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 散乱してしまった銚子やら、杯やら。
 碗やら皿やら、食べかすやら。
 見回してみるとほとほと、嫌になってしまう。
 「やれやれ・・・これは片づけが大変でござるなぁ」
 剣心、誰に見せるわけでもないのに微笑みながら、小さく独りごちた。
 足の踏み場もないほどに、大広間は宴の余韻を刻銘に示していた。中へ進んで行くことすら憚れるかのような・・・乱雑さを極めている。
 「さて、と・・・」
 とりあえず。
 剣心は布団を二枚、持ってきた。
 そう、その散乱した中に埋まるようにして、薫と弥彦は眠っていたのだ。
 おそらく、この様子では先ほどの乱闘騒ぎも知らないだろう。
 それはそれで、良かったことだと剣心は思っているが、当の本人にしてみれば、「どうして起こしてくれなかった」と非難囂々、逆鱗に触れてしまうことは必至だった。
 けれど・・・
 「関わらぬだけ、そのほうが良い・・・」
 微笑を浮かべたまま、剣心はそっと、二人に布団をかけた。
 泥酔してしまったうえの眠りであれば、ちょっとやそっとでは目を覚ますことはないだろう。その気になれば、片づけもできたかも知れない。
 段取りの良い剣心は無論、考えぬ訳でもなかったが、今は二人を静かに眠らせてやりたかった。
 「片づけは、明日にするとしようか・・・」
 開かれたままであった障子を閉め、剣心は薫と弥彦を残し、その場を離れた。
 ・・・空気が、冷たい。
 大広間を一歩出ると、動きを止めていた空気がうっそりと寝返りを打った。
 耳を澄ませてみても、シン・・・と静まり返っている。
 先ほどまでのどんちゃん騒ぎがまるで、幻であったかのように儚げに思えてくる。
 普段はさほどに感じない屋敷の広さが、この時ばかりは広大に感じてしまった。
 思わず、己が肩を抱く。
 「寒い、な・・・」
 指先が凍てつくようだ。だが、これが自分の身体なのだと思うと何ら、苦には思わない。
 剣心は両手にハアッと白く染まる息を吹きかけ、幾度となく指先に体温を送り込みながら・・・
 ガタガタと、雨戸を閉める。
 冷えた手で、雨戸を閉める。
 ガタ、ガタガタ。
 できるだけ音をさせないように・・・静かに・・・
 あの二人を・・・起こしては、ならぬ・・・
 じっくりと時間をかけ、音が立たぬように注意を払いながら雨戸を閉め続け・・・やがて、己が部屋の前で終点となった。
 とりあえず、布団だけでも準備をしておこうか。
 剣心、最後の雨戸をそのままに部屋へと入った。
 雨戸を閉めてしまえば、周りは闇に閉ざされる。闇夜など、見えぬ剣心ではなかったが、今日ばかりはうそ寒く寂しさを感じてしまう。
 何かしらの温もりが、欲しかった。
 まず行灯に火を入れ、ぼんやりと明るくなるとさっそく、布団を敷き始める。
 「来る・・・だろうな」
 ぽつりと呟き、中央に敷いた褥に目を落とす。
 落としつつ、
 「枕・・・は、二つなければならぬかな・・・?」
 頤に指を当て、しばし黙し。
 ・・・つと。
 行灯の明かりがいよいよ明るく感じられて剣心、無意識に視線を上げてみた。
 「・・・よぉ」
 そこには、障子にもたれ掛かるようにして立っている左之助が。
 剣心、思わず苦笑をこぼした。
 何たることだろう、自分がこの男の気配を感じ取れぬとは。
 それほどまでに、何か一心不乱に考えていたことでもあっただろうか。
 一瞬、自らの思考回路を振り返ってみるが、その左之助のことを考えていたことなど、綺麗さっぱり忘れている。
 ゆえに、彼に言わせれば「思い当たる節がない」。
 我ながら情けないことだと自嘲したのだが・・・
 ・・・それは言い換えれば、それほどこの男に対しては警戒を解いている・・・
 心を開いている、ということではないのか。
 自ら弾き出した結論に、剣心は再び、苦笑する。
 「何をニヤニヤしてやがんだ? 気持ちの悪い奴だなァ」
 「そうか? ・・・やけに早い帰還だと思ってな」
 「そりゃそうさ。走って帰ってきたンだからな。おめぇに・・・早く会いたくってよ」
 恥ずかしげもなく言い放ち、左之助、敷居を跨ごうとしたその動き、剣心が小さく制した。
 「まて、左之助。その最後の雨戸を閉めてはくれぬか」
 「あぁ、いいぜ」
 「音を立てぬように、だぞ?」
 「・・・何でそんなややこしいこと・・・」
 「薫殿と弥彦が起きてしまう。・・・ここからかなり離れてはいるし、酒が入っているから、そうそう目は覚まさぬと思うが・・・起こしたくはないでござるよ」
 「・・・ふーん・・・」
 不得要領な顔つきではあったが、左之助は剣心の言うとおり、出来るだけ音を立てぬように、静かにゆっくりと、雨戸を閉めた。
 閉めた後、板の間を歩み、ようやく敷居を跨ぐと障子を後ろ手、パタリと閉めた。
 ・・・その顔が。
 打って変わってなにゆえか、不敵に微笑んでいる。
 布団を敷き終えた剣心は、帯を解きながら不審そうに左之助を見遣った。
 「何だ、左之? 何か嬉しいことでもあったのでござるか?」
 「いや・・・? ただ、俺を拒まねぇなぁと、思ってよ」
 いつもなら。
 この刻限、部屋へ入ろうとするだけで何らかの抵抗を剣心は放つ。
 が、今宵はどうしたわけか、一切の支障もなく、かつ拒むゆえの言葉すら出てこない。
 左之助の表情がゆるんでしまうのは、仕方のないことだった。
 「・・・拒んだところで、帰るお主でもなかろう」
 「ハハ、わかってンなぁ、剣心」
 心底嬉しかったのだろう、左之助が浮かべた満面の笑みに、一抹の疑問など皆無だ。
 目の前で襦袢一枚になった剣心、髪を束ねていた紐を解こうと、後ろ手に手を伸ばす。
 「おっと。俺が解いてやるよ」
 返答待たず、左之助は彼の背後へと歩み寄った。
 ・・・指が。
 藍色の紐、端を摘んでスルリ・・・。
 眼下にて、銅色の反物が両肩を覆い尽くした。
 その光景に左之助、
 我もなく一瞬、言葉を失った。
 「・・・左之?」
 動きを止め、息すら止めたような左之助の気配に、剣心は訝りながら背後を振り返る。
 艶やかに毛先が舞い、視界に訪れたのは白磁のような色つやの顔。
 唇が薄く開き、瞳が大きく見開いて左之助を映し出している。
 「どうした?」
 「・・・何でも・・・ねェさ」
 「そうか・・・?」
 「いや、その・・・やっと、二人になれたなぁって、よ」
 剣心の目の前で、左之助の頬が朱に染まった。それが自ずとわかったのだろう、左之助はついつい視線を逸らし、照れ隠しのように頬を掻いた。
 剣心の瞳・・・柔らかくたわみ。
 「フフ・・・お主も照れることがあるのでござるなぁ」
 「なっ、なんだよっ。・・・いいだろ、別に」
 「あぁ、構わぬよ? ・・・そういう左之助は、新鮮でござるから」
 「チッ。意地の悪い・・・」
 ますますばつが悪くなって、左之助は鼻を鳴らしてそっぽを向いた。
 剣心、クツクツと忍び笑いをこぼす。
 「あぁ・・・冷えてきたでござるなぁ・・・」
 襦袢一枚になった我が身を、剣心は呟きながらそっと、掻き抱く。
 見れば、彼の小さな身体は小刻みに震えていた。
 「悪い。風邪、引かせちまうな」
 「・・・温めてくれるのか?」
 「あぁ・・・汗が滴るぐれェ、俺が温めてやらァな」
 ボンっと。
 音がしたのではないかと思えるほど、剣心の頬が瞬く間に紅潮した。
 左之助思わず、ニタニタと笑う。
 「ハハ、おめぇだって照れてンじゃねぇか」
 「・・・・・・」
 剣心、返す言葉もない。
 「気が強いくせして・・・恥じらうんだからよ、おめェは」
 囁くように言葉を洩らし。
 左之助はそっと、剣心を腕の中へ取り込んでいく。
 剣心は導かれるがままに身体を任せ、頬に触れる彼の胸乳に心を震わせながら静かに、目を閉じた。






