[  2 ]



 閉め切った室内の中で、声音を押し殺している。
 息を飲み、意識を散らせてどうにか、声を出さぬように。
 そこに混じるのは、しゅるすす・・・衣擦れの音と。
 がりり・・・何かが畳をひっかく音。
 そして・・・
 「剣心・・・」
 熱と色を孕んだ、この上もなき一言。
 「ぁ・・・」
 赤毛を掻き上げられて、耳朶を露わにされ。囁かれながらねぶられて、剣心はとうとう声音を染み出させた。
 畳の上へと組み敷かれ、赤毛が四方へ散らされて。
 既に袴も下帯も剥ぎ取られて、単衣などは襦袢とともにほとんど、肩口から滑り落ちている。肘の辺りで溜まっているのがせめてもの、慰め。
 しなやかな白磁の体躯を、太陽の日差しで浅黒く焼けた巨躯が蹂躙している。
 唇をついばみ、首筋を食らい。
 胸の花をつまみ上げては可憐な声音を引き出そうと、躍起になる。
 手のひらで肌をまさぐり淫らな姿勢をさせては、左之助の唇が淫猥に歪んだ。
 「・・・啼けよ、剣心・・・」
 臀部の丸みを手のひらで味わい尽くしながら、左之助は剣心へ呟く。
 剣心は小さく首を振りながら否を示しつつも、極限まで我慢しているのだろう、我に返ったように慌てて、口を手でふさぐ仕草を見せた。
 左之助はくぐもった笑いを響かせて、耳朶へと唇を寄せた。
 「ちったァ、イイ声でも聞かせてくれねェと・・・さっきの条件、呑むわけにはいかねぇなァ・・・」
 「・・・!」
 「割に合わねェ・・・そうは思わねェか・・・?」
 「左・・・」
 「ま、いいけど。俺ァ・・・無理にでもおめェを啼かせる自信は、あるからな」
 瞳の奥に走り抜けた光を、剣心は見逃さなかった。

