・・・ふわり・・・吹く風に。
 靡く、流れる・・・赤い髪。
 天高く、空肥ゆるその中に鮮烈に透いてしまう己が髪を、剣心は無意識のうちに押さえる。
 強い風とも言えぬ、弱い風とも言えぬ。
 やや微弱ながらも心地よい風の指先に、剣心は薄く笑みを浮かべる。
 「随分と・・・過ごしやすくなったものでござるなぁ・・・」
 独りごち、ゆるりと天を仰げば。
 青空の中に輝く、紅い、赤い、無数の手のひら。
 ひらひら・・・ひらり。
 柔らかな風に乗って、それは舞い降りてくる。
 「もう秋、か・・・」
 葉が鮮やかに染まり、空を舞うのを見て・・・剣心はふうっと吐息。そっと・・・目を細めた。
 「何を浸ってやがんだ、おめぇは」
 背後からの声に、剣心は少しく顧みる。口元に、苦みを刷きながら。
 「そうは言うがなぁ・・・思ってしまうものは仕方がなかろう、左之助」
 剣心の言葉に、やれやれとため息を吐いて・・・。左之助は、周りの光景に反旗を翻すような漆黒の髪を突き上げて、眼下の優男を見遣る。
 「だからおめぇは、見かけに寄らず年寄り臭ェんだよ」
 「見かけに寄らずって・・・拙者、これでも齢、二十と八なのでござるからして当然のことだと・・・」
 「うるせェ」
 ガシッと右手、赤毛の頭部を捉えて真上からグリグリっ、左之助は撫でつけた。
 「おろろ〜」
 本人は手加減をしているつもりなのだろうが、剣心にとってはかなりの痛み。思わず首を竦めて逃れながらもその顔、なぜか笑っている。
 「歳を実感させるために連れてきたんじゃねェや。もっとマシなことを言いやがれ」
 「しかし・・・」
 「しかしもヘチマねぇッ」
 「おろろ〜」
 再度、頭をグリグリとされてさしもの剣心、目尻に涙を滲ませた。
 所は上野、山の中。
 季節は神無月、紅葉真っ盛り。
 二人は紅葉狩りに訪れていた。
 事の発端は、何でもないことだった。
 昨日の夕餉。
 剣心の宿主である薫が、赤べこの妙と約束があるから一日、家を空けるということを告げ。
 そして同じく居候として、かつ門下生として住まう弥彦もまた、何やら新たな稽古場を見つけたらしく、午後から留守にするという。
 同じ席に居合わせた左之助が、薫も弥彦も居ないということを知ると、
 「それなら、ちょいと付きあわねぇか、剣心」
と、彼を屋敷から連れ出してきたのである。
 下手をすれば、剣心の一日は屋敷内の雑用と家事で終わってしまう。
 別段、
 趣味と呼ぶべきものも、あるいは生業と呼ぶべきものも備えていない剣心である、そんな一日になってしまっても平気であった。
 が、
 それを気遣っての申し出であると、勘の鋭い剣心にはすぐに察することができた。
 だから、
 「いいでござるよ、左之」
と、即答したのだった。
 左之助がつきあえというのだから、もしかすると賭場ではないのか・・・。と、一瞬脳裏を掠めたが、蓋を開けてみれば何のことはない、紅葉狩りに行こうと言う。
 「おめェなら、そのほうがいいだろ? 俺ァどっちかってェと、紅葉なんざどうでもいいんだけどよ」
 満面に浮かべた笑みが、剣心には心地よく・・・また、嬉しくもあった。
 二人以外にも、紅葉狩りに訪れている者はいたが、さほど行き交うほどの人はなく。
 いや、むしろ平日だから、このようなところに遊びに来る者のほうがおかしいのかもしれない。
 まして、働き盛りのいい男が二匹、紅葉狩りに訪れていようなどと・・・。
 専ら、摺れ違うのは老夫婦か子供連れの親子。
 剣心と左之助のような組み合わせは、どこに目を向けてもなく・・・
 普段ならば目立つのだろうが、人が少ないこともあってさほど、奇異の眼差しを向けられることもなかった。
 が・・・。
 「おい、そこの男」
 背後からの声に、左之助と剣心はゆるりと顧みた。
 彼等の目に映ったのは・・・警官二人組。
 場違いな者達の出現に、お、と左之助の目が丸くなる。
 「何でェ、何か用かい」
 ニヤニヤと薄笑いを浮かべながら、左之助は見下ろすようにして問いかける。しかし、微々たる威圧感などものともせず、まして相手にすることなく、警官達はまっすぐに剣心を見据えていた。
 「貴様、廃刀令違反だぞ。直ちに署へ連行するっ」
 「おろろ〜」
 自分を捕らえようと動いた警官二人に、剣心は苦笑いを浮かべるばかり。抵抗もしなければ文句の一つも言おうとしない。
 苛立ちを見せたのは、左之助のほうだ。
 「おいおい、何をしてやがんだ」
 警官達と剣心の間に割って入り、左之助は警官達を睨め付けた。
 「おめぇら、こいつが誰だか知っていて連れていこうとしてンのかよ」
 「何ッ?」
 「こいつはなァ、あの大久保卿の知り合いなんだぜ? もちろん、川路のデコっパゲともよ」
 「馬鹿を言うなッ! そのような与太話、信じるとでも・・・」
 「信じる、信じねぇはおめェさん方の勝手だがよ・・・なぁ、剣心?」
 「け、『剣心』ッ?」
 画然、警官二人が頓狂な声を上げた。
 「も、もしかして本郷の神谷道場におられる、緋村剣心殿ッ?」
 驚愕に見開かれた面差しを目の前に二つ、剣心は困り果てたように見ていたのだが、やはり苦笑しつつ頭を掻き掻き、返答する。
 「え〜、まぁ・・・拙者は緋村剣心ではござるが・・・」
 「こ、これは失礼を致しましたッ。本官達はこれで失礼を致しますッ」
 何をどのように合点したのか、彼等は剣心に深々と一礼すると、足早に去ってしまった。
 呆気にとられたのは、弁護した左之助のほうである。
 「何だよ、ありゃぁ・・・大久保卿と川路の名前は信じなかったくせに、おめぇの名前には反応するたァ、どういう了見でェ」
 「さぁてなぁ。何やら、妙な伝わり方をしているやもしれぬなぁ。何しろ、あそこには署長殿を始め、斉藤がいるでござるから。・・・ま、そのようなおしゃべりではござらんが」
 「ヘッ、そんなことわかるかよッ。あいつがいると、ろくなことがねェからな」
 鼻を鳴らして見えぬ相手に立腹している左之助を、剣心は小気味よく見つめた。感情豊かな左之助は、些細な出来事に関しても様々な表情を見せる。そんな彼が羨ましく・・・素直にならぬ己が心情が恨めしくもある。
 だからこそ、惹かれるのだろうが。
 「なぁ、左之助。少しばかり道を逸れて、林の中へ入ってみぬか。さきほどのようなことがあっても堪らぬしな」
 「それもそうだな。誰も通らねぇところを歩くのも一興だな」
 「決まりでござるな」
 剣心、ニッコリと笑い、左へと道を逸れてそのまま、林の中へと足を踏み入れていった。
 左之助もまた、下袴に両手を突っ込んで、鼻歌交じりに背中を追った。