 行灯の明かりほど、恨めしいものはない。
 昼間ほどの鮮やかさではないが、ぼんやりと浮かび上がる造形物に、剣心は息が詰まるほどの衝撃を覚えてしまう。
 自分にはない筋肉の盛り上がりが、そこにある。
 羽交い締めにするようにして腰、腕が絡んで固定され。
 肩が・・・三角筋が、大きく隆起して絶えず、蠢いていた。
 濃い影を刻み。
 薄く汗を滲ませて。
 「あっ、あぁ・・・」
 わずかな筋肉の動きであるというのに、剣心にはそれらが艶美に見えてしまう。
 つい、あらぬ想像を掻き立てられて声を、洩らす。
 「左ぁ・・・之・・・っ」
 ・・・己が下腹部にて。
 漆黒の闇が埋まっていた。
 手を伸ばして退けようとするが、鋼鉄の意志の如くに動かぬ。
 さらにその奥から、小さくも鮮明な・・・普段、決して耳に出来ぬ卑猥な音が流れてくる。
 剣心はあまりの羞恥に言葉も出なかった。
 ただ、ただ漆黒の闇を退けるべく両手を突っぱねるのみ。
 「・・・剣心・・・」
 漆黒の闇から、言葉が洩れた。
 あっ、と目を向ければ・・・
 上目遣いに自分を見上げる顔が・・・左之助がいた。
 その唇には・・・
 「あぁ・・・いやっ」
 思わず目を閉じ、剣心は首を激しく振り揺すった。・・・横たわる褥、細かな皺が走る。
 「嫌なこたァ、ねぇだろう? ・・・さっきからよがりっぱなしじゃねぇか」
 それでも剣心、答えられぬ。
 褥の上でしきりに、赤毛を乱すのみ。
 「声も・・・聞きてェな・・・。何を堪えてンだよ・・・」
 「こっ、堪えてなど・・・っ」
 「嘘つき」
 左之助、これ見よがしに音を立て、加熱してしまった高ぶりを一気に、攻め立てた。
 「あっ・・・ああぁッ」
 頤、天を貫いた・・・時。
 左之助の口腔内で、剣心は陥落してしまった。
 「はぁ、はぁ・・・ッ」
 全身に力が入らぬ。
 彼を突っぱねようとしていた両手は褥へ投げ出され、
 背中はじっとりと汗ばみ・・・
 剣心は顔を横向け四肢を放り出し、乱れきった呼吸に翻弄されながら目を閉じた。

