[  前項  ]

 剣心は・・・
 左之助という拙者の情人がいてなと、語り口調で話し始めた。
「このところ、態度が違う。」
 剣心は左之助の肩に顎をのせ、小さく溜息をついた。
「どうやら本人は隠していたつもりらしいが、バレバレだ。」
「・・・分かってて、知らないふりしてたのか・・・?」
「どうやら女がらみらしい。」
 まるで知らぬ誰かに語りかけているような剣心。

 ゆっくりと顔を上げた。
 二つの視線がやんわりと絡み合った。

 こういう時の剣心は不思議だ。
 自分の方が体も大きいし、実際に包んでいるのも左之助だ。
 しかし、何故か、まるで自分が包まれているような感覚に陥るのだ。
 ひどく安心できる、温かな空間・・・


「苛つくなぁ。」
 そう言ったのは、剣心だった。
「・・・?」
 頬を包むように触っていた剣心の手の指が、肌を伝って唇をなぞる。
「お主の唇を吸うたのは、拙者が初めてではないと知っている。けれど・・・一人でいる時に女の名なぞ呟かれては、いい気はせぬなぁ・・・」
「剣・・・ッ」
 温かいものが、触れた。
 己の唇に重ねられるそれは、紛れもなく情人のもの。
 小さく、弾力性があって時に甘く感じるような・・・
 最初は剣心が押しつけるような口づけ。
「・・・ふっうッ・・」
 だが今は、左之助が引こうとする剣心の腰をがっちりと押さえ込み、口の中を侵食しているような口づけだ。
 何度も口づけあうそれは、唇を重ねるというよりも、舌を絡め合っているというほうが的確である。


「拙者は・・・」
「・・・?」
 一度目をそらしたが、すぐに蒼い目は自分へと向いて、言った。

「肌を交わしたのは左之助が初めてなのに・・・」

「・・・え?」
「本当で、ござるよ。」
 これ以上何も言わさぬ、というように、剣心は唇を重ねた。
 左之助も驚いていながら、触れたくないのなら今は触れずにおこうと強く、口を吸った。

 そのまま、当然のように組み伏せた。
 剣心は脱力し、離した口から荒い息を整えようとしている。
「左・・・之・・」
「誘ったのは、お前だぜ?」
 滑らかな肌を伝い、着物の中へと侵入する手。
 指を滑らせ、目的地へとゆっくりと進む。
「ま、待て左之っ・・」
「・・・んだよ・・」
 首を這う舌。
 その感覚に、身を捩る。
「抱いて・・紛らわ、そう・・とする、な・・・」
「紛らわす?女のことかィ?」
 左のツンと尖った場所に、たどり着いた。
 そこをつまんでやると、剣心は“ひっ”と声を漏らす。
 苦痛の声では、ない。
「何を紛らわすってぇ?昔のことだ。ちょっと思い出しただけだよ。」
「ではっ・・・何故あの日、拙者を・・抱いた、あと・・・あのような・・・ッ」

『似てるわけでも、ねぇのになぁ・・・』

 聞かれていたのかとは思ったが、何故か動揺することはなかった。
 いや、今の左之助にとって、それは動揺するに値しないものなのかもしれない。
「拙者は、代わりなのか・・・?」
「そんなわけ・・・」
 そんなわけない。あるはずがない。
 それは、自分がよく分かっている。

 欲しいのは剣心だけ。
 男だからなど、関係はない。
「俺は・・・」

「不公平、だ・・・」
 彷徨っていた手が、左之助の頭へと回され、力を込められる。
「拙者ばかり惚れているなんて・・・不公平だ・・・ッ」
 剣心の顔は見えない。
 髪の匂いだけが、鼻に届く。

 けれど、分かる・・・

 こういう時の彼は決まって・・・
「泣くなよ。」
 泣いている。
 涙は流していない故、正確には泣いていないのかもしれない。
 が、左之助にとっては、これが剣心にとっての“泣いている”なのだ。

