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 いつ、どこで、どうなってしまうのかわからない・・・
 何度考えてみても、それは突然に。
 突拍子もなく、
 前触れもなく襲ってくるのだから、当の本人である左之助とてどうすることもできない。

 剣心、はだけてしまった己が姿など顧みず、左之助へと縋り付いていく。
 唇を・・・
 胸乳に押しつけて這いずり回る。
 陽光の中で煌めく赤毛がうずくまるような姿は、左之助に一種の恍惚感をもたらす。

 「剣心・・・何だ、積極的じゃねぇか」

 嘲笑した台詞など、耳に入っていないのだろうか。剣心は無言のまま、彼の胸乳に己が唇を寄せている。

 「馬鹿野郎、そんなンじゃ、おめぇの欲は満たされねぇだろ?」
 「左、左之っ」

 鷹の如く鋭く、奥にて底光りする輝き。
 剣心、背に怖気を走らせ瞳を伏せた。

 ・・・片肌はだけたその姿。
 後れ毛がゆるく、肩を薙ぎ。
 唇が、震え。

 左之助は、思いもよらず眩暈を覚えた。

 「いつから、おめぇは・・・そうやって俺を誘うようになったんだ」
 「え?」

 理解できぬ左之助の台詞に剣心が、にわかに面差しを上げたときだった。
 やや冷気を孕んだ風がふわり、舞い込んだ刹那、
 首筋に微かな吐息。

 「あっ・・・」
 「いい匂いだ・・・ずっと庭にいたのか? 日向の匂いがするぜ・・・」

 すぅるり、するり。
 無骨な指が、氷上のように舞い滑る。
 右へ、左へ、
 上へ、下へ。
 ハラリ、パサリ、衣装は意味を失い剥がされて。
 薄く汗ばみ喘ぐ肌、
 朱を帯び始めた肢体を左之助、腕に包む。

 「左、之・・・左之っ・・・」

 頭上から降りしきる声に、左之助はこみ上げてくる笑みを隠せぬ。
 剣心の両手を自らの両手でつなぎ止め、
 己が唇のみにて今度は、衣装を剥がしていく・・・

 肌をなぞるのは左之助の鼻先。
 肌を追うのは左之助の唇。
 肌を掠めるのは左之助の吐息・・・

 「あっ、あぁ、左之っ、駄目・・・っ」

 両手を奪われ、自由に抗うこともまして、縋り付くこともままならぬことに剣心、苛立ちを覚え始めていた。
 何としてでも、自由を得たい。
 もどかしさとともに積もってくるこの快楽の波を、どうにかしてやり過ごしたい・・・
 早く、早く解放して欲しい・・・!
 この場から逃れねば・・・何とかせねば、
 誰かに・・・誰かにこの様を見られでもしたら・・・!

 早くしないと・・・誰かに見られてしまう・・・ッ!

 そんな、彼の十色の心境がわかっているのか。
 しきりに肢体をひねって自由になろうとする剣心に、左之助はほくそ笑む。

 「どうした? そんなに腰を振って。まだまだこれからじゃねぇか」

 左之助の言葉に初めて、剣心は自らの肉体の動きに気づいた。
 ピタリと身体の動きを止め、ジロリと左之助を睨み据える。

 「だっ、誰のせいでござるかっ。こんな・・・ふうにしたのは・・・」
 「さぁて? 誰のせいだろうなぁ・・・?」
 「左、左之助・・・ッ」
 「・・・素直にならねぇと、楽にはならねぇぜ」
 「!」
 「俺ァ・・・まだまだ、おめぇを離すつもりなんざ、さらさらねぇからなァ」

 左之助は。
 上目遣いのまま・・・
 剣心の瞳を見据えたまま、
 いつの間に下帯を取り去ったのだろう・・・
 下腹部にて高温を孕んでしまった高ぶりへと唇を寄せた。

 「左、左之・・・ッ!」

 やたらと赤い口腔がチラリ、見え。

 「んぁっ、ああぁぁ・・・ッ」

 腹の底からわき出したような声音が。
 思わず、正気に立ち返って慌てて、唇を噛みしめる。

 「何だ、イイ声だったのによぉ。聞かせてくれねぇのか?」
 「バ、バカっ、庭の向こうまで聞こえッ、あ・・・ッ」

 夥しい眩暈と思うのは、全身を苛む快楽のうねり。
 意識が、遠のく。
 つなぎ止めねば。
 だが・・・未だに自由を奪われたこの身では・・・
 せめて、手を離して・・・

