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 このまま部屋にいては、腐ってしまう。
 ふと思い立って左之助、布団から這い出てくると久方振りにふらり、外へ出た。
 ・・・あまり、天気がよいとは言えぬ。空気には水の匂いが立ちこめていた。
 ・・・雨でも降るだろうか。
 視線を空へ向ければ灰色一色。
 でも・・・それも、いいかもしれねぇ・・・
 雨に濡れたい気分・・・どうにでもなってしまいたい気分・・・
 下袴に両手を突っ込み、左之助は徒然に辺りを散策し始めた。
 破落戸長屋は町外れにあるため、辺りといっても閑散としたものだった。
 どこか寂れた、一種、影を落としたような陰鬱な光景・・・
 これじゃぁ、誰も好んで寄って来ねェやな。
 左之助、思わず鼻で笑った。
 ・・・と、視界の端に映りしもの。
 それは、垣根を越えて身を乗り出している青々とした枝葉。
 鮮やかなその色に、すうっと吸い寄せられるように爪先が向いた、花が咲いているわけでもないのに。
 左之助はふらふらっと、歩み寄ってしまう。
 ・・・それは夾竹桃だった。葉は竹の葉のように細く、わずかな陽光の中で萌えるように輝いて・・・。この辺りの光景には似つかわしくない、浮いた気配を漂わせていた。
 「何だ、夾竹桃、か・・・」
 水無月の頃合いにもなれば、花びらが幾重にも重なった、美しい赤い花を咲かせる。
 残念ながら、今はその時節ではないけれど・・・
 「夾竹桃、ね・・・」
 独りごちて。
 そっと指を寄せ、触れようとする・・・
 「毒がござるよ」
 「!」
 一瞬、左之助の身体が硬直した。
 傍ら見遣れば、いつ姿を見せたのか・・・緋村剣心。
 今、一番見たい顔であり、見たくない顔・・・だった。
 「夾竹桃は綺麗な花を付けるが、かなり毒性が強いでござるよ。まぁ、口に入れねば大丈夫でござるが」
 「・・・しっ、知ってらぁ、ンなこたぁ」
 「では・・・花言葉は知っているでござるか?」
 「花・・・何だと?」
 「『注意、危険』・・・でござるよ」
 既に、左之助の意識は夾竹桃から遠ざかっていた。
 両眼が、突如として現れたあの日の男に釘付けになっている。

 ・・・胸底が。
 妖しく揺らいだ。

 「へ、ェ・・・そうか、よ・・・」
 「・・・これから出かけるのでござるか?」
 「あ、いや・・・別に用ってわけでもねぇよ。ただ・・・長屋ばかりにいちゃぁ、そのうち腐っちまうような気がしてよ・・・」
 「フフ・・・そうだな。ではお主に倣って、その辺を歩くでござるかな」
 ニコニコと満面の笑みを浮かべてそう言った剣心を、左之助は訝しげに見遣る。
 何を考えてここに来たのだろう、姿を現したのだろう。
 この辺りは遠出で遊びに来るような所ではない。自分に会いに来たとしか思えなかった。
 弥彦が何を言ったのかは知らないが・・・自ら出向いてくるなどと。
 剣心の胸裡が今ひとつ、読めない。
 柔和な顔の下で何を考えているのか。
 左之助は内心冷や冷やしていたが、剣心の言葉に無言で従った。

 ・・・いつも、こうやって歩いていた。
 遅くもなく速くもなく。
 剣心の小さな背中を、付かず・・・離れず。
 日常、買い出しの時や・・・出かける時・・・
 視界の中へ常に、背中を置いて・・・揺れる赤毛の毛先、揺れる様を見つめ・・・
 心、淀みなく。
 歩いていた。

 けれど・・・

 ざわめく胸が、今は痛い。
 小さな背中を見ることが、果てなく辛く。
 よぎるものは、染め抜くものは。
 彼に対しての・・・

 「・・・左之?」

 気配を断っているかの如く沈黙している左之助が気になったのか、剣心はにわかに顧みる。
 歩みが止まり、左之助の歩みも止まる。
 「どうした、さっきから黙りこくって」
 「いや、別に・・・」
 視線を落とし、顔を伏せ。にわかに口ごもった左之助を剣心は、黙したままにじっと見据える。
 左之助はいたたまれず、さらに面差しを歪ませた時。