 林の中は、静寂の世界であった。
 辺り一面、落ち葉が覆い尽くし赤々と・・・炎が燃え上がるように埋め尽くされていて。
 ただ、唯一聞こえてくるのは二人の、足音・・・葉を、踏みしめる音ばかり・・・
 空気は冷たく・・・風はそよぎ、ゆるく着付けた剣心の衣装をかいくぐり、肌を撫でていく。
 「・・・綺麗でござるなぁ・・・」
 青い瞳を紅葉色に染め、剣心はため息交じりに言葉をこぼす。
 両手を懐手に、面差しを上げて。
 白い肌に紅葉が良く映えた。
 頬に落ちる葉や枝々の影すら、眩く・・・
 ・・・そんな剣心に。
 左之助はじっと、見入っていた。
 「見ろ、陽の光が葉を透けて・・・とても綺麗でござるぞ、左之」
 落ちてきた紅葉を空で摘み、剣心は光に掲げて葉を見遣る。
 「お主は紅葉狩りなど年寄り臭いと言うが・・・ほら、綺麗でござろう? ・・・左之?」
 先ほどから返答がないことに気づき、剣心はようやく、左之助を見た。
 ・・・少し、離れたところで・・・
 左之助は、剣心を射抜いていた。
 歩みを止めて・・・瞬きもせず。
 はちまきを靡かせ・・・唇に、笑みを溜めて。
 黒曜石の瞳で剣心を、見ていた。
 「左之・・・?」
 ざわっ。
 一陣の風に樹々はざわめいた。
 アッと仰げば、舞い上がる無数の紅葉。
 青に一瞬染まり、風の身体から剥がれ落ちていく・・・
 ひらひら、ひらり・・・ひらら・・・
 剣心の瞳が、葉の動きを追いかけ・・・
 「・・・おろ」
 一枚・・・
 ゆるくくつろげられた懐へと舞い込んだ。
 カサリ、それは脇腹をくすぐる。
 「一枚、入り込んでしまったでござるなぁ」
 嬉しそうに、されど苦笑で濁し。剣心は懐手にしていた手で取ろうと・・・
 「あっ」
 一寸早く、誰かの腕が伸びてきた。
 ・・・左之助だ。
 「左之・・・」
 いつのまに歩み寄ってきていたのだろう。剣心は全く気づかなかった。
 辺り一面、紅葉で紅く染まっているというのに、足音一つ気づかず・・・
 黒く艶やかな瞳が、目の前に。

