしまったかのような。
隔離されてしまったかのような。
「・・・隔離、か・・・」
再び手酌で杯を傾け始めた優男。ふいに自らの唇から零れ出た言葉に敏感な反応を示した。
「隔離・・・だと・・・?」
そういえば。
今、この屋敷にいるのは・・・部屋にいるのは・・・
「拙者と、左之だけ・・・?」
途端、
優男の面上、一気に朱で染め抜かれた。
酒を思い切りあおったわけではない。
己の抱いた考えに、全身が上気してしまったのだ。
その事実がいっそう優男を混乱に陥れ、かつ、容易く意識を朦朧とさせた。
視線が、無意識に。
再び長身の男へ向けられる。
先ほどまで見せていた惡一文字は、今や褥に押し殺されて皆無だ。
大の字になって寝息をさらす彼の胸元、一張羅である半纏が惜しげもなく開かれ逞しい、肉付きのよい胸乳が、そこに。
目の前に。
クッ・・・と。
思わず、喉仏が動いてしまったことに優男、気づいていない。
「左之・・・か・・・」
思えば、不思議な男。
この男と出逢って、友を得るということの意味を知らされた。
この男と出逢って、相棒という存在の重みを知らされた。
この男と出逢って、自分は・・・情を交わすということがいかに・・・
いつからだろう。
これほど心の奥深くまで立ち入らせたのは。
知らぬうちに心を許してしまったのは。
何もかも・・・知られてもいいと、思ってしまったのは。
いつから・・・?
「左之・・・助・・・」
こんなふうに・・・
二人きりになるのは、久しぶりだった。
特に師走に入ってからは、年越しの準備などで毎日市中を、あるいは屋敷中を走り巡っていた。
その時間の中に、この男がいなかったわけではない。
だが、忙しさにかまけて睦言の一つ、こぼしていないように思う。
指先一寸、触れていないように・・・思う。
「左之・・・」
見つめているうちに。
優男の胸の中で何かが沸き上がってきた。
胸元へ手を寄せるが、それは一向、収まる気配を見せない。
むしろいっそう激しく燃え立っていくかの如く。
優男の胸裡を苛み始めた。
「左之・・・左之助・・・」
深紅のはちまき。
凛々しく、意志の強さを象徴する眉。
魂のこもった強い眼光は、瞼の下。
白い歯をこぼし、不敵な・・・それでいて安心させる笑みを浮かべる唇。
数え切れぬほど迎え入れられた、胸元・・・
トク・・・トク・・・トク・・・
にわかに、鼓動が速まったのを自覚する。
されど、止める術など今の優男、心得てなどいなくて。
ゴクリと・・・喉が鳴った。
・・・触れたい。
「・・・左之・・・」
優男の呟きは。既に、己が情熱など宿っていない。
何かが憑依したように無心に、だが夢中になって・・・
・・・いつしか・・・
膝を擦るように。
優男、彼の名を唇に宿しながら側へと寄っていった。
酒を満たした杯を手にしたまま。
「左之助・・・」
左手が。
無意識に伸びた。
褥に放り出されたままの彼の右手へ、指先を舞い降り立たせる。
ツ・・・つぅ
掌・・・手首、肘・・・
優男の指先は、魅入られたかのようにさかのぼっていく。
指先から伝わる肌の温もりは。
熱燗にしてきたはずの酒など敵わぬほどに熱かった。
指の先端から焼け付いて焦げて、燃え上がってしまうのではないか。
そんな、
闇雲な不安と焦燥感・・・裏側に潜む恍惚感にのめり込みながら優男、
やがてうっとりとした眼差しで彼を捉える。
「左之・・・左之助・・・」
唇は、言葉を繰り返し。
指先は、ついに胸元へと到達し。
愛しげに・・・指をくねらせた。
「左之・・・」
優男は。
焼け付く熱さから指先を解放し、
自らの左手を見つめた。
「さ・・・の・・・」
ため息が、洩れる。
洩らしながら・・・
淡い紅色の唇を開いて。
「ン・・・」
左手の指先を、舌に絡め取った。
「左之・・・左之の・・・味がする・・・」
それは、強烈な雄の味。
雄の匂い。
「左之ぉ・・・」
鼻を鳴らすような、甘い。
耐えられなかった、もうこれ以上は。
この室内に。
この空間に。
愛しい人と二人きりだと思えば。
二人きりだと・・・!