 左之助はようやく、顔を上げた。
 上げるなり、無言で剣心の頤を捻って仰向かせ。
 何事かと剣心、目を開いてみると・・・

 ゴクリ。

 左之助の喉が、音を鳴らして何かを飲み下した。

 「!」

 反射的に、
 剣心は思わず顔を背け身体を背け、ついには全身、突っ伏してしまった。
 力が入らぬというのに・・・よほどのことだったに違いない。
 左之助の口許に、冷笑が浮かぶ。

 「何だ・・・どうした、剣心?」

 ゆっくりと、剣心の上空を支配下に置きながら、左之助はわざとらしく囁いてみせる。
 薄く上気した滑らかな背中へ胸乳を這わせ、

 「・・・恥ずかしいのかィ?」

 剣心の耳朶へと言葉を染み込ませてやる。
 顔を伏せている剣心は、肌を震わせた。

 「なっ・・・なんということを、左之・・・っ」
 「ヘヘ、恥ずかしいのかよ、剣心? 俺ァ、嬉しいがなぁ」

 クツクツと耳元で笑うその声が・・・

 「う・・・」

 剣心の肉体に、新たなる変化を促していく。
 身体が・・・身体が偏に、熱かった。
 言葉の形容など見つからぬ、ただただ熱くて、熱くて、焦がす・・・っ
 自らの内側から正体のわからぬ炎の存在を認知して、剣心はきつく、褥を握り込んだ。