 胸が、痛く弾む。

 「・・・紅葉も、おめぇにほの字だとよ」
 「左・・・?」

 懐に伸びた左之助の指先、素早く紅葉を摘み上げ・・・拾いざま、置き土産だとばかりに脇腹から胸乳へカサリ、擦り上げた。

 「ク・・・」

 わずかに、唇を噛んだ。
 ぞわり、背筋に悪寒が走る。

 「左、之・・・ッ?」

 左之助は何も言わない。
 唇に笑みを浮かべたまま。
 瞳が・・・
 剣心を穏やかに見つめていた。
 しかし・・・
 剣心は感じ取る。
 穏やかな、優しげな瞳の奥に潜む、妖しい輝き・・・

 ・・・まさかッ

 「左之、お主・・・」

 最悪の状況が脳裏によぎる。
 なのに、剣心の身体は微動だにできぬ。
 左之助の瞳から、眼をそらすことができぬ。
 こんなに・・・こんなに近くだというのに、身体が動かぬ・・・ッ!

 捕らえた紅葉を、左之助は。
 剣心の胸乳からゆっくりと・・・肌を掠めるようにして這いずり上がった。
 胸元から鎖骨へ・・・喉仏を一周・・・やがて首筋を経て耳朶の奥・・・

 「ひ・・・ッ」

 膝から力が抜けた。
 崩れ落ちそうになったところへ、左之助の両腕が抱き留める。

 肌を苛んだ紅葉、ふわりと舞った。

 「左・・・之・・・ッ」

 顔を真っ赤にしながら、剣心は恨めしそうに左之助を睨んだ。

 「お主・・・ッ」
 「どうしたよ・・・?」
 「どうしたではござらんッ。どういうつもりで・・・ッ」
 「・・・わかってンじゃ、ねぇのか」
 「左っ、」
 「それとも・・・誘ってンのか・・・?」
 「なっ、何を馬鹿な・・・ッ」

 赤裸々な台詞に、剣心は左之助の腕の中で狼狽えた。どうにかせねば、どうにか逃れなければと考えているのに、肝心な身体は一向に言うことを訊かぬ。
 情けなくも、崩れ落ちたままだ。

 「仕方ねぇだろ・・・紅葉より、おめェのほうが綺麗だって思っちまったモンはよ・・・」
 「左之・・・ッ?」
 「剣心・・・」

 唇、剣心の耳朶を捉えた。捉えて・・・吐息の、向こう・・・

 「・・・欲しいぜ、剣心・・・」
 「!」

 剣心の全身、熱く火照り上がった。
 誰が見てもわかるほど、爪先から頭の天辺まで、紅葉に負けず劣らずの緋色。
 剣心、声を荒げた。

 「なっ、何を馬鹿なッ。正気でござるかッ?」
 「俺が冗談で言ったこと、一度だってあったかよ」
 「う・・・」
 「おめぇが欲しいッつったら、欲しいンでェ」
 「馬・・・鹿、あ・・・ッ」