「左之・・・」
「んー・・・?」
 まるで幼子をあやしているかの如く。
「何故、あの日あのようなことを・・・?」
「んー・・・」
 そうだなぁ、と考え込む。
 実際、自分でもよく分かっていないのだ。
 抱いた女に似ていたわけでもない。
 ただ、寝付けなかったあの夜、行灯の下で見た剣心が一瞬だけあの女に見えたのだ。


「感覚・・・かな。」
「・・・感覚?」
 たぶん、と呟く。
 確信がない故に、そうだとは言い切れない。

「なんていうか・・・狂いそうな感覚・・・お前抱いてるとさ。」
「・・・え?」
 なんと言えばよいのだろうか。
 うまく口でいうことが出来ず、意味もないのに腕を動かしていた。
「だから・・その、女に溺れた時・・・俺、狂いそうなくらい抱いてて・・・でもそれはなんつぅか、そういう盛りだったから?みたいなよォ・・・」
 へへっと笑いを漏らしながら、あの夜のように、剣心の髪に指を通す。
 滑るようなそれは、今日も。
 しかし今はつかみどころがない風ではなく、自分を取り巻く風。

「でも剣心、お前ェは違うぜ・・・」
「・・・・・・」
 剣心を抱きかかえたまま、ゴロリと反転する。
 思わず“わっ”と声を上げた剣心。それをみて、少年のように感じた左之助。
 恐らく、誰が聞いても二十八の男の声とは思うまい。

 二人の上下は入れ替わり、顔を上げた剣心は自然と左之助と目があった。
 ジッと、左之助が蒼い目を見つめる。
 剣心はその漆黒の瞳に、飲み込まれそうだった。
「左、之・・?」
 白い歯が、覗く。
 口隅を高くあげて、笑みを浮かべる左之助。
「俺ぁよォ、お前に惚れぬいちまってるんだよ。」
「左・・・」
 左之助が剣心の十字傷に舌を這わす。
 なぞったところが、日に照らされて光っている。
 普段ならくすぐったいと声を漏らすであろう剣心だが、今は言われた言葉を飲み込めず、ただただ目を丸くするだけだ。
「すげぇ、好き・・・」


 思えば不思議な男なのだ。
 この相楽左之助という男は、今回のように何日も一人で抱え込んでいたかと思うともう自分で解決していたということは、そう少なくはない。
 自分が深く気にするようになったころには、もう馬鹿馬鹿しいと言わんばかりに諭される。
 図体は大きいが、それに似合わず、妙に子供らしいところもある。
 いや、図体が大きいからこそ、か。


「だから、抱き足りなくって、狂いそうになる・・・」
 またこの手段にやられた・・・そう思いながらも、彼に身を預ける。
 左之助はというと、体から上がってくる熱いものが今にも爆発しそうになっていた。
 それは惚れていると感じて抱きたいと思うものと、本能のままに抱きたいというものが混じっている。
「手加減、出来そうにねぇなぁ。」
 衣擦れの音がする。
 それは、剣心の下腹部で。
「や、左・・・」
「言っただろ、誘ったのはお前だ。」
「・・・・・」
 左之助の笑顔に、剣心も引けないと、力を抜いた。
 髪を掻き上げ、何度かぐしゃぐしゃとかき回す。調子が狂わされるなぁ、と呟きながら。
「全く、拙者はとんだ男に惚れてしまったようだ・・・」
「そりゃ災難だったなァ。」
 剣心の袴を脱がし、着物を肩口から滑らせる。
「俺だって、本気で惚れた男がよォ、変なところ頑固なくせに、折れるのは早いときたもんだ。」
「お前も、災難だったなァ。」
「そうだな。」
 剣心が髪を結っていた紐を解き、左之助の鉢巻を外した。
 緋色の髪は障子越しといえど、日の光を浴びて映えていた。
「綺麗だなァ・・・こんな姿知ってンのぁ、俺だけだろ・・・?」
「当然のことを聞くんだなぁ。」
 左之助は剣心の手を取って、自分の胸に当てさせた。
 あまりの熱量に、剣心は手を引きそうになったが、左之助が押さえつける。
「分かる?俺でも不安なんだぜ?」
 掌に伝わる、振動。
 耳にも届いてきそうな鼓動の音は、大きく・・・

