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「一夜の獣」(ひとよのけもの)


 今日もまた、当然のように左之助は神谷道場に転がり込んで、我がもの顔で夕餉を食らい、湯浴みをし。
 自然の成り行きであるように剣心と床を共にして。
 今、一つの嵐を越えて、互いにゆるゆるとした時の流れを感じている。
 これが左之助の・・・そして剣心の日常。
 もう、こうして幾日、同じ日々を繰り返してきたことだろう。どうしてこれが、「日常」になると想像できただろう。
 思えば奇妙な、しかしながら確かな絆がここにはあると、絹糸のような柔らかな赤毛を指に絡めながら・・・左之助は思い馳せ。褥で、片手に己が頭部を預けて上空から、傍らの愛しい人を見つめていた。
 「剣心」
 「・・・ん・・・?」
 軽く目を閉じていた剣心は、左之助の呼びかけにゆるり、蒼い瞳を開いた。まだ、先ほどの余韻が残っているのか呼吸がやや速く、浅く。肌はほのかに朱を帯びて心なしかうっすらと汗ばんでいる。
 行燈の明かりの下に浮かび上がるその姿に、左之助は新たに狂い始めようとする己が雄を覚え、思わずそっと、剣心の肌を掛け布団で隠した。
 「おめェも・・・男なのになァ」
 「何だ、藪から棒に・・・それがわかっていてなお、拙者を求めてくるのはお主ではござらんか」
 今さら何を言い出すのだと、剣心は苦笑しつつもやや呆れ気味にため息を吐いた。
 「そりゃま、そうなんだけどよ・・・」
 うつ伏せている剣心の、背中を散らす赤毛を指先で払って。すすぅと手のひらをうなじへ向かって滑らせた。
 剣心はゾクリと全身を粟立たせ、きゅぅと肩を竦めた。
 「背中も・・・女のものとは違う。刀傷はあるし、鍛え抜いているから柔らかくもねぇ。首筋だって・・・」
 硬い皮膚の指先が、剣心のうなじをつるりと撫でた。ふぅ・・・と濡れた唇から、小さな吐息がこぼれた気配に、左之助は舌を出して己が唇を舐めた。
 「細かァねぇ。遠くから見りゃ、そりゃぁ細ェがよ。存外、野太くできてンだよな・・・」
 「左、之・・・」
 剣心が時折息を殺してしまうのは、左之助がもたらす快さゆえ。そこはかとなく、そっと触れてくる彼の指先は、剣心の身体をどんどん敏感にしていく。
 「お主、先ほどから・・・何を、言おうと・・・ン・・・っ」
 ふいに、臀部へ手のひらを差し込まれて、剣心は声を呑んだ。左之助はニヤリと笑うと同じ掛け布団に潜り込んで、剣心へ覆い被さった。
 剣心の背中から左之助の、やや熱を帯び始めた息づかいが落ちてくる。
 「剣心・・・」
 やや小ぶりの耳朶に左之助の声音が響いた。
 「なぁ・・・おめェ、やりてェって思ったことはねェのか」
 「え?」
 彼の言わんとしているところがわからなくて、剣心はつい、彼を顧みた。
 「こんなに男だってェのに・・・俺と同じモンを持って、こうしていきり立たせてるってェのに・・・」
 潜り込んできた左之助の手のひらが、ぎゅぅと剣心の高ぶりを握り込んだ。剣心は息を詰め、褥を握りしめてしまう。
 「やりてェって・・・抱きてェって、思ったことはねェのかよ」
 「!」
 左之助の言葉に、剣心の目が丸くなった。まじまじと自分を見つめてくる剣心に、左之助は苦笑を洩らした。
 「そんなに驚くこたァねぇだろ? おめェだって男なんだから」
 「いや、まぁ・・・そうだが・・・」
 「それとも、考えたこともなかったか」
 考えたことも・・・というよりは、思いつきもしなかった。
 確かに、初めて左之助の情を受ける折りは、自分は男なのだから身体を開くのは不自然だし、何よりありえないことだと思っていた。女を抱くのならばともかく、男に抱かれるなどと、あってはならぬと。
 その気持ちは今だって変わらない、男に抱かれることの不自然さは感じ続けている。
 もっとも、理屈と現実は全く異なり、この身はすっかり、左之助に慣らされてしまっているが・・・
 とはいえ。
 まさかその逆、自分が男を抱く・・・即ち、左之助を抱くなんてこと・・・
 「剣心?」
 「あ・・・」
 左之助の手のひらがわずかに蠢いた。高ぶりを握られたままの剣心、つい小さく声を洩らす。
 「まァ、考えたことがあろうとなかろうと、俺にはどうでもいいこった」
 うつ伏せたままの剣心へ、左之助は耳朶へと唇を添えた。
 「俺はおめェが欲しいから抱く。それだけだ」
 「んァ・・・!」
 猛然と、左之助の唇が耳朶を、肩を舐め始めた。剣心の意識はたちまち淘汰され、褥へと顔を押しつけてしまう。
 「声を殺すな。聞かせろよ、剣心・・・」
 「左、ぁ・・・」
 「そうだ、もっと・・・」
 次第に灼熱へと燃え上がりつつも、その中で。剣心の胸の中にぷくりとふくらんだ小さな、しこり。それを考える暇はなくて、左之助のぬくもりに彼は巻き込まれ、身も心も溶かされていった・・・。