 左之助の舌先、有無を言わさず耳朶の奥へ入り込み。
 たちどころに剣心、眩暈を覚えて今度は全身、力が抜けてしまった。
 もはや、立ち上がることさえままならぬ。

 「こ・・・っ、こんな、ところで・・・左之助・・・ッ」
 「・・・嫌か?」
 「当然でござろうッ! こんな、ところ・・・誰かに見られでも、したら・・・ッ」

 小刻みに震え始めた指先で、必死に彼の半纏にしがみつきながら、剣心の視線は無意識に四方へ散る。その様は、左之助の欲情に流されつつも、何とかして理性を保とうと素材を集める・・・無駄な足掻きのように感じられた。
 当然の行為ではあったが、左之助にはおかしくてたまらない。思わず笑みがこぼれる。

 「こんな昼日中、誰が通るってェんだ。おまけに林の中だぜ?」
 「拙者達のような者が、いないと断言はできぬッ」
 「そりゃま、そうだ」
 「だから・・・」
 「聞こえねェ」

 ことさら低く囁いて、左之助は剣心の耳朶を汚す・・・。
 剣心は失われていく力を掻き集め、霞んでいく意識の中で必死になって考えていた。

 こんなところで肌を許すわけにはいかないっ。
 昼日中、まして・・・ッ

 刻々と乱雑になっていく己が呼吸に苛立ちつつ、剣心は歯を食いしばって堪える。
 左之助は、剣心の抵抗を楽しむかのような気配すらあった。
 それが、さらに苛立ちを駆り立たせる。

 ならぬ・・・こんなところでは、ならぬ・・・ッ

 咄嗟、剣心の左手が脇差しを、逆刃刀を握りしめた。
 無意識のことではあった。
 が、左之助の動きがピタリと止まる。

 にわかに、肌も離れた。
 流れ込む空気が・・・冷たい。

 「剣心・・・」

 瞳を覗き込むようにして左之助、剣心を見た。
 頭上の太陽、陽光が邪魔をして剣心からは、左之助の面差しが見て取れぬ。ただ闇の中、キロキロと両眼が白く浮かんでいた。

 「抜くか・・・そいつを」
 「・・・ッ」
 「ためらうか・・・?」

 いつしか左之助の両手はしっかり、彼の腰部を絡め取っていて。そしてわずかに力を加えて自らへと引きつける。

 肌と肌が、重なり合った。

 「ためらうってことァ・・・その気があるんだな」
 「違・・・ッ」
 「違わねぇだろ」

 剣心は両手を突っぱねる、が・・・力は儚く。

 「左之・・・ッ」
 「抜いても、いいんだぜ」
 「なッ・・・?」
 「俺にはその覚悟がある。この首、差し出す覚悟がな」
 「左、」
 「どうするよ、剣心? 抜くか?」

 言いながらも、左之助の指先は剣心の肌を蹂躙しつつ・・・
 着物の隙間、巧みに素肌をまさぐってくる・・・

 「くっ、う・・・」

 唇を噛み、剣心は堪える・・・左手でグッと、逆刃刀を握りしめたまま。
 親指が・・・鯉口を切るか切らぬかの、境目で。
 瞳が、苦渋に染め抜かれた。
 もはや・・・紅葉など映っておらぬ。
 紅葉など・・・紅葉、など・・・ッ
 こんな自分を見据える左之助が、心底忌々しい・・・ッ!

 「左之、お主・・・ッ」
 「何を堪える・・・何を、苦しんでる・・・?」

 器用に唇で、胸元をくつろげながら左之助は、上目遣いで剣心を見つめている。
 瞳の光で彼を射殺し、唇は肌に花を刻む・・・

 剣心の背が、目に見えて震えた。

 「せ、拙者・・・このような昼間からは・・・人の目も触れるような、こんな場所では絶対に・・・ッ」
 「だったら抜けよ」
 「左之・・・ッ」
 「俺を止めたきゃ、そいつを抜きな」
 「・・・ッ」
 「抜けよ。抜いて・・・俺を殺せばいい・・・」

 左之助の言葉に・・・剣心の何かが、ほとり・・・落ちて。

 「左ぁ之・・・ッ」

 気づけばたちどころに、剣心の意識は流れ込んできた荒波に揉まれていた。
 半纏に消えぬ皺を刻みつけ、彼は拳を固める。

 「・・・きぬ・・・」
 「・・・何だって・・・?」

 こもったように何かを呟いた剣心に、左之助はそっと問いかける。

 「できる、わけが・・・拙者に、お主が斬れるわけがない・・・ッ」
 「剣心・・・」
 「卑怯者ッ、拙者を・・・拙者をこんなにしておいて、お主は・・・卑怯者でござる・・・ッ」

