〜 二日 〜
翌朝、目が覚めると同時に胸を席巻したものは、多大なる羞恥心だった。
・・・夕べは何と、はしたないことを・・・ッ
一時的な情欲に捕らわれたとはいえ、あの有様は何たることか。
未だかつて、あのような淫らな思いに捕らわれたとて決して、自らを慰めるなどという行為にふけったりはしなかった。
それが、若者ならばいざ知らず三十路を迎えようとするこの年齢で・・・。
「情けない・・・」
ムクリと身体を起こし、腹の底から深々とため息。
まさか初夢が・・・いや、姫初めといっても過言ではない。それが自らの手で・・・左之助を想ってなどと。
こんなこと、あってもよいのだろうか?
そもそも、姫初めとは二日の夜から行えばよいとするものであって、元日の夜に行えば老け込みが早くなると言うではないか。
「ハハ・・・自ら己が首を絞める羽目になろうとは・・・拙者も、不甲斐ない・・・」
小さくぼやき、身支度を整えようと布団から出ようとする。
・・・と。
「おろ・・・?」
何やら、視界がぼんやりと霞むではないか。
よくよく神経を集中してみれば、妙に頭もクラクラとしている。
これは・・・
「・・・微熱が、微熱ではなくなったのでござるかな・・・?」
やはり、風邪でも引いているのだろうか。
今までこの方、風邪など引いたことはなかったというのに。
でも・・・
「だからといって、臥せっているわけにはいかぬ。起きねば・・・」
剣心、揺らぐ身体を無理に引き上げ、身支度を整えた。
朝餉の後に、恵が処方してくれた解熱剤を飲んだ。
だが、やはりあまり効果は現れない。微熱の時と同様、上がりもしなければ下がりもしない。
しかしどうやら、昨夜の内に微熱から高熱に変化を遂げてしまったらしい。昨日よりも身体は重くなっていた。
それでも・・・剣心は、誰にも打ち明けずに普段の通り、振る舞い続けている。
が、この時ばかりは薫も薄々感づいたようだった。
昼餉の折り、
「剣心? 何だか顔色が悪いようだけど・・・具合、悪いんじゃない?」
と、問いかけてきた。後を引き継ぐようにして弥彦も、
「オレもそう思う。どっか悪いんじゃねぇのか?」
心配そうに剣心の顔を覗き込んできた。
二人が同じ様な面差しでこちらを見たものだから、剣心はついつい吹き出してしまいながら返答する。
「いやいや、そんなことはないでござるよ。至って、健康そのものでござる」
「そう? 本当に?」
「本当でござるよ、薫殿。弥彦も、心配をありがとう。拙者は大丈夫でござるよ」
にこやかに笑う剣心を見て、薫も弥彦も、わずかに安堵のため息を洩らした。
「でも・・・調子が悪かったら、遠慮なく休んで頂戴ね。ゆっくりしていいんだから」
「ありがとう、薫殿。・・・さて、拙者は洗い物でもするでござるかな」
笑みを満たしたまま、彼は立ち上がった。
・・・彼女の気遣いはありがたかった、されども。
剣心は今日ほど、「いつものようにありたい」と願う日はなかったのだ。
何かをしていないと、家事でも何でもしていなければ、胸の奥に秘めたる想いが開花しそうで、今にも暴走を始めてしまいそうで恐ろしかった。
昨夜の自らの行為で、その想いは勢いを止めたか、と思われた。
が、それは逆効果であった。
年末の折りには、想いを馳せることはあっても身体を火照らせる・・・などということはなく。
むしろ、さほど気になることもなかったのだ。
ところが、あの男の顔を一瞬でも見た途端・・・恐らく、心のどこかでしっかり留め置いていた箍が、容易く決壊してしまったのだろう。