 ・・・本気だ・・・

 ゾクリと、全身に悪寒が貫く。
 この男、本気で抱くつもりだ。昼間だから手加減をしてくれるだろうと思っていたが・・・どうやら甘かったらしい。そのつもりで「手早く」と言ったのだったが。
 しかし・・・ちょっと考えてみれば、この男が手加減をしたことなどなかったような気がする。いつでもどこでも、やるとなったら全力で挑みかかってきたのではなかったか。
 わずかの間に思案した矢先、左之助の唇が下腹部を這いずり始めた。
 剣心の肌が、ふるえる。
 「我慢、できるかよ・・・?」
 低く笑ったその喉が、内側の腿に触れてヒクリとした。やや硬質の髪の毛が、臍やらに触れてくすぐったい。
 剣心は片手で口を押さえ、片手で左之助の頭部を押さえつけ・・・
 見えないところで繰り返される唇と舌先の感触に・・・やわり、やわりと胸の奥が溶けていく・・・
 「・・・左之、左之・・・」
 「・・・なんだ?」
 「少し・・・少しは手加減をしてくれ、さもないと・・・」
 「さもないと、どうなるってェんだ。俺が手加減できねェって、よぉく知ってンだろ」
 「しかし・・・」
 「余計なことは考えンな。ドロドロに溶かしてやる」
 「あ・・・!」
 不意に昂ぶりを弄られて、剣心は身悶えた。
 左之助が嘲笑する声が、密やかに聞こえた。
 「クックッ・・・そうとも・・・その声が、その面がたまらねェんだ・・・もっと・・・もっとだ、剣心・・・」
 剣心は快の波に流されながら譫言のように繰り返した。
 「・・・あぁ、もう・・・どうなっても・・・知らぬ・・・もう、知ら・・・ぬ、ぞ・・・」
 「それは・・・こっちの台詞だぜ・・・!」
 「ぁあ!」
 不意に高まった衝動に耐えきれず、唇が割れて声が漏れてしまう。必死になって噛みしめるが、次第にその力が弱まって洩れこぼれていく・・・
 左之助が、伏せた顔の下で小さく笑っていた。
 「ん、あ・・・あぁ、左・・・」
 胸を弾ませて、剣心が左之助の名を呼び始める。左之助、チラリと瞳を上げれば、障子から透ける明かりの下、格子の陰を刻んだ白磁の肌に薄く、汗が浮いているのが見えた。艶めく肌に張り付いて、それはすぅと曲線を滑っていく・・・
 左之助の血が、沸いた。
 「・・・極楽、見るか・・・?」
 「ン・・・!」
 己が上体を起こして左之助は、そのまま剣心の唇を奪い取った。艶やかな唇から洩らされていた喘ぎは左之助に飲み込まれ、さらに貪欲に舌先が奥へと潜る。
 彼の荒々しさに気圧されて、とうとう剣心はたくましい背中へと腕を絡めてしまった。
 自ら肌をすがらせて、負けずに唇を重ねていき、あまつさえ腰を浮かせて見せた。
 左之助は華奢な体躯を抱きすくめ、歓喜を噛み殺しながら囁いた。
 「くれてやらァ、剣心・・・!」
 左之助のつま先が畳へめり込み、滾った腰部が満を持して、深淵へ潜り込んだ。
 刹那、剣心の身体は強ばり・・・が、すぐにほどけて弛緩する。ほどなく、白磁の裸体は柔らかく艶めいた。
 「はぁ・・・んぁ・・・左、之・・・」
 潤んだ蒼い水溜まりを嬉しげに見つめながら、左之助は朱に染まった左頬を軽く、舐め上げて。
 「ほら・・・しっかりすがってな・・・!」
 「あ・・・!」
 身体を揺さぶる力の波に、剣心の意識は抗いきれない。胸乳と胸乳をすりあわせ、あふれる汗と汗を混ぜ込んで、剣心は左之助の首筋へと食らいつく。
 「剣心・・・!」
 耳朶の裏側を舐められ、強く吸われて左之助の意識が、一瞬ぐらりと揺らいだ。切なく吐息を一つ吐いて、剣心をきつくきつく抱きすくめる・・・腰部の律動をやめることなく。
 密接した肌と肌、腕の中で剣心が、絶え間ない喘ぎをこぼし続けた。
 「あっ、あっ、ぁ」
 額に薄く浮いた汗、張り付いた赤い前髪。軽く閉じられている瞼の隙間から、蒼い瞳が左之助を捉え続けている。とろりとした眼差しに、左之助の獣が奮い立った。
 「左之、助・・・」
 桃色に染まった唇から、ぽろりと名が落ちた。
 「もっと・・・もっと、ゆっくり・・・あ、これでは、も・・・!」
 「馬鹿野郎、今更ゆるめられっか、おめェの奥までまだ、まだ、行きてェのに・・・!」
 「あ、あぁ、左・・・!」
 「剣心・・・!」
 瞬間。
 ふるふると二つの肌が震え・・・左之助は剣心を抱きすくめたままに崩れ落ちる。
 剣心は大きく息を繰り返しながら、左之助の汗ばんだ胸乳を見つめ・・・瞼を落とし。
 そのまま、闇の奥へと意識を沈ませていった。
 左之助はしばらく剣心の肩で息を整えていたが、やがて、彼の額に浮いた汗を舐め取り、軽く唇を重ねると畳の上へ大の字となった。
 得も言われぬ快さが全身を包んでいる。気怠くも甘い・・・剣心を味わった後は、格別に濃厚な時が流れているように感じられる。
 ともに一つになるというこの快感を、やめられるはずがない。
 「剣心・・・剣心」
 乱れたままの姿でいる剣心を呼んでみたが、応答はない。すっかり気をやってしまったのだろう、ほのかに上気している頬が、今の左之助には嬉しくてたまらない。
 「・・・ま、いっか。ゆっくり休ませてやるさ」
 満足そうに呟いて、左之助もしばし、まどろんだ。