 「・・・当ててやろうか」
 「え・・・ッ?」

 頬が、強張った。
 剣心の面差しには、得も言われぬ笑みが浮かんでいた。
 ・・・読めない。
 でも、まさか・・・ッ

 「剣・・・っ」
 「腹が減ったのだろう。どこかへ入るでござるか?」
 「・・・・・・」

 思わず、左之助の全身から力が抜けた。はあぁ〜っと抜けかけた力を慌てて取り戻そうとする。
 「け、剣心・・・」
 「ん?」
 笑みは崩れぬ、瞳は柔らかなまま。
 左之助、つうるり面差し、手のひらで撫で下ろし・・・
 「はあぁ〜っ」
 と、大きくため息。
 「いいよ、もう・・・」
 「フフフ・・・」
 途方に暮れたような彼を見て、剣心は忍び笑いを洩らす。喉の奥を鳴らすような声に、左之助は眉を寄せた。
 「左之助・・・」
 「あ?」
 「はっきり言ってほしいか?」
 「!」
 今度こそ、左之助は青ざめた。微動だにできない。剣心から視線を逸らせぬまま・・・ゴクリ、唾を飲み込んだ。
 「来い、左之助」
 が、そんな左之助を捨て置いて剣心、一人先立って歩き出すではないか。
 きょとんと呆気にとられた彼ではあったが、すぐに剣心を追いかける。
 「お、おいッ」
 彼の声にも知らぬ振り。剣心は颯爽と歩を進めていく。
 「ちょ・・・ッ」
 反面、足をもつらせるようにして左之助、何とか足を踏み出す。
 と、剣心が画然、振り返った。
 振り返りざま左之助の右手、掴み取り。
 グイッと路地へと引っ張り込んで、
 ガンっ。
 華奢な腕、万力が左之助の身体を押しつけて。
 膝を割り、己が膝頭を潜らせギリッ、両手首を捻りあげた。
 「つッ・・・!」
 顔を歪ませた左之助、声を殺して唇を噛んだ。
 壁の、冷たく固い感触が半纏の向こう側、背中を伝ってくる。
 瞳の、下には。
 蒼く底光りする剣心の双眸。
 薄闇の中、キラリと輝いて・・・

 「左之助」
 「なっ・・・何だよ」

 冷涼な声音。
 先ほどの微笑など、皆無。
 凍てついたと思えるほどの無表情で・・・
 左之助は。身体の芯に怖気を走らせた。

 「お主、欲情しておるだろう」
 「!」
 「図星で声も出ぬか」
 「なッ、」
 「これほど肉を火照らせて、何を言い訳するつもりだ」

 潜っていた膝頭、グッと上へと押し上げられ、

 「・・・・・・ッ」

 左之助、言葉の一つも絞り出せない。
 未だかつてない気配を漂わせた彼に、左之助は呑まれてしまった。

 「これほど肉を火照らせては、冷静に物事を考えることもできまい。十日の間、お主はそうやって持て余していたのでござるか?」
 「け、剣心・・・」
 「問うているのでござるよ、左之」