 「拙者・・・あぁ・・・」

 果てたはずの肉体が、またしても熱を帯び始めてしまったことに、剣心は動揺を隠せない。
 これほどまでに乱れ狂ってしまう肉体が、自分のものではないかのような・・・
 ・・・左之助の声を聞いただけなのに・・・

 「どうして・・・拙者はこんなに・・・」

 剣心がゆるゆると考えを巡らせているその間、左之助の腕は彼の身体をなぶり続けていた。時折洩らしてしまう喘ぎ声の存在に、だが剣心は気づいていない。

 「んっ、あぁ・・・くぅ・・・っ」
 「そうだ・・・もっとその声、聞きてぇなァ・・・」

 欲と煽りの含んだ声音と言霊に、剣心の身体が茹で上がったようにのぼせていく。
 左之助は己が意のままに変貌を遂げていく剣心が、頼もしくて愛しくて仕方がない。自らもまた声音を震わせながら、肉体を隆起させながら止めどもなく、睦言を奏でていく・・・

 「あぁ、左之ぉ・・・っ。んぅ・・・はあぁ・・・」
 「剣心・・・剣心・・・おめぇの、肌・・・吸い付いて、離れねぇ・・・っ」

 いつの間にか、左之助のはちまきは解けて褥に落ちていた。
 それが、純白の雪に滴り落ちた鮮血のように思えて左之助の胸中、妖しげな揺らめきを燃え立たせた。

 「剣心っ、俺ァ、もう・・・っ」

 華奢な身体を四つん這いにさせ、
 左之助の腕、時を満たして彼の腰を抱えた時。
 剣心の唇がするり、言葉を洩らした。

 「どうして・・・拙者は・・・乱れて、しまうのでござろうか・・・」

 左之助は剣心の臀部へ、両手をかけた。
 互いに一糸纏わぬ姿にて・・・

 「そりゃぁ・・・決まってンだろ? 抱いてンのが、俺だからよ」
 「左・・・っ」
 「おめぇ・・・俺に惚れてンだろぉ・・・」
 「そっ、んな・・・」
 「今更逃げンな・・・惚れてっから、おめぇは狂うのよ」

 艶然と告げられたその、瞬間。
 灼熱と潤いを帯びたもの、
 腰の奥へと割り入ってくるのがわかった。

 「くっ、うぅ・・・」

 突っ張っていた両手が、キュッと指をすぼませ。
 耳朶に、一瞬息を詰めた左之助の気配。

 「ああぁ、左之・・・っ」

 眉根を寄せ、薄く唇を噛み。
 身体を震わせながら剣心は、左之助のすべてを受け入れ・・・

 「入っちまったぜぇ・・・剣心・・・」
 「左之・・・っ」
 「ここはいつも・・・熱ィなぁ・・・」

 実際、左之助は身体を繋いだその部分を境に、全身が溶け出すのではないかと思っていた。
 自分を締め付けてくる剣心は、一分たりとも空間の存在を許さず、ぴっちりと左之助に吸い付いてしまっている。
 その快さに心酔し、今にも切れてしまいそうな意識を保ちながら左之助、言葉をとつとつ紡ぐ。

 「こっから、よぉ・・・溶けちまいそうだ・・・あぁ・・・ずっと、ここに・・・いてェ・・・」

 途切れる言葉が、掠れる息が、剣心の耳朶を穿つ。
 脱力しそうだった。
 耳朶から入り込んできた左之助の匂いは、剣心から抗う能力を洗いざらい奪おうとする。
 言葉も出せず、吐息すらこぼせず。
 ひたすら唇を噛んで、剣心は堪えている。

 「剣心・・・もぉ・・・たまンねぇよぉ・・・」

 湿った吐息が吹き込まれたかと思うと、左之助の唇はそのまま、耳朶をくわえ込んでしまった。

 「あっ、ああぁ・・・ッ」

 堪えきれず嬌声を上げたと同時、左之助の腰はゆるやかに蠕動を始めた。
 薄く汗ばんでいたものが、雫へと・・・変わっていく・・・

 「あっ、左之、左之・・・っ」

 耳朶の奥へと、舌先が入り込んでくる。
 肩を竦めようとするが、左之助の顎が邪魔をする。
 かつ、
 腰部では互いの繋がりが一定の調子を刻み始め、嫌でも吹き出してきた快楽の蒸気に身も心も、果てそうだった。