そのとどめが、あの「口づけ」だ。
何かをしていなければ、隙を狙っているかのようにたちまちの如く、男が胸の中、顔を見せてくる。
自分を・・・凌駕すべく、魔手を伸ばしてくる。
「左・・・」
思わず、彼の名を呼びそうになって慌てて唇、抑え込むのだった。
「妙なことを考えている場合ではござらぬ。さあ、洗い物を済ませてしまわねば」
たすきを掛けて腕をまくり、剣心は冷たい水へと指先を伸ばした。
「よぉ」
聞き慣れた声に剣心、身体を強張らせた。
ハッとして傍らを見遣れば、
「明けましておめでとさん、剣心。元気だったかよ?」
「左、左之・・・っ」
突然、土間に姿を見せた左之助に剣心、二の句が継げない。
そのあまりに驚いた表情に、さしもの左之助も怪訝な表情を浮かべる。
「なんでェ? 俺の気配に気づかなかったか? おめぇらしくもねぇなぁ」
「なっ、その・・・考え事をしていたゆえ・・・」
「へぇ? 考え事をねぇ・・・それにしたって、剣心ともあろう者が気配に感づかねぇとは・・・ハハ、正月ボケをしちまったかィ?」
笑いながら、左之助はじっと剣心を見つめる。
剣心もまた、左之助から目が離せず・・・
あぁ・・・と。全身の血が再び巡り始めたことを実感した。
昨夜・・・想いを馳せた相手がここにいる、目の前にいる・・・
この手に触れられ、この目に射抜かれたのは・・・いったい、もう何日前だったのか・・・。
熱が・・・咆吼する。
体温が、上昇していく・・・
「なぁ、剣心。ちょいと出かけねぇか? おめぇのこった、正月だってェのにちっとも休んでないだろう。俺が嬢ちゃんに話してくるからさ、酒でも飲みに行こうぜ」
「しかし・・・」
「・・・知り合いの旅籠に頼んで、部屋を一つ、取ってもらってあるんだ」
「・・・!」
いつしか・・・左之助、剣心の背後に回り込んでいて。全身で彼の姿をすっぽりと覆い隠した後・・・両手、細い肩へと置いて。
「なぁ・・・行こうぜ、剣心」
「・・・左・・・」
剣心の、胸が早鐘を打ち鳴らす。
痛いほどに、強く。
頭上に感じる左之助の吐息・・・背を伝う、胸乳の温もり・・・
「なァ・・・いいだろ、剣心・・・?」
ゴクリと・・・背後で、喉仏が鳴った音を聞いた途端、
「あぁ・・・わかった」
か細い声でそう、こぼした。
逆刃刀を腰に帯び、普段通りの足運びであるというのに、いつになく剣心は緊張していた。
これではまるで、生娘同然ではないか。
己が心境の複雑さに辟易しながらも剣心は歩み続け、そんな自分の内心を悟られぬようにと絶えず、左之助に話しかけていた。
「取り立て屋はいかがでござった? お役に立てたのでござるか、左之?」
「あたぼうよぉ」
左之助、悠然と歩みつつも表情、ほくほくと崩して見せた。
「最初はダンナが声をかけるんだがよ、やっぱり返しちゃくれねぇ。で、俺が顔を見せるとよ、大概の奴は俺と顔見知りなんだよ。・・・といっても、一度や二度、殴り飛ばしたことのある奴等ばかりだったがなぁ」
「ハハ、では恐れをなして金を返す・・・というわけでござるか」
「そんなところよ。だからよぉ、どいつもこいつも、俺に殴りかかってくるような奴がいなくってなぁ。もの足りねぇのはそこだけだな。結局、喧嘩にもなりゃしねぇ」
舌打ちをして見せながら、左之助はガリガリと頭を掻いた。
「全く・・・最近じゃぁ、思い切り暴れられねぇから面白くねぇぜ」
「こらこら、新年早々、物騒なことを言うものではござらぬよ」