「・・・そうか。」
「なんだ、急にしおらしくなりやがって。」
 下帯の上から、左之助は剣心自身を掴んだ。
「はッ・・・ぁあ・・」
 いつの間にか形を変えつつあるそれを、手の中で嬲る。
 次第に湿りを帯びだした下帯。
 それはもどかしさ以外に何者でもなくなっていくのだ。
「左・・・ぁ之・・」
「分かってンよ。」
 左之助の手は下帯を解きにかかる。
 あまりにも鮮やかで、思わず見とれるほど・・・
 思わず、剣心は思ったことを口にした。
「・・・何か、微妙・・・」
「何が?」
「・・・左之が人の下帯解くの見るのって・・・そんなに拙者、左之と寝てるでござるかなぁ・・・」
「・・・・・・・・・お前ってさ、普段恥ずかしがるくせに・・時々こういうこと平気で訊くよな。」
 左之助は、僅かに呆れ顔。
 こういう場所で、そんなことをいうのか?と、それでも笑いながら口づけた。
 世間ではこれを、天然と呼ぶらしい。

「左之ー?」
 おまけに、分からないことに関して、時々しつこいくらいに答えを求めてくる。
「もういいだろー?俺、我慢できねぇよ。」
 唾液を含ました舌で、突起を包む。
「・・・ッ・・」
「お前も、我慢がきかねぇんじゃねぇの?」
「うるさい・・・ッ」
 悔しそうな剣心の顔。
 年下の男に惚れ抜き、組み敷かれ、欲望をかき立てられる。
 もっとも、左之助にとってそれが何より嬉しいのだが。

「・・・ここ?」
 下腹部を弄っている手に、力を込める。
「はッ、あぁ・・・ッ」
 手は慣れている。
 見ずともどうなっているかなど百も承知。
 問うてはいるものの、全て分かり切っていることだった。


「なぁ、剣心・・・」
 返事はない。あるのは、喘ぎだけ。
 恐らく、剣心には答える余裕がないのだろう。聞こえてはいるようだが。
 それでも構わないのか、左之助は手の動きも、口の動きも、止めない。
 唯一剣心が耳で感じているとしたら、それは下腹部で響く粘着音だろう。

「俺にとっては、これが初恋ってやつなんだよなァ・・・」
 初めてなのだ。
 こんな気持ちは・・・
 己の為でなく、誰かの為に自分は生きたいと思ったのは・・・

「あンな女とのやつぁ、恋だなんていわねぇ。交尾みてぇなもんさ。」
 手を、奥へと這わす。
 色づく秘部は珍しくも、苦もなく指を受け入れた。
「ん・・ぅう・・あ、左ぁ・・之・・ッ」
 指の数が増えていく事に、声の大きさも大きくなっているような気がする。
 まだ外が明るいことも忘れ、ただ肌を食らう様は、他人から見れば一見ぞくりとするものだ。
 どちらも獣のごとく求めている。
 食らう獣と食らわれる獣。じゃれているかと思えば激しく、かと思えば優しく・・・

「左之、左之・・・ッ」
 先ほどから一体何回名前を呼んだのだろう。
 燃え尽きてしまいそうな熱さの中で、一番求めたのは水ではなくやはり左之助だった。
 それは本能のまま・・・

「いいか?」
「早く・・・ッ・・」
 体勢を入れ替えて、足を高く上げさせた。
 足袋は何時の間にか脱がれていて、綺麗な足に力が込められているのがよく分かる。

 左之助が聞いてその言葉を発するまでの時間は、本当に短かった。
「・・・・・・いくぞ。」
 そんな様子だった故に、左之助は不安を感じた。
 他人が聞けば阿呆らしいとでもいうだろう。
 しかし思ったのだ。
『これは本当に剣心か・・・?』
 と。

