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「あぁ・・・っ」
闇の中・・・喘ぎ。
「く、ふぅ・・・」
紡ぎ出される紫煙の筋は、煙草のそれではなく・・・吐息。
「左ぁ、之・・・っ」
キュッと突っぱねた爪先が、褥に無数の波を生む。
舞い降りてくる唇の感触を、剣心はもどかしい思いで受け入れていた。
もどかしく、愛しく・・・切なく。
肌を貪るはずの手のひらは、嵐のような獰猛さではなく、春風のような柔らかさで。
耳朶を潤すはずの睦言は、卑猥な言ではなく夢想なる、言霊。
違う・・・違う、これは・・・っ
「左之、どうして・・・」
「・・・何だ、よ・・・」
大腿の内側へ唇を埋めていた左之助は、剣心の言葉に耳を傾ける。
「どうして、そんなに・・・今宵は、優しい・・・」
「・・・あ・・・?」
「いつも、みたいに・・・壊れるぐらいに、拙者を・・・扱、え・・・っ」
「扱え、だと・・・? 馬鹿を言っちゃぁいけねェ。俺は、おめぇを抱いてンだぜ。そんなものの言い方すんな・・・」
「左之・・・」
「それに・・・今日は、おめぇをこんなふうに抱きてぇだけよ」
「あ・・・!」
胸乳への刺激に、剣心の身体が捩れた。
「左之・・・っ」
「ゆっくりと乱れる姿が・・・見てェのよ・・・」
左之助、ニヤリと笑って見せたがその心、肉体とは裏腹冴え冴えとしている。
・・・剣心は気づいていないようだが。左之助、あることに気づいていた。
肌を重ねるようになって知ったのだが、剣心には常に、何かに壊されたい・・・破壊されたいという願望があった。
常日頃、穏やかな微笑を浮かべて争いごとを嫌う優男だが、一度肌を脱げば、自らの存在を真っ向から否定するかの如く、激しい気性が住み着いていた。
いや、否定しているのではない・・・この現実から逃げたいのだ。そう、思い始めたのはつい、最近のことだった。
左之助は、剣心が何を背負って生きているのか、すべてを知っているつもりだ。
知ってはいるが、感じることなどできはしない。そう・・・慮ることはできても誰も、彼の背負っている重責を感じる者は、いないのである。
想像を絶する重さだろう。
生きていることすら、嫌になるくらいの。
時に・・・死を選んでしまいたくなるほどの、苦しみであるに違いない。
時折、剣心の面差しに「死」の影が降りることを左之助は知っている。その時は決まって、この腕に抱き留めてすべてを忘れさせようと務めてきた。
まさしくそれが・・・「今」だった。
「死」が降りてきた時、左之助は全力で剣心を抱いた。文字通り、壊れるまで抱いた。
クタクタに、自分も相手も疲労困憊になるまで肌を合わせた。何も・・・考える余裕を与えないように。
泥のように眠って目が覚めれば、剣心は心の強さを取り戻していた。
でも・・・
今も、「死」の影が剣心に降りてはいるが、今回は勝手が違うように思えた。
今まではこちらから「死」の影を認めて、ほとんど無理矢理に抱いてきたのである。
が、今日は自ら飛び込んできた・・・状況が、些か違っている。
剣心は荒々しく抱かれることで、この世の憂さを忘れていた。
しがらみを一切忘れて、夢に浸ることで、自身の心を保ってきたと言ってもいい。
が、剣心自身がそれに気づいていないのだ。
左之助が、「現実逃避」の場所であることを。
「剣心・・・剣心っ。俺ァな・・・いつでも、ここにいるんだぜ・・・?」
「左・・・之・・・?」
「心底、惚れちまってるからよ・・・おめぇのすべてを、受け止めてェ・・・」
「左之・・・」
「だからよ、そんな顔をすることァ、ねぇんだよ。・・・おめぇの心が悲鳴を上げてる・・・そんなことはな、先刻お見通しよ」
華奢な身体を割り開き。
左之助は、静かに身を埋めていった。
少しく・・・剣心、唇を噛んだ。
「ほら・・・こうして、おめぇの中にいるだろう・・・?」
「あ、ぁ・・・左之・・・ッ」
「いつでも、俺ンとこへ来い。何があっても、俺はここにいる。ここにいて・・・おめぇの味方だ」
「味方・・・」
剣心の脳裏に、あの女の台詞が駆け抜ける。
思わず、目を閉じた。
「何があったか知らねぇが・・・おめぇは、おめぇだろ。何も、考える必要はねぇ。おめぇらしく、生きてりゃそれでいい・・・」
「何も・・・聞かぬのか・・・?」
「話したくなったら、話せばいいだろ」
額に軽く唇を落として、左之助は笑った。
あぁ・・・っ
剣心は、心の底から感嘆した。
何という男なのだろうか。
彼の優しさが、今更ながらに身に染みた。
時に自分勝手で、子供のような悪戯もしでかすが、それは偏に純なる心根から起こるもので・・・
今だって、自分を思ってくれるがゆえの、優しい抱擁で・・・
胸が、ジンと熱くなる。
「左之・・・左之っ」
・・・広い胸板が、心地よかった。
厚い背中が、頼もしかった。
情熱の固まった言葉が、嬉しかった。
「左之ぉ・・・ッ! 拙者・・・ッ!」
自分の生き方は所詮、受け入れられてもらえない・・・
この身体ですべてを背負い、
今からも、決して消えることはないであろう憎悪を浴びていかねばならない。
・・・堪えられるのか。
生き抜けるのか・・・?