「そりゃま、そうだ。けどよ・・・おかげで俺の懐は温かいしよ、借金も払えた上に・・・こうして、おめぇとの部屋を借りることもできたわけだ・・・」
「・・・っ」
剣心、言葉が見つからずにスッと顔を伏せた。
そんな仕草を恥じらいと受け取ったのだろう、左之助は嬉しそうに微笑んだ。
新年二日目の市井は、賑わいでごった返していた。
初詣に挨拶回り、新年早々の宴会と、様々な空気に包まれている。
時に、人々との合間、隙間がないほどの混雑ぶりだったのだが、左之助も剣心も不思議と、すいすいと苦もなく歩んでいく・・・
剣心は、左之助の背を追いかけながら、少しずつ視界が不鮮明になるのを覚えていた。
熱が、また上昇してきているのだろうか。
既に身体中が熱く、火照ってきているのがわかった。
でも・・・それでも、今は左之助から離れたくはなく・・・かつ、離されたくはなく。
何も告げぬまま、剣心は左之助を追いかけた。
左之助のいう旅籠は、町から少し離れたところに位置していたが、それでも盛況ぶりはなかなかのもの、どの部屋からも賑わいぶりが溢れている。
この三日の間は特に、騒がしさに包まれていることだろう。
二人が通された部屋は、二階の一番突き当たり。広さは六畳といったところだろうか。
陽が少しずつ傾きかけているとはいえ、まだまだ充分明るい。普段ならば、こんな昼間から酒など・・・と諫めるところではあるが、そこはやはり正月。酒を飲まねば始まらぬ、左之助がさっそく酒と肴を頼むとすぐさま、運ばれてきた。
「やっとおめぇと酒が飲めるぜ・・・ほら、座りな」
所在なげに立ち竦んでいた剣心を、真っ先に胡座をかいた左之助、手招いて呼んだ。剣心は無言で呼びかけに応じる。
彼と向かい合うように腰を下ろす、逆刃刀を傍らに置いて。
が、それを許さぬとばかりに左之助、剣心の肩を掴むと力任せに抱き寄せた。
小さな身体、しなだれかかるようにして左之助の中へと落ちた。
肌が震え、粟立つ。
早鐘を打ち鳴らす胸の音、左之助の顔を見たときから収まる気配は微塵もなく。時を追う事にいっそう早くなっていることが、返って剣心の不安を駆り立てている。目の前が、真っ暗になるようだった。自分が・・・どうなってしまうのかが恐ろしくて。
「左之・・・」
やさしげな眼差しが、剣心へと降ってくる・・・
「やっと・・・おめぇに触れられた。待ちわびたぜ・・・」
赤毛を掻き分け、耳朶に唇が寄り添う。
呼吸が、止まった
「左、之・・・っ」
「久しぶりだなぁ・・・剣心」
喜々として堪らず、剣心の懐へ手を差し入れた・・・左之助。彼の肌に触れて不意に、ある異変に気づいた。
「おい・・・なんかおめぇ、熱くねぇか?」
「!」
気づかれた、と思ったときには彼の手のひら、しっかり剣心の額へと。
「何だよ・・・おめぇ、すげぇ熱いじゃねぇか! いつからこんなに・・・おい、大丈夫なのかッ?」
酒がどうのこうの、剣心と睦み合っている場合ではない。
否、睦み合いたいのだが、当の本人がどうやら体調を崩している。
こんなことをしている場合ではないッ。
「その熱は尋常じゃねぇ。待ってろ、今から医者を・・・」
白い肌から左之助の感触が失せ。
左之助、剣心を離すなり立ち上がった。
「ま、待て、左之っ」
素早く剣心、左之助の半纏を掴んでいた。左之助、驚いて振り返る。
「行くな・・・医者など、呼ばずともよい」
「馬鹿を言うなッ。そんな身体で、おめぇッ」
「頼む・・・頼むから、左之ッ。ここに・・・ここにいてくれ。側に・・・拙者の側にいてくれ・・・左之、頼む・・・」
「しかし・・・」