 「左、左之ぉ・・・っ、頼むから・・・手を、離して・・・ッ」
 「嫌だ」
 「そ、そんな・・・」
 「俺ァ、どんな形でもいいから、おめぇと繋がっていてェ。手でも口でも何でもいい・・・一つだけじゃなくて、二つでも三つでも・・・一度に繋げられるもんなら、どんどん、おめぇと繋がりてェ」

 下腹部で囁かれたその言葉は。
 如何なる台詞よりもあまやかで。
 剣心の、それまで辛うじて引き留めていた意識を手放す結果を招いた。

 「あぁ、もう・・・! 左之、左之! 早く、拙者の中に・・・ッ」
 「何だって? 聞こえねぇなぁ」

 あくまでも意地の悪い左之助。
 心底憎らしく思っていても、剣心には抗う意志の欠片もなく。

 「早く・・・早く、来いッ、左之・・・!」
 「ハハ、やっと素直になりやがった。遅ェんだよ、おめぇはッ」

 喜々として。左之助は剣心から手を離すとそのまま、彼の細腰を絡め取り。
 大腿の奥へと己が腰を引き込むと左之助、剣心へと覆い被さるなり顔を覗き込んだ。

 「今日はどんな味がすンだろな・・・?」

 左之助の台詞に酔いしれた・・・、
 剣心の身体にとてつもない灼熱が打ち込まれた。
 膝を曲げて爪先を突っぱね、
 目の前にある肉体へ縋り付いて爪を立て、

 「左ぁ・・・之・・・ッ!」

 彼の耳元で、剣心は男の名を呼んだ。

 「あー・・・イイぜぇ・・・いつにもまして、うめぇ・・・」

 さらに膝を進めて自らを突き込む。
 少しずつ沈んでくるのが、入り込んでくるのがわかる。
 生々しく、感触が肉体のすべてを穿つ。
 違和感よりも快感、
 快感よりも抱かれているというその事実が、
 剣心をたちどころに狂喜へと誘った。

 「あ、左之、左之っ、もっと・・・ッ」
 「ヘヘ、いいのかい? あんまり大きな声出してっと、庭の向こう側まで聞こえるぜぇ・・・?」
 「で、でもっ、あ・・・ッ」

 ゆるやかに動き始めた左之助を、剣心は無意識のうちに求めていく。
 止まらない、あふれてくる声が。
 汗が、玉のように。
 左之助の頤を伝い降り、剣心の額を濡らす。

 「・・・貪欲に追いかけてみねェ」
 「あっ、あぁ、んッ、左之、左之ぉッ」
 「まだまだッ、もっと乱れろ・・・ッ。この明るさの中で、おめぇの痴れるところを俺に、見せつけてみな・・・ッ」

 白い細腰が、妖しげに乱調な調律を刻んでいる。
 浅黒い肌へと、腰へと隙間がないほどに密着し。
 床を突っぱねていたはずの脚など、いつの頃からか左之助の脚に絡み。

 「ハッ、はぁ、左之、左之っ。んっ、ああぁ・・・」
 「鳴き声、たまらねぇなぁ・・・ッ。俺の名、呼べよ・・・呼んで、イっちまいな・・・」

 左之助が唇を重ねると、剣心は吸い付くようにして応じ、求めた。
 喘ぐがゆえにだろうか、彼の口腔内は乾ききり、まるで水を欲するかのように剣心の舌先、左之助の深淵を探ろうと絡んでくる。
 深く、深く口づけながらも左之助の腰部は止まらない。
 止まらぬどころか加速し、
 加速しながら・・・

 「左之、左之! もう、あぁ、左之・・・ッ!」
 「イけよ、剣心ッ。俺と、一緒に・・・」
 「あ・・・ああぁ・・・ッ!」

 ・・・腕の中で。
 華奢な身体が一瞬強ばった。
 左之助はしっかりと抱きすくめながら自らもまた、身体を強ばらせ・・・
 やがて、
 弛緩し、朱色に染まった肉体へと落ちていった・・・






 「洗濯物など、パッパッパッと入れてくれるのでござろ?」
 「・・・」
 「何だってしてくれるのでござったな?」
 「う・・・」
 「約束は約束、でござるよ、左之」

 自室の畳の上、衣装など身に纏わずにそのまま横たわっているのは、剣心。
 あまりにもしどけない姿、この姿ほど他人に見られでもしたら大変なことになる。
 が、それ以前に剣心、身体の自由が利かないのである。
 左之助との情事。
 いつにもまして情熱的で、剣心はついつい気をやってしまった。
 しかもこともあろうか、縁側で。
 おまけに、左之助の情熱が功を奏してしまったのか、身体の自由が・・・正確には腰が、思うように動かなくなっていた。
 無論、しばらく休んでいれば大丈夫なのだが、何しろ剣心には、屋敷内での家事を一切任されている。
 居候の身分なのだから、あてがわれた仕事が出来ないとあっては、宿主たる剣術小町に申し訳が立たない。

