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 思いがけぬ言葉に、剣心はつい言葉を詰まらせた。
 巷では最強だの、伝説だの言われてきた彼であったが、ただの人として見てくれたのは・・・初めてではないのか。
 この地、東京の土を踏んだ時。
 自らの背中にある過去など、何も関係ないのだと笑って受け入れてくれた娘がいる。
 あの時の嬉しさといったら・・・今でも胸が熱くなる思いだ。
 受け入れてくれる存在だけでも嬉しく、心地よいことであったのに・・・
 いつしか、自分の傍らには親友とも呼べるべき存在が・・・左之助がいた。
 時や場所など選ばずに、この男は常に己が心根一本、真正面から全力でぶつかってきた。
 いけないことはいけないのだとはっきり言い、
 良いことは良いことなのだと、朗らかに笑って見せる。
 実は心奥深く、悲しい過去を潜ませていながら快活に生きようとするその様は、
 剣心にとっては憧れであり・・・羨望でもあった。
 何より、
 この男が自分を見るときの眼差しには、やはり同じような憧れと・・・羨望が入り混じっていた。
 だから・・・どこか遠いところで自分を捉えているのではないかと思っていた。
 肌を重ね合わせるようになっても、それは結局、自分の強さに憧れて芽生えた、一種の尊敬と思慮の混じった思いなのだろうと。
 そう、思っていたのに・・・
 この男は、一人の人として・・・男として、見ていてくれた・・・
 過去もこれからも、すべてをひっくるめて「緋村剣心」なのだと言ってくれた。
 それは並の許容量ではない、一国一城の主さえ持てるかどうかわからぬ器ではないのか。
 「左之・・・っ」
 言葉が見つからない。ただただ、彼を見つめるしか術がなくて。
 見つめながら・・・心の中の何かが氷解していくことを実感しつつ・・・
 剣心は。
 耐えかねるようにして面差し、左之助の胸乳へと押し付けた。
 なんと・・・安堵する胸なのだろうか。
 なんと・・・頼り甲斐のある、頼もしい心なのだろうか。
 己が胸に潜む闇など、この男の前では灰燼と帰すようだ・・・
 「左之、左之・・・ッ」
 唇を肌に押しつけて、離すことなく名を紡いだ。
 吐息、艶めく舌先が浅黒い肌の上、見えぬところで蠢く。
 内側にある混沌をすべて、溶けこませてしまうように・・・。
 剣心にとっては、自らの不安を打ち消すように自然の成り行き、仕草であった。
 が、左之助にとっては・・・抑えていた雄たる衝動に油を注ぐ行為でしかない。
 黙って・・・視線を落として剣心を見遣る。
 儚げな蝋の明かりの中で・・・胸元に吸い付く彼の姿は、どう見ても自分を求めているようにしか見えない。
 助長するように。
 折しも剣心は・・・一糸纏わぬ姿。
 左之助、心が高ぶった。彼の肩に置いていた右手がふと離れ・・・奇妙に指先を歪めた。
 「剣、心・・・っ」
 無意識に吐息が、乱れた。
 それまで不思議なほど保たれていた理性がこの瞬間、本能たる衝動と逆転した。
 白い肌を強く突き放し、唇を塞いだ。
 「ンぁ・・・ッ」
 唇が、熱を放っていた。
 冷えていた肌が、徐々に温もりを宿していくことがわかる・・・
 青白かったそれが、ゆるりゆるり・・・ほのかに朱を帯びて・・・
 剣心自らも、激しく唇を貪ってきた。
 「ふぅッ」
 わずかに声を洩らし、左之助は求めに応じる。
 橙たる明かり色、漆黒の闇を刻んで部屋の中央、長い四肢を絡み合わせ・・・倒れ込み・・・
 「あ・・・ッ」
 爪先、衣装を蹴って余所へやり。
 わだかまる衣装、ぬくもりが空へと溶けこみ・・・冷えていく。
 「ふっ、あ・・・ッ」
 浅黒い肌の下。
 象牙色の肌が大きくうねった。
 背を弓なりに反り上げて、胸乳を男へ・・・左之助へと押しつけていく。
 左之助は背中へと腕を回し、しっかり抱きすくめながら彼の脇腹、赤い小さな華を刻む。
 「ひ・・・ッ」
 喉仏、天を衝き。
 「いっ、あ・・・ァ」
 唇が象牙に華を咲かせていくたびに・・・肌は震えて唇、あえやかな声をこぼした。
 「左ぁ・・・之・・・っ」
 こぼれた歯、垣間見えた舌先が小さく、唇を舐めたことを左之助、見逃さず。
 「・・・剣心・・・乱れてみる・・・か・・・?」
 肌に唇を当てて、彼は舐め上げるようにして囁いた。
 「乱れてみなよ・・・俺ン中で・・・淫らによぉ・・・」
 「左・・・」
 「俺は、おめぇの中で・・・存分に暴れさせてもらうぜェ・・・」
 「あぁ・・・っ」
 この時。
 剣心に得もいわれぬ笑みが広がった。