「左之と離れたくはない・・・今は、一緒にいたいのでござるよ、左之」
「剣心・・・」
熱に潤んだ瞳が、左之助の心をぐらつかせた。まっすぐに自分を見つめるその様が・・・もう、胸を締め付けてやまない。
「・・・わかったよ・・・けど、」
再び腰を下ろして左之助、剣心を腕に抱きすくめる。
「今日は・・・おめぇを抱かねぇ。そのつもりだったが・・・悪化させるわけにはいかねぇからな。また今度・・・」
「嫌だ」
「け、剣心ッ?」
意外な言葉に、左之助は面食らってしまった。目を点にしたまま剣心を見遣ると、彼は瞳を潤ませながらも酷く真剣に、左之助を見つめていた。
「もとはといえば、お主が悪いのでござるぞ。あの時・・・ほんの少しでも拙者の唇に触れたりなどするから・・・熱の原因は、お主なのだ」
「な・・・何だよ、そりゃ」
「あの時、拙者の中に火がついた。それまで抑えていたはずのものが・・・身体に火がついて、消えなくなってしまって・・・恵殿に解熱剤をもらったのでござるが、一向に熱が引かぬ。そればかりか、ますます高くなっていくばかりで・・・。お主が悪いのでござる。お主が・・・拙者に熱を宿した、だから・・・左之でなくば、この熱は収まらぬ・・・」
「剣心・・・」
「責任をとってくれ・・・この熱、早く奪ってくれ。お主でなくば・・・お主が解熱剤なのだ。あぁ、早く、どうにか・・・さきほどから身体が火照って・・・どうしようもなく、熱くて・・・」
左之助の腕の中、剣心の身体がぶるりと震え。
仄かに上気した頬を、彼の首筋へと擦り寄せて・・・
「熱くて、身体がだるくて・・・もう、どうしようもないのでござるよ・・・何かをしていなければお主のことを考えてしまうし、考えれば考えるほど、身体の熱は高くなる・・・自分では、もう・・・どうしようもなく・・・」
現状を訴えながらも、刻々と加熱していく己が肉体・・・
芯が疼き、溶けだしていく・・・
まるで・・・そう、媚薬でも盛られたのではないかと思えるほどの艶姿であった。
「鎮めて・・・お主で、拙者を・・・左之・・・っ」
「剣心・・・ッ」
酒を傍らへと押しやり左之助、畳の上へ倒れ込むように剣心を組み敷いた。組み敷くなり、己が半纏を脱ぎ捨てる。
「そいつはすまなかったなぁ・・・放っておいて、悪かったよ」
「左之・・・ッ」
桜色の唇を、左之助は豪快に吸い上げた。小さな身体を羽交い締めると唇を割り開き、素早く舌を乱入させた。
「うぅ、ンッ」
鼻を鳴らして剣心は、荒々しい左之助の艶めかしさに応える。自らも舌を絡めながら、何日ぶりかの唇を味わう。
「ん、は・・・左之ぉ・・・」
眩暈がする。
薄く目を開けば、鋭い眼光を宿した左之助の双眸。
あぁ・・・
心の隅々まで犯される思いに、剣心は全身の力を抜いた。
途端、よりいっそう大きく唇は開かれてしまい、左之助の侵入を許してしまう。口腔内の奥の奥まで、彼の舌は踊り狂った。
「ふっ、ん」
剣心の指が、左之助の赤いはちまきに引っかかり。ぱらりと外すとひょいっ・・・部屋の隅のほうへと投げてしまった。
隆起し始めた背中に手のひらを這わせ、筋肉の動きを堪能しながら下降していき・・・下袴に手をかけるとシュル・・・帯を解く。
左之助は何も言わない、剣心の思いのままにさせている。
下袴はずるずると落ちていき・・・空気にさらされた下帯の存在を感触のみにて認識すると、指先が高ぶりを探して彷徨い始める。
その頃になってようやく、左之助は剣心の唇を開放した・・・色のない糸を引きながら・・・。
「そう急くなよ、剣心」