 一息ついたのは、ようやく大量の洗濯物を干し終えた時だった。思わず額の汗を手のひらで拭い、青く澄み渡った空を見上げる。
 そこには流れる雲もなく、また風もなく。ただひとえに青、一色のみが広がっている。
 こうして見ているとたった一人、無の空間へ放り出されたかのようだ。
 ただ何も考えることもなく、ずっと無でいられたら・・・
 ふと、そんなことを思ってしまったが到底、できようはずもない。
 何しろこの青一色のように、己が心を占める色合いは今、一つのことのみに囚われているのだから。

 拙者は左之助のことをどう、思っているのだろう。

 あの夜の、あの「一言」から。
 ずっと・・・ずっと、そのことばかりを考えていた。
 あれから何日が経過したのだろう? 三日・・・いや、四日前のことであったようにも思い・・・ふと、時間的な感覚が麻痺していることに気づいて、それほどまでに自分は考え込んでいたのかと、剣心はつい苦笑をもらした。
 この数日、左之助は姿を見せてはいない。
 それはいつものことだったが、その間ずっと、彼のことを考え続けているなどと・・・。
 「何を・・・しているのだろうな、拙者は」
口中で呟く。
 もうとっくに、自分が左之助に対して特別な感情を抱いていることはわかっていた。わかっていて理解していて、彼が望むままにこの身体を開くこともしばしばだ。
 当初はその行為に対して強い抵抗心を持っていたものだが、自分もまた彼に対して並ならぬ想いがあると知ってからは、素直に受け入れるようになった。身に余る幸福と、過ぎたものであると感じながら・・・
 ・・・けれど。
 左之助は求めてきてくれるが、果たして自分はどうなのか。
 彼に対しての想いがあると知った時、理解した時、欲しいと・・・「左之助が欲しい」と明確に求めたことがあっただろうか・・・?

 「左之助が欲しい、か・・・」

 陽光に気持ちよく身をさらす洗濯物を眺めながら、ぼそりと独りごちる。
 冷静に考えてみよう。
 自ら「欲しい」と口にする時は閨の中だけであり、かつ、極限状態にまで追いつめられた時のみだ。おまけにそれは、この身体を開くことを意味する。
 そのときに得られる、与えられる快楽はすさまじく、一度味わうと忘れることなどできない・・・
 思えば思うほど、この身に走る激痛にも似た快感がよみがえって、くらくらと眩暈を覚える。
 されど。

 「拙者は男だ。男なれば、好いた者をこの腕に抱きたいと思うがごく自然。しかし・・・」

 そこまで強く思ったことがない。いや、求められるままに身体を開いてきたような・・・そう、成り行きといえばそうなってしまうだろうか。無論、「左之助に惚れている」という前提があればこそなのだが。
 惚れているなら。好いているなら。