 見たことのないような、恍惚とした・・・まどろむように瞳を落とす面差しで、彼は左之助を見ていた。
 「左之ぉ・・・っ」
 左之助の身体、ぞわりと悪寒が走り抜けた。
 「な・・・なんだよ・・・おめぇ、誘ってンのかよ・・・?」
 胸の鼓動が速くなる、震える声音がどうしようもなく。
 「血が・・・欲しいんじゃなかったのかよ・・・」
 左之助の手管によってすっかり火照りあがった剣心の身体は、この冷たい空間の中でうっすらと汗ばみ・・・。小さく息づきながらもその呼吸、にわかに荒い。
 褥など無視、畳の上に横たわりながら剣心は、黙ったままに見上げたまま。
 「へっ・・・だんまりかよ・・・。いいさ、おめぇがそのつもりなら・・・」
 鋼の腰部が、華奢な脚を割る。
 一寸、白い柔肌は凍えて見せた。
 その反応に左之助、にやりと笑うと己が指にて、つつ・・・と内股を撫で上げ。
 「こっちもすっかり、待たせちまってるようだし・・・」
 指の腹、ぬるやかな感触を取り得て嬉々として。
 「鳴かせてやらぁな、存分によっ。もっとも・・・思いきり鳴けねぇだろうがな」
 ・・・笑みが。
 この、笑みが・・・
 剣心にとってはどれだけの至福であることか・・・。
 左之助はそのことを知っているのだろうか・・・
 この男の前ならば。
 どんなに乱れた姿を見られてもいい。
 この男の前ならば、
 どんなに情けない姿をみられてもいい。
 この男の前ならば、
 どんなに・・・
 「左之・・・」
 そう・・・こうして、一寸の時の流れが何十年にも感じられるほどに、
 濃厚な時の流れ・・・幸福なる瞬間。
 身体を開かれて一つになるべく・・・分け入ってこようとする左之助の息遣い、肌のぬくもり、肉体の・・・。
 あぁ・・・ッ
 眼光が、鋭くも温かな眼光が・・・
 瞳を射るたびに、肌を貫くたびに心が震えて・・・
 支配される・・・ッ
 「左之、早く・・・早く・・・ッ」
 支配されたい・・・この身、きつく抱きすくめられて何もかもを忘れて・・・
 左之助、お主のことだけを考えていたい、拙者を・・・お主の色に染め抜いてくれ・・・ッ
 「剣心・・・ッ」
 踏み込む膝頭が荒ぶって。
 蹂躙してくる肌の熱さに、
 「あっ、あぁ・・・ッ」
 吐くように声を洩らし。
 グッと唇を噛み締めた。
 声を・・・声を洩らしてはならぬ・・・母屋の二人に、聞かれる・・・ッ
 「うっ、むっ、く・・・ッ」
 健気にも、声を出すまいと躍起になる剣心など尻目に左之助、手加減は一切無用とばかりに激しく攻め立てた。
 大腿を抱え、隆起した肉体を存分に落とし込んでいく。
 肌を密着させながら汗を擦り合わせ、噛み締める唇を嘲りながら優男の身体に溺れていく・・・
 「んっ、ふっ、ぐぅッ」
 こみ上げてくる快感が、脳髄を溶かしていく・・・
 このままでは・・・このままでは、あぁ、もう、耐えられぬ・・・ッ
 声が、声が・・・ッ
 「・・・剣心」
 「・・・ッ」
 うっすらと瞳を開けば、薄ら笑いを浮かべた左之助の顔。陶然としながらも・・・
 「そろそろ・・・限界じゃねぇのか? 声・・・出してェだろ・・・」
 その言葉に、剣心は瞳を潤ませて肯定した。
 どうにかしてくれ、どうにか・・・!
 「・・・噛みつきな」
 「・・・?」
 汗ばんだ面差しを近づけて何を言い出すのか・・・剣心には彼が何を言いたいのか理解できない。
 「声、出してェが出せないだろ? だから、俺に噛みついて堪えりゃぁいい」
 「な・・・ッ」
 「別に嫌ならいいんだぜ? だが・・・いつまで保つかなァ・・・」
 「左っ」
 「・・・手加減、なしだ」
 「ンっ、んん・・・ッ!」
 爪先で畳を突っぱねた、だが突如加速した左之助の動きについていけぬ、翻弄されていくっ。
 「あぁ、剣心、剣・・・ッ」
 「左ぁ・・・ッ」
 唇が割れた。
 が、咄嗟に剣心、左之助の肩へと噛みついてしまった。
 左之助、わずかに苦痛に顔を歪めたが・・・恍惚として瞳を淀ませた。
 反面、剣心の口腔内になにやら・・・鉄のような、青い匂いが広がった。
 これは・・・
 「んぅ・・・はぁ・・・」
 慣れた味、懐かしい味・・・
 それは、求めてやまなかった・・・血。
 「んっ、ふぅ・・・左之ぉ・・・」
 微量でありながら流れ込んでくる左之助の血潮に、剣心は急に、身体のすべてが軽くなったような気がした。
 全身に行き渡っていく彼の血潮に・・・剣心は、嬉しさの余りクッと腰を突き上げた。
 深く潜り込んできた左之助その刹那、
 「うっ、く・・・ッ」
 小さな声が頭上から響き・・・
 快い波が、剣心と左之助を包み込んでいった・・・