・・・と。
それまで手にしていた杯を思い出した。
満々に酒はある。
あぁ・・・そうだ・・・
再び喉を鳴らし、優男は黙ったまま、杯を長身の男の胸乳へと傾けた。
無数の雫が容赦なく、歴戦を潜ってきた厚い胸板を濡らす。
「はぁ・・・」
ポトン。
杯を落とし。
優男は長身の男へと這いつくばった。
薄い唇、胸乳へ降り立ち雫となった酒を舐め取っていく。
すすり泣くかのような声をこぼし、優男は夢中になって、彼の肌をねぶっていく。
「左之、左之っ・・・」
彼は意識のない男の右手を取ると、己が懐へと滑り込ませた。
動かぬ指先、自ら胸の花へとあてがい強く、擦りつける。
「うっ、んぁ」
着物が、乱れた。
スルリと左肩、行燈の明かりに浮かぶ。
「左ぁ、之っ・・・」
潤み始めた瞳へ幕を下ろし、優男は身体を折り曲げた。
・・・わななく唇、寝息を織りなす愛しい唇へ・・・
「むふぅ・・・ん・・・」
切なげな吐息とともに。
合わせた唇をなぞるように舌を踊らせ、ゆるり、彼の唇を割り開く。
画然、
期せずして優男の舌、強く長身の男へと吸い上げられた。
「んっ・・・!」
思わず優男、男を突っぱねようと両手に力をこめるも一瞬、遅く。
彼の意識、急激に訪れた快楽の波に容易くさらわれた。
力の存在など、皆無となり・・・
「あっ・・・はぁっ」
脳髄が痺れる。
突然のことに驚きながらも、優男は驚異的な順応を見せた。
自らも口づけに応じ、唇に宿る熱っぽさと柔らかさを堪能し尽くして・・・
ようやく唇を離された頃、優男、くったりと脱力。
「さ・・・の・・・? 起きて・・・」
「当たり前だろ」
汗ばみ始めた男の胸乳へ。優男は荒い息づかいを整えようともせずに頬を預けている。やや上目遣いに眼差しをあげると、皮肉めいた笑みを浮かべる男の面差しがあった。
「いつから・・・起きて・・・」
「ばぁか。あンだけ誘惑されて起きねぇヤツが、どこにいるってんでぇ」
彼の言葉に、自分の行為のすべてが脳裏によぎったらしい。
優男の表情にわずかばかり正気が戻ったが、それも束の間だった。
男の右手が有無を言わさず、優男の下腹部へと伸ばしたゆえに。
袴の上から敏感な部分を握られて優男、戦慄して身を震わせた。
「まさか、怖がってんじゃねぇよなぁ? こンだけ俺を煽っといてよ・・・」
ペロリと。舌なめずりをした男。
優男、大きく息を吐いた。
「・・・嬢ちゃん達は・・・どうした?」
「は・・・初詣に・・・」
「なるほど・・・俺が寝ちまったもんだから、留守番をしたってわけかぃ・・・うれしいねぇ、剣心」
愉快そうに忍び笑う彼が、心底腹立たしく思う。
この男が側にいるが為に、こうして身も心も乱れてしまう自分自身も心底、腹立たしい。
されど・・・
「俺と二人きりになったもンだから、たまらなくなっちまったってか・・・?」
「さ、左之・・・!」
「・・・かわいいよ、おめぇ」
瞬く間に赤面し優男、顔を突っ伏してしまう。
胸乳に感じる、優男の呼吸。
乱れながらも、確かに息づいているそれは明らかに・・・
男は。天井に向かって薄く笑みを滲ませた。
「剣心・・・」
高ぶりを握りしめていた右手、袴の紐を解き。
「あ・・・」
次に、何が起こる?
そんなこと言わずとも、想像せずとも・・・
優男、彼の上で身を横たえたままじっと、成すがまま成されるがまま。
男の手、袴を取り払った。
バサッ、着物の裾をまくり上げ。
下帯に締め付けられる臀部が、外気に触れ。
「ここは・・・どうなんでぇ?」
両手が、ぞんざいに。
臀部を握った。
「んっ、あぁッ」
身体をよじって身もだえる、優男。
両手を突っぱねて上体を起こし、彼は男の瞳を覗き込んだ。
「頼む・・・左之。焦らすな・・・早く、早く・・・」
「へぇ? せっかちじゃねぇか。まだ下帯さえ解いてねぇっていうのによぉ」
画然、言葉を噛み殺した優男の気配。
男は大の字に横たわったまま、微笑を浮かべた。
「・・・すまねぇ。悪いのは俺のほうだよな。約束破ってみんなとの初詣、ふいにしちまったんだからよ。けど、だから余計に・・・」
優男の下帯が。
解かれ、宙を舞い。
現れたのは・・・
「さ、左之・・・っ」
下腹部から下だけを視界に。
これほどの恥ずかしさがあるだろうか?
