閉じられた障子、ピタリと・・・すきま風すら入り込めぬ。
音はない。
・・・否、微かに存在している。
シュ・・・
ズル・・・ルル・・・
畳の上、着物が擦れる。
部屋の隅には皺になった袴、流れて・・・臙脂色の単衣、白き襦袢。
爪先が踏んでシュリシュリと音を立て、小さな皺がいくつも走る。
「ひぅ・・・あぁ・・・や・・・」
赤毛が散る。
畳に波打つ。
束ねていた紐などどこへやら・・・緩やかに、しなやかに。
赤毛は散る、畳に波打つ。
唇をわずかに割り開き、絶えず洩らされるは艶なる想い・・・
「左・・・左ぁ之・・・」
大の字に寝そべり、両手を握りしめられて・・・文字通り、互いにぴったりと肌を合わせていて。
その上で・・・大きく筋骨隆たる肉体が、緩やかにも粘るように肌、上下に擦り上げ・・・擦り下ろし。滲んだ汗、否が応にも合わさっていく・・・
肌の温もりを味わうような動きに、陶器の肌は時折熾るように震え、爪先で襦袢を踏みつけた。
「左之・・・左之・・・」
「・・・もっと、俺を呼べよ・・・」
耳朶に吐息を振りかけて、左之助は艶然と囁く。
途端、剣心は首を竦ませ、
「左之ぉ・・・!」
切なげに、泣くようにその名を口にした。
「・・・いい声、出すじゃねぇか・・・たまらねぇか・・・?」
「左之、左之・・・」
「はっきり・・・言えよ。いいのか・・・?」
顔を赤らめて、剣心は顔を背けた。
左之助は忍び笑いながら己が耳朶、剣心の唇へと寄せていく・・・
彼の意図を感じて、さらに肌を火照らせながら・・・剣心、小さくも掠れた声で・・・
「・・・いい・・・」
左之助は汗ばんだ面差しでにやりと笑うと、彼の両手から手を離した。
つるつると・・・剣心の両手が左之助の背中へ伸び。
ゆるゆると・・・左之助の両手が剣心の大腿へと伸ばされて。
大きく身体を開こうとした気配に、剣心の身体は強張りを見せた。
「左・・・!」
「逃げるか」
左之助の黒い瞳が、じっと剣心を睨み据える。
逃がさない・・・
強く煌めく光が、剣心の心までをも射抜こうとする。
「言ったろ。逃げたきゃ逃げればいい・・・もがいて足掻いてもいいってな」
肌から温もりが消えた。
左之助の上体が大きく離れ、今にも腰を捕まえようとしている。
画然、剣心の心は凍てつき我に返る。
理性が、強く表面化した。
「嫌・・・!」
これ以上、知ってはいけない・・・
これ以上、受け入れてはいけない・・・!
今ならまだ、引き返せる・・・
まだ、間に合う・・・!
どのように力を込めたかわからない。
が、この時確かに剣心は、左之助から逃れることができたのだ。
されど、肝心の腰に力が入らない。
情けない姿ではあったが咄嗟、四つん這いになって畳を這おうと、
「あ!」
力強い腕に足首を握られ、ずるりと引っ張られた。
態勢を崩した剣心はそのまま、俯せになってしまう。
身体に、得も言われぬ恐怖が包み込んだ。
「は、離せ・・・!」
「嫌だね」
「左之!」
「番ってみねェと、わかるもんもわからねェぜ・・・?」
俯せになったままの剣心を、左之助はそのまま腰を抱きかかえ。
両膝のみを立たせると、己が腰をゆっくり・・・押し込んでいった。
「あ・・・ああぁ・・・!」
灼熱が肉体を割り開く。
堪えきれず、ガリリっと畳を引っ掻く。
剣心は、短く荒く、呼吸を繰り返した。
「ハッ、ハッ、ハッ・・・」
左之助は、眼下に剣心の背中を見据えた。
白く、されど小さな傷の多いその背中を。
腰を離して両手、ベタリ・・・這わせた。
「あ! あ・・・」
手のひら、背中を撫でていく・・・
肩胛骨を包むように・・・腋下から脇腹へ・・・撫で下ろす・・・
「ひぃ・・・あぁ、ぅ・・・」
白磁の肌が捩れた。
身悶える彼の姿に、左之助は薄く笑った。
小さく己が腰を動かしてやれば、
「あっ、や、はぁ・・・!」
簡単に嬌声を放って白い腰が蠢いた。
左之助はゆるり・・・上体を屈めて剣心の耳朶へ、囁く。
「おめェ・・・自分の心、見えるかよ・・・?」
「左・・・」