やんわりと剣心の動きを牽制しつつ・・・左之助、はにかんだ笑みを浮かべて彼の懐、さらに左右へと押し広げた。
色づいた胸乳、眼下に広がる。乳白色の肌、艶やかに色づいて微かに戦慄き・・・
「剣心・・・ッ」
「あ・・・っ」
胸乳に落ちてくる唇は、次々と紅い華を生んでいく。
時にぞろりと舐め上げては陽光の中、てらてらと光り・・・
滑るような肌に微睡みながら、左之助は少しずつ・・・確実に剣心の肌を踏みにじっていった。
どこもかしこも異常なほどの熱を持っていた。
胸の華ですら、いつにもまして赤く色づき・・・左之助を妖しく誘ってくる。
指先で嬲りながら横目で見つめ、ゆるりと変化を遂げていくそれに、左之助は吐息を染み込ませる。
「はあ・・・左之、左之・・・っ」
身を捩り、時に膝を曲げて畳を突っぱねる剣心。
肢体が次第に淫らさを刻んで跳ねていく・・・。
もどかしい・・・
剣心、幾度も激しく首を左右へと振った。
「左之・・・焦らす、な・・・ッ」
微かではあるが、腰を上げる仕草すらしてみせる。・・・こんなに欲に濡れている剣心は久しぶりだ・・・
左之助は誘いに素直に応じ、胸の華を唇へと吸い込ませた。
「ひっ、ぁ・・・」
スッ・・・と、力が抜けた。
抜けると、肌そのものが左之助に吸い付いてくるような瑞々しさを湛えて・・・
「剣心・・・カタイなぁ・・・」
胸乳の如実な反応に、左之助は思わずそう言った。
ぼっと、剣心の頬が赤く染まる。
「たまらねぇぜ・・・剣心・・・」
全身で自分を求めている・・・左之助は狂気に見舞われながらも理性を委ねようとはしない。まだまだ、剣心のすべてを味わっていたい・・・。
彼の袴の帯を解き、やや乱雑に引き下げた。
足袋など、剣心が自ら器用に脱ぎ捨てていた。
・・・下帯が、左之助の腹部に当たって存在を知らしめる。
「へぇ・・・ガチガチだなぁ、え? 剣心」
腹部にて、下帯に包まれた高ぶりを軽く擦り上げると、
「ひゃ、ぁッ」
か細くも高い声音、一筋。
「いつからだよ・・・こんなにしちまって。辛かっただろう・・・?」
「左之・・・」
「まさか・・・俺があの時、軽く口を吸った瞬間から、なんて言うなよ」
クックックッと笑って、彼は上体を起こした。
突然入り込んできた冷気の存在に、剣心は不安そうな声を上げた。
「左、左之・・・?」
「馬鹿、そんな顔するなよ・・・心配するな、放っておきはしねぇよ」
薄く笑い、彼は手早く剣心の下帯を解いてしまった。・・・現れた高ぶりにニヤリとすると、自らもまた、下帯を外してしまう。
陽光の中、左之助の反応を直視してしまった剣心、恥ずかしさに思わず目を伏せながらも・・・。期待に胸が躍っている自分が居ることを・・・情けなく思った。
「ほら・・・剣心っ」
グイッと。左之助は剣心を起こすと向かい合うように座って抱きすくめ。
何をしでかすのかと思えば、彼は自分の高ぶりと剣心の高ぶりを、一つの手のひらの中へと握り込んでしまった。
同じ、男の証が手のひらの中へ・・・
「や、左之ッ?」
「こうすると、よ・・・イイと思わねぇか・・・?」
艶然と笑った瞳に、見たことのない輝き。
「左・・・、あッ」
指先がぬるりと滑り、微かな音が。鋭く走った快楽に、剣心は思わず腰を引いた。
「ひっ」
「逃げんなよ、剣心」
「左之・・・っ」
「・・・良くしてやるよ」
互いの下腹部から、卑猥な・・・水音のようなものが響き始めた。思わず剣心、視線を落としてみる。
肌と肌の狭間に、二つの高ぶり。
左之助の手のひらが、容赦なく蠢いて・・・上下に強く、時に優しく・・・指先、妖しげにくねって・・・