 「洗濯物を取り込めたら、今度は風呂焚きでござるよ? それが終わったら・・・」
 「まだあるのかよっ?」

 身繕いをしながら、左之助は些か苛立ったように声を上げた。
 が、剣心の眼光はそれらを一切、許さない。
 にこやかに微笑みながら左之助に言う。

 「拙者をこのようにしてしまったのは、誰のせいでござるかな?」
 「う・・・」

 さしもの左之助とて、反論する余地はない。

 「・・・仕方ねぇだろッ。欲しくなっちまうもンはよ・・・止まらねぇんだからよォ・・・」
 「何か言ったか、左之?」
 「な、何でもねぇよッ」
 「では、まず洗濯物から頼むでござるよ。拙者はもう少し休んでから、夕餉の支度を始めるゆえ。・・・さすがに、夕餉までは頼めぬからな」

 笑った剣心の顔を、左之助は無言のままでひと睨みする。
 しかしながら剣心、どこ吹く風。
 気怠げに寝返りを打って見せて左之助を見つめる。

 「・・・この野郎。何気なく俺を挑発してやがる・・・」
 「何か言ったか、左之?」
 「何でもねぇよ! チクショウ、後で覚えてろよっ」
 「負け犬の遠吠えでござるな」

 中庭へ降りた左之助の背中から、忍び笑う剣心の声が聞こえた。
 ・・・因果な相手に、惚れてしまったものだ。
 内心悔やむものの、今更後の祭り。
 惚れてしまったものは、仕方がない。

 「あー、もう! チャッチャッと済ませっか!」

 両腕を高く掲げて背伸びをすると、ヒュウと一陣、風が巡った。
 火照っていた身体には心地よい。
 風とともに飛んできた者は、赤い四枚羽。
 先ほどと同じ者なのだろうか?
 自分達の情事を、一部始終見ていたのだろうか。
 そんなことを左之助は思いながらも、物干し台へと歩んでいく。

 「・・・もう、秋だなぁ・・・」

 ぼそりと独りごちたその言葉、再び巡った風に乗り、天空へ舞い上がって、消えた。




     了


(タイトル画像:きよらん殿♪)





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拝啓   〜 「ひだまりの縁側」編(改訂 02 /3.30)

 ん〜・・・どうして出来上がったのでござったかな、コレは。またしても記憶が・・・(涙)。
 確か・・・最後の場面。左之助が剣心にこき使われる場面が不意に浮かんできたことと、あとはまぁ・・・久しぶりに「濃い」ものを書きたくなった・・・ということぐらいでござるかな(笑)。
 結果的にはこういうものが出来てしまったのではござるが・・・
 ・・・はて。これはもう・・・何だかなぁ(涙)。
 ぽつりぽつりと、文体的なこだわりを見せているところもあるようではござるが、ただそれだけ(笑)。いやぁ、濡れ場を書くのはなかなかに難しい。そういう場面を容易く想像できたとしても(オイオイ!)、文章に置き換えて表現するとなると・・・難易度が高いように思う。
 経験が物を言うとも思うのだが・・・まぁ、それはさておき(オイオイ・笑)。
 少しばかり気が付いたのは、左之助の言葉の中に少しずつ、カタカナが入ってきたなぁということでござるかな。今では、「おめェ」などのように頻繁に登場しているこのカタカナ、まだこの頃には「おめぇ」のように、ひらがなだったのでござるねぇ。
 いやはや、時の流れを感じてしまったでござるよ。無意識のうちにどんどん、左之助の言葉が変化を遂げていくようで・・・。
 と、いうのも、本当に左之剣を書き始めた頃には、どの方にもわかりやすいようにとあまり、言葉を崩さぬ台詞を彼には話してもらっていたのでござる。・・・「聞く」と「見る」は違うでござるからな。
 が、様々な方々の作品を拝読させて頂いているうちに、別にそういうことを気にしなくても大丈夫なのだということが判明。私としても、どちらかというと左之助的な口調を話すタチでござるから(笑)、これがまぁ、素直に出てくる、出てくる(笑)。些かおかしいと思うところは手を加えているではござるが、左之助の口調に関してはさほど、手を加えてはおらぬ。それほど、自然にしみ出てきたとも言えるのでござろうなぁ(笑)。
 あ〜、でも本当にこいつは「濃い」。私にしてはごく稀なことなのでは(笑)。
 そういう意味でも貴重な(?)一つなのかも知れぬ(笑)。

かしこ♪