 「いい・・・いいぜェ、剣心っ。もっと・・・奥まで、いきてェのに・・・まだ・・・奥があるってェのに、これ以上進めねェってのは・・・チクショウ・・・」

 もどかしげに、左之助は。思いの丈を言葉に滲ませるが彼もまた、快楽の蒸気に当てられてしまったのだろう、裏腹にその瞳、陶然ととろけてしまっている。

 「もっと・・・もっと、腰・・・動かしてみねェ、剣心っ。そうすりゃ、きっと・・・まだ、奥まで・・・行ける・・・行きてェ・・・っ」
 「んっ、あぁっ、左之、左之助ぇ・・・ッ」

 左之助の言葉に流されたのか、剣心の腰部が淫らに揺れた。
 無数の雫にまみれた白い双丘の蠢きに、左之助はたまらず狂喜する。

 「ハ・・・ハハッ、すげェ・・・なぁ、剣心っ。いつもより滅茶苦茶、深い、ぜ・・・っ。おめぇの中に俺が、いる・・・あぁ、剣心、剣心・・・ッ」
 「うっ、あ、左ぁ・・・之、左之ぉ・・・ッ」
 「いいか・・・剣心、イイかよ・・・? なぁ、剣心・・・っ?」

 剣心、既に言葉にもならぬ。
 ガクガクと頭を振ってうなずきながら、辛うじて返答する。

 「ンっ、いい・・・イイでござるよッ、左、之ぉ・・・っ」

 それだけが、聞きたかった。
 左之助、吐息を滲ませながら微笑んだ。

 「あぁ・・・俺も、イイぜ・・・もっ、そろそろ・・・なぁ、いいよな、剣心? 一緒に、よぉ・・・」
 「うん、もっ、拙者・・・あぁ、左・・・ッ!」

 ・・・行灯の明かりが、立ち上る湯気らしきものを捉える。
 肌を重ねたまま、一寸、硬直した二つの肉体を浮かび上がらせ。
 わずかに漂った無音の空気を・・・
 行灯は黙って、照らし出すのみ。