「や、あぁ・・・左之、左之・・・ッ」
刺激に負けて、雫が滲みだしてきた。それらは左之助の手を濡らし、下腹部を濡らし・・・
・・・この感覚、左之も一緒に味わっているのか・・・ッ
剣心、意識を明滅しながら彼にしがみついてしまった。
「いやぁ、左之、左之ぉ・・・ッ! あ、くッ、は・・・っ」
「すげぇ・・・濡れてンな? 俺の手ェ、ベタベタだぜェ」
「左之ぉッ、う、あぁ・・・っ」
瞼が薄く閉じられ、眉根を寄せて剣心はよがり鳴いた。逃げていたはずの腰がくねっている様を見るや、左之助は思わず笑った。
「剣心・・・剣心・・・っ、ハハ・・・いいぜぇ、その顔・・・ッ!」
「左、あ、はぁ・・・ッ!」
左之助の手のひらで、それは弾け飛んだ。指と指に絡みつき、勢い余って互いの肌を濡らす。
「く・・・ッ」
左之助、唇を噛むと辛うじて耐え抜いた。ガックリと弛緩した剣心を再び横たえると、汚れてしまった彼の肌を、丁寧に舐め取り始める。・・・口腔に広がる味は、実に久しぶりであった。
「や・・・やめろ、左之・・・っ。そのような、こと・・・」
「やらせろよ、剣心・・・好きにさせろ・・・」
汗ばみ、異物で濡れた肌を舐めながら・・・左之助の手、汚れたのもそのままに、己の高ぶりに塗り込め・・・彼の腰へ、もう一つの華の中へと押し入っていった。
「う、あ・・・っ」
体内に入り込んでくる指の感触に、剣心は背を弓なりにさせた。
「久しぶりだからな・・・ならしておかにゃ」
「左・・・っ」
「・・・熱いな、剣心。熱の塊みてェだぜ・・・。さっきより・・・熱、上がったか・・・?」
少しく理性が甦り、当惑を示しながらももはや、止まりはせぬ。
指の数を増やしながら体内をならしつつ・・・左之助は、あることに気づいていた。
「なあ・・・剣心」
「・・・?」
「おめぇ・・・ひょっとして、一度・・・抜いたか・・・?」
「!」
剣心、それまでとろけていた面差しが凍りついた。
左之助、唇を歪めた。
「そうか・・・抜いたのか・・・ヘヘ・・・我慢、できなかったのか・・・?」
「あ・・・」
「それとも、寂しかったのか」
「左之・・・」
「俺で・・・抜いたんだな・・・?」
あからさまな物言いではあったが・・・嘘ではない。剣心は、ただ頷くしかなかった。
「ハハ・・・そうか・・・嬉しいねぇ・・・」
「どうして、左之・・・」
「わかるさ。しばらくおめぇを抱いてねぇんだぜ・・・浮気をしてない限り、おめぇの味は濃いはずだからよ・・・」
「な・・・ッ」
「だが、おめぇが浮気なんぞするはずはねぇだろう? だったらよ・・・考えられることは、たった一つじゃねぇか・・・」
左之助が、一瞬下卑た笑いを浮かべた。
咄嗟、面差しを隠す剣心。が・・・
「おめぇ、俺を想ってこいつを慰めたのか・・・」
「や・・・」
「それとも、俺を想いながらこの中を・・・挫いたか・・・?」
「さ、左之・・・ッ」
「・・・見てみたかったなぁ・・・」
「・・・いや・・・ッ」
「恥じらう余裕なんざ、なくしてやるぜ」
おしゃべりはここまでだ。
そう断言するかのように、剣心の体内から左之助の指は消えた。
「左・・・」
「欲しいだろう・・・?」
「・・・ッ」
「・・・欲しいんだよな、剣心・・・?」
「左・・・之、左之、左之・・・ッ」
「はっきり言いな」
どうして、そんなに意地悪をするのだろう。
剣心、瞳に恨みにも近い想いを込めて左之助を睨んだ。
左之助が欲しいなんてことは、端からわかっていることなのに・・・!