これらを背負ったまま、生き抜くことなど・・・
こんな、味わいを・・・
自ら選んだ道だ、覚悟もしたではないか、後悔もしていない、していないが・・・
時に、心が、痛くて・・・亀裂が、音を立てて・・・
許すものかッ
忘れるものかッ
呪い続けてやるッ
聞こえる、聞こえる・・・
憎悪の雄叫びが、聞こえるッ
・・・鬼が・・・魔が・・・
見ている、こちらを、見ている・・・
嗤って・・・
怖いッ!
「左之・・・左之ッ! ああぁ・・・ッ!」
「剣心、何も考えるなっ。考えなくていいッ。忘れろ、こんな時は! 忘れて、真っ白になったところからまた、始めりゃいい! すべてを一人で抱え込むな、俺の中に少しずつ、置いていきゃいいッ。苦しいなら、分けて置いていけばいいッ」
「左、之・・・?」
「おめぇの苦しみ、俺も欲しい。それも、おめぇの一部だからっ。おめぇのものなら、何でも俺にくれ。置いていきなっ」
「・・・甘えて・・・良いのか? ここに・・・苦しみを置きに来ても・・・」
「惚れた相手に甘えられて、嬉しくねぇ奴がどこにいるよ」
「左之・・・ッ」
感、極まり。
首へ腕を絡ませて身を縋らせると、剣心は素早く、左之助の耳朶へとボソリ。
左之助の動きが、一寸止まった。
まじまじと、剣心を見つめる。
「剣心、おめぇ・・・」
無意識のうちに、顔がほころんでいた。
頬が、赤い。
「嬉しいぜ、剣心・・・おめぇから・・・おめぇからそんな言葉、聞けるなんてよぉ・・・ッ」
「あ・・・ッ」
左之助の腰が、ずいっと奥へと入り込んできた。
剣心、わずかに息を詰めたが、身体を震わせて喜びを示す。
「もう、朝まで・・・いや、朝になっても離さねぇからなッ。俺の色で全部、おめぇの心を染めてやるッ」
瞬間、
剣心は夢中で、左之助に縋り付いていた。
何があっても、この男がいてくれれば何も怖いものはない・・・
そう、思った。
たとえ、この生き方が世の人々にどのように映ろうとも、
ごく一部の人々が知ってくれれば・・・認めてくれれば、それでいい、それで・・・満足。
それで、生きていける。
いや、そう望むことすら、贅沢な願望なのだろうけれど・・・
剣心はこの夜、すべてのしがらみを忘れた。
何もかもを、左之助に委ねた。
彼の熱さに身も心も焼き尽くされた。
魂の底から惚れ抜いてしまった・・・左之助に。
了
(タイトル画像:きよらん殿♪)
拝啓 〜 「逢魔が時」編(改訂 02/4.23)
サイト「オールナイト」さま企画、バレンタイン部屋へ送ったシロモノでござる。
どうやら突発的に思いついたものであるらしく・・・あまり、煮詰めなかった記憶しかない(涙)。
後々になっていろいろと思うものでござるが・・・やはり、このネタはもっともっと、しっかりと考えて煮詰めて書くべきシロモノでござったなぁと痛感致した(涙)。
いわば、剣心にとっては永遠のテーマ。それをどのように進めていくか、どの程度掘り下げていくか・・・まだまだ、甘いでござるなぁ(涙)。
もう少し、二人の心境を深く書いてみても良かったのではないか、と思うばかり。
しかし、この時バレンタイン部屋開催までの期日が迫っており、やや急かされるようにして送り出してしまった・・・。
・・・いや、それは言い訳にすぎぬな。
どれほど切迫していても、自分が納得するものを仕上げなければ。
・・・て、そんなシロモノを書き上げたためし、なかったでござるか。トホホ・・・(涙)。
かしこ♪