 凛とした声音の中に潜む、鋭利な刃。返答如何では、たちどころに表へ飛び出してくる・・・
 無意識に、左之助は喉を鳴らし。
 唇も乾いて。
 額に、汗が滲んだ。
 「お・・・おぅ。俺ァ・・・あれから、おめぇのことばっかり考えて・・・いや、考えたくなくても、気がついたらおめぇのことばっかり、頭の中をグルグル回ってやがる。どんなに振り払おうとしても、あの時のおめぇが、俺を・・・っ」
 「それで、この有様か」
 大胆にも。
 剣心、戒めていた彼の左手を離し、己が右手で左之助の下腹部、握りしめた。
 「う・・・ッ」
 左之助の眉がだらしなく下がったが、剣心は力を緩めない。熱を孕んだ高ぶりを、情け容赦なく握りしめる。
 「拙者に欲情するとは・・・焼きが回ったな、左之助」
 「くっ、」
 「十日の間、お主は拙者を何度、汚した?」
 「そっ、それは・・・」
 「十日の間、お主は拙者をどう思っていた?」
 「・・・・・・」
 「煩悶とする中で、お主は拙者を妄想の中で抱き、想いを遂げていたのでござるか」
 矢継ぎ早に繰り出された、恥辱に塗り固められた剣心の言葉に左之助はもう、ぐうの音も出ぬ。ただ、「想い」という言葉に妙な引っかかりを覚えた。
 「想い・・・」
 小さく反芻してみて、左之助はクッと奥歯を噛む。
 「想い・・・想いなんて・・・わからねぇよッ。気がついたらおめぇを抱くことしか、剣心を抱くことばかり頭を巡ってやがるッ。どうしてか・・・どうしてなのか、俺にもわからねぇんだよッ」
 ・・・子供の戯言だ。自分でも、そう思った。自身の気持ちが皆目わからぬとは、理由がわからぬとは、本能のままに・・・感情のままに突き動かされる幼子とさほど、変わりはないではないか。
 己が胸中、複雑なるものを吐露した左之助を、剣心は静かに見つめているのみ。少しく多弁であった唇が、今は真一文字に引き抜かれている。
 「・・・・・・わからぬか、己が思いが」
 やがて、剣心はそれだけを言った。
 左之助は答えない。答えぬ代わりに小さくうなずく。
 うなずいてから、左之助は初めて剣心を真正面から見据えた。
 もう、何も臆することはないと思った。
 ・・・開き直りというかも知れぬが。
 自分の心を見透かしているような剣心の言語は、左之助にとっては魂を素手で握られているようなものだった。

 ・・・通りの人の気配が、いつになく左之助を臆病にさせていた。
 が、それ以上に耳朶には自分の鼓動が聞こえていて・・・
 今にも胸板を突き破って飛び出さぬかという勢いの、心の臓。
 身体が、熱い。

 「・・・わかった」

 やがてぼそり、と。
 スッと剣心、左之助から身を離した。
 袷を正し、逆刃刀をにわかに差しなおし。
 「・・・来い、左之助」
 クルリと踵を返した。
 何がわかったというのか、どこへ行こうというのか。
 左之助は、初めて呼吸することを知ったかのように、大きく息を吸い込んだ。
 腹を、決めるときなのか。
 壁から背中を剥がし、左之助は立ち竦む。
 両手首を見遣れば、くっきりと手のひらの痕が赤く、浮いていた。
 ・・・怒っているのだろうか。いや、それは当然か・・・
 左之助は小さく自嘲する。
 自分は、怒りを買うようなことをしでかしてしまったのだ。剣心の逆鱗に触れて当然だった。
  ― 涼しげな顔の割には、なかなか激情家だな。
 蒼紫を慕っていた、般若の言葉がふっと思い出される。
 「・・・行くか」
 クッと気を締めて爪先、小さな背中を追いかけて光の中へと、踏み込んでいった。






 目の前に広がった光景を、左之助は信じられぬ思いで凝視していた。
 一見、些末な造りの室内。
 されど、
 畳の上に敷かれた布団は、上物であるのか艶やかに。
 衝立に、煙草盆に、枕が・・・二つ。
 言葉を失って、左之助は見つめ続けるしかない。