「意地悪を・・・左之・・・ッ」
「そうか・・・? まぁ、こいつを見れば一目瞭然なんだがな」
剣心の高ぶりを指し示して笑った左之助に、もはや、彼は限界だった。これ以上嬲られるくらいならば、素直に・・・ッ
「左之・・・早く、早く・・・ッ! 欲しい・・・欲しいでござるよ、左之助が・・・ッ」
「よく、言ったッ」
嬉しそうな微笑み、剣心の視界に捉えられた瞬間、
「う、あ・・・あぁ・・・ッ」
両膝を割られ腰を抱えられて。
左之助のすべてが・・・剣心の中へと入り込んでいった。
「左之・・・左之ぉ・・・ッ」
「あぁ・・・わかってるよ、だから・・・そう、急くなって・・・」
ゆるやかに笑ったその額には、薄く汗が滲んでいた。
「左之・・・ンっ、は・・・」
唇からこぼれる吐息を吸い込みながら、左之助はゆうるりゆるり、腰部を蠢かせ始めた。
吐息の味は、淫らな味。
吸い込めば吸い込むほど・・・体内から沸き上がる衝動は抑えがたく、限界を知らずに火照り上がる・・・。
「こいつァ・・・ハハ、熱いなんてもんじゃねェ・・・灼けちまう、溶けちまう・・・痺れる、ぜ・・・剣心・・・ッ」
発熱してしまっている小さな身体は、炎そのもののように思えた。
深く腰を抉りながら左之助は、滲んだ己が汗を乳白色の肌に擦り込み。
乳白色の肌に滲んだ汗を、べろりと舐める。
「剣心・・・ぅ・・・」
少しでも長く、彼の中にいるためにあまり激しく動かず・・・さりとて、それを許してくれるほど、剣心の体内は甘くはなかった。
「はぁ、ん・・・左之・・・っ」
両脚をしっかり左之助へと絡めて、自ら腰を跳ね上げ始めていた剣心。さらなる左之助を求めて深く・・・深く、誘い込もうとしてくる。
「左之ぉ・・・あぁ・・・もっと・・・」
陶然としながらそう呟く剣心・・・もはや、夢の境地。
どこまでも淫蕩な表情を浮かべて、
どこまでも淫らな言葉を唇の端に乗せ、
どこまでも熱い身体を縋らせて・・・
剣心は、
快楽を心の底から貪っていた。
左之助は、
どこまでも際限がない奥深さと、
どこまでも痴れる肢体の艶めかしさ、
どこまでも肉を求める彼の姿に・・・
すっかり、溺れていた。
「剣心・・・剣心、はぁ・・・いいぜェ・・・」
唇を合わせれば、二度と離れぬように吸い付きあい、濃厚に舌を絡め合う。
一度見つめ合えば、視線を絡め合うように互いの表情、晒しあい。
奥と奥で交わっているという感覚に、二人は酔いしれていた。
だがやがて・・・
何かに突き動かされるかのように・・・左之助の腰が、律動を速めた。
呼応して、剣心もまた腰を揺さぶり始める。
「あっ、あっ、あっ、左・・・ッ」
「だ、駄目だ・・・剣心っ。もう・・・止まらねぇ・・・止まらねぇよぉ・・・ッ」
剣心、左之助の手に爪を立てグッと己が腰を突き上げた、
「はッ、あぁ・・・ッ」
嬌声が空を斬り、
「うッ・・・!」
短い声が剣心の耳朶を汚し・・・左之助は。
想いのすべてを放っていた。
それから・・・
もう、どれだけ剣心は、左之助に鳴かされたかしれない。
言い換えれば、
もう、どれだけ左之助は、剣心に精を吸い取られたかしれない。
それほどまでに互いに互いの肌と心を貪り尽くした。
どこまでも、どこまでも・・・
・・・果てなく。今までの時間を取り戻すかのように・・・
・・・この日。
剣心は神谷の屋敷には帰らなかった。