 「左之助を抱きたい、と思う・・・か?」
 「俺が何だって?」
 「うわ!」

 いつのまにか背後に立っていた左之助の存在に、剣心は本気で驚いてしまった。思わず振り返った剣心の顔を見て、左之助はおかしそうに笑い出す。
 「ハッハッ、なんだその面ァ! 初めて見たぜ!」
 「左、左之助、いつからそこに・・・」
 「いつからって・・・本当に気づいてなかったのか? 珍しいな、おめェが背中に立たれて気づかねェなんてよ」
 その事実に剣心自身も驚いていた。それほど深く考え込んでいたというのか。
 「で、俺の何を考え込んでやがったんでェ?」
 「それは・・・」
 促されて、ついまじまじと剣心は左之助を見つめてしまう。
 細く端正な顎の線、左右に引かれた黒い眉は引き締まり、彩る瞳は黒曜石のように深い黒。すらりと伸びた鼻に、柔らかくもしっかり結ばれた唇からは意志の強さが読み取れる。やや硬質の黒髪からも、それらは感じられるようで・・・。
 ・・・だからと言って。

 拙者は、この男の容姿に、まして顔つきに惚れたわけではない。そもそも男だ、それで惚れるわけがない。
 この男の、左之助という人物に、その心根に惚れたのだ。だから、肉体的な魅力など・・・

 左之助を見つめたまま、剣心が胸中で呟き続けていた、その時。

 ひょいっと左之助の右手が伸びた。
 「あっ」
と声が洩れた時には、既に剣心の唇は左之助の唇にふさがれていた。
 「ん!」
 少しばかり強い声を洩らしたが、しっかりと両肩を押さえつけられていて身動きできなくなっていた。
 「ふ・・・!」
 鼻から抜けるような声に思わず、剣心はまずいと身を強ばらせた。その隙に、左之助の舌先が巧みに剣心の唇を割り開き、深々と潜り込む。
 このままでは・・・!と焦りを滲ませ始めた頃、ようやく左之助の唇は剣心を解放した。
 「おっ、色っぺェ顔してンじゃねェか。そんなに良かったか?」
 「左之!」
 頬を上気させ、剣心はつい後ずさりして彼を叱責した。
 「こんな朝から・・・お天道様も昇って間なしだというのに・・・!」
 「馬鹿野郎。惚れた野郎にじっと見つめられてみやがれ、誰だってその気になっちまわァ」
 剣心はにやつく左之助にばつが悪くなって、顔を伏せてしまった。両拳がわなわなと震えている。
 「で、俺の何を考えてやがったんだ」
 「知らん」
 「何だよ、教えろよ」
 「死んでも教えぬ」
 「おい、剣心」
 すっかり臍を曲げたらしい愛しい人を、左之助は困ったように、しかし嬉しそうに笑っている。
 剣心はそっぽを向いたまま、左之助のほうなど見ようともせず。
 ただやっぱり、空を睨んで先ほどのことを思い巡らせ始めたのだった。

 ・・・結局。

 その日、左之助は帰らずに。
 ペロリと夕食を平らげて、ちゃっかり湯殿の湯をもらい、月が真上に昇る頃には剣心の布団へ潜り込んでいた。
 剣心が家事の一切を終わらせて、最後の湯に身を浸らせて。手拭いに赤毛を任せながら私室へ戻った頃には、待ち疲れた左之助はすっかり、寝入ってしまっていた。
 「やれやれ」
 苦笑混じりに小さく息をつき、寝相で乱れ、めくれてしまっている掛け布団を直して。彼の身を隠すようにしてから、剣心は傍らへふぅと腰を落とした。
 濡れた赤毛を無造作に拭い。束ねることなくそのまま、両肩を隠して。
 剣心はじ・・・と、左之助を見遣った。
 ずっと待ち続けていたのだろう、行燈は灯されたままだった。
 ジジ・・・と油が燃え、ほのかな匂いが漂い。淡い橙がゆるく身を揺らめかせる。
 左之助の整った面差しが影に揺れる。
 力強い眉に、長い睫。彫りの深みに埋もれる瞳は、瞼が開けば黒曜石の輝きを放つ。
 湿る唇は薄く開いて、白い歯がこぼれていた。