 背中を追いかけてきた先は、名もなき茶屋であった。

 赤毛の人は咄嗟、店の者に袖の下を握らせて。他言無用とばかりに一睨み、左之助の方などついぞ顧みることなく、トントントン・・・階段を上っていった。
 茶屋を見た瞬間からまさかとは思っていたが、実際に一つきりの褥を前にして、頭はたちどころに真っ白になった。彼に叩きのめされることを覚悟していた左之助は、すっかり毒気を抜かれ、今度は思いも寄らぬ展開に肝が縮み上がった。
 ・・・喧嘩をするよりも、たちが悪いかもしれねェ。
 じっとりと、汗ばむ。
 さて、直立不動のままである左之助など眼中になく、剣心、スッと逆刃刀を引き抜き。
 おもむろにするする、袴を解き始めたではないか。
 これには左之助、慌てた。
 「お、おい、剣心ッ」
 「ここにきて怖じ気づいたか、左之助?」
 指を止め、剣心は左之助を仰ぎ見る。その青みがかった、深みのある瞳には並々ならぬ、強い意志が燃えさかっている。
 「お、おめぇ・・・何をしようとしてンのか、わかって・・・」
 「わかっていなければ、このようなところに連れては来ぬよ」
 表情なく、剣心はさらりと言いのけた。
 「けど、よ・・・」
 「左之助」
 動揺を隠そうともせぬ左之助に、剣心はさらに歩み寄り。
 両腕を伸ばし、彼の両頬へ指先を添え・・・
 爛々とした瞳で、左之助を見据えた。
 「拙者が欲しいのだろう、左之助」
 「・・・ッ」
 容易く絶句した左之助を、今度は剣心、微笑を浮かべて受け止める。
 「ならば、今はその思いのままにするがよかろう」
 「剣心っ、」
 「拙者をお主の中へ取り込め、左之。取り込んで、己の心と向き合え。どうして、拙者が欲しくなるのかわからぬのだろう? ならば・・・じっくりと、己と向かい合えばよい・・・」
 剣心の両手が。両頬からスルリと滑り落ち。
 コツンと左之助の鎖骨へ落ちると指先、左右へと広がった。
 半纏の襟に引っかかりそのまま、くつろげられ・・・
 逞しい胸乳が、露わになった。
 ・・・トクリ。
 剣心の喉仏が微かに上下したのを、左之助は見てしまう。
 「迷う前に、行動しろ。それがお主ではなかったか? そのように悩み、苦しむお主など、お主ではござらぬよ・・・」
 「剣心・・・」
 「拙者でよくば、力になる。いや・・・今回ばかりは、拙者以外の誰にもできぬことでござろうがな」
 ニッと笑って・・・剣心は。落ちるようにして左之助の胸乳へ、面差しを伏せた。そしてやや遠慮がちに身を寄せ・・・両手を、胸乳に添えて。
 剣心は、沈黙した。
 先ほどの、殺気じみた覇気を全身に取り巻いていた剣心ではなかった。
 いったい、どういうこったッ?
 左之助は自らの心に冷静さを取り戻そうとすることで精一杯。
 次から次へと押し寄せてくる事態の展開に、はっきり言って理性の方が追いついてこない。感情ばかりが先走って、己自身を抑えることで限界だった。
 実際、肉体ばかり火照り上がって今にも、暴走寸前。
 「・・・け、剣心・・・」
 口腔内、カラカラに乾いていて。唾を飲み込みたくとも、その唾が染み出してこない。
 「いいのか・・・? 俺が、その、しでかしたこと・・・もう一度、お前にやってもいいってのか・・・?」
 「そうしなければ、お主はどうにかなってしまうでござろ」
 「そう、だろうけどよ・・・」
 「遠慮はいらぬよ、左之。拙者自身が・・・良いのだと言っているのでござるから」
 「そ、そうかもしれねぇが・・・おめぇ、怒ってねぇのかよ。俺が・・・おめェを、その・・・無理矢理、抱いちまったこと・・・」
 「・・・怒る・・・拙者が・・・?」
 左之助の問いに、剣心は不思議そうな余韻を漂わせ・・・
 「そう・・・だな。お主でなくば、たちどころに斬り捨てていたところだ」
 「!」
 剣心、言い終わるなり掴んでいた襟、引っ張った。左之助の身体がグラリと傾き、
 「む、ぅ・・・っ」
 思いがけず、剣心の唇に重なってしまった。
 左之助の脳裏に、「ちょっと待て」と制止がかかる。