 ・・・胸元で。
 クスリと笑った気配がした。
 剣心の頬が、カアッと熱くなった。
 十字傷が、疼く。

 「剣心・・・」

 陶然と・・・胸乳を汚し続ける左之助を。
 剣心、最後の力を振り絞ってスルリ、振り払うと。
 左之助の耳朶へと頬を擦り寄せ面差し、仰いだ。

 「左、之・・・」

 黒い、すべてを見抜いているかのような、瞳が。
 じっ・・・剣心を見つめていて。
 剣心、たまらぬ羞恥に駆られた。

 「み・・・見るな・・・ッ」
 「どうして・・・?」
 「どうしてって・・・」

 これ以上、何を言わす気なのだろうか。
 左之助の本心がわからず、剣心は戸惑うばかり。
 相変わらず彼の腕の中でしがみつきながら、視線を落として言葉を絞る。

 「お主の眼は、拙者を狂わせる・・・ッ」
 「へぇ・・・? どう・・・狂わせるんでェ・・・」

 言いたくないっ。

 剣心、激しく頭を振った。頭を振って、もうこれ以上、焦らされることを拒んだ。
 このままでは・・・このままでは、もう・・・ッ

 「言わせるな、左之・・・ッ 拙者に、もう、これ以上・・・っ」

 こんな時、どうすればよいのか。
 剣心には見当も付かなかった。
 左之助が次なる反応を待っていることは、わかっていた。
 されども、どうすればよいのかわからない。

 「もう、これ以上・・・何だよ」

 明らかに、自分の反応を楽しんでいる。
 剣心の胸裏に沸々と怒りが滲んできたが、肉体は怒りをも凌駕する。

 おのれ・・・ッ

 剣心、苦肉の策に出た。

 「左之、拙者・・・ッ」

 すぅ・・・。
 密着してしまった肌の下、剣心の右手がしなやかに動いた。
 左之助の、下袴・・・

 「!」

 左之助の面差し、一瞬強張った。

 「剣心、おめぇ・・・」

 彼の思わぬ行動に、左之助は一気に破顔した。
 ギュッときつく抱きすくめるなり、

 「うわっ」

 剣心の小さな身体が投げ出される。
 全身を、落ち葉の海が飲み込んだ。
 紅い髪の毛が、海と同じ色に染まる。

 「左之・・・っ」

 四方へ目を向ける余裕などなく。
 唇が吐息の塊に塞がれていた。
 剣心の脳裏、白光が迸る。

 「んぅ・・・っ」

 息ができない。
 左之助の唇が、へばりつくようにして剣心の唇を吸い上げてくる。
 その下、
 右手が巧みに帯を解きにかかっていて。

 「左之ッ?」

 驚いて制そうとするが、もはや遅い。
 肌を露わにされて、剣心の肌は左之助の中へ落ちた。

 「あぁ・・・」

 洩れる自らの声に、剣心は微睡んだ。
 ・・・これは自分の声ではない。
 そう、思えてしまう。
 けれど・・・

 「ふぅっ、あ・・・左之ッ」

 この両腕が、別の意思を宿す。
 左之助の半纏を剥がし、背中を求め。
 汗ばみ、隆起する筋肉に爪を立てて・・・流れる鮮血に恍惚とし・・・
 ・・・さらに。

 「左之・・・ッ」

 いつしか、腰部を擦り寄せてしまう始末。
 落ち葉に埋もれて、剣心は左之助に縋り付いていた。

 どこかで、理性は生きていた。
 けれど、それは霞がかって判然としない・・・むしろ、
 剥き出しにされた感情が、肉体を鋭敏な物に変えていて、律することができない。

 「左之、左之、左之・・・ッ」

 目の端に、左之助の下卑た笑みが映った。

 「・・・俺を、斬らなくていいのかよ・・・?」
 「く、ぁ・・・ッ」
 「もっと・・・おめぇを辱めちまうかも、しれねェぜ?」
 「左之・・・っ」

 憎たらしいほどの、勝ち誇ったような笑み。
 忌々しく思えども、自分を翻弄してしまう年下のこの男が、剣心には愛しくてたまらない。

 ・・・逆らえぬッ。

 全身が、左之助の熱と吐息で包み込まれた。

 「・・・左之っ。拙者を・・・早くっ」

 一瞬宿った狂気の光を、剣心は・・・夢心地で見ていた。
 自分が今、どんな姿にされているかなど気に留めようともせずに。
 しどけなく、袴などもはや落ち葉の中、下帯もいずこへか。
 落ち葉に埋もれてしまった逆刃刀など、記憶の彼方へ置き去りにして・・・
 ・・・剣心は。
 最期の一瞬まで、左之助の瞳から目を離さなかった。