 離れがたき腕ができてしまおうとは、思いもよらなかった。
 よもや自分にそのような存在ができてしまおうとは、想像だにしなかった。
 剣心は、荒ぶる魂を鎮めながら、同様に横たわる左之助を見遣る。
 彼もまた呼吸を整えつつあったが、目敏く剣心の視線に気づいて面差しを向ける。
 「・・・剣心・・・?」
 「いや・・・何でも、ござらぬよ・・・ただ・・・」
 「ただ・・・?」
 「・・・ただ・・・拙者には、勿体ないな、と・・・」
 「・・・何が、勿体ない、んだよ・・・」
 「ふふ・・・秘密でござるよ・・・」
 薄く微笑を浮かべた赤毛の人を、左之助はじっと、穴が空くように見つめた。
 すっかり寒さなど忘れ、肌という肌から汗を滲ませている愛しい情人。
 額や頬、肩や首筋に張り付いてしまっている赤毛すらも、左之助には愛しく思えてならない。
 こうして抱きすくめて、愛撫して・・・という行為を、今日はどれだけ願っていたことか。否、願い続けていたことか。
 年の暮れも押し迫れば、どこの家でもせわしくなるというもの。
 「二人の時間」が訪れることは、皆無に等しくなっていた。
 それがやっと、こうして肌を重ねることが出来たのだ。
 左之助には感無量である。
 しかも、剣心は抗うことなく素直に、自分を受け入れてくれた・・・
 この事実にも、少なからず喜びを噛みしめている。
 「なぁ・・・剣心・・・」
 「ん・・・?」
 「その・・・何で今日は、あっさり俺を、受け入れてくれたんでェ」
 求めていけば、必ずと言っていいほど、剣心は一度は拒む。
 時にはそのまま受け止めてくれればいいものを、と思うのが人の心情だが、普段と違うことが起こってしまうと訝ってしまうのがまた、人の心情。
 剣心はふっと、小さく微笑んだ。
 「時には・・・拙者も、左之を欲することぐらいある・・・」
 「け、剣心・・・」
 ・・・剣心自ら、欲を起こすことなど稀である。
 たとえあったとしても、それらを一切、表面化させないのが剣心なのだが・・・
 「だから、お主が求めてきたのに断る理由などないでござろう・・・?」
 ・・・そうだ。欲を起こし、行動を起こしたのは左之助の方なのである。
 自分も欲を起こしていたから、夜這いに来た左之助を拒まなかった。
 ただ、それだけだったのだ。
 でも・・・
 「俺が・・・欲しかったのか、剣心・・・?」
 「・・・あぁ・・・」
 「他の誰でもなく・・・俺、が・・・?」
 「当然でござる。・・・他の誰を欲せよというのだ、左之」
 頬を赤らめ、剣心は素直にうなずく。
 「まったく・・・今宵のおめぇは、ちょいと拍子抜けしちまうぜ。あんまり素直だからよぉ」
 左之助、照れ臭そうに笑いながら剣心をそっと、腕の中へと巻き込んだ。
 「俺は・・・いつだっておめぇが欲しくてたまンねぇよ。おめぇとのこういう宴なら、酒よりも喧嘩よりも、大歓迎だ・・・」
 「左之・・・」
 頬を擦り寄せ、剣心はそっと、左之助の耳朶へと唇を寄せる。
 「拙者も・・・左之とならば、こういう宴のほうが良い・・・」
 「けっ、剣心っ」
 「だが、ほどほどにしてくれぬと拙者の身体がもたぬよ、左之」
 心底おかしそうに、笑いを堪えて微笑む剣心の面差しが、左之助の脳裏に烈しく焼き付いた。
 「でも・・・な、左之」
 自分を抱き寄せた腕へと頬を寄せ、剣心はそっと、唇を這わせた。
 「お主にならば・・・時には、壊されても良いと思うでござる・・・」
 「剣心・・・」
 ・・・舞い降りてくる、唇。
 舞い落ちてくる・・・吐息・・・
 今はただ、じっと待っていればいい・・・
 待っていれば、待っていれば・・・






 ・・・舞い降りてくるのは、白いもの・・・
 闇夜の広がる空から、ひらりちらり、ひらひらひら。
 彼等の存在を知るのは、陽の光が訪れてからだろう。
 静かに、気配もなく・・・
 彼等は舞い落ちていく。
 己が身が溶けてしまわぬように、できるだけその屋敷から離れつつ・・・
 屋根の下、雨戸の向こうにて囁かれる、睦言に耳を側立てながら・・・




     了


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(タイトル画像:きよらん殿♪)





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拝啓   〜 「宴の夜」編(改訂 02/4.13)

 サイト「オールナイト」さまが企画した、クリスマス部屋のための作品でござります。
 この企画が起ち上がる以前にお話を頂いた時、コンセプトが「楽しいパーティ」でござった。
 ・・・明治の世にパーティ・・・はてさて、と沸いてきたイメージは、「パーティ」=「宴」でござった。
 ならば、彼等にとっての「宴」とはなんぞや?
 というところから、思いつく限りの要素を取り込んでみたらば・・・あぁっ、いわゆる「ある一日の出来事」を徒然に書き綴っただけの代物になり果ててしまった(涙)。
 まとまりのない、しまりのない代物に・・・なんてこったい(涙)。
 しかしながら当時、これを書いていた時は本当に楽しかったでござる(笑)。乱闘シーンも、表現不足ながらに楽しく書けたでござるしなぁ♪(だから表現力を養えっての・涙)。別の意味で、原作風味がふんだんに入っているようにも思えるでござるよ♪

 今回の改訂版、他の代物に比べてかなり、手直しを入れてしまったでござる(汗)。
 新たに文章を挿入する、などということはなかったのでござるが、細々とした箇所の表現を変えたり、削除したり・・・。
 ・・・誤字などもあったでござるし(涙)。
 情けない・・・というより、かなり悲しいでござるなぁ。詰めが甘いでござるな、ウン(涙)。

かしこ♪