 が、それにも増して猛々しい、狂気じみた欲望が恐るべき速度を伴って彼の肉体、凌駕した。
 血が、沸騰する。
 両腕が、反射的に剣心の華奢な身体を絡め取っていた。
 「ン、あ・・・」
 加減を知らぬ力強い抱擁に、剣心はたまらず顔を歪ませ、自ら誘導して重ねたはずの唇、パッと離した。しかし左之助、それを許さぬ。
 「ま、待て、左・・・ッ」
 言葉の存在を抹消するかのように、左之助は食いつくように唇を押し当ててくる。あまりの乱暴さ加減につい、唇を開けば隙を逃さず、左之助の舌が乱入を果たす。
 息も尽きせぬ口づけに、剣心の表情は苦悶を刻んだまま。ドンドンと彼の胸乳を両拳で叩くが、当然の如くびくともせぬ。
 そのうち、剣心の身体は一瞬、宙を舞ってストン、褥の中へと落ちた。ハッと目を見開けば眼前、左之助の瞳。強い輝きを放つそれは、剣心の心を一瞬で掴んだ。
 「左・・・」
 そこにいる左之助は、いつもの彼ではなかった。そう・・・あの日、初めて剣心を汚した「左之助」が・・・。
 剣心の背を、悪寒が貫いた。
 しまった、と思ったが・・・これはあらかじめ予想していたこと。
 そうとも・・・ゆえに、腹は決まっている。
 剣心は恐る恐る左之助へと腕を伸ばし・・・背へ触れた。
 ・・・ヒヤリ。
 体温が通っているのかと危惧させるほど冷たい指先に、左之助は我に返った。見れば、袷も露わにくつろげられ、髪を束ねていた紐も解けかかった・・・赤毛を散らした剣心の姿。
 「あ・・・」
 左之助の動き、一寸止まり。じっと、剣心を見遣ってしまう。
 剣心は・・・瞳を閉じていた。唇を左右へと引き絞り、にわかに奥歯を噛んでいる。眉は八の時に歪んでいて・・・背に触れている指が、震えていた。
 左之助、たじろいだ。慌てて身体を引き剥がそうとする。
 と、
 「待て、左之」
 震えていたはずのその手が、左之助を引き留めた。
 「どうした・・・? 抱かぬのか・・・?」
 「だ、だって、おめェ・・・震えてンじゃねぇか」
 強気な剣心などどこへやら。あれほど左之助を圧倒させていたというのに、褥に横たわる剣心からは微塵も感じられず・・・
 左之助は、呆然とした。
 「それは・・・やはり、怖いでござるよ。曲がりなりにも、この肌を許してしまうのでござるから。いくら腹を括っても、怖くないわけが・・・ない・・・」
 照れ臭そうに、フッと笑って。
 「しかし、剣心・・・っ」
 「左之助・・・これは、お主の仕掛けたことだ」
 ビクリ。左之助の身体が大きくわなないた。
 唇を結び、剣心を見る。
 「お主が仕掛けたことでありながら、お主は自分の気持ちがわからぬと言う。ならば・・・まずは、その気持ちの正体を明かすところから始めねばなるまい?」
 「だからといって、どうしておめェが・・・ッ」
 「お主は拙者に欲情した。だからあの日、抱いたのでござろう。その衝動を、別の人間で再現ができるとでも? 再現ができたとしても、己が心が見えるとでも? ・・・当人同士が向き合ってこそ、得られる結論ではないのでござるか」
 左之助は言葉をなくした。
 確かに、剣心の言うとおりではあった。確かにその通りなのだが・・・
 だからと、言って。

 本当に、抱いてもいいのか、この男を・・・?

 ギリギリのところで、腹を据えかねた。

 「左之助・・・これはもう、お主だけの問題ではござらぬよ」
 「え?」
 「拙者も知りたい。なぜ、お主ならば許せると思うのか、お主ならば・・・肌を許しても良いと思えるのか。どうして・・・斬り伏せようと思わぬのか・・・」
 「剣・・・」
 「互いに確かめよう、左之助。自分の、隠れ潜んでいる本心を・・・」

 ・・・ゆるやかに、柔らかに・・・
 左之助の唇は、剣心の唇へと落ちていく。
 導かれるがままに、静かに・・・そっと。
 左之助の瞼が閉じられるのと、唇が重なるのとそれは、時を同じくして。
 二つの吐息は、絡み合った。




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