「ん・・んふぅ・・・」
 詰まりそうな息をはこうとする姿を見ながら、体を進めた。
 慣らしたそこでも、圧迫感はやはり強い。
 押し戻そうと抵抗するそれこに無理矢理入ろうとすれば、痛さに声を上げる剣心がいる。
 それは、嫌だった。
「剣心、もっと力抜け・・・」
「・・・ん・・」
 返事なのかどうかは分からなかった。
「ひ・・ふあァ・・ッ」
 手を左之助の頭に絡め、薄く開いた唇を寄せる。
 息をつく暇もない口づけと、入り来る異物に身を捩り液体を滴らせる。
 足は天井を向き、二つ折りにされた身体は時折悲鳴を漏らす。
 されども与えられる快感が強すぎて、すぐにそれをかき消すのだ。
「分かるかっ?俺がっ、どれだけっ、お前のこと・・・ッ」
 揺さぶる身体。
 その度にとぎれる言葉。
 しかしそれは幻ではなく、本物・・・
 身体だけが欲しいというのではない。心までもが、欲して止まぬのだ。
「惚れてる、惚れ抜いて・・・もう、どうしようもねぇくらい・・・!」


 一人は嫌だと、いつか剣心が漏らしていた。
 人の、本当の温もりを知ってしまった。ここから逃れられないよ・・・と。
 時に自身をも拒絶するのに、時にひどく求めてくる。
 一人になりたがったと思ったら、ただの強がりで・・・

 左之助も思ったのだ。
 剣心に出会ってから、本気で人を好くことを知り、そこから抜け出せなくなった。
 一人になると不安でしかたがなくなる。
 “彼”の姿を目に映すだけで安心できるのは、惚れ抜いてるから・・・

「拙者を一人にしてくれるな・・・!」

 もういつ聞いたかも忘れたのに、言葉だけは鮮明で。
 ただ、少しだけ重すぎて・・だけど、嬉しくてたまらなくて・・・

 一人よがりだった想いが伝わったのだと・・・

 あぁ、そうだ。
 そう言われた日、初めて抱いたんだ・・・

 驚くほど夢と似ていた光景に夢中になっていた。
 なかなか入らず、剣心が痛い痛いと言っていたのも、今思い出せばいい思い出と言うものだ。
 それでも最後は・・・


 自分は女のことを気にしている暇などなかったのだ。
 過去を振り返ったところでどうなんだと言われればそれまで。
 いつも自分が剣心に言っていることに、よく似ている。
 人斬りだったからってなんなんだよ、と。

 同じだ。
 抱いた女のことを思い出したところでなんだというのだ。
 事実が変わるわけではない。
 が、過ぎたことを気にしていても、無駄に時間を過ごすだけだ。

『今を生きろ。』
 かつての師が言っていた言葉・・・

「・・・あー、もう!」
 もう考えるのが面倒くさくなったのか、頭をふると、一際大きく腰を押した。


  −了−

05.07.01 UP

〜 何奴 仁さま より、30,000 hit 祝い m(_ _)m 〜
HP:「夢幻の間」さま

背景画像提供:「篝火幻燈」さま http://ryusyou.fc2web.com/


 仁さんより、30,000 hit のお祝いとして頂いてしまった小説です(//▽//)♪
 すれ違っていた二人の想いが、寄り添って、互いに想い合っていくその過程が なんとも・・・ググッと拳を握ってしまいます(笑)!
 ラブラブで熱〜い二人を、本当にありがとうございました(><)!
 大事にさせていただきます〜(*^^*)!!
 m(_ _)m

 こんな いや〜ん(//▽//)♪なイラストも頂いてしまいました(><)!!
 剣心・・・頬を朱に染めちゃってま〜・・・(////)
 いいですな〜・・・(て、親父と化してどうする;;)
 ありがとうございました、仁さん(*^^*)!