 「剣心、ただいま〜!」
 「ただいま〜」
 可憐な乙女の声に引き続いて、凛々しい少年の声音が神谷道場へ響き渡った。
 肩に竹刀と武具を携え、全身汗まみれのままに中庭へと回る。
 空には太陽が、西へ沈みかけている。残された光が銅色に輝いて、庭を赤く照らし出していた。
 「あ〜、汗かいたぁ! 剣心、お風呂沸いて・・・」
 風呂場のほうへ視線を向けた途端、彼女・薫は絶句した。
 「な・・・!」
 見慣れぬ光景に薫はつい、声音を上げた。
 「ちょ・・・と、左之助。あんた、何やってんの!」
 彼女の声に、だが左之助は振り返らない。チラリと目を上げただけで、すぐに作業に没頭する。
 「見りゃぁわかンだろ。風呂、沸かしてンだ」
 「風呂を沸かしてる・・・て、あんたが?」
 「他の誰がやってンだよ」
 「そりゃぁまぁ、そうなんだけど・・・」
 思わず肩にかけていた竹刀と武具をおろしてしまいながら、薫はその姿をまじまじと見つめてしまった。
 暑いからだろう、上半身裸のままにかまどの前に腰を落とし、しきりに息を吹きかけている。額に汗をにじませながら無心になって、吹き続けている。
 左之助が、風呂を立てている。
 こんな姿、初めてだ。
 「・・・どうなってんのよ、いったい」
 どんなに家事を頼もうとも、どんなことが起ころうとも、一切手伝ったことのない左之助が。いや、手伝おうとしなかった左之助が。今、目の前で風呂のかまどを占拠している。
 こんなことがあっていいのか?
 いや、現実のことなのだろうか。
 つい、己が頬をつねろうとしたその時、
 「お〜い、薫ー!」
 一足先に、縁側へ竹刀と武具を置いてきた門下生・弥彦が薫の元へ駆け寄ってきた。
 「すごいぜ、もう夕飯の支度が・・・て、おい、左之助。おめェ何、やってンだ」
 おかしなものでも見たかのように目を丸めた弥彦に、左之助、つい口調が荒くなった。
 「うるせェ! 見りゃぁわかンだろうが!」
 「そりゃぁまぁ・・・」
 薫と弥彦、ここで二人して顔を見合わせ。
 『剣心!』
 同時にその人の名を叫び、居るであろう、離れの私室へと飛び込んでいった。
 すぱぁん!と障子を開け放てば、
 「おろ? 帰っていたのでござるか、お帰り」
 寝そべったまま、にっこりと笑っている剣心がいた。
 「ちょっと剣心、どういうこと! どこか身体の具合でも悪いの!」
 「おい、剣心! 左之助が風呂を沸かしてやがる、どういうことだ!」
 薫と弥彦に同時に問いかけられ、剣心はくすくすと笑いながら身体を起こした。
 「いや、拙者はどこも悪くはござらぬよ」
 「あ〜、よかった」
 と、胸を撫で下ろしたのは薫。
 「今日は珍しく、左之助が家事を代わってくれると言うから、拙者はのんびりさせてもらっているのでござるよ」
 「へぇ? そんなこともあるもんか? 明日は雨・・・いや、嵐だな」
 と、頭を掻いたのは弥彦。
 「でも・・・本当、珍しいわよ。ううん、初めてなんじゃないの? 左之助が手伝うなんて」
 「うん、オレもそう思う。そんなことがあって、いいのかよ?」
 「ハハ、しかし現実に・・・あのとおり」
 剣心が指さした先には、ようやく風呂が沸いたのか、左之助が立ち上がって額を拭く姿。薫も弥彦も、う〜んと唸ってしまった。
 「ありえねェ・・・絶対にありえねェ! なぁ、剣心。あいつに何を言ったんだ? いや、弱みでも握ったのかよ?」
 「いやいや、そんなことは全くござらぬよ。まぁ・・・ちょっとした約束というやつでござるかな?」
 「・・・約束・・・ねぇ・・・」
 薫も弥彦も半信半疑。しかし、これ以上何を言おうとも現実は現実、受け止める他、仕方がない。
 「・・・まぁ、いいわ。とりあえず風呂は沸いてるんだし、せっかくだから頂くわね、剣心」
 「あぁ、さっぱりしてくるといいでござるよ」
 「じゃぁ、オレは武具でも片づけてくるかな〜」
 「行っておいで」
 二人がそれぞれに、首をかしげながらも姿を消して、すぐのこと。
 「・・・おい、剣心」
 ぬぅと左之助、剣心の部屋へと上がり込んできた。
 「おぉ、左之助。ご苦労様でござるなぁ」
 のんきな声を上げた剣心に、左之助の眉尻がぴくりと動いた。
 「ご苦労様だァ〜? てめェ、腰が砕けてたんじゃなかったのかよ。どうして座ってやがる」