瞳を閉じた優男に、彼は言葉を続ける。
「・・・余計に、俺を求めてくれたおめぇが、愛しくてたまらねぇ・・・っ」
男、勢いよく上体を起こすなりやおら、口づけた。
たちまち陶然としたものが押し寄せ、優男は淫猥な口づけに夢中になる。
絡み合う舌先、漏れ流れる唾液・・・
その、下で。
優男の高ぶりは、男の掌の中へと落ちた。
「んっ、ふぅッ!」
唇を離した瞬間、二人の間をつなぐ糸。
長身の男、満足そうな笑み。
「すげぇ・・・濡れてンなぁ? いつからこんなにしてたんでぇ・・・」
「い・・・意地悪を・・・っ」
「訊いてるだけじゃねぇか」
だが、長身の男も臨界点を達しつつあった。
我慢、できない。
「なんだかんだって・・・俺にはもう制御不能だぜ。おめぇが欲しくて、たまらねぇ。今、すぐに・・・おめぇの中へ・・・っ!」
慌ただしく衣装の下より己自身を引き出し。
優男の目から見ても明らかに、それは今までになく灼熱の・・・
「はぁぁ・・・左之・・・っ」
うっとりと。
全身を小刻みに震わせながら優男、優しく自らの手を添えた。
脈動するそれを。
手にしながら・・・火傷のように焦がれながら・・・身を沈め・・・
「左之、左之、左之・・・!」
すべてが、優男の全身を穿ったとき。
「剣心・・・動く、ぜ・・・ッ」
「はぁっ、ぁぁぁ!」
男の腰が。
別の生き物のように蠢いた。
縦横無尽に、予測不可能な動きを見せ。
優男は翻弄された。
「はぁん、んっ、むぅ・・・左之、左之ぉ!」
あふれるは、嬌声と喘ぎ。
「ハッ、剣心、剣心・・・!」
男の声が。
優男の脳裏に眩暈のように浸透する、響かせる。
・・・もう、
彼の声なのか、彼の蠕動なのか、それすらわからぬほどに。
優男は溺れていた。
欲しい、欲しい、欲しい・・・!
この男が、欲しい!
何もかもなげうって、何もかも、何もかも・・・!
この、男のためならば・・・!
情熱の嵐、吹き荒れて。
感じるのは・・・
互いの肌の温もり。
汗。
痛いほどの、とろけた瞳。
白い肢体が薄闇に舞い上がる。
赤毛が、映え。
唇から絶え間なくこぼれる喘ぎ、長身の男を追い立てる。
「あぁ・・・キレイだ・・・」
思わず洩らされた呟きを、だが優男の耳朶には届いていない。
男には見えていた。
名なき華の存在を。
この言葉により華は肢体をしならせ、
この楔により華は開花し、
この水により、華は、果てる。
全身全霊を、そのすべてを自分に預けている。
赤毛の、名なき華。
至上の、唯一無二の・・・
「俺だけの、華・・・!」
刹那、
優男と長身の男の動きが同調した。
「剣、心・・・!」
「左之ぉ・・・ッ!」
・・・赤毛が。
解かれた赤毛が。
薄闇の天井に舞い散る、舞い散る、毛先の隅々まで。
意識を落とし込もうとする長身の男の網膜、焼き付き。
隔離された空気、隔離された空間。
時の流れを知る者は・・・
心の流れを知る者は・・・
二つの意識が静謐の闇へと閉ざされた時。
どこからともなく・・・
除夜の鐘が、空気へ溶け込んで・・・消えた。
了
拝啓 〜「除夜、もう一つの夜」編(改訂 01/7.18)
改訂・・・といっても、誤字脱字等に手入れをしただけのことでござるゆえに・・・さほど変わっては・・・(涙)
それでも妙に誤字脱字があるような気が致すが・・・ご容赦くださりませ(涙)
この作は、初めて自発的に「投稿した」ものでござります(笑) 「左×剣DEオールナイト」さまへ寄せさせて頂いた物・・・。
それゆえに思い入れは深い・・・はずなのでござるが。
どうにも、どんな物語であったのか思い出せなかったでござるよ(笑)
改めて見返すと・・・う〜む、ただ絡んでいるだけだな〜という印象が(涙)
あぁ・・・何だかなぁ・・・(^^;)
お目汚し、ありがとうでござりましたっ! m(_ _)m
かしこ♪
背景画像提供 : Play Moon さま