 この唇が、自分を翻弄する。

 そう思うとくわっと血が一瞬で沸く。時に言葉で、時に感触で惑わすこの唇を、憎らしくさえ思う。

 ならば、逆に拙者が惑わせることができるのだろうか。
 同じ唇、同じ男の身体。左之助に可能なことならば、拙者にも・・・

 「拙者が・・・」

 左之助を、抱く。

 それは・・・自然の理を曲げることになる。
 いや、そもそも彼がこの身体を支配下に置いた時点で、既に自然の摂理など崩壊している。理も何もあったものではない。が・・・
 左之助を抱くということは。彼がこの身体を抱くことと、同じことになるのではないだろうか・・・
 「抱く・・・拙者が、左之、を・・・」
 日中も同じことを考えていたが、実感が沸かなかった。だがこうして褥に横たわり、眠る左之助を見ているうちに・・・
 腹の中で強く、頭をもたげたものがあった。小さくうずくまっていたものが突如、勢いを得て立ち上がるときのように。剣心の体内でそれは激しく熱を帯びていく・・・
 これが、「欲情」という名の情念であるとわかったのは、思わず左之助の唇を奪った瞬間だった。

 そうか、これが・・・「欲しい」ということ、か・・・
 日を費やして考えてみてもわからないわけだ、これは理屈ではない。理屈ではなくて・・・

 「そうとも、いっそ・・・」

 いっそ、このまま食らってしまえばいい。
 食らってしまえば、この欲情に身を焦がしてしまえば自ずと答えは出てくるに違いない・・・

 少し開かれていた唇に、己が舌をねじ込んで。剣心は左之助の頭を抱え込むようにして激しく、唇を重ねた。自分に語りかけてくるその唇を、笑いかけて光る歯を。剣心はいつしか、我を忘れて貪っていた。
 久しく忘れていた情念が、剣心を燃え立たせていた。

 一方。

 何となく剣心の気配に気づいていた左之助は、実は既に目を覚ましていたのだが。
 なにやら思い詰めたように自分を見つめているらしい剣心に、瞼を開く機会を逸して窺っていた。
 ところが、どうだ。
 突如として覆い被さるや否や、剣心が唇を重ねてくるではないか。

 ど・・・どうなってンだ、こりゃぁ?

 左之助の心中が嵐のごとく荒れ、狂い始めた。剣心が自分を求めてきたことへの嬉しさもさることながら、らしからぬ情の激しさに戸惑いを覚えた。
 剣心から欲に駆られて行動に移すなど、前代未聞だ。
 一見、欲が薄いように見える剣心だが。
 ひとたび炎が燃えれば妖しいほどにその肢体を艶めかせることを左之助は知っている。それは時間をかけてじっくりと、煮立たせていく鍋のように熱の頂点を極めていく・・・
 が。
 今の剣心は既に、その頂点に近い。
 そう、これは・・・
 自分自身が欲に駆られて剣心を貪るときのような・・・まさしく、それだ。

 剣心が、俺を求めてきた・・・俺を、欲しがっている・・・!

 くわっ、と。それまで閉じていた両眼をとうとう、左之助は開いてしまった。
 行燈の淡い明かりの中、間近に見えるはずの愛しい人の面差しはよくわからない。近すぎてわからないのだ。けれども長い睫が小刻みに震え、わずかな動きに応じて橙の明かりがキラリと光ったのが見えた。

 剣心・・・!