 「誰がいつ、腰が砕けたと言った、左之」
 「何?」
 はて、と・・・左之助は先ほどの情事を思い出す。
 そういえば・・・剣心は気をやっていて。起こして意識は取り戻したのだが、受け答えもはっきりしなくて気怠く横になっていた。
 あの時、自分は剣心が腰が砕けてしまって動けないのだと判断したのではなかったか。だから、条件以外もやってのけて・・・。
 あ、と。左之助は思いつく。
 「おめぇ、もしかしてあの時は芝居だったんじゃ・・・」
 「芝居? 何の芝居でござる?」
 「このぉ〜、とぼけやがってェ〜!」
 ぐわっと。左之助は剣心の胸倉を掴み上げた。
 「俺をうまく利用しやがったな!」
 「どこにそんな証拠がある? 拙者にはとんと、身に覚えのないことでござるなぁ」
 「てめぇ〜! 夕飯だって俺が作ったってェのに・・・! もういい、俺ァ帰る!」
鼻を鳴らし、すっくり立ち上がった。
 「とんだ茶番だぜ。またな、剣心!」
 「なんだ、帰るのでござるか、面白くござらんなぁ」
 「なんだと?」
 「今日はよくやってくれたから、久しぶりに今宵は差しで飲もうかと考えていたのだが」
 「な・・・」
 「ここでもよいし、どこか外へ出ても良いでござるなぁ。うん・・・拙者、外のほうが酒が飲みやすいでござるしなぁ・・・」
 ここでふぅと、熱っぽいため息を吐いて。これ見よがしに懐を直して見せた。
 チラリと左之助のほうを盗み見ると、その大きなのど仏がごくりと動いたのを見届けた。
 「ま、帰るというならもう何も言わぬが。またの機会にするとしようか、左之」
 「ま、待て待て、剣心!」
 左之助、慌ててストンと再び腰を落とし。剣心の顔をググッと覗き込んだ。
 「しょ・・・しょうがねぇ、そんなに俺と飲みてェってんなら、今日はおめェと一緒にいてやるよ」
 「別に拙者は、一人で飲んでもかまわぬが」
 「いや! 一緒に飲んだほうが楽しいぜ! な、俺と一緒に飲もう、飲みに行こう! うん、決まりだ!」
 言うなり左之助は立ち上がり、
 「な、剣心! 俺ァ、あと洗濯物をたたんでくるから! 嬢ちゃんと弥彦が風呂から出たら、飯にしよう! それから飲みに行こうぜ、絶対だぞ! 約束だからな!」
 一人激しくまくし立てると、ずかずかと部屋を出て行った。
 部屋に一人ぽつんと残された剣心は、密やかに笑いをこぼした。
 「ふふ、やれやれ・・・左之の奴・・・」
 素直と言おうか、単純と言おうか。剣心は胸に宿るほのかな温もりを覚えながら、スッと立ち上がった。後ろ手に障子を閉めながら、母屋のほうへとつま先を向ける。
 「洗濯物たたみでも、手伝うとするかな」
 家事のすべてを彼にさせてしまっては、さすがに可哀想だ・・・
 己が仕組んだこととはいえ、ちょっと哀れに思った剣心は、それでも笑いをこらえきれずに唇に薄くにじませていた。
 空には夕闇が広がりつつあったが、まだもう少し、日没までには時間があるようだ。
 赤く焼けた天に視線を向けながら、剣心は今宵のことに思いを馳せた。流れる雲を追いかけながら・・・。
 吹き抜ける風が、冷気を孕んだ。昼間の暑さなど知らぬかのように。
 ・・・日は、ゆっくりと暮れていく。
 その終わりを、名残惜しむように・・・




     了


背景画像提供:「ぐらん・ふくや・かふぇ」さま
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m(_ _)m


拝啓

 初夏の辺りにふと思いついた妄想を具現化したものです(笑)。
 しかし・・・着手してからここへ至るまでにかなり、時間を費やしてしまったような(;;)
 忙しかったかもしれないけど、自分としてはちょっと、もう少し早く アップしたかったです(-_-;)
 今回は・・・「どっちが一枚上手?」というところを書いてみたかったんですが・・・ うまく表現し切れていないような気がします。もっとこう、コミカル的に 書きたかったんですが・・・うまくいかないもんですね。
 文章能力がまだまだですね、頑張らないと(><)!
 お目汚し、ありがとうございました(*^^*)! m(_ _)m

かしこ♪

05.08.25

05.09.08 改訂