「・・・俺が、欲しくはねぇか・・・?」
剣心は何も言わない。
左之助は彼の胸乳へ手のひらを寄せ、華の蕾を弄る。
「ん、ぁ・・・」
「まだ・・・怖いか? 俺を知ることが、俺を手に入れることが怖いか・・・?」
「左、左ぁ之・・・」
ゆるやかに腰の律動を始めながら、左之助は剣心を羽交い締めにする。
剣心の身体には彼の両腕が絡みつき、もはや身動きできぬ・・・
「唯一無二の・・・とか抜かしてやがったが、俺だって、相楽隊長を失ってンだ。おめェの気持ち、わからなくもねェんだよ・・・」
思わぬ台詞に、剣心の息は一瞬、止まった。
「だけどな・・・おめぇは俺を見くびってる」
「左・・・?」
剣心がふと、背後の左之助を見遣った。
その隙を逃さずに、左之助は唇を重ねる。
「んっ、ん・・・」
濡れた花びらを味わうと、左之助は・・・唇を離しながら言ったのだ。
「俺は、おめぇが出逢ってきた奴等とは違う」
「え・・・?」
「俺がくたばると思うか? 打たれ強さが売りのこの俺が・・・くたばると思うかよ」
「左之・・・」
「怖がらなくてもいいんだよ。おめぇには敵わねぇかもしれねェが、喧嘩の腕は一番だ。刃傷沙汰で命を落とすことはねェ」
深く、さらに深く剣心を穿ち・・・少し引き。
喘ぎ、のけぞる剣心を快く思いながら・・・
「それでも・・・俺が欲しくはねェのかよ・・・?」
気のせい・・・かもしれないが。
つと・・・剣心の胸が切なさを帯びた。
左之助の言葉が、余韻が・・・心を締め付けたのだ。
「左・・・之・・・お主・・・」
「何だよ・・・」
「拙者に・・・求められたいのか・・・求めてもらいたいのか・・・?」
剣心の言葉に、左之助の動きは止まった。
どうしたのだろうと、剣心は再び顧みる。
・・・左之助は、真剣な眼差しで彼を見つめていた。
「当たり前だろ! 俺だけの一方通行なんざ・・・片想いなんざ、やってられっかよ! 俺は・・・俺はこんなにおめぇのことが・・・。なのに、俺を手に入れることが怖いだのと・・・俺ァ・・・」
背後からきつく・・・きつく抱きすくめて左之助は、その本音を吐露した。
「この想いに気づかせたのはおめェだ! とどめを刺したのはおめェなんだよ! なのに・・・肌を許してくれたはずのおめェが逃げていくなんてよ・・・やりきれねェだろうがよ・・・」
「左之・・・」
「俺を欲しがれよ、剣心。俺は、おめェが欲しくてたまらねェんだよ! 俺はもう、とっくにおめェのモンなんだ! それがわからねェのかッ? おめェがどんなに逃げたところで、俺を手に入れることを拒んだところで、俺はもうおめェのモンになっちまってるんだ!」
「左・・・」
「だから逃がさねェ」
左之助、腰を押し込んで剣心の耳朶を舐め上げると、
「離すもんかよ! 惚れちまったんだ、離れるもんかよ!」
「左・・・あ、あ、あ・・・!」
剣心の意識は攪乱した。
左之助の動きが、突然激しさを増したのだ。
突き上げてくる熱い想いと快い感覚に、剣心の意識は嵐にかっさらわれる。
「俺はここにいる、おめェの側にいる! 離れねェ・・・離れてたまるかよ! 俺の心は・・・おめェが握っちまった・・・!」
「左、之、あ、あぁ、あっ・・・!」
「怖がるな! 俺を・・・俺を信じろ、欲しがれ! 俺をおめェのモンにしろ、剣心! 俺は、俺は・・・!」
突き上げてくる灼熱の風に、剣心はもはや、自分が何を口走っているのか認識できない。
ただ覚えているのは、熱に揉まれながら左之助の問うたことに答えた瞬間・・・彼が満面の笑みを浮かべたこと・・・。
「は、ぁ、左之・・・左之ぉ・・・!」
「剣・・・!」
赤毛、宙に舞い上がった・・・
・・・漂うものは、荒い呼吸と肌の香り。そして・・・
微かな・・・微かな、呼び声・・・
「・・・左之・・・」
「俺に・・・溺れてみろよ、剣心」
ぽつり、左之助がそう言ったのは、二人の体温が少しばかり下がってからのことだった。
二人で部屋の中央にて寝そべり・・・肌を寄せ合うようにして。