 「ひっ、あぁ・・・ッ」

 両眼、天井仰げば漆黒の髪の向こう側、風に舞う舞う、紅い手のひら。
 懐紙のように、千代紙のように・・・
 音もなく舞い降りてくる、ひらひらひら・・・
 ・・・静寂の中に・・・
 紅い手のひら、一枚、一枚に書き綴るかのように・・・
 ・・・二人の律動は刻まれる。

 「左、之・・・左之、左之ぉ・・・ッ」
 「・・・心、剣心・・・ッ」

 瞳は染まる、紅く染まる。
 青から紅へ、欲情の色へ・・・

 「んっ、くッ、ぁ」

 洩れる吐息を惜しみなくこぼし、膝は曲がって爪先、突っぱね。
 腰部が、二つの腰部が淫らに小刻みに・・・
 絡み、のたうつ。

 「剣心、はぁッ、奥、へ・・・ッ」
 「左之ぉ・・・ッ」

 剣心の右手が、つと、左之助の背から離れた。
 ガザッ。
 紅い褥へ手のひらを潜らせ、握られる限りの落ち葉を握りしめ。
 左之助の背を、汚した。
 ガザッ。ガザガザ・・・っ
 手のひらで擦りつけられ・・・
 落ち葉が、揺れる背中でその音をこだます。
 二人の身体から奏でられる「音」は、落ち葉の音に掻き消された。

 「左之、もう・・・もう・・・ッ」
 「剣心・・・ッ」

 青空が、真っ白になったその、刹那・・・
 剣心の脳裏が稲妻を閃かせた瞬間・・・
 心地よい重みが、全身を包み込んだ。
 倒れ伏してきた左之助を、剣心は黙って・・・両腕に包む。
 包み込んで、彼の頬へ自らも頬を寄せた。

 見上げる視界に広がるのは、四方へ居並ぶ樹々の群。
 各々が勝ち誇ったように、枝葉を見せつけている。
 紅い、赤い・・・衣装のきらびやかさを競うように。
 さらなる頭上で誇る青空が、瞳に・・・染みた。

 すっかり火照った身体に、秋風が吹く。
 舞い上がる紅葉の中で、紅い波間に揉まれて剣心、左之助へとしがみつく。
 ・・・彼の温もりが、心底心地よく・・・居心地よく・・・
 うとうとと、微睡み始める・・・
 穏やかな腕の中で、鮮やかな紅い、手のひらの中で・・・




     了


(タイトル画像:きよらん殿♪)





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拝啓   〜 「紅い海」編(改訂 03/4.9)

 これは〜・・・えっと・・・オールさんに差し上げたのはわかっているのでござるが・・・何の企画のために寄せたのでござったかな(汗)? ・・・と、慌てて振り返ってみたらば・・・そうそう、三周年企画でござった(涙)! どうしてこんなに忘れっぽく・・・情けない話しでござる(涙)。
 思い描いた断片は、剣心と左之助が、舞い落ちてくる紅葉の中を微笑みながら歩く場面。そして、剣心が紅葉の中へ埋もれるようにして横たわる場面・・・でござった。
 これらをつなぎ合わせればすんだことではござったが、この一編では遊んでみた印象が強いでござるな(笑)。警官を登場させたことはそんなところでござろうか。かつ、そのまま濡れ場へなだれ込んでしまったことも・・・(笑)。本当は寸止めにしておく予定でござったのに〜(笑)。
 ・・・ま、楽しみながら書いたことをよく、覚えているでござるよ。
 余談ではござるが、この企画へ寄せられたみさきち殿のフラッシュが、私のイメージしていた場面とほぼ類似していたことにビックリ! 思わず食い入るように眺めてしまった私なのでござった(笑)。

かしこ♪