 ふと意識を取り戻したのは、いったい何時であったのか。
 視線を仰げば、しっかり目を見開いている左之助がいた。
 彼のことだ、眠っているものだと思っていた剣心はつと、絶句してしまった。
 「どうでェ・・・気分は・・・?」
 降ってくる声音は、どこまでも低く・・・どこまでも温かく。
 剣心は、薄く笑みを浮かべて返答とした。
 「落ち着いたようだな・・・」
 傍らから褥を引き寄せ、ゴロリと二人で転び込みながら左之助は、剣心の耳朶へ唇を寄せる。
 「あんだけ冷たかったのに・・・すっかりぬくもったな、おめぇの身体・・・」
 「・・・あれは・・・冷たかったのは・・・『抜刀斎』だったからでござろう・・・」
 「え?」
 「あの頃の拙者は・・・抜刀斎は、身も心も冷たい人間でござったから・・・。なりかけていたのでござるよ、危うく。あの頃の拙者に・・・抜刀斎そのものに。お主が・・・左之助がいてくれて、良かった・・・」
 「馬鹿野郎、そんなに俺がいるとも限らねぇだろ? ・・・負けるなよ、そんなモンによ。おめぇが負けるときは・・・俺がぶっ潰すときだ」
 拳を固めた彼の姿に、剣心は小気味よさを覚えて微笑んだ。
 「・・・あ」
 剣心、何かに気づいて視線を集中させた。何かと思えば・・・
 「左之、それ・・・」
 「あぁ、こいつか?」
 右腕を・・・正確には右肩を、彼は自慢げに剣心へと指し示した。
 そこにはくっきりと歯形が浮かび上がっているではないか。
 そう、いわずと知れた・・・
 「もしや・・・拙者、そんなに強く・・・?」
 「ヘヘへ、いいだろう?」
 何がよいのかわからぬが、剣心の苦渋の表情とは裏腹、左之助の表情は至って明るく、かつ喜々としている。
 「今度見せつけてやらねぇとなぁ。俺の情人は、こんなに感じて痕をつけやがった・・・てよォ」
 「や、やめてくれッ」
 途端、真っ赤になって小さく叫んだ剣心をしかし、左之助は意に介さない。
 「いいじゃねぇか、別に。誰もおめぇなんて思わねぇさ。それに・・・俺は嬉しいンだよ。やっとおめぇから印をもらえたってさ」
 「印・・・?」
 「俺はいつだって、印をつけてやっているじゃねぇか」
 意味ありげに、左之助の手のひらが剣心の脇腹を撫で上げた。
 その行為が、さらに剣心を赤面させてしまう羽目となる。
 「な・・・ッ」
 「だからよ、おあいこさ。ハハ・・・しばらく消えねぇだろうなぁ、この歯形・・・嬉しいぜ、剣心」
 何がそんなに嬉しいのか・・・剣心には理解できない。
 むしろ恥ずかしくて照れ臭くて、彼は思わず左之助の胸の奥へと身を蹲らせてしまった。
 「ハハ・・・馬鹿だなぁ」
 左之助は小さく笑いながら再び、剣心を抱きすくめていった・・・



 外に降り行く雪の行進は、
 今しばらくやみそうではなく。
 刻んだはずの足跡すらもう・・・見えぬ。

 誰の足跡、
 「誰」のものか。
 そんなことは意味を持たぬ。
 それはもう・・・
 ・・・いるべきはずのない人の足跡、
 伝説で伝えられただけの足跡・・・
 もはや、
 ここにはもう・・・




     了





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m(_ _)m

拝啓

 最後までお目汚しを下さりまして、まことにありがとうでござりましたっ m(_ _)m
 結局・・・「何が言いたいんだッ?」といった感じが致すのでござるが・・・皆様にとってはいかがだったでござりましょうや(^^;)
 もう少し、剣心の心理面を突っ込んで書けたら・・・と思えども、そこはまだまだ力量不足、描ききることなど難しく・・・(涙)
 また、まとまりに欠けるなぁと思えども・・・そこもまたやはり、偏に力量不足・・・まだまだでござります(-_-;)
 これに懲りず、また思い立っては書きたいと思いまする(笑)
 ・・・所詮、その繰り返しなのでござろうがね(^^;)
 長時間のお目汚し、まことにありがとうでござりましたっ m(_ _)m

かしこ♪

02.01.22