「後悔はさせねぇよ・・・おめぇが恐れる最悪の結果ってェ奴には絶対にならねぇ。俺は、その自信がある」
「・・・左之・・・」
「まだ・・・怖いか?」
上気した顔で、左之助は剣心は見下ろしてきた。汗ばんだ彼の面差しを・・・剣心は黙って見つめる。
この男に・・・
縋っても良いのか、本当に。
甘えても良いのか、本当に。
知って、得ても・・・良いのか、本当に。
自分には過ぎた宝物だと思った。
見ても触れてもならぬものだと思った。
けれど・・・
捕らわれたのは左之助ではなく・・・
むしろ、自分のほうなのかもしれぬ・・・
「左之・・・」
名を口にして、肌を寄せる。
「・・・怖くないと言えば、嘘になる。だが・・・お主の打たれ強さに賭けてみたくなった」
「何でェ、そりゃ。俺はそれだけのもんかよ」
小さく舌打ちをして、左之助は白い裸体を抱きすくめた。
「でも・・・答え、出たな」
「え・・・?」
何を言っているんだと眼で訴える剣心に、左之助ははにかんだ笑いを浮かべた。
「さっき・・・言ったじゃねぇか。俺が、自分の心は見えたかって訊いたら、『左之が欲しい』ってよ」
「い、いつ、拙者がそのようなこと・・・!」
「覚えてねェのか?」
にやにやと笑いながら、左之助は剣心に小さく耳打ちした。
途端、剣心は赤面してしまう。
「そ、そんな・・・」
「覚えてなくっても俺ァ、しっかりこの耳で聞いたぜェ? ヘヘ・・・嬉しかったぜ」
幼子のように無邪気な笑顔を浮かべる左之助に、剣心はいたたまれなくなってしまった。小さくなって身体を寄せる。
左之助はクツクツと笑いながら・・・そっと、彼の背中へ手を寄せた。
「どっちにしたって俺はおめェのモンだ。拒んだって、これはもう揺るがないぜ」
「左之・・・」
「・・・言い換えればよ、おめェは俺のモンだってこと、忘れんじゃねェぜ」
息を呑んで赤面した剣心を、左之助は優しく微笑しながらこう、言った。
「何も恐れず、考えなくてもいいんだよ。おめェは、俺に溺れていりゃいい・・・」
「左・・・」
「これからはもう、そんな余裕はなくしてやる。俺のすべてを賭けてな」
唇を寄せてきた左之助に・・・もはや、剣心は抗わぬ。
静かに目を閉じ、その至福の瞬間を・・・
閉じられた障子、ピタリと・・・すきま風すら入り込めぬ。
あるのは・・・絡み合う二つの心のみ。
これからもこの先も、入り込めるものは何もなく・・・
・・・存在すべくは・・・
了
背景画像提供:「素材屋 Miracle Page」さま http://miracle-page.jp/
m(_ _)m
拝啓
剣心、誕生日おめでとうでござる〜(*^^*)! ・・・というわけで。
何も関連がない拙作で恐縮でござります(涙)。強いて言えば・・・「俺はおめェのモンだ!」を連呼した左之助の勝ちでござりましょうか(^▽^;)♪
ともあれ・・・剣心良かったね、でござるな(笑)♪
設定としては・・・どうやら、「夾竹桃の匂い」の続きもの・・・ぽいでござるな(^^;)
執筆当初、全く意識していなかったのでござるけれど・・・書いているうちに「あれ?」ということになり、
少しく匂わせる程度に致した(笑)。
ただ、「続編です」とは断言いたしませぬ。お目汚しを頂いた方が「続編だ!」と解釈して頂けました
なら続編になりましょうし、「続編ではない!」と解釈して頂けましたなら、続編ではござりませぬ。
いずれにせよ、お楽しみ頂ければ幸いでござります(^^;)
・・・それにしても・・・最初はもっとこう・・・絡み合ってもらって、甘々で終わるような・・・そんな軽い気持ちで書いていたはずでござるのに・・・。
いつから二人は、こんなに真剣に・・・(笑)
書いてみねば、わからぬこともありますなぁ(^▽^;)♪
長時間のお目汚し、まことにありがとうでござりました! m(_ _)m
・・・拙作を、「左×剣DEオールナイト」さまへ捧ぐ・・・♪
かしこ♪
03.07.02
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