 血が沸きつつある両腕を伸ばして、左之助は剣心を抱きすくめる。物言わぬ彼をそのまま、ごろりと反転、褥へ押しつけた。
 それでも。剣心は彼を・・・左之助の頭部を離そうとせずに、抱え込んだまましきりに唇に吸い付いてくる。
 微かに・・・卑猥な水音が耳朶をくすぐり始めた。
 時に、
 「はぁ、はぁ」
と荒ぶる息づかいが交わり。互いの肉体が高ぶっていくのを捉えていく・・・
 「剣、心・・・」
 「・・・左之、待て・・・」
 身体を押しつけて、さらに懐へ手を忍ばせようとした左之助の手をやんわり止めて。剣心は名残惜しそうに唇を離すと下から見上げた。
 「こんなのは、嫌だ・・・」
 「嫌? おめェ、俺が欲しくなったんじゃ・・・」
 「黙れ」
 蒼い瞳が妖しく輝いた。
 あっ、と思ったときには身体が入れ替わっていて。乱れた赤毛を背中へ流して左之助を見下ろしていた。
 「剣・・・?」
 「拙者とて・・・」
 何を・・・言い出そうとしていたのか。それきり剣心は何も言わず・・・ただ、左之助の首筋へと、面差しを落としていった。

 ジジジ・・・と、油が燃える。
 揺らめく炎が、闇をわずかに払いのける。
 のたうつ肢体を・・・映す。

 「はぁ・・・」

 吐息をこぼしながら、左之助は天井を見据えていた。
 天井には闇色の影が大きく、時に小刻みに揺らめいている。それは己が肉体の上で乱舞する、剣心の影・・・肉体。

 こうして・・・身をゆだねるのも、悪くない。

 隆起する肌に、白い指が走る。
 胸の粒は硬く、桜色の唇がついばむ。
 つるつると落ちていく剣心の唇は、やがて下腹部で息を潜めている左之助の息吹へ触れていくだろう・・・
 剣心が与えてくれる快い波。愛おしげに、そして熱っぽく・・・貪るように。この身体を食らおうと蠢く剣心の肢体が、淫靡で・・・左之助を恍惚とさせていた。

 こんな光景はめったと拝めねェ。それにもう・・・こんなことは二度と・・・

 赤毛が乱れて剣心の面差しは見えない。いったいどんな顔をして男の肌を舐めているのか。そう思うとますます、左之助の情欲は掻き立てられた。
 濡れたような、潤んだような瞳を左之助は知っている。あの瞳でこの肌を見つめ、指で、舌で、唇で・・・味わってくれているのだろうか・・・
 「剣心・・・ぁ・・・」
 脳裏での妄想猛々しく、手のひらで赤毛を梳いた。
 ちらり、剣心の眼差しが垣間見えてドキッとした。
 蒼の奥深い輝きが左之助を見つめていた。
 髪で表情が見えないと思っていたら、ずっとこちらを見ていた・・・

 こいつ・・・

 瞳の輝きに。
 左之助の背筋は冷たくなった。

 獣の眼をしてやがる・・・!

 左之助は知った。
 自分もまた、あのような眼で剣心を食らっていたのだろうと。
 骨の髄まで食らいつくし、己の血と成し肉と成すかの如く、抱いていたのだと・・・

 俺は、獲物でしかない。
 獣の爪にのど笛を切られた、獲物に過ぎない。
 食うか、食われるか、だ・・・
 たまらねェ・・・

 得も言われぬ快感が突き上げてきた。
 ぶるっと肉体が震える。

 食われたい・・・いや、俺が剣心を食いてェ・・・!
 この獣を俺のものに・・・!

 「剣心、もう・・・!」

 堪えきれないと上体を起こした瞬間だった。剣心の頭部は彼の下腹部へと落ち、すっかり存在感を世に知らしめていた高ぶりを、唇の奥へと飲み込んでいた。

 「く・・・!」

 腰から力がすとんと抜け、頭のてっぺんを何かが貫いた。

 「はっ・・・あ・・・!」

 ため息とも、悶えともつかぬ声音を洩らし、左之助は思わず唇を噛んだ。
 深酒したときのようにぐらりと視界が巡る。強烈な快楽のうねりをギリギリのところで受け止めながら、左之助は薄く目を開いた。
 眼下に。
 剣心が夢中で唇を這わせているのが見えた。
 普段は決してそのようなことはしない彼が、執拗なまでに舌を絡め指先を添えている。
 その淫猥な動きと熱っぽい瞳を宿した面差しを見ただけで、左之助の全身は瘧を起こしかけた。

 まずい・・・!

 必死な彼の姿に狂喜したのか、あるいは見慣れぬ光景に困惑しているのか・・・いずれにしても刺激が強すぎて、彼は一気に頂点を昇りかけた。
 「ま・・・待て、剣心、このままじゃ・・・!」
 おめェの口の中へ出しちまう、と言いかけたがもう、遅かった。
 「ぅ・・・!」
 細い喉の奥まで迎えていた剣心の口腔いっぱいに・・・左之助は堪えきれず迸らせてしまった。
 剣心は無言のまま、しばらくその脈動を味わうようにして動きを止めていたが・・・やがてゆっくりと彼自身を解放すると、これ見よがしにゴクリと喉仏を鳴らした。
 「剣、心・・・」
 言葉もない。
 左之助はがっくりとくずおれるようにして、仰向きに転がってしまった。
 今日という日は・・・夜は、一体全体、どうなっているというのだろう。
 これほどまでに積極的な剣心は見たことがなくて、困惑を隠しきれない。
 喜んでいいのか困っていいのか・・・
 「はぁ・・・」
 ぺたん。己が額を叩くようにして手のひらを当てた。
 「・・・こんなに・・・」
 ふと、剣心の呟きが聞こえてきた。
 剣心は上体を起こして指先を舐めていた。口の端からあふれた左之助の体液を、一滴残らず舐めとっている。肌にうっすらと汗を滲ませ、気怠く赤毛を掻き上げた。
 「こんなにたくさん・・・」
 「剣心・・・」
 「これが、いつも・・・拙者の中を濡らしている・・・」
 白濁をうっとりと眺め、指先をねぶる。欲に濡れた剣心に、左之助はただただ見惚れ、呆気にとられた。
 剣心は再び左之助を覗き込むようにすると、するするする・・・右手を彼の大腿の奥へと潜り込ませた。指先が的確に。潜んでいた華にそっと触れた。
 「!」
 剣心の意図を理解して、左之助の表情が強張った。が、剣心の面差しは変わらない。そっと唇を胸乳へ寄せながら、剣心の指はさらにその奥へと潜り込もうとする。
 「剣・・・!」
 これから我が身に何が起ころうとしているのかを悟って、左之助の頭は真っ白になった。ぐっと熱を帯びた彼の唇が、ちろちろと舌先を垣間見せながら肌を伝う。散らばる赤毛は鎖骨まで流れて、左之助の胸板は流血したように赤く染まっていた。
 「剣心・・・」
 乱れがちになる呼吸を整えながらも、左之助は剣心から目が離せない。
 時折見せる、赤毛の隙間からの眼光。
 「はぁ・・・」
 軽い目眩を覚えて、左之助は息を吐き出した。
 剣心は巧みに身体を滑り込ませると、左之助の身体をわずかに開かせた。
 その、剣心の腰部の気配を察して、ハッと左之助が剣心を見た。
 刹那、左之助の瞳と剣心の瞳が絡む。
 ゴクッと生唾を飲み込んだ左之助の喉仏に。剣心の顎が真っ赤に開いて甘く噛んだ。
 「はっ・・・!」
 詰めていた息が一気に吹き出た。それまでどこか規則的に繰り返されていた呼吸が乱れ、踊る。左之助は翻弄されていることを実感し、冷静な自分を取り戻そうと足掻き、焦ったがどうすることもできない。剣心の頭部を掴み、身体中を巡る熱い流れを放出したくて悶えた。
 剣心は陶酔したように瞳を潤ませて、火照り上がった浅黒い肌を蹂躙する。汗の滴を舐め取りながら、じっくり味わいつつ・・・ゆるり。己が腰を左之助